2024年11月5日
セルフコントロールの効果:衝動と目標の狭間で
セルフコントロールとは、衝動や欲望を抑え、長期的な目標に向かって行動する力のことです。職場においてさまざまな誘惑や困難に直面しますが、セルフコントロールを用いることで、より良い選択をして目標を達成することができます。
本コラムでは、職場におけるセルフコントロールの役割や影響について見ていきます。セルフコントロールは、個人の性格特性だけでなく、環境や状況にも左右されます。また、セルフコントロールが高いことが必ずしも良い結果につながるとは限りません。
本コラムを通じて、セルフコントロールの複雑な側面と、それが職場にもたらす影響について理解を深めていきましょう。
セルフコントロールとは何か
セルフコントロールは、簡単に言えば、短期的な欲望や衝動を抑え、長期的な目標を達成するための力です。例えば、締め切りの迫った仕事があるときにSNSを見たい気持ちを抑えて作業に集中することや、同僚との対立場面で冷静に対応することなどがセルフコントロールの例です。
研究者たちは、セルフコントロールのプロセスを3つの段階に分けています[1]。まず「活性化段階」では欲望と目標の対立が生じます。次の「行使段階」では、セルフコントロールを発揮するための動機や能力、努力が関わります。最後の「実施段階」では、外部環境の影響を受けながらセルフコントロールの結果が現れます。
活性化段階では、例えば仕事中にゲームをしたい欲望と、仕事を期限内に終わらせたいという目標が対立するような状況が考えられます。この対立の強さによって、セルフコントロールの必要性が決まります。
行使段階では、「制御動機」「制御能力」「制御努力」が関係します。制御動機はセルフコントロールを行う意欲で、目標の重要性や欲望の強さに影響されます。制御能力はセルフコントロールを実行するための認知的リソースのことです。ストレスや睡眠不足は、この能力を低下させます。制御努力はセルフコントロールを行うためのエネルギーです。
実施段階では、外部環境の要因が影響します。例えば、オープンオフィスで周囲の目があることで、仕事に集中しやすくなる状況もセルフコントロールの一形態と考えられます。
セルフコントロールが単なる個人の性格特性ではなく、状況や環境に左右される点は興味深いところです。ストレスの多い環境では、普段セルフコントロールの高い人でもその能力が低下することがあります。
また、セルフコントロールを長時間続けることで能力が枯渇する「自我枯渇」という現象もあります。長時間の集中作業後にダラダラしてしまう経験は多くの人が持っていることでしょう。
職場におけるセルフコントロールを考える際にも、個人の特性だけでなく、環境や状況、時間の経過による変化も考慮する必要があります。
セルフコントロールは仕事上の良い行動につながる
セルフコントロールが高い人は職場でどのような行動をとるのでしょうか。研究において、セルフコントロールと自発的な労働行動の関係が注目されています[2]。
自発的な労働行動には、組織にとって有益な行動である組織市民行動と、逆に有害な行動である反生産的行動が含まれます。組織市民行動の例としては、同僚を助けたり、仕事の改善提案をしたりすることがあります。一方、反生産的行動には、サボりやいじめなどが含まれます。
研究の結果、セルフコントロールの高い従業員は組織市民行動をより多く行い、反生産的行動を減少させることが分かりました。セルフコントロールの高い人は組織にとって望ましい行動をとりやすく、望ましくない行動を控える傾向があるのです。
このような結果が得られた理由として、研究者たちは、セルフコントロールの高い人が以下のような特徴を持つと考えています。
- セルフコントロールの高い人は、短期的な欲望や衝動を抑え、長期的な目標を追求する能力が高い。組織の長期的な利益につながる組織市民行動を行いやすくなる
- セルフコントロールの高い人は、ネガティブな感情をうまく管理できる。ストレスや不満を感じても、それを不適切な行動に結びつけにくくなる
- セルフコントロールの高い人は、社会的規範や組織のルールを守る。組織市民行動のような望ましい行動を取りやすくなる
- セルフコントロールの高い人は、自分の時間や労力を効果的に管理できる。自分の仕事をこなしながら、組織市民行動のような追加的な行動を行う余裕がある
セルフコントロールの高い従業員は、仕事の満足度も高い傾向にありました。そして、この高い仕事満足度が、組織市民行動の増加と反生産的行動の減少につながっていました。
セルフコントロールが高い人は、自分の感情や行動をうまく管理できるため、仕事に対してより肯定的な態度を持ちやすくなります。その高い仕事満足度が、組織に対する積極的な貢献を促進し、不適切な行動を抑制します。
