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コラム

イノベーション×コンパッション:思いやりが革新を生む

コラム
 

イノベーションという言葉は、今や至る所で聞かれます。新しい製品やサービス、ビジネスモデル、業務プロセス。様々な場面で革新が求められる中、多くの人々が日々奮闘しています。

しかし、その実現の道のりは決して平坦ではありません。むしろ、数々の困難や挫折を乗り越えなければならない、苦しい旅路となることも少なくありません。

そんなイノベーションの実現に欠かせない要素として「コンパッション(思いやり)」に着目した本を書きました。『イノベーションを生み出すチームの作り方:成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(すばる舎)という本です。

イノベーションと思いやり。一見すると相反する概念のように見えるかもしれません。しかし、新しいものを生み出すプロセスには、様々な形での「思いやり」が必要なのです。

本書では、産業・組織心理学、イノベーション論、組織行動論、社会心理学などの研究知見をもとに、イノベーションとコンパッションの関係性を紐解いていきます。そして、理論的な裏づけを大切にしながらも、現場で使える実践的なアプローチを提示します。

多くの方々が、本書を通じてイノベーションへの新しい視点を得ていただければ幸いです。そして何より、思いやりという視点が、より良いイノベーションを実現する一助となることを願っています。

本書の概要

多くの組織でイノベーションの重要性が認識されています。しかし、優れたアイデアを持っているだけでは、イノベーションは実現しません。

実際の企業では、画期的なアイデアが生まれても、それが事業化に至らないケースが数多く存在します。例えば、新しい商品企画が却下される、新規事業の提案が棚上げされる、業務改善の提案が実行されない、といった具合です。

興味深いことに、研究によってアイデアの斬新さと実現の難しさには相関があることが明らかになっています。アイデアが革新的であればあるほど、その実現は困難になるのです。これはなんとも不思議な結果に見えますが、理由は明確です。革新的なアイデアは、組織の既存の価値観や業務プロセス、権力構造などを覆す可能性を持っているからです。

人間には、現状を維持しようとする傾向があります。そのため、たとえ合理的で有益なアイデアであっても、大きな変化を伴うものであれば、組織の中で様々な形の抵抗に遭います。例えば、直接的な否定や批判、消極的な態度、意図的な遅延、無視など、抵抗の形は多岐にわたります。

こうした状況において重要なのが、自分自身への思いやり(セルフ・コンパッション)です。イノベーションの実現を目指す人々は、度重なる否定や批判にさらされる中で、強い精神的ストレスを感じます。自分のアイデアや能力を否定されることは、心の傷となりかねないのです。

誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。熱意を持って提案したアイデアが理解されず、何度も説明を重ねても受け入れられない。そうした経験を重ねる中で、次第に自信を失い、最後には「もう諦めよう」と思ってしまう。そんな状況に直面したことが。

しかし、セルフ・コンパッションを備えた人々は、こうした状況に異なる対応を示します。彼ら彼女らは失敗や批判を、自分の人間的価値を否定するものとしては捉えません。むしろ、それを学びと成長の機会として捉え直すことができるのです。

例えば、「この批判には重要な気づきが含まれているかもしれない」「この経験は、より良いアイデアを生み出すためのステップになる」といった具合です。

また、セルフ・コンパッションの高い人々は、困難な状況に直面しても感情的な反応を抑えることができます。批判を受けた時も、それを個人攻撃として受け取るのではなく、建設的なフィードバックとして受け止めることができます。これによって、冷静な判断と対応が可能になります。

本書では、思いやりの力を活用して、イノベーションを実現するための具体的な方法を提示しています。例えば、批判を受けた時の心の持ち方、反対意見への対応の仕方、長期的な視点でのモチベーション維持の方法など、実践的なアプローチを詳しく解説しています。

特に力を入れているのが、セルフ・コンパッションを高めるための方法です。「二つの椅子」と呼ばれるエクササイズをはじめ、日常的に取り入れられる様々なテクニックを紹介しています。これらは、研究によって効果が実証された方法であり、継続的な実践によって確実な成果が期待できます。

自分への思いやりを育むことは、他者への思いやりにもつながります。自分自身に対して優しく接することができる人は、他者の立場で物事を考えることもできます。これは、イノベーションの実現において重要です。なぜなら、周囲の協力や支援なしには、どんなに優れたアイデアも実現することはできないからです。

イノベーションは、決して一人の発想や努力だけで成し遂げられるものではありません。それは、様々な立場の人々の協力と支援によって初めて実現する、複雑なプロセスなのです。アイデアの提案、その価値の理解と支持、実現に向けた行動、予期せぬ問題への対応など、すべての段階で多くの人々の関与が必要となります。

本書のコンセプト立案の観点

コンパッションに関する書籍は、確かにこれまでも多く出版されてきました。どちらかというと、マインドフルネスやウェルビーングとの関連で語られることが多く、その重要性は広く認識されています。

そうした中で、イノベーションという文脈にコンパッションを位置づけることは、新しい可能性を開くものだと考えました。イノベーションについては、前著でも触れる機会があり、その実現の難しさについては一定の知見を持っていました。

企業の現場では、イノベーションに挑戦する人々が、想像以上の精神的負担を抱えています。アイデアを提案しては否定され、それでも諦めずに何度も挑戦する。しかし、度重なる挫折によって、次第に自信を失い、情熱が消えていく。そうした状況は、研究でも明らかにされており、また実際の現場からも、そうした声を聞く機会が数多くありました。

