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コラム

職業への準備:デジタル時代における予期的社会化

コラム

職業選択は人生における岐路の一つであり、決断に至るまでには多くの要因が存在します。その中でも「予期的社会化」は、職業に就く前の段階で職業に対する期待や理解を形成するプロセスとして注目されています。本コラムでは、予期的社会化がどのように機能し、個人のキャリア形成にどのような影響を与えるのかを探ります。

私たちは子供の頃から、家族や学校、メディアなどを通じて職業に関する情報や印象を得ています。これらの経験は、将来の職業選択や職場適応に関連します。しかし、予期的社会化のプロセスは必ずしも現実を反映しているわけではありません。理想化された職業イメージと現実とのギャップが、入社後の不適応や早期離職につながることもあります。

本コラムでは、予期的社会化に焦点を当て、その重要性と課題を考察します。職業の現実に触れる活動、先輩からの指導、インターネットやソーシャルメディアの影響、そしてキャリアに関するメッセージの影響力など、多角的な視点から予期的社会化のメカニズムを紐解きます。

職業の現実に触れる活動

予期的社会化において、職業の現実に触れる活動は重要な役割を果たします[1]。これらの活動は、学生が実際の職場環境や業務内容を体験し、将来の職業に対する理解を深める機会を提供します。

会計学の分野では、学生の職業的社会化を促進するための活動が提案されています。例えば、実務経験の導入は、学生が現実の職務環境や仕事の複雑さを理解するのに役立ちます。メンタリングプログラムでは、経験豊富な会計士が学生に助言を行い、職業の理解を深めることができます。また、実際の会計士との面談やディスカッションを通じて、理論だけでなく実務の視点を学ぶことができます。

これらの活動は、学生が抱く職業に対する理想化されたイメージと現実とのギャップを埋めます。多くの学生は、会計士の職務に対して「安定した仕事」「高い報酬」「尊敬される専門職」といった期待を持っています。しかし、実際にはこれらだけでなく、長時間労働や複雑な税法への対応、絶え間ない専門知識の更新など、厳しい現実も存在します。職業の現実に触れる活動を通じて、学生はギャップを事前に認識し、現実的な期待を形成することができます。

実際の経験の重要性

予期的社会化において、実際の経験がもたらす影響は大きいものがあります。職業に就く前の段階で得られる現場体験は、将来のキャリアに対する理解を深め、職業選択や職場適応につながります。

例えば、看護師の分野では、臨床実習が学生にとって大事な経験となっています[2]。臨床実習は、看護学生が医療現場で患者のケアに携わり、看護師としての務めを体験します。この経験を通じて、学生は理論と実践のギャップを埋め、看護師としての自覚と責任感を育むことができます。

臨床実習の重要性は、様々な面で現れます。学生は患者との関わりを通じて、「人の役に立つこと」や「違いを生み出すこと」を実感することができます。例えば、患者から感謝の言葉を受けたり、患者の回復過程に寄り添ったりすることで、看護師としてのやりがいや使命感を強く感じる学生もいます。

臨床実習は学生が自分に適した専門領域を見つける機会にもなります。看護には多様な分野があり、学生は実習を通じてそれぞれの分野の特徴や自分との相性を知ることができます。これは将来のキャリアパスを考える上で有益な情報となります。

一方で、臨床実習は挑戦的な経験でもあります。医療現場は、教科書で学んだ状況とは異なることが多く、学生は困難に直面します。例えば、重症患者のケアや緊急時の対応、医療スタッフとのコミュニケーションなど、課題にぶつかります。これらの経験は、一時的に学生に不安や戸惑いをもたらすかもしれません。

しかし、このような経験も含めて、臨床実習は学生の成長に寄与します。困難を乗り越えることで自信が付き、看護師としての適性や能力を再確認することができるのです。医療現場の課題を知ることで、現実的な職業観を形成することができます。

実際の経験の重要性は、看護師に限らず多くの職業で同様でしょう。例えば、教育実習を行う教職課程の学生や、インターンシップに参加するビジネス系の学生なども、実際の職場体験を通じて多くのことを学びます。これらの経験は、職業に対する態度や価値観を形成する上でも貴重です。