従業員のセルフコントロールを高めることは、個人の生産性を向上させるだけでなく、組織全体の雰囲気や効率性を改善する可能性があると言えるでしょう。
セルフコントロールが高いとネットでサボらない
デジタル技術の発展により、職場におけるインターネット利用が日常的になっています。しかし、これは同時に新たな問題も引き起こしています。その一つが「サイバー労働行動」、勤務時間中に個人的な目的でインターネットを使用する行動です。
ある研究が、このサイバー労働行動とセルフコントロールの関係に焦点を当てました[3]。組織内での公平感とサイバー労働行動の関係に、セルフコントロールがどのように影響するかを調査しました。研究の結果、次の発見がありました。
- 男性は女性よりもサイバー労働行動を取る
- 年齢が上がるほどサイバー労働行動が増える
- 業務関連のインターネット使用時間が長いほど、サイバー労働行動が増える
- セルフコントロールが高い人は、サイバー労働行動が少ない
- 組織内での公平感が高いと感じている従業員は、セルフコントロールが高い場合にサイバー労働行動が減少する
本コラムのテーマに照らし合わせて最も重要な発見は、セルフコントロールの役割でしょう。セルフコントロールが高い人は、サイバー労働行動が少ないという結果は、セルフコントロールの重要性を強調しています。
セルフコントロールが高い人は、仕事中に個人的なウェブサイトを閲覧したり、個人的なメールをチェックしたりする誘惑に抵抗できるのです。
組織内での公平感とセルフコントロールの相互作用も注目に値します。組織が公正であると感じている従業員は、セルフコントロールが高い場合にサイバー労働行動が減少しました。組織の公正さが従業員の行動に影響を与え、特にセルフコントロールの高い従業員がその影響を受けやすいことを表しています。
従業員のセルフコントロールを高めることは、サイバー労働行動を減少させる効果的な方法かもしれません。また、組織内の公正感を高めることは、特にセルフコントロールの高い従業員のサイバー労働行動を減少させます。
セルフコントロールの動機があれば努力をする
セルフコントロールは重要な能力ですが、その能力を持っているだけでは十分ではありません。実際にセルフコントロールを発揮するためには、それを行使しようという動機が必要です。「自己制御動機」に焦点を当てた研究があります[4]。
研究では、職場におけるセルフコントロール失敗を説明する要因として、セルフコントロール動機(自分をコントロールしたいという意欲)に注目しています。従来の研究では、セルフコントロール資源の枯渇(精神的な疲労)がセルフコントロール失敗の主な原因と考えられてきましたが、この研究は新たな視点を提供しています。
研究の主な発見は次の通りです。
- セルフコントロール動機とセルフコントロール要求(外部からの圧力や期待)は、セルフコントロール努力を予測する。つまり、自分をコントロールしたいという意欲が高い人や、外部から自己制御を求められている人は、実際に自己制御のための努力をする
- セルフコントロール動機は、セルフコントロール努力を介して反生産的行動に間接的に影響を与えます。セルフコントロール動機が高い人はセルフコントロール努力を行い、その結果として反生産的行動が減少する
- セルフコントロール資源の枯渇はセルフコントロール努力を予測しなかった。これは、従来のセルフコントロールを行うと資源が枯渇し、その後のセルフコントロールが困難になるという理論に疑問を投げかける結果である
- セルフコントロール要求は、セルフコントロール資源の枯渇に間接的には影響を与えない。外部から自己制御を求められることが直接的に精神的疲労につながるわけではない
セルフコントロール動機の重要性が明らかになりました。セルフコントロールを発揮するためには、能力があるだけでなく、それを行使しようという意欲が必要なのです。例えば、締め切りの迫った仕事がある時に、SNSをチェックしたい衝動を抑えるためには、「仕事を終わらせたい」という動機が重要になります。
セルフコントロール資源の枯渇が必ずしもセルフコントロール努力を妨げない点は注目に値します。私たちが考えているほどセルフコントロール資源は簡単に枯渇しないかもしれません。
セルフコントロール要求が直接的に精神的疲労につながらないという結果も、職場におけるマネジメントに示唆を与えます。上司が部下にセルフコントロールを求めることは、必ずしも部下のストレスや疲労を増加させるわけではないのです。
セルフリーダーシップがセルフコントロールを下げる場合
