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コラム

不適正タスクに慣れてしまう従業員の危険な現実

コラム

なぜ、この仕事を私がしなければならないのか。このような気持ちになったことはありませんか。「不適正タスク」(Illegitimate tasks)は現代の職場において対処が必要な問題の一つです。不適正タスクとは、従業員が自分の役割や責任の範囲を超えていると感じる仕事のことです。

ある研究では、不適正タスクが従業員の燃え尽き症候群を引き起こす原因の一つであることが分かりました。さらに、その影響は翌日以降まで続くこともあります。不適正タスクへの反応は人によって異なります。悪い環境に慣れてしまい、追加の不適切な仕事にも反応しなくなる従業員がいることも明らかになっています。

本コラムでは、不適正タスクの実態と影響について、いくつかの研究結果をもとに見ていきます。従業員の自己評価はどのように傷つけられるのか。組織のどのような特徴が不適正タスクを生み出すのか。そして、この問題にどのように対処できるのか。不適正タスクの問題点を明らかにし、より良い職場を構成するための示唆を提供できればと思います。

努力と報酬の不均衡を感じて満足低下

不適正タスクが従業員に与える影響について、興味深い結果が報告されています。アメリカの従業員を対象とした調査において、不適正タスクが仕事の満足度や内発的動機に悪い影響を与えることが分かりました[1]

注目したいのは、不適正タスクが「努力と報酬の不均衡」を強める点です。努力と報酬の不均衡とは、従業員が仕事に払う努力に見合った報酬を得られていないと感じる状態を指します。不適正タスクを多く抱えると、従業員は「これだけ頑張っているのに、適切な評価や報酬を得ていない」という不公平感を強く感じるようになります。

不均衡感は、さらなるストレスや不満を生み、仕事へのやる気を失わせる結果となります。実際、調査では、努力と報酬の不均衡が仕事の満足度や内発的動機に悪影響を与えることが確認されました。不適正タスクは直接的に従業員の満足度を下げるだけでなく、努力と報酬の不均衡を通じてさらなる不満ややる気の低下につながるということです。

これらの影響には性差が見られました。男性の方が女性よりも、努力と報酬の不均衡を通じた間接的な影響をより強く受けました。社会的に期待される役割の違いが関係しているのかもしれません。男性は「より高い権限や責任を持つこと」を期待される可能性があるため、不適正タスクを受けると自尊心が強く傷つけられ、報酬に対する不満がより強くなると考えることもできます。

心理的権利感を介して燃え尽きに陥る

不適正タスクがもたらす影響は、仕事の満足度が下がるだけではありません。中国の企業を対象とした研究では、不適正タスクが従業員の燃え尽き症候群につながる仕組みが明らかになりました[2]

研究では、「心理的権利感」という考え方に着目しています。心理的権利感とは、「自分は特別扱いされるべきだ」という感覚を指します。調査によると、不適正タスクを経験することで、従業員の心理的権利感が高まることが分かりました。

具体的には、従業員が自分の役割や能力にそぐわない、あるいは不必要と感じる仕事を与えられると、「自分はこんな仕事をするべきではない」という意識が強まります。その結果、「自分にはもっと価値のある仕事を与えられるべきだ」という感情、すなわち心理的権利感が高まるのです。

この心理的権利感の高まりは、不適正タスクと燃え尽き症候群の関係をつなぐ役割を果たします。不適正タスクを経験することで心理的権利感が高まり、それがさらに燃え尽き症候群を引き起こすという流れが確認されました。

心理的権利感が高まると、従業員は自分が期待している以上の報酬や待遇を求めますが、現実はそれに見合わない場合が多いため、ストレスと不満が増加します。この状態が続くと、仕事に対する熱意や意欲が失われ、やがては燃え尽き症候群に至るのです。

ただし、研究では「集団の雰囲気」という要因も考慮されています。集団の雰囲気とは、チームや組織内で共有される価値観や規範を指します。集団の雰囲気が良好な(協力的で支え合う文化が強い)場合、不適正タスクが心理的権利感を高める効果が弱まることが分かりました。

協力的な環境では、個人の負担が共有され、チームのために役割を受け入れる文化が育まれるためだと考えられます。個々の従業員は「自分だけが不公平な扱いを受けている」という感覚が弱まり、心理的権利感が高まりにくくなるのでしょう。

翌日まで残る悪影響もある

不適正タスクの影響は、その日だけにとどまらず、翌日以降まで続く可能性があることが、スイスとアメリカでの調査で見えてきました。従業員の日々の仕事と感情の変化を観察する方式が用いられ、不適正タスクが従業員の自己評価や感情にどのような影響を与えるかが調査されました[3]