先輩からの指導

予期的社会化のプロセスにおいて、先輩からの指導は有効です。シニア・プリセプターシップという手法がありますが、看護学生が臨床現場に出る前に職業的な社会化を進めるための方法になり得ます[3]

シニア・プリセプターシップとは、経験豊富な看護師(プリセプター)が新人看護師や学生に個別指導を行う制度です。この制度は、技術的な訓練を超えて、学生が現場での役割や責任を意識し、自信を持って職務を遂行できるようにするための手段となっています。

プリセプターは学生にとってロールモデルとなります。経験豊富な看護師の仕事ぶりを観察し、指導を受けることで、学生は看護師としての姿をイメージすることができます。教科書や講義だけでは得られない学びです。

プリセプターシップは、学生が看護スキルを習得する上でも役立ちます。プリセプターの指導のもと、学生は患者ケアに携わり、理論を実践に結びつける経験を積むことができます。この過程で、学生は看護の複雑さや難しさを実感すると同時に、それを乗り越える力も身につけていきます。

プリセプターシップは学生の職業的アイデンティティの形成にも寄与します。プリセプターとの対話や指導を通じて、学生は看護師としての倫理観や価値観を内面化していきます。これは、看護師として働く上での基盤となります。

インターネットの情報

予期的社会化のプロセスにおいて、インターネットの役割が急速に拡大しています。特に、18-29歳の「エマージング・アダルト」と呼ばれる若年層にとって、インターネットは職業に関する情報を収集する上で欠かせない存在となっています[4]

従来、予期的社会化の情報源としては、家族、学校、メディアなどの要素が認識されていました。しかし、最近、インターネットを新たな情報源として位置づける視点が提示されています。この変化は、デジタル技術の発展と若者のインターネット利用の日常化を反映したものと言えます。

インターネットを通じたキャリア情報の収集には、いくつかの特徴があります。初めに、情報の多様性と即時性が挙げられます。インターネット上には膨大な量の職業情報が存在し、ユーザーは必要に応じてアクセスすることができます。情報の更新頻度も高く、最新の職業動向や求人情報を入手しやすいという利点があります。

研究によると、若者たちは主に3つのカテゴリーのインターネットリソースを利用しています。「プロフェッショナル・リソース」には企業のウェブサイトやキャリア専門サイト、LinkedInなどが含まれ、主に公式的な情報提供を目的としています。「パーソナル・リソース」にはFacebookTwitterなどのSNSが含まれ、個人的な交流や情報交換の場として機能しています。そして「プロデューサー・リソース」としてYouTubeやポッドキャストがあり、他者が作成したコンテンツを通じてキャリア情報を得ることができます。

ウェブサイトやSNS

入社前から入社後の初期段階において、ウェブサイトやSNSなどのデジタルツールは情報収集や人間関係形成の手段となっています[5]

新入社員の組織適応は、主に3つの段階で進行します。予期的社会化、遭遇、適応です。それぞれの段階において、ウェブサイトやSNSの利用パターンや目的が異なることが明らかになっています。ここでは予期的社会化に焦点を合わせましょう。

予備的社会化において、求職者は、企業の公式ウェブサイトやLinkedInなどのプロフェッショナル向けSNSを通じて、企業文化や現職者の活動について調査します。例えば、企業のLinkedInページでは、現在の従業員のプロフィールや企業の最新の取り組みを知ることができます。Glassdoorのような求人レビューサイトも活用され、企業の非公式な情報や内部の雰囲気を探ろうとします。

これらのツールを通じて得られる情報は、求職者が企業に対する初期の印象を形成する上で機能します。しかし、この段階での情報収集には注意も必要です。企業の公式サイトは理想化された情報が提供されているかもしれず、一方で匿名レビューサイトでは、否定的な意見が過度に強調される可能性があるからです。

なお、ウェブサイトやSNSの利用には、いくつかの特徴があります。「可視性」は、企業や従業員の活動を可視化し、求職者が組織の様子を理解するのに役立ちます。「編集可能性」は、自己表現を管理することを可能にします。「永続性」は、過去の情報にアクセスし続けることを可能にし、組織の歴史や文化を理解するのに役立ちます。「連関性」は、従業員同士のつながりを促進し、組織内のネットワーク形成を支援します。

