2024年11月7日
ボトムライン・メンタリティ:結果至上主義の代償
ビジネスの世界では、しばしば「結果を出すこと」が重要視されます。企業間の競争が激しくなり、短期的な成果や利益を追い求める傾向が強まっています。そのような中で、一部の上司は「ボトムライン・メンタリティ」という考え方を持つようになりました。ボトムライン・メンタリティとは、企業の利益や損益といった「ボトムライン」を最優先に考え、その他の要素を軽視する一元的な思考を指します。
ボトムライン・メンタリティは組織の業績向上に役立つように思われるかもしれません。しかし、実際にはボトムライン・メンタリティが組織や従業員に与える影響は複雑で、必ずしも良い結果ばかりではありません。むしろ、組織に悪影響を及ぼす可能性すらあります。
本コラムでは、上司のボトムライン・メンタリティが従業員や組織にどのような影響を与えるのか、詳しく見ていきます。ボトムライン・メンタリティが引き起こす問題点を理解することで、より健全で持続可能な組織運営について考えるきっかけとなれば幸いです。
社会的な妨害を生み出す
ボトムライン・メンタリティを持つ上司は、組織の利益や業績を最優先するあまり、倫理や人間関係を軽視しがちです。このような上司の下で働く従業員は、どのような影響を受けるのでしょうか。
ある研究では、上司のボトムライン・メンタリティが従業員の「社会的妨害」行動を促進することが明らかになりました[1]。社会的妨害とは、他者の仕事の成功や評判を損なうような行動を指します。例えば、同僚の功績を横取りしたり、重要な情報を隠したりする行為です。
アメリカの様々な業界で働く113組の従業員とその上司、同僚を対象に調査した結果、上司のボトムライン・メンタリティが強いほど、従業員も同じようなメンタリティを持つようになり、それが社会的妨害行動につながることが分かりました。
このような結果になる理由は、上司がボトムライン・メンタリティを強く持っていると、従業員は「利益を上げることが最も重要だ」というメッセージを受け取るからです。そして、自分も成果を上げることに固執するようになり、その結果、他者の成功が自分の評価を下げることになると考え、同僚の足を引っ張るような行動を取りやすくなります。
この傾向は従業員の個人特性によって異なることも明らかになりました。例えば、自尊心が高く、誠実性が強い従業員は、上司のボトムライン・メンタリティの影響を受けにくいことが示されました。こうした特性を持つ従業員は、自分の価値観や倫理観を大切にするため、たとえ上司がボトムライン・メンタリティを持っていても、社会的妨害行動に走りにくいのです。
チームの結束力を弱める
ボトムライン・メンタリティを持つ上司は、チームの結束力にも悪影響を与える可能性があります。83か国にまたがる531人の上司と2653人の部下を対象に、上司のボトムライン・メンタリティがチームの結束力にどのような影響を与えるかが調査されています[2]。
上司のボトムライン・メンタリティが強いほど、チームの結束力が低下する傾向が見られました。ボトムライン・メンタリティの強い上司は業績や利益を最優先するあまり、チームメンバー間の関係性や個々の従業員の成長を軽視しがちだからです。このような環境では、従業員は「自分たちはただの数字として扱われている」と感じるようになり、結果としてチームの一体感や協力関係が損なわれてしまいます。
さらに、上司のリーダーシップスタイルがボトムライン・メンタリティとチームの結束力の関係に影響を与えることも分かりました。ボトムライン・メンタリティの強い上司は、指示的リーダーシップを取る傾向があります。これは部下に対して細かい指示を出し、厳しく管理するスタイルです。一方で、参加型リーダーシップ(部下の意見を取り入れ、意思決定に参加させるスタイル)は取りにくくなることが検証されました。
指示的リーダーシップは、短期的には効率的に見えるかもしれませんが、長期的にはチームの自主性や創造性を阻害し、結束力を弱める要因となります。対照的に、参加型リーダーシップは、チームメンバーの意見を尊重し、彼らの成長を促すため、結束力を高める効果があります。
また、性別による違いも明らかになりました。女性上司の場合、ボトムライン・メンタリティがチームの結束力に与える負の影響がより顕著でした。これは、女性リーダーに対する社会的期待が関係していると考えられます。一般的に、女性リーダーには「有能でありながら親しみやすい」という二重の期待があります。ボトムライン・メンタリティを強く持つ女性上司は、この期待に反することになり、結果としてチームの結束力により大きな悪影響を与えてしまうのでしょう。
道徳心の高い部下は離職したいと考える
ボトムライン・メンタリティを持つ上司の下で働く従業員は、様々な葛藤を経験します。特に、道徳心の高い従業員にとって、ボトムライン・メンタリティの強い上司との関係は大きなストレス源となります。
