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コラム

EXジャーニーの歩き方:本書から学びを得るために

コラム

EXジャーニー:良い人材を惹きつける従業員体験のつくりかた』(技術評論社)という本を共著で上梓します。本書は、従業員体験(Employee ExperienceEX)に関する新しい形式の書籍です。

物語パートと解説パートに分かれ、物語パートでは登場人物の双葉とゆいを通して、現代の組織における課題や従業員の心理、そして解決の方向性を描写しています。

本書の価値を引き出すためには、読み物としての楽しみ方だけではなく、物語と解説の両方を通じて学びを得ることが求められます。自身の経験や組織の実態と照らし合わせ、実務への示唆を得ることで、組織の課題解決に向けた視点を得ることができるでしょう。このような理解を深めるため、ここでは本書の読み方を例示します。

物語の登場人物たちが経験する課題や感情は、多くの組織で共通して見られるものです。これらの要素を自組織の文脈で解釈し直すことにより、有益な学びを得ることができます。本書の中で描かれる組織の課題は、組織の根本的な問題を示唆していることにも注意を払う必要があります。

本書の概要と構成

物語パートの中心となるのは、新卒入社3年目で転職を決意した双葉と、スタートアップ企業から転職してきたゆいです。二人が新しい職場で出会う様々な場面を、採用前から退職後に至る13のプロセスを通じて描きました。解説パートでは、学術的な研究成果や実務的な知見を提供し、問題解決に向けた方向性を述べました。

物語と解説を交互に配置する構成により、感情的な理解と理論的な学びを同時に深めることができます。このアプローチによって、EXの本質的な理解と実践的な応用が可能となるのではないかと考えています。

各章の最後には、現状を振り返るためのリストを用意しています。自組織の分析や改善計画の策定に有効かもしれません。知識を実践に結びつけるために活用してみてください。

本書には多くのコラムを収録しており、理論の深堀、先進企業の事例、経験則などを紹介しています。これらの内容は、実践に向けた参考として活用できます。

担当領域のパートを読み、目の前の課題を解決するためのヒントを得る

まずは自身が担当する領域に関連する部分から読み始めることをお勧めします。例えば、採用担当者は、採用プロセスに関する部分を優先的に読むことで、現状の課題に対する示唆を得られます。

物語パートでは、実際の職場で発生する課題が克明に描かれています。これらの状況と自身が直面している課題を比較することで、問題の本質をより深く理解できるでしょう。解説では、その課題に対する理論的な背景や解決に向けたアプローチが説明されています。

これらの要素を組み合わせることで、目前の課題に対する新たな視点や解決策を見出せるかもしれません。理論的な裏付けのある解決策は、組織内での説得力も高く、施策の実行がより円滑になることが期待されます。

物語の中で描かれる失敗の事例からも、学びを引き出すことができます。なぜそのような状況に至ったのか、どのような対応が可能だったのかを検討することで、実践的な知見が得られます。同様に、成功事例についても、その背景にある要因や条件を分析することで、自組織への適用可能性を検討しましょう。

担当領域における課題の構造的な理解を深めることも大切です。個別の事象を独立した問題として捉えるのではなく、それらの相互関連性を理解することで、実効性の高い解決策を見出していきます。

担当外のパートを読み、担当領域への活かし方を考える

担当外の領域に関する部分を読むことで、新たな発見や視点を得ることができます。例えば、研修担当者が採用の部分を読むことで、採用段階での体験が研修の効果にどのような影響を及ぼすかについて考察します。

他領域の課題や解決策を理解することは、自身の担当領域を異なる角度から見直す機会となります。また、組織全体のEXを理解することで、自身の担当領域が全体の中でどのような位置づけにあるのかを把握できます。

こうした視野の拡大は、適切な施策の立案や、他部門との協力関係の構築につながります。組織全体のEXを高めるためには、部門を超えた理解と連携が不可欠です。従業員の体験は一連の流れとして存在するため、部門間の情報共有と協力が必要となります。

他領域の課題解決に向けたアプローチは、自身の担当領域にも応用できる可能性があります。異なる文脈で用いられている方法や考え方を、自身の領域に適合させることで、新たな解決策を見出すことでしょう。他領域での取り組みを知ることで、自部門の施策が他部門へ及ぼす作用についても理解できます。

