2024年11月1日
プロボノの多面性:専門職の社会的役割を考える
プロボノは、専門家が無償で自らの知識やスキルを提供する社会貢献活動として知られています。企業の社会的責任への関心が高まる中、プロボノはますます注目を集めています。しかし、プロボノは単なる慈善事業ではありません。それは企業の方針、人材の育成、社会問題の解決など、様々な側面を持つ活動です。
本コラムでは、プロボノに関する研究結果を参考にしながら、その多面的な性質と影響について考えます。法律分野での先進的な取り組み、リーダー育成の手段としての活用、医療分野での実践例、そして活動を促進・妨げる心理的要因など、プロボノの様々な側面に光を当てていきます。
プロボノに参加する専門家自身や彼ら彼女らが所属する組織にとっての意義についても掘り下げていきます。さらに、プロボノの実施に伴う課題や、そこから生じる新たな不平等の可能性にも触れ、効果的で長続きするプロボノのあり方を探ります。
プロボノは、専門家の社会貢献への思いと職業的な技能が交わる領域です。本コラムを通じて、プロボノの持つ可能性と課題、そしてその社会的な意義についてお伝えできればと思います。
法律分野でのプロボノの長所と課題
法律分野は、プロボノの先駆者として知られています。弁護士や法律事務所が経済的に困難な人々や非営利団体に無償で法的支援を提供することは、長年にわたって行われてきました。この活動は、法律業界全体にとって意味を持っています[1]。
プロボノは、法律サービスを必要としながらもその費用を払えない人々にとって、重要な支援手段となっています。特に、国や自治体の法的支援が不十分な場合、プロボノがその穴を埋める形で機能しています。例えば、収入の少ない人々の労働問題や、社会的に弱い立場にある人々の権利保護など、通常では法的支援を受けることが難しい案件でも、プロボノを通じて専門的なサポートを受けることができます。
プロボノは法律事務所や弁護士にとっても、社会的責任を果たす機会となっています。高度な専門知識を活かして社会に貢献することで、法律業界全体の評価向上にもつながっています。プロボノを通じて得られる経験や人脈は、法律事務所や弁護士個人のキャリア開発にも役立っています。
その一方で、プロボノには課題もあります。一つは、活動を長続きさせることの難しさです。特に小規模な法律事務所や地方の弁護士にとって、無償でサービスを提供し続けることは経済的負担となります。プロボノに割ける時間的余裕も限られているため、十分な支援を提供できない場合もあります。
こうした課題に対して、法律業界では様々な取り組みが行われています。例えば、プロボノを法律事務所の評価基準の一つとして位置づけることで、活動への参加を促進する動きがあります。プロボノを通じて若手弁護士が経験を積む機会を提供することで、人材育成と社会貢献を両立させる試みも行われています。
重要性は認識されているが十分に実施はされず
法律分野では、プロボノは弁護士の職業的義務の一部として位置づけられています。多くの弁護士や法律学生が、その重要性を理解し、社会正義の実現に貢献する手段として評価しています。しかし、実際にプロボノに参加している弁護士の割合は低く、イングランドおよびウェールズでは約5%程度にとどまっているという報告があります[2]。
この「言うは易く行うは難し」の状況には、いくつかの要因が関係しています。まず、時間の制約が障壁となっています。多くの弁護士が業務で忙しく、プロボノに時間を割くことが難しいと感じています。特に、「billable hours」(請求可能な時間)が重要な法律事務所では、無償の活動に時間を割くことが簡単ではありません。
経済的インセンティブの欠如も大きな要因です。プロボノは直接的な収益につながらないため、特に小規模な法律事務所にとっては負担となる可能性があります。短期的な経済的利益と長期的な社会貢献のバランスをどう取るかが、多くの法律事務所の課題となっています。
プロボノの実施状況を把握し、評価するシステムが十分に整備されていないことも問題です。活動の実態が見えにくいため、その価値や影響を評価することが難しく、結果として活動の促進にもつながっていません。
教育と実践のギャップも無視できない要因となっています。法学部の中にはプロボノをカリキュラムに取り入れ、その重要性を強調していますが、それが必ずしも卒業後の継続的な活動につながっていません。学生時代のプロボノ経験が、キャリアを通じた長期的なコミットメントに発展していない現状があります。
プロボノはリーダーの選抜と育成に
プロボノは様々な課題を抱えつつも、それが実行されれば、社会貢献活動にとどまらず、企業にとって人材育成の機会としても機能しています。特に、若手のリーダーシップ能力を育成し、将来のリーダーを選ぶための手段として注目されています。
法律事務所を対象とした研究では、プロボノが若手弁護士に「ストレッチ・ロール」、つまり通常の業務よりも責任の重い役割を与える機会となっていることが明らかになりました[3]。プロボノによって、若手弁護士は早い段階から重要な案件を任され、リーダーシップを磨く経験を得ています。