アメリカの大学生でフルタイムおよびパートタイムの仕事を持つ153名を対象に、上司のボトムライン・メンタリティが従業員の行動と離職意向に与える影響を調査しました[3]。この研究で特に注目されたのは、「道徳的アイデンティティ」を持つ従業員の反応です。道徳的アイデンティティとは、自分を道徳的な人間だと強く認識し、それを重要な自己概念として持っている状態を指します。
調査の結果、ボトムライン・メンタリティの強い上司の下では、従業員が「非倫理的向リーダー行動」を取ることが分かりました。非倫理的向リーダー行動とは、上司の利益のために組織の規則や倫理基準に反する行動を指します。例えば、上司の指示で会社の経費を不正に使用したり、問題のある取引を隠蔽したりする行為が該当します。
道徳的アイデンティティの強い従業員ほど、このような状況下で強い離職意向を示すことが明らかになりました。この理由の一つとして、「認知的不協和」という心理状態が考えられます。認知的不協和とは、自分の信念や価値観と実際の行動が一致しない時に感じる心理的な不快感のことです。
道徳的アイデンティティの強い従業員は、ボトムライン・メンタリティの強い上司の下で非倫理的な行動を取ることを余儀なくされると、強い認知的不協和を経験します。「自分は道徳的な人間だ」という自己認識と、「上司の指示で非倫理的な行動を取っている」という現実の間に大きな矛盾を感じるのです。
この矛盾は、従業員に強いストレスをもたらします。自分の価値観を裏切るような行動を続けることは、精神的な負担が大きく、仕事への満足度を大きく低下させます。その結果、「この職場を去りたい」という気持ちが強くなるのです。
パフォーマンスと非倫理的行動の両方を促す
ボトムライン・メンタリティを持つ上司は、従業員のパフォーマンスを向上させる一方で、非倫理的な行動も促進する可能性があります。この一見矛盾する影響について、ナイジェリアの銀行員を対象とした研究があります。
研究では、225名の銀行員とその上司181名を対象に、3回にわたる調査を実施しました[4]。上司のボトムライン・メンタリティ、従業員の野心、従業員が感じる「ボトムラインへの義務感」、従業員のタスク・パフォーマンス、そして非倫理的向組織行動が測定されました。
結果は複雑でした。上司のボトムライン・メンタリティは、従業員の「ボトムラインへの義務感」を強めることが分かりました。ボトムライン・メンタリティの強い上司の下で働く従業員は、「組織の利益を上げることが自分の重要な責務だ」と強く感じるようになりました。
この義務感は、従業員のパフォーマンスを向上させる効果があります。数字で結果を出すことを重視する上司の下で、従業員も成果を上げることに注力するようになるのです。これは、短期的には組織にとってポジティブな影響と言えるでしょう。
しかし同時に、この義務感は非倫理的向組織行動も促進することが明らかになりました。「組織の利益のためなら、多少のルール違反は仕方ない」と考えるようになるのです。例えば、顧客に対して誤解を招くような情報を提供したり、組織の不正を隠蔽したりする行為が該当します。
従業員の「野心」がこれらの影響を強める効果があることも分かりました。野心の強い従業員ほど、上司のボトムライン・メンタリティの影響を強く受け、ボトムラインへの義務感が高まりやすいのです。その結果、パフォーマンスの向上と非倫理的行動の増加がより顕著に見られました。
野心の強い従業員は、自身のキャリアを成功させたいという強い欲求を持っています。ボトムライン・メンタリティの強い上司の下では、「結果を出すこと」が評価や昇進につながると考えるようになります。そのため、パフォーマンスを向上させようと一生懸命努力する一方で、その過程で倫理的な判断を曲げてしまうリスクも高まるのです。
結局はパフォーマンスを下げる
ボトムライン・メンタリティを持つ上司は、短期的には従業員のパフォーマンスを向上させる可能性があることを見てきました。しかし、興味深いことに、長期的には逆効果になる可能性があることが明らかになっています。
様々な業界から189組の上司と従業員のペアを対象に、2回にわたる調査を行いました[5]。1回目の調査では、従業員が上司のボトムライン・メンタリティを評価し、また自身のボトムライン・メンタリティについても回答しました。2回目の調査では、従業員が上司との関係(LMX: Leader-Member Exchange)の質を評価し、上司が従業員の業務パフォーマンスを評価しました。
その結果、上司のボトムライン・メンタリティが強いほど、従業員は上司との関係の質が低いと感じ、そしてそれが業務パフォーマンスの低下につながることが明らかになりました。
ボトムライン・メンタリティの強い上司は、数字上の成果を重視するあまり、従業員との良好な関係構築を軽視しがちです。従業員は「自分は単なる数字として扱われている」と感じ、上司との関係に不満を抱くようになります。