これまで見てきたように、セルフコントロールは一般的に良い結果をもたらすと考えられています。しかし、全ての状況でセルフコントロールが有効というわけではありません。ある研究は、セルフリーダーシップがセルフコントロールを低下させる可能性があることを示しています[5]。
セルフリーダーシップとは、自分自身の行動や思考をコントロールし、目標達成に向けて自己を導くことです。一見、セルフコントロールと似ていますが、より広範囲な概念で、自己の動機づけや行動の戦略的な管理を含みます。
研究では、セルフリーダーシップ戦略の使用が、その後のセルフコントロールにどのような影響を与えるかを調査しました。また、仕事量が多すぎる状態と、仕事が複雑すぎる状態が、この関係にどのように影響するかも検討しています。
その結果、次のことが明らかになりました。
- セルフリーダーシップ、仕事量が多すぎる状態、仕事が複雑すぎる状態のいずれも、単独ではセルフコントロールに直接的な影響を与えなかった
- 仕事が複雑すぎる場合、セルフリーダーシップの使用はセルフコントロールの低下と関連していた。仕事が複雑で認知的に要求の高い状況では、セルフリーダーシップ戦略を使用することが逆効果になる
- 仕事量が多すぎる状態は、セルフリーダーシップとセルフコントロールの関係に影響を与えなかった
これらの結果は、セルフリーダーシップとセルフコントロールの関係が複雑であることを意味しています。
特に、仕事の質(複雑さ)と量が異なる影響を与える点は考えさせられます。仕事量が多いだけでは、セルフリーダーシップがセルフコントロールに与える影響は変わりません。しかし、仕事が複雑である場合、セルフリーダーシップがセルフコントロールを低下させます。
複雑な仕事がすでに認知的リソースを多く消費しているため、さらにセルフリーダーシップ戦略を使用することで、セルフコントロールのためのリソースが不足してしまうためかもしれません。
本コラムでは、職場におけるセルフコントロールについて、研究成果をもとに多角的に検討してきました。
セルフコントロールは、個人の成功と組織の効果的な機能に重要な役割を果たします。しかし、それは単純に「意志が強い」ことだけを意味するのではありません。環境、状況、個人の特性、動機づけなど、多くの要因が複雑に絡み合って、セルフコントロールの効果を決定しています。
脚注
[1] Lian, H., Yam, K. C., Ferris, D. L., and Brown, D. (2017). Self-control at work. Academy of Management Annals, 11(2), 703-732.
[2] Wang, Y. J., Chen, K. Y., Dou, K., and Liu, Y. Z. (2021). Linking self-control to voluntary behaviors at workplace: The mediating role of job satisfaction. Frontiers in Psychology, 12, 530297.
[3] Restubog, S. L. D., Garcia, P. R. J. M., Toledano, L. S., Amarnani, R. K., Tolentino, L. R., and Tang, R. L. (2011). Yielding to (cyber)-temptation: Exploring the buffering role of self-control in the relationship between organizational justice and cyberloafing behavior in the workplace. Journal of Research in Personality, 45(2), 247-251.
[4] Wehrt, W., Casper, A., and Sonnentag, S. (2020). Beyond depletion: Daily self‐control motivation as an explanation of self-control failure at work. Journal of Organizational Behavior, 41(9), 931-947.
[5] Muller, T., and Niessen, C. (2018). Self-leadership and self-control strength in the work context. Journal of Managerial Psychology, 33(1), 74-92.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。