例えば、プロボノでは、若手弁護士が主導的に案件を管理したり、依頼人と直接交渉したりするタイミングが多々あります。これは通常は、上級弁護士が担当するような役割です。このような経験を通じて、若手弁護士は責任感やコミュニケーション能力、問題解決能力などを養うことができます。
プロボノは、若手弁護士の適性を評価するための情報源にもなっています。通常とは異なる環境で、どのようにリーダーシップを発揮し、困難な状況に対処するかを観察することで、将来の幹部としての資質を見極めることができます。
実際、プロボノが活発な法律事務所ほど、若手弁護士がパートナーに昇進する可能性が高いことが調査で明らかになっています。これは、プロボノを通じて獲得したスキルや経験が、昇進の際の評価基準となっていることを示唆しています。
プロボノを通じたリーダー育成には、いくつかの利点があります。まず、実際の依頼人を相手にするため、現実的な経験を積むことができます。また、プロボノは社会貢献という側面を持つため、参加者のやる気が高く、積極的に学ぶ姿勢が養われやすいという特徴があります。異なる背景を持つ依頼人や団体と接することで、ダイバーシティへの理解や柔軟な思考力も身につけることができます。
一方で、プロボノを人材育成や選抜の手段として活用する際には、いくつかの注意点もあります。例えば、プロボノへの参加機会が公平に提供されているか、評価基準が明確で透明性が確保されているかなどに気を付ける必要があります。また、プロボノと通常業務のバランスをどのように取るかも課題となります。
地域貢献や学生教育などにもつながる
プロボノは、法律業界や企業の人材育成に留まらず、地域貢献や学生教育など、より広範な影響をもたらしています。特に医療分野では、プロボノが地域社会の健康増進や、将来の医療従事者の育成に重要な役割を果たしています[4]。
医療分野におけるプロボノの一例として、理学療法士の学生が運営する無償クリニックがあります。アメリカのペンシルベニア州にある「Chester Community Physical Therapy Clinic」では、理学療法の学生たちが、地域の無保険者や低所得者向けに無償で理学療法サービスを提供しています。
このクリニックでは、学生たちが患者を診療することで、実践的なスキルを磨くとともに、医療従事者として必要な価値観や倫理観を養っています。例えば、患者とのコミュニケーション、治療計画の立案、他の医療専門家との連携など、学校教育では得られない経験を積むことができます。
同時に、この活動は地域社会にとっても意味を持っています。経済的な理由で医療サービスを受けられない人々に、理学療法を提供することで、地域全体の健康増進に貢献しているのです。学生と地域住民との交流を通じて、相互理解や信頼関係の構築にも役立っています。
歯科医療の分野でも、プロボノを通じた教育と地域貢献の取り組みが行われています。低所得者層の患者に対する治療の提供に関する研究では、この経験が将来の歯科医師の職業的態度や行動に影響を与えることが明らかになっています。
具体的には、学生時代にプロボノに参加した歯科医師は、将来的にも社会的弱者に対する医療提供に積極的な姿勢を持つ傾向が見られました。早い段階で多様な患者と接し、健康格差の現実を目の当たりにすることで、医療の社会的役割に対する理解が深まるためだと考えられています。
国際的な視点でのプロボノも注目されています。例えば、「World Spine Care」というプロジェクトでは、先進国の脊椎専門医が発展途上国で無償の医療サービスを提供しています。このプロジェクトは、医療を提供するだけでなく、現地の医療従事者の教育や、継続的な医療システムの構築にも貢献しています。
これらの事例から、プロボノは教育、地域貢献、国際協力など、多面的な価値を持つ活動であることがわかります。学生や若手専門家にとっては実践的な学びの場となり、地域社会にとっては必要不可欠なサービスの提供源となり、国際的な健康格差の解消にも役立っているのです。
一方で、プロボノを教育や地域貢献に活用する際には、課題も存在します。例えば、学生が提供するサービスの質をどのように保証するか、活動を長続きさせるためにはどうすればよいかなどが挙げられます。また、プロボノが正規の医療サービスの代わりにならないようにバランスを取ることも重要です。
専門家としての自覚や社会からの期待が促進
プロボノへの参加を促す要因は多岐にわたりますが、特に重要なのが、専門家としての自覚と社会からの期待です。これらの要因は、他の要因よりも強く作用し、プロボノへの継続的な参加を促進することが明らかになっています[5]。
医学生を対象とした研究では、プロボノに対する意欲を強く予測する要因が、専門家としての自覚と社会からの期待であることが示されました。具体的には、プロボノが自分の専門家としてのアイデンティティの一部であると感じている医学生や、医師としてプロボノを行うべきだという期待を持つ医学生は、より高い参加意欲を示しました。
このような結果が得られた背景には、専門家としてのアイデンティティの形成過程が関係しています。医学生は、教育を受ける過程で「医師とはどうあるべきか」という価値観を内面化していきます。その中で、社会貢献やプロボノが医師の重要な役割の一つであると認識されると、それが専門家としてのアイデンティティの一部として取り込まれていくのです。