キャリアのメッセージ

予期的社会化のプロセスにおいて、個人が受け取るキャリアに関するメッセージは、職業選択や将来のキャリアパスに対する期待形成に影響を与えます。大学生の予期的社会化に焦点を当てた研究を取り上げましょう[6]

キャリアに関するメッセージの発信者として影響力があるのは、家族、特に母親であることが明らかになっています。多くの大学生が、母親からの励ましのメッセージを最も影響力のあるものとして挙げています。

これは、母親が子どもの日常生活に密接に関わり、感情的なサポートを提供する存在であることが理由です。母親からのメッセージは、しばしば「自分の情熱を追求する」「やりがいのある仕事を見つける」といった自己実現に関するものが多く、学生のキャリア選択に前向きな影響を与えています。

次に影響力が大きいのは、教師や教授です。特に、両親が四年制大学を卒業していない学生たちにとって、教育者からのメッセージは肝要です。家庭内でキャリアに関する情報や経験が限られている場合、教育者が情報源となるためです。教師や教授は、学生のスキルや能力を評価し、キャリアアドバイスを提供できる立場にあります。

一方で、友人からのメッセージは両刃の剣となります。友人は同年代であり、率直な意見交換が可能な関係にあるため、キャリアに関する現実的な視点を提供することがあります。しかし同時に、友人からのメッセージが最も否定的なものとして認識されることも多いのです。これは、友人が仕事の難しさや将来の不安定さについて言及することが多いためです。

キャリアに関するメッセージの内容も重要です。最も多く報告されるのは「キャリア詳細」に関するメッセージで、仕事の内容や職場環境に関する情報が含まれます。次いで「自己実現」に関するメッセージが多く、自分の情熱や興味を追求することを勧めるものです。これらのメッセージは、学生のキャリア選択に影響を与えます。

キャリアのメッセージは、個人の自己効力感や職業に対する期待にも影響を与えます。肯定的なメッセージは、個人の能力への自信を高め、キャリア選択の幅を広げます。一方で、否定的なメッセージは、特定の職業や進路への不安を引き起こし、選択肢を狭める可能性があります。

しかし、ここで注意すべきは、否定的なメッセージが必ずしもマイナスの影響だけをもたらすわけではない点です。例えば、職業の難しさや課題に関する情報は、個人がより良い決定を行う上で必要です。

以上の通り、予期的社会化は、個人が職業に就く前に、その職業に対する期待や理解を形成するプロセスとして、キャリア形成において役目を担っています。本コラムでは、このプロセスの様々な側面に焦点を当て、その重要性と課題を考察してきました。

職業の現実に触れる活動、実際の経験、先輩からの指導、インターネットの情報、ウェブサイトやSNS、そしてキャリアのメッセージなど、予期的社会化にはいくつもの要素が関わっています。これらの要素は相互に影響し合い、個人の職業選択や将来のキャリアパスに結びついていきます。

脚注

[1] Farag, M. S., and Elias, R. Z. (2016). The relationship between accounting students’ personality, professional skepticism, and anticipatory socialization. Accounting Education, 25(2), 124-138.

[2] Gan, I. (2021). Registered nurses’ metamorphosed “real job” experiences and nursing students’ vocational anticipatory socialization. Communication Studies, 72(4), 563-579.

[3] Dobbs, K. K. (1988). The senior preceptorship as a method for anticipatory socialization of baccalaureate nursing students. Journal of Nursing Education, 27(4), 167-171.

[4] Levine, K. J., and Aley, M. R. (2022). Introducing the sixth source of vocational anticipatory socialization: Using the internet to search for career information. Journal of Career Development, 49(2), 443-456.

[5] Lee, S. K., Kramer, M. W., and Guo, Y. (2019). Social media affordances in entry-level employees’ socialization: Employee agency in the management of their professional impressions and vulnerability during early stages of socialization. New Technology, Work and Employment, 34(3), 244-259.

[6] Powers, S. R., and Myers, K. K. (2017). Vocational anticipatory socialization: College students’ reports of encouraging/discouraging sources and messages. Journal of Career Development, 44(5), 409-424.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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