2024年11月20日
「もしも」の想像が未来を作る:反事実的思考の効果
「あの時こうしていたら」「あの選択をしていなければ」といった、実際とは違う状況を想像することはありませんか。過去の出来事や選択について、現実とは異なる仮の状況を考えることは、人間の思考の一部です。この「反事実的思考」と呼ばれる心の働きは、私たちの感情や行動、そして将来の決断に影響します。
反事実的思考とは、過去の出来事や選択について、現実とは違う仮の状況を想像することです。例えば、「もっと勉強していれば良い成績を取れたのに」や「あの時違う選択をしていたら今はどうなっていただろう」といった考えがこれにあたります。
一見すると想像や後悔のように思える考え方ですが、私たちの心理や行動に影響しています。反事実的思考は短期的にはネガティブな感情を引き起こすこともありますが、長い目で見ると自分を高めたり目標を達成したりする原動力になる可能性があります。また、職場での安全行動や買い物をする時の判断にも影響するなど、その影響は多岐にわたります。
本コラムでは、反事実的思考が私たちの心理や行動にどのような影響を与えるのか、そしてそれが仕事や安全、買い物といった様々な場面でどのように働くのかについて、研究知見をもとに探っていきます。
2種類の反事実的思考がある
反事実的思考には、大きく分けて2つの種類があります[1]。それぞれが私たちに異なる影響を与えており、状況に応じて使い分けることが求められます。
1つ目は「上向き」の反事実的思考です。これは、現実の結果よりも良い結果を想像する考え方です。例えば、テストで低い点数を取った後に「もっと勉強していれば良い成績を取れたのに」と考えるケースがこれにあたります。
上向きの反事実的思考は、失敗や満足できない結果に直面した時に、その原因を探り、改善点を見つけるのに役立ちます。例えば、発表がうまくいかなかった時に「もっと準備をしていれば、よりスムーズに発表できたはずだ」と考えることで、次回の発表に向けて丁寧な準備をするきっかけになります。
この考え方は、私たちに具体的な改善策を考えさせ、将来の行動を変える原動力となります。ただし、やりすぎると自分を責めたり後悔したりしすぎる可能性もあるため、ほどよく行うことが大事です。
2つ目は「下向き」の反事実的思考」です。現実の結果よりも悪い結果を想像する考え方です。例えば、小さな事故に遭った後に「もっと大きな事故になっていたかもしれない」と考えるケースがこれにあたります。
下向きの反事実的思考は、自分ではどうすることもできない出来事や状況に直面した時に役立ちます。例えば、天気が悪くて予定していた野外イベントが中止になった場合、「もし強行していたら、もっと悪い結果になっていたかもしれない」と考えることで、がっかりする気持ちを和らげることができます。
この考え方は、今の状況を比較的良いものとして捉え直す機会を与えてくれます。そのことで、ストレスや不安を減らし、心の安定を保つことができます。ただし、いつもこの考え方に頼ると、今の状況に満足しすぎて、改善の機会を逃す可能性もあります。
これら2種類の反事実的思考は、状況や目的によって使い分けることが効果的でしょう。例えば、自分を高めたり目標を達成したりしたい時は上向きの反事実的思考を、ストレスを減らしたり心の安定を図りたい時は下向きの反事実的思考を行うことで、適切に対処できる可能性があります。
コントロール感を高める
反事実的思考は、私たちの環境をコントロールできるという感覚、すなわち、コントロール感を高める効果があります[2]。コントロール感は、私たちの心の健康や自信に影響を与えるものです。
反事実的思考がコントロール感を高める仕組みは、次のように説明できます。過去の出来事に対して「もしこうしていたら」と考えることで、私たちは自分の行動が結果に影響を与える可能性があったことに気づきます。これは、たとえその出来事が既に過去のものであっても、自分の選択や行動が重要な役割を果たしていたという認識を強めます。
例えば、あるプロジェクトで期待通りの結果が得られなかった場合を考えてみましょう。「もっと早く取り掛かっていれば、より良い成果が得られたかもしれない」という反事実的思考をすることで、プロジェクトの結果が自分の行動によって左右されうるという認識が生まれます。これは、将来の同じような状況に対して、自分の行動で結果を変えられるという信念、つまりコントロール感を高めることにつながります。
このプロセスは、過去を振り返るだけでなく、未来の行動にも影響を与えます。反事実的思考を通じて得られた「自分の行動が結果を左右する」という認識は、将来の似たような状況に対する準備や対策を促します。過去の出来事に対する反事実的思考が、未来の行動に対する自信や積極性を生み出すのです。
反事実的思考は、現在の状況に対する新しい見方も提供します。「もし別の選択をしていたら」と考えることで、今の状況が唯一無二のものではなく、自分の選択によって変えられる可能性があることに思いが至ります。今直面している問題に対しても、自分の行動で状況を変えられるという気持ちを強くします。
ただし、反事実的思考とコントロール感の関係には注意すべき点もあります。反事実的思考に頼りすぎると、実際には変えられない過去の出来事に対して過剰な責任感を感じたり、必要以上に後悔したりする可能性があります。そのため、反事実的思考を行う際は、建設的な視点を保つことが大切でしょう。