全体を読み、一人の人がどんな体験をどんな感情で経るかを想像する

物語と解説の全体を通読することで、一人の従業員が組織の中でどのような体験を積み重ね、そこでどのような心理状態になるのかを理解します。とりわけ、主人公の双葉とゆいの心情の変化を追うことで、従業員の感情の機微を理解することができます。

採用前から退職後に至る過程において、従業員はさまざまな場面で喜びや不安、失望、期待などの感情を抱きます。これらの感情が次の行動にどのように作用するのか、またエンゲージメントがどのように変化していくのかを理解することは、EXを設計する上で欠かせない視点となります。

感情の機微を理解することで、従業員の心情に配慮した施策を検討しやすくなります。問題が生じた際の対応においても、従業員の感情に寄り添ったアプローチを取ることができるでしょう。これは表面的な対応ではなく、従業員の本質的な期待や要望に応えることを意味します。

表面化している感情の背景にある期待や不安を理解することが重要です。同じ状況でも、個人によって受け止め方や感じ方は異なります。個人差を理解し、柔軟な対応を考えることが、効果的なEXの実現につながります。従業員の感情は時間とともに変化していきます。変化のプロセスや要因を理解することも、適切な支援を提供する上で必要となります。

全体を読み、どの経験がどの経験に影響しそうかを考える

各プロセスでの経験が、その後のプロセスにどのように作用するのかを考えながら読むことで、EXの連鎖的な特徴を理解していきます。例えば、入社時のオリエンテーションでの体験が、その後のスキルの獲得や信頼関係の構築にどのように関連するのかを考えると良いでしょう。

経験間の関係性を理解することは、適切なEXの設計をもたらします。特定のプロセスにおける改善が、他のプロセスにどのようなプラスの効果をもたらすのか、あるいは逆に、ある場面における失敗が後のプロセスにどのようなマイナスの結果を招くのかを予測します。

この観点は、限られた資源の中で優先的に取り組むべき課題を見定める際にも有用です。効果の大きいプロセスに力を注ぐことで、効率的にEXの改善を図ることができます。とりわけ、初期の体験は後続の体験に意味を持つことが多いため、入社時やキャリアの転換点での体験設計には細心の注意を払うべきでしょう。

因果関係の仮説を立てることは、組織における体験の構造を理解する上で助けになります。個々の体験は独立して存在するのではなく、相互に作用し合いながら従業員の組織に対する印象や姿勢を形作っていきます。

プラスの体験の連鎖を生み出すための仕組みづくりも必要です。ある場面での良い体験が、次の場面での前向きな姿勢や行動につながり、それがまた新たな良い体験を生む。このような好循環を生み出すための施策を検討しましょう。

エピソードを読み、自分たちならどうするかを検討してから、解説を読む

物語パートを読んだ後、直ちに解説パートに進むのではなく、その状況で自分たちならどのように対処するかを考えてみるのは、いかがでしょうか。実際の現場で遭遇する可能性のある状況について、事前に検討を行います。

思考実験を行うことで、自組織の現状や課題を明確に認識できます。チームで検討を行えば、メンバー間で認識のずれがないかを確認もできます。これは課題解決の練習にとどまらず、組織としての対応能力を高める機会にもなります。

その後に解説パートを読むことで、自分たちの検討内容と照らし合わせ、適切な対応方法を学べます。学習プロセスを通じて、実践的な能力を養えるでしょう。自分たちの検討と解説の内容を比較することで、自組織の特徴や課題を理解するのです。

このアプローチは、組織内での共通理解を形成する機会としても活用できます。同じ状況に対する異なる立場からの見方や意見を共有することで、総合的な解決策を見出し得ます。また、組織としての対応方針や価値観を確認できるはずです。

失敗を恐れずに意見を出し合い、それを建設的に議論する習慣を作ることで、より柔軟で創造的な組織づくりを進めましょう。

マネジャーの立場で読み、部下が経験する可能性のある課題をイメージする

マネジャーの視点から本書を読むことで、部下が直面する可能性のある課題を事前に把握し、必要な支援を検討することができます。物語パートに登場する様々な場面で、部下がどのような不安や戸惑いを感じる可能性があるのかを予見します。