この不満は、従業員のモチベーション低下につながります。上司との関係が良好でないと、従業員は「頑張っても認められない」と感じ、最小限の努力で仕事をこなすようになるのです。その結果、業務パフォーマンスが低下してしまいます。
この研究では従業員自身のボトムライン・メンタリティの影響も調査されました。従業員のボトムライン・メンタリティが低い場合、要するに従業員が利益以外の要素も重視する傾向がある場合、上司のボトムライン・メンタリティがパフォーマンスに与える悪影響はさらに強くなることが分かりました。価値観の不一致がより大きなストレスや不満を生み出すためだと考えられます。
一方で、従業員自身もボトムライン・メンタリティが高い場合、上司のボトムライン・メンタリティの悪影響は多少緩和されることが示されました。しかし、それでも完全には相殺されず、パフォーマンスへの悪影響は残りました。
安全行動に悪影響が及ぶ
ボトムライン・メンタリティを持つ上司の影響は、従業員のパフォーマンスや人間関係だけでなく、安全行動にも及ぶことが明らかになっています。特に、危険を伴う職場環境では、この影響が深刻な結果をもたらす可能性があります。
中国の炭鉱労働者を対象とした研究があります。研究では、14社の炭鉱企業から422名の労働者を対象に、上司のボトムライン・メンタリティが従業員の安全行動にどのような影響を与えるかを調査しました[6]。
結果としては、上司のボトムライン・メンタリティが強いほど、従業員の安全行動が低下することが明らかになりました。利益や生産性を最優先する上司の下では、従業員が安全規則を軽視したり、危険な行動を取ったりするということです。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか。研究者たちは、この現象を「感情的疲労」と「安全意識の低下」という二つの要因で説明しています。
まず、ボトムライン・メンタリティの強い上司の下で働く従業員は、強いストレスにさらされます。「生産性を上げよ」「コストを削減せよ」といった圧力にさらされ続けることで、従業員は精神的に疲弊します。この「感情的疲労」は、注意力や判断力の低下につながり、結果として安全行動が疎かになるのです。
次に、ボトムライン・メンタリティの強い上司は、安全よりも生産性を重視するメッセージを暗に発信しています。このような環境下では、従業員の安全意識が徐々に低下していきます。「多少の危険は仕方ない」「安全規則を守っていては仕事が進まない」といった考えが広まり、安全行動が軽視されるようになります。
この研究では中国の伝統的な文化(上下関係を重んじる態度)がこの影響にどのように作用するかも調査されました。結果、伝統的な価値観を強く持つ従業員ほど、上司のボトムライン・メンタリティの影響を受けやすいことが分かりました。
具体的には、伝統的な価値観の強い従業員は、上司のボトムライン・メンタリティに対して感情的疲労を感じにくい一方で、安全意識の低下がより顕著に見られました。これは、上司の考えを尊重し、それに従おうとする態度が強いためだと考えられます。
反対に、伝統的な価値観が弱い従業員は、上司のボトムライン・メンタリティに対して強い感情的疲労を感じる一方で、安全意識の低下は比較的少ないという結果でした。これらの従業員は、上司の考えに疑問を感じやすく、安全に関する自分の判断を保持しやすいのです。ただし、感情的疲労が安全行動を抑えるため、結局、ボトムライン・メンタリティの悪影響はなくなりません。
情緒的に疲弊し、沈黙を選ぶ
ボトムライン・メンタリティを持つ上司の影響は、従業員の行動や安全意識だけでなく、彼ら彼女らの心理状態や組織内でのコミュニケーションにも及ぶことが明らかになっています。中国の企業を対象とした興味深い研究では、上司のボトムライン・メンタリティが従業員の「感情的疲労」を引き起こし、それが「従業員の沈黙」につながることが実証されました。
研究では、中国の4つの企業に勤める325人の従業員を対象に、1か月おきに3回の調査を実施しました[7]。調査では、上司のボトムライン・メンタリティ、従業員の感情的疲労、従業員の沈黙行動、そして従業員の「誠実性」という個人特性が測定されました。
そうしたところ、上司のボトムライン・メンタリティが強いほど、従業員の感情的疲労が高まり、それが従業員の沈黙行動を促進することが明らかになりました。
ボトムライン・メンタリティの強い上司の下では、従業員は常に高い業績プレッシャーにさらされます。「どんな手段を使ってでも結果を出せ」というメッセージを暗に受け取り続けることで、従業員は精神的に疲弊していきます。この状態が「感情的疲労」です。