例えば、「もしこうしていればよかった」と考える際に、その思考を将来の行動改善につなげることを意識します。過去の出来事そのものを変えることはできませんが、その経験から学び、未来の行動に活かすことはできます。このように、反事実的思考を未来志向の建設的な考え方として活用することで、効果的にコントロール感を高めることができます。
キャリア形成につながり得る
反事実的思考は、キャリアを築いていく上でも役立ちます。とりわけ、キャリアの初期段階にある人々にとって、この考え方は将来の仕事の道筋を考える上で有用です。キャリア形成における反事実的思考の効果は、主に二つの側面から考えることができます[3]。
まず、上向きの反事実的思考(「もっとこうしていれば良かった」という思考)は、自分を高めたり将来の行動を改善したりします。例えば、ある仕事上の失敗を経験した後に「もっと準備をしていれば、もっと良い結果が得られたかもしれない」と考えることで、次回の同じような状況に備えてより丁寧な準備をする意欲が生まれます。仕事における学びと成長のプロセスを促し、長い目で見れば仕事の能力向上につながります。
一方で、下向きの反事実的思考(「もっと悪い結果になっていたかもしれない」という思考)は、現在の状況に対する感謝や満足感を高めます。例えば、厳しい就職状況の中で仕事を得た人が「もし別の選択をしていたら、就職できていなかったかもしれない」と考えることで、今の仕事に対する感謝の気持ちが強まります。これは、職場でのやる気を高め、仕事への取り組みを強くする可能性があります。
特に、マイノリティにとって、反事実的思考はキャリアを築く上で重要な役割を果たす可能性があります。職場での差別や不平等に直面した際、「もし別の対応をしていたら」と考えることで、将来の似たような状況への対処方法を考える機会となります。
例えば、自分の意見が会議であまり取り上げられないという経験をした後、「もっと強く主張していれば、認められていたかもしれない」と考えることで、次回からはより自信を持って意見を述べるようになるかもしれません。あるいは、「もし別の職場だったら、もっと公平に扱われていたかもしれない」と考えることで、自分に合った職場環境を探すきっかけになります。
ただし、上向きの反事実的思考に頼りすぎると、現実的でない期待や、自分を必要以上に責める気持ちにつながります。また、下向きの反事実的思考に頼りすぎると、今の状況に満足しすぎて、成長の機会を逃す可能性もあります。
短期的にマイナスだが長期的にはプラス
反事実的思考は、短期的には良くない感情を引き起こす可能性がありますが、長期的には良い効果をもたらす可能性があります[4]。この矛盾するような現象は、人間の心の仕組みの複雑さを表しています。
短期的なマイナス効果として目立つのは、後悔や失望感の増加です。過去の出来事を振り返り、「もしこうしていたら」と考えることで、現実の結果と理想の結果の差を意識することになります。これは落ち込んだり不安になったりする原因になります。
例えば、仕事の選択について反事実的に考える場合を想像してみましょう。「もし別の職業を選んでいたら、今頃はもっと成功していたかもしれない」という思考は、今の仕事に対する不満や後悔を強めます。短期的には気分の落ち込みや、やる気の低下につながるかもしれません。
しかし、短期的に起こるネガティブな感情は、長期的には重要な役割を果たします。反事実的思考によって生じた後悔や不満は、自分の選択や行動を見直すきっかけとなり、将来の決断や行動改善につながる可能性があるのです。
例えば、反事実的思考は学びと成長の機会を与えてくれます。過去の選択や行動を振り返ることで、何が良かったか、何が足りなかったかを分析することができます。将来の似たような状況における行動をより良いものにするための情報源となります。
反事実的思考は未来への原動力にもなります。「もしこうしていれば」という思考は、後悔で終わるのではなく、「次はこうしよう」という前向きな計画立案につながります。これは、個人の成長や目標達成に向けた力となり得ます。
さらに、反事実的思考は回復力を高める可能性があります。困難な状況を乗り越えた後に「もっと悪い結果になっていたかもしれない」と考えることで、今の状況に対する感謝の気持ちが生まれ、心の強さを培うことができます。
大切なのは、反事実的思考を建設的に活用することです。過去を悔やむだけで終わるのではなく、そこから学びを得て未来に活かす姿勢が重要です。反事実的思考に深く入り込みすぎないようにしたいものです。
安全行動を促す上で有効
反事実的思考は、職場の安全行動を促進します。上向きの反事実的思考(「もっと良い結果になっていたかもしれない」という思考)が、安全意識を高めたり安全行動を改善したりすることにつながることが研究によって検証されています[5]。
反事実的思考は安全に関する知識を増やします。例えば、小さな事故や危険な状況を経験した後に「もし安全対策を取っていたら、この事態は避けられたかもしれない」と考えることで、安全の重要性や予防策について考えることができます。これによって、安全に関する知識が増え、将来の似たような状況における対応能力が向上します。
反事実的思考は安全行動に対する意欲を高めます。「もっと注意していれば事故は防げたかもしれない」という思考は、次回から慎重に行動しようという気持ちを生み出します。そのことが、安全確認や予防措置といった安全行動の増加につながります。
そして、反事実的思考は安全に対する責任感を強くします。「自分の行動が結果を左右する」という認識が高まることで、安全を確保する上での個人の役割の重要性を実感します。ただ規則に従うだけでなく、安全な環境づくりに参加しようという姿勢が育ちます。