社会からの期待も同様に重要な役割を果たしています。医療専門職全体として、あるいは所属する学校や病院の文化として、プロボノが重視されている場合、学生や医師はその期待に応えようとします。
興味深いのは、専門家としての自覚や社会からの期待が、ボランティア経験や性格特性といった他の要因よりも強い影響力を持っていることです。プロボノが一時的な善意の表れではなく、専門家としての自己認識や社会的役割の理解と結びついていることを表しています。
ステータスの高さがプロボノに偏りを生む
プロボノは、社会貢献の手段として認識されていますが、その実施にはステータスの高さに基づく偏りが存在することが明らかになっています[6]。特に、法律事務所と公益法律団体との協力関係において、この偏りが顕著に現れています。
研究によると、ステータスの高い大手法律事務所は、同様にステータスの高い公益法律団体との協力を優先する傾向があります。この現象は「ステータスシグナル仮説」として説明されています。ステータスの高い法律事務所は、自らのステータスを維持・向上させるために、同等のステータスを持つ組織と協力関係を結ぶのです。
例えば、全米トップクラスの法律事務所が、著名な人権団体や環境保護団体とプロボノで協力することで、自社の社会的評価を高めようとするかもしれません。これによって、一部の公益法律団体は多くの法律事務所からの支援を受けられる一方で、知名度の低い公益法律団体は支援を得ることが困難になるという不平等が生じています。
この偏りは、プロボノの本来の目的である「社会正義の実現」や「法的支援へのアクセス向上」とは矛盾する結果をもたらしています。支援を必要としている小規模な公益法律団体や草の根の活動団体が、十分な法的支援を受けられないという状況が出てきているのです。
一方で、中程度のステータスを持つ法律事務所は、より多様な公益法律団体と協力する傾向があることも明らかになっています。中間層の事務所が自らの立場を維持するために、多様な活動に参加するためだと考えられています。
例えば、地方都市の中堅法律事務所が、地域に根ざした様々な非営利団体と幅広く協力関係を結ぶことで、地域社会での存在感を高めようとするケースが挙げられます。このような事務所は、トップクラスの事務所ほど選り好みせず、より多様な公益法律団体と協力することで、自らの独自性を打ち出そうとします。
プロボノでは感情的価値が重視される
プロボノにおいて、従来のビジネスモデルとは異なる特徴が浮かび上がっています。それは、「感情的価値」が活動の継続や成功に影響を与えているという点です。一般的なビジネスでは「機能的価値」が重視されますが、プロボノでは参加者の感情的な満足感や充実感が重要な役割を果たしています。
研究によると、専門家がプロボノを続ける、あるいは中断する理由には、個人的・状況的要因とビジネス上の要因が関係していますが、特に「感情的価値」と「提供者の満足度」が重要です[7]。
具体的には、個人・状況要因の中で最も強い影響を与えているのは、内発的動機です。これは、社会貢献への喜びや自己実現などの内面的な満足感を指します。例えば、弁護士が経済的に困難な人々に法的助言を提供することで得られる充実感や、医師が無償で診療を行うことで感じる社会的使命の達成感などが該当します。
依頼者からの感謝も重要な要素です。プロボノを通じて直接的な感謝の言葉を受け取ることは、活動を続ける強い動機づけとなります。例えば、無償で治療を受けた患者から「本当に助かりました」という言葉をもらうことで、医療従事者は自分の活動の意義を再確認し、さらなる貢献への意欲が高まるのです。
一方で、感謝の欠如はプロボノを中断する要因となっています。例えば、建築士が無償で設計プランを提供しても、依頼者から感謝されるどころか批判を受けるといった経験は、活動継続の意欲を削ぐ可能性があります。
ビジネス上の要因では、雇用者の奨励がプロボノの継続に良い影響を与えています。企業の中にはプロボノを奨励する方針を採用しているところもあり、これが従業員の活動参加を後押ししています。例えば、年間の業務時間の一定割合をプロボノに充てることを推奨する制度を設けている企業もあります。
一方で、ビジネスチャンスと時間的制約は、プロボノの継続にマイナスの影響を与えています。特に、時間的制約は専門家がプロボノを続ける上での障害となっています。例えば、「請求可能な時間」が厳しく管理される企業では、プロボノに時間を割くことが難しくなる場合があります。
プロボノには積極的だがローボノには消極的
プロボノとは、専門家が無償で自らのスキルを提供する活動を指しますが、これと似て非なる「ローボノ」(低報酬の仕事)に対しては、専門家の態度が異なることがわかっています。ローボノとは、市場価格よりも低い報酬で専門的なサービスを提供する活動を指します。研究によると、特に成功している専門家は、プロボノには積極的である一方で、低報酬の仕事には消極的な傾向が見られます[8]。
この現象は、特に法律分野において顕著に観察されています。成功している弁護士や大手法律事務所は、無償のプロボノには積極的に参加する一方で、低報酬の仕事には消極的です。この一見矛盾した行動の背景には、複雑な心理的・社会的要因が存在しています。