感情的疲労に陥った従業員は、自分の意見や懸念を表明するエネルギーを失います。「言っても無駄だ」「問題を指摘すれば自分が責められるかもしれない」といった思考に陥り、沈黙を選択するようになります。この沈黙は、組織にとって危険な状態です。問題が早期に発見されず、改善の機会が失われてしまうからです。
研究では従業員の「誠実性」という個人特性が、ボトムライン・メンタリティの影響をどのように調整するかも調査されました。誠実性が低い従業員ほど、上司のボトムライン・メンタリティの影響を強く受け、感情的疲労を通じて沈黙行動に至りやすいことが分かりました。一方、誠実性が高い従業員は、ボトムライン・メンタリティの影響を受けにくく、感情的疲労も少なく、結果として沈黙行動も少ない傾向が見られました。
誠実性の高い従業員は、責任感が強く、自己管理能力に優れています。そのため、ボトムライン・メンタリティの強い上司の下でも、自分の価値観や信念を保ち、ストレスに対処する能力が高いのです。一方、誠実性の低い従業員は、上司の圧力に対して効果的に対処する能力が低く、結果として感情的疲労に陥りやすくなります。
脚注
[1] Greenbaum, R. L., Mawritz, M. B., and Eissa, G. (2012). Bottom-line mentality as an antecedent of social undermining and the moderating roles of core self-evaluations and conscientiousness. Journal of Applied Psychology, 97(2), 343.
[2] Riisla, K., Wendt, H., Babalola, M. T., and Euwema, M. (2021). Building cohesive teams? The role of leaders’ bottom-line mentality and behavior. Sustainability, 13(14), 8047.
[3] Mesdaghinia, S., Rawat, A., and Nadavulakere, S. (2019). Why moral followers quit: Examining the role of leader bottom-line mentality and unethical pro-leader behavior. Journal of Business Ethics, 159(2), 491-505.
[4] Babalola, M. T., Mawritz, M. B., Greenbaum, R. L., Ren, S., and Garba, O. A. (2021). Whatever it takes: How and when supervisor bottom-line mentality motivates employee contributions in the workplace. Journal of Management, 47(5), 1134-1154.
[5] Quade, M. J., McLarty, B. D., and Bonner, J. M. (2020). The influence of supervisor bottom-line mentality and employee bottom-line mentality on leader-member exchange and subsequent employee performance. Human Relations, 73(8), 1157-1181.
[6] Niu, L., Xia, W., and Qiao, Y. (2022). The influence of leader bottom-line mentality on miners’ safety behavior: A moderated parallel mediation model based on the dual-system theory. International Journal of Environmental Research and Public Health, 19(18), 11791.
[7] Wan, W., Zhang, D., Liu, X., and Jiang, K. (2021). How do Chinese employees respond to leader bottom-line mentality? A conservation of resources perspective. Social Behavior and Personality: an international journal, 49(3), 1-11.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。