例えば、工場で作業中にヒヤリハット(事故には至らなかったものの、重大な事故につながる可能性があった出来事)を経験した従業員が、「もし適切な防護具を着用していなかったら、大きな怪我をしていたかもしれない」と考えることで、防護具の大切さを改めて認識し、以後確実に着用するようになるかもしれません。
反事実的思考は安全文化を育てることにもつながります。個々の従業員が安全について考え、その重要性を理解することで、職場全体の安全意識が高まります。反事実的思考を通じて得られた気づきを同僚と共有することで、組織全体の安全に関する知識や意識が向上し得ます。
広告や商品に対する感情を強める
反事実的思考は、広告や商品に対する消費者の感情を強める効果があります[6]。この効果は、マーケティングや広告戦略において示唆を提供しています。
上向きの反事実的思考(「もっと良い結果になっていたかもしれない」)は、商品やサービスに対する欲求を強めます。例えば、ある旅行広告を見た消費者が「もしこの旅行プランを選んでいたら、もっと楽しい休暇を過ごせていたかもしれない」と考えることで、その商品への関心や購買意欲が高まる可能性があります。
この思考プロセスは、今の状況と理想の状況の差を強調し、その差を埋めるための手段として広告の商品やサービスを位置づけます。これによって、消費者は商品に対して感情的なつながりを感じ、購買行動につながりやすくなります。
一方で、下向きの反事実的思考(「もっと悪い結果になっていたかもしれない」)は、今使っている商品やサービスに対する満足感を高める効果があります。例えば、ある保険商品の広告を見た加入者が「もし別の保険に加入していたら、こんなに充実した補償は得られなかったかもしれない」と考えることで、今の保険に対する満足度や継続して利用したい気持ちが高まり得ます。
この思考プロセスは、今の選択が正しかったことを再確認し、商品に対するポジティブな感情を強くします。顧客が継続して利用したり、他の人に勧めたりすることにつながる可能性があります。
他方で、反事実的思考を広告に活用する際には配慮が必要でしょう。消費者の後悔や不安を必要以上に煽るような広告は、短期的には効果があるかもしれませんが、長期的には消費者の信頼を失う可能性があります。現実的でない期待を抱かせるような反事実的思考の促進も、商品への失望につながる恐れがあります。
反事実的思考を活用した広告戦略を展開する際は、消費者の感情を刺激しつつも、商品の価値や効果を正確に伝えることが重要です。消費者の多様な反応を考慮し、個々の消費者が自然に反事実的思考を行えるような示唆的なメッセージを用いることが効果的でしょう。
脚注
[1] Roese, N. J. (1993). The functional basis of counterfactual thinking (Doctoral dissertation, University of Western Ontario). National Library of Canada. Available from Western University’s Digital Theses Repository.
[2] Epstude, K., and Roese, N. J. (2011). Gaining control through counterfactual thinking. Personality and Social Psychology Bulletin, 37(10), 1330-1341.
[3] Desing, R. M., and Kajfez, R. L. (2019). Literature review of counterfactual thinking and career motivation theory for early career women engineers. Paper presented at the 2019 ASEE Annual Conference & Exposition, Tampa, Florida.
[4] Landman, J., Vandewater, E. A., Stewart, A. J., and Malley, J. E. (1995). Missed opportunities: Psychological ramifications of counterfactual thought in midlife women. Journal of Adult Development, 2(2), 87-97.
[5] He, Y., Payne, S. C., Yao, X., and Smallman, R. (2020). Improving workplace safety by thinking about what might have been: A first look at the role of counterfactual thinking. Journal of Safety Research, 72, 153-164.
[6] Krishnamurthy, P., and Sivaraman, A. (2002). Counterfactual thinking and advertising responses. Journal of Consumer Research, 28(4), 650-658.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。