研究知見や現場の声に触れる中で、コンパッションとイノベーションを結びつけることで、この問題に対する新しいアプローチが見出せるのではないかと考えるようになりました。実際、様々な研究が、コンパッションが困難な状況での回復力やレジリエンスを高めることを示しています。

イノベーションの実現過程で直面する困難に対して、コンパッションは様々な形で支えとなり得ます。例えば、批判や否定を受けた時の心の回復力を高める、長期的な視点を保つ力を与える、他者との建設的な対話を可能にする、といった効果が期待できます。

特に、セルフ・コンパッションの重要性については、これまでイノベーションの文脈であまり注目されてきませんでした。イノベーションに関する従来の研究や実務書は、戦略やプロセスの面に焦点を当てることが多く、実現に挑戦する人々の心理面についてはそこまで深く掘り下げられてこなかったのです。

本書のコンセプトは、まさにこの点に新しい光を当てることから生まれました。イノベーションとコンパッションは、一見すると相反する概念のように思えます。

イノベーションは「変革」「挑戦」「競争」といったイメージと結びつき、コンパッションは「思いやり」「受容」「共感」といったイメージと結びつくからです。しかし、実はこの二つの概念には深い関連性があり、むしろ互いを補完し合う関係にあるのです。

本書の特徴

本書の最大の特徴は、イノベーションの実現プロセスを人間の感情や心理に焦点を当てて描いている点です。従来の多くの書籍が、戦略やプロセスの技術的な側面に焦点を当ててきたのに対し、本書ではイノベーションに携わる人々の内面に深く踏み込んでいます。

例えば、アイデアを提案した人が経験する感情の起伏を、具体的に描写しています。上司から「前例がない」と一蹴される場面、同僚から「そんな提案は無理だ」と否定される場面、部下から「やり方を変えたくない」と抵抗される場面。

そうした状況で人々が感じる不安や焦り、時には怒りや諦めの気持ち。そして、それでも前に進もうとする時の葛藤や決意。これらの心理的なプロセスを、リアルに描き出しています。

本書の主張の多くは、信頼できる研究知見に基づいています。例えば、なぜ革新的なアイデアが組織の中で受け入れられにくいのか。それは、人々が無意識のうちに現状維持バイアスを持っているため、変化を脅威として認識してしまうからです。

また、なぜ創造的な人材が組織の中で孤立しやすいのか。それは、新しいアイデアが既存の価値観や利害関係を揺るがすため、周囲から警戒されやすいからです。こうした現象について、データや研究成果を示しながら解説しています。

コンパッションを高める方法についても、実践的なアプローチを紹介しています。例えば、「二つの椅子」を使ったエクササイズでは、自己批判的な声と思いやりのある声を対話させることで、より建設的な自己理解を育みます。

また、日常生活の中でできる小さな実践として、失敗した時の自己対話の方法や、批判を受けた時の心の整理の仕方なども解説しています。

本書では、理論と実践の両面を大切にしています。研究知見に基づく理論的な説明により、なぜそのアプローチが効果的なのかを理解できます。同時に、実践方法を示すことで、読者が行動に移せるようになっています。

例えば、アイデアが否定された時には、まず自分の感情を認識し、それを受け入れること。その上で、批判の中に含まれている建設的な要素を見出し、改善のヒントとして活用すること。

周囲の抵抗に遭った時には、その背景にある不安や懸念を理解しようとすること。そして、長期的な視点で粘り強く取り組むためのマインドセットの作り方。これらについて、具体的な事例を交えながら解説しています。

特におすすめの方

本書は、新しいことに挑戦されている方々に、特にお読みいただきたいと考えています。イノベーションの現場で、日々アイデアを考え、提案し、実現に向けて奮闘されている方々。そうした挑戦者たちが直面する様々な困難に対して、対処法を提供したいと考えています。

組織の中で自分のアイデアが理解されない。提案しても「それは無理だ」と言われる。熱意を持って説明しても「前例がない」と否定される。そうした状況で苦しんでいる方々に、この本が新しい視点と行動指針を提供できれば幸いです。セルフ・コンパッションの考え方と実践方法を学ぶことで、困難な状況でも前に進む力を得ることができるはずです。

また、マネジャーの立場で部下からイノベーティブな提案を受ける方々にも、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。なぜなら、イノベーションの成否は、それを受け止めるマネジャーの対応に大きく左右されるからです。

部下がアイデアを提案してきた時、それをどのように受け止め、どのように育てていくのか。その対応によって、アイデアが組織の中で育つか消えていくかが決まります。本書は、部下の創造性を引き出し、育てていくためのマネジメントの考え方を得る上でも参考になるはずです。

さらに、学習する組織やイノベーティブな組織づくりに関心をお持ちの方々にもおすすめです。組織の中でコンパッションの文化を育むことは、イノベーションの実現に貢献します。なぜなら、思いやりの文化があることで、人々は失敗を恐れずに新しいことに挑戦できるからです。また、お互いの考えや感情を理解し合える関係性があることで、アイデアが議論され、改善され、実現に向かうことができます。

もちろん、コンパッションという概念自体に関心をお持ちの方にも、新しい視点を提供できると考えています。従来、コンパッションは個人の精神的健康やウェルビーングの文脈で語られることが多かったように思います。

しかし、本書ではそれをイノベーションというビジネス課題と結びつけることで、コンパッションの新しい可能性を示しています。イノベーションの実現という文脈の中で、コンパッションがどのように機能し、どのような効果をもたらすのかを理解することができます。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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