この視点での読み込みは、予防的なマネジメントの実践を可能にします。課題が表面化する前に対応を取ることで、部下の不安や不満を最小限に抑えられます。問題が発生した際にも、適切な支援を提供することができます。

マネジャーとしての視点を持って読むことで、部下の育成や職場環境の改善に向けた計画を立てられます。部下一人一人の状況や特性に応じた支援の方法を考えましょう。同じ状況でも、個人によって必要とする支援は異なります。

部下の成長段階と現状に応じた権限の移譲や挑戦の場を提供することが求められます。部下が成長を実感できる場を提供することで、意欲の向上や組織に対する信頼感の醸成がもたらされます。

過去の経験を振り返りながら全体を読み、当時の対応の妥当性を検証する

本書を読みながら、自身が以前に経験した類似の状況における対応を振り返ることで、当時の対応の妥当性を検証します。物語パートに描かれる状況と自身の経験を照らし合わせることで、別の対応方法があったのではないかと気づけます。

この振り返りは、今後、同様の状況における対応の改善に結びつきます。組織としての対応方法を見直す契機ともなります。過去の経験から得た学びを、組織の仕組みや制度の改善に活かしましょう。

成功事例と失敗事例の両方を客観的に分析することが求められます。成功の要素や失敗の原因を検討することで、より良い対応方法を見出せるでしょう。当時の環境や制約も含めて振り返ることで、現実的な改善策を検討できます。

振り返りは、自身の成長の機会としても活用可能です。過去の判断や行動を見直すことで、自身のマネジメントの方法や考え方を再確認します。その時々の判断の背景にあった考え方を見直すことで、より成熟した対応を考えられます。

組織内での知見の共有や、優れた実践の確立にも有益です。個人の経験を組織の財産として活用することで、EXの実現を図りましょう。

全体を読み、自社の状況と照らし合わせて、自社の課題を抽出する

本書全体を自社の状況と照らし合わせながら読むことで、自社のEXにおける課題を具体的に抽出できます。物語パートに描かれる様々な場面について、自社でも同様の問題が存在していないかを確認すると良いでしょう。

普段は気づきにくい課題や、表面化していない問題を発見できるかもしれません。解説パートを参考にすることで、それらの課題への対応方法を検討することも可能です。

課題の抽出と対応策の検討を通じて、自社のEX改善に向けた行動計画を作成しましょう。課題の優先順位づけと、実行可能な改善策の立案が必要です。

こうした取り組みは、組織の現状を客観的に評価するきっかけになります。自社の優位性や改善点を明確にすることで、適切な改善策を導き出します。

業界固有の課題や、自社の事業特性に関連する課題についても検討することが大事です。一般的なEXの課題に加えて、自社固有の課題を特定し、それに対する独自の解決策を検討することをお勧めします。

社内の利害関係者と一緒に読み、組織の改善に向けた目線を合わせる

本書を社内の関係者と共に読み、議論することで、組織の改善に向けた共通認識を形成できます。例えば、物語パートを題材に、自社における類似の状況について意見を交換すれば、それぞれの立場からの視点や問題意識を共有できます。

対話を通じて、組織の改善に向けた方向性を確認し、具体的な施策について合意形成を図っていきましょう。各部門の機能や連携の方法についても、建設的な議論を行います。組織全体でEXの改善に取り組むためには、関係者間での認識の共有と協力関係の構築が欠かせません。

トップマネジメントから現場の従業員まで、様々な立場の人々が参加する対話の場を設けましょう。それぞれの視点や経験を共有することで、総合的な課題認識と解決策を見出せます。対話を通じて、組織としての一体感や共通の目的意識を醸成します。

EXの改善は、制度や仕組みの改善にとどまらず、組織文化の変革にも結実する可能性があります。関係者間で共通の理解を得ることで、効果的に変革を推進できるに違いありません。

対話の場は、部門間の隔たりを超えた協力関係を構築する場としても活用します。EXの改善には、多くの場合、複数の部門の協力が必要となります。早い段階から関係者間の対話を促すことで、円滑な協働体制を構築しましょう。

こうした取り組みを通じて、組織内の学習と改善の循環を生み出します。定期的に関係者が集まり、進捗を確認し、新たな課題について議論する習慣を作ることができます。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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