成功している弁護士がプロボノに積極的な理由として、例えば、次の点が挙げられます。
- 無償で法的サービスを提供することで、「社会に貢献している」という評価を得ることができます。これは、弁護士個人や法律事務所の評判を高める効果があります。
- プロボノは、他の法律事務所との差別化を図る手段となります。依頼者は、社会貢献活動に積極的な法律事務所を好むかもしれません。
- プロボノを通じて、通常の業務では経験できない分野や案件に携わることができ、弁護士としてのスキルを広げることができます。
一方、同じ弁護士が低報酬の仕事に消極的な理由としては、次のような点が考えられます。
- 低報酬での仕事は、自身の専門性や能力の低さを示唆するシグナルとして捉えられる可能性があります。
- 低報酬で仕事を引き受けることは、十分な依頼者を持っていない、あるいは経済的に困窮しているという印象を与えるかもしれません。
- 高額な報酬を得ることが、法律分野での評価の一つの指標となっている中で、低報酬の仕事を引き受けることは、その評価を脅かしかねません。
この現象は、経済的な理由だけでなく、専門家のアイデンティティや社会的評価とも結びついています。成功した弁護士にとって、プロボノは自身の社会的地位や専門性を維持・向上させる手段として機能する一方、低報酬の仕事はそれらを脅かす可能性のあるリスクとして認識されているのです。
一方で、経済的に苦しい弁護士や新人弁護士は、低報酬の仕事に比較的積極的です。彼ら彼女らにとっては、低報酬であっても仕事を得ることが重要であり、また経験を積む機会としても価値があるからです。しかし同時に、プロボノには消極的な傾向があります。無償で働く余裕がないからです。
脚注
[1] Troska, Z. A. (2019). Pro bono as a socio-cultural practice of public service of qualified volunteers. CITISE, 5(22), 47-57.
[2] Kennedy, V. (2019). Pro bono legal work: The disconnect between saying you’ll do it and doing it. International Journal of Clinical Legal Education, 26(3), 25-53.
[3] Burbano, V. C., Mamer, J., and Snyder, J. (2018). Pro bono as a human capital learning and screening mechanism: Evidence from law firms. Strategic Management Journal, 39(11), 2899-2920.
[4] Goupil, K., and Kinsinger, F. S. (2020). Pro bono services in 4 health care professions: A discussion of exemplars. Journal of Chiropractic Humanities, 27, 21-28.
[5] Braverman, J., and Snyder, M. (2023). Psychological predictors of medical students’ involvement in pro bono. Teaching and Learning in Medicine, 35(2), 193-205.
[6] Leal, D. F., Paik, A., and Boutcher, S. A. (2019). Status and collaboration: The case of pro bono network inequalities in corporate law. Social Science Research, 84, 102325.
[7] Patterson, P. G., McColl-Kennedy, J. R., Lee, J. J., and Brady, M. K. (2020). Gaining insights into why professionals continue or abandon pro bono service. European Journal of Marketing, 54(12), 2967-2992.
[8] Hsu, C.-f., Chiang, I. K.-h., and Chang, Y.-c. (2019). Pro bono is pro, low bono is low: Qualitative and quantitative analysis of lawyers’ legal aid participation. SSRN. https://doi.org/10.2139/ssrn.3334506
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。