スイスでの調査結果によると、不適正タスクを行うと、その日の終わりに従業員の自己評価が低下することが確認されました。普段から自己評価が低い人ほど、この影響が大きく、翌日まで自己評価の低下が続く傾向が見られました。

不適正タスクは、従業員の職業的な役割や自己認識を傷つける行為と認識されます。従業員は自分の職務や役割に対する価値を感じて働いていますが、その職務にそぐわない仕事を命じられると、自己評価や自尊心が傷つけられます。この「傷つき感」が即座に自己評価の低下を引き起こし、特に自己評価が不安定な人々にとって、その影響は翌日まで残りやすいということです。

一方、アメリカでの調査では、不適正タスクが自己評価の低下だけでなく、怒りや落ち込んだ気分の増加、仕事の満足度の低下にもつながることが明らかになりました。ここで興味深いのは、これらの感情的な反応の持続時間です。

怒りや仕事の満足度への影響は一時的で、翌日まで続くことはありませんでした。怒りは強い感情ではあるものの、通常は一時的なものであり、すぐに解消されるからだと思われます。同様に、仕事の満足度の低下も、その日の出来事に対する一時的な反応である可能性が高いのでしょう。

しかし、落ち込んだ気分は翌朝にも残っていました。落ち込んだ気分はより深い感情的な反応で、長く続く思考や振り返りによって影響を受けるのかもしれません。不適正タスクによって「自分には価値がない」と感じることが落ち込んだ気分を引き起こし、その感覚は一晩を超えて持続することがあります。

これらの結果は、不適正タスクが従業員に与える影響の深刻さと複雑さを物語っています。一時的な不満や怒りを引き起こすだけでなく、自己評価や落ち込んだ気分といった、より長く続く影響を及ぼす可能性があります。

特に、自己評価の低下や落ち込んだ気分の持続は、長期的に見て従業員の心の健康や仕事の成果に影響を与える可能性があります。組織としては、不適正タスクを減らすよう努めるのはもちろん、従業員の自己評価を高める取り組みや、心理的なサポートの提供も重要になってくるでしょう。

悪条件に適応してしまうケースもある

不適正タスクが従業員のストレスにどのように影響するか、そしてその影響を和らげる要因は何かを調査した研究があります[4]

予想通り、不適正タスクは、従業員の不安と落ち込んだ気分の両方と強く関連していることが確認されました。不適正タスクが従業員の自己評価や役割への期待に反するため、心理的なストレスを引き起こすからでしょう。

さらに、職場の資源(自分でコントロールできる範囲、上司のサポート、同僚のサポート)がこの影響をどのように調整するかが検討されました。

上司からのサポートが高い場合、不適正タスクによる落ち込んだ気分が軽減されることが実証されました。上司が感情面での支援を提供したり、仕事の重要性を説明したりすることで、従業員の心理的な負担が軽くなるためだと考えられます。

一方で、同僚のサポートや仕事に対するコントロール感は、予想に反して、大きな効果を示しませんでした。不適正タスクが個人的な役割や自己評価に強く関わるため、同僚からの助けや仕事の進め方を自分で決められたとしても、問題の根本(その仕事自体が「不適切」であること)が解決されないのだと推測されます。

しかし、最も驚くべき発見は、仕事のコントロール感と上司のサポートが低い場合に、不合理な仕事が不安に影響を与えないという結果でした。これは一見すると逆説的ですが、従業員が「悪い条件に慣れている可能性」を示唆しています。

コントロール感やサポートが低い環境においては、従業員が既にその環境に適応し、悪い条件を「当たり前」のものとして受け入れてしまっている場合があるのです。これによって、不合理な仕事が追加されても、それが新たなストレス要因とは感じられない、あるいは影響が最小限になるという現象が生じます。

この「適応効果」は、考えさせられる現象です。厳しい環境に長期間さらされると、従業員はその環境に慣れ、追加的なストレス要因に対して反応が鈍くなることがあります。これは一見、ストレスに強くなったように見えるかもしれませんが、実際には深刻な問題を含んでいるでしょう。

こうした適応は、短期的にはストレス反応を抑えるかもしれませんが、長期的には従業員の健康や組織の生産性に悪影響を及ぼす可能性があります。従業員が不適切な環境に「慣れてしまう」ことで、改善の機会を逃したり、より深刻な問題を見過ごしたりする危険性があるのです。

管理職の不適正タスクには組織要因が関わる

不適正タスクの問題は、一般の従業員だけでなく、管理職にも及んでいることが明らかになっています。スウェーデンの地方自治体に所属する管理職を対象とした研究では、管理職が経験する不適正タスクの背景には、個人の要因だけでなく、組織的な要因が関わっていることが示されました[5]

具体的には、管理職が経験する不適正タスクの約10%が組織間の違いによって説明できるという結果が得られました。同じ役職に就いていても、所属する組織の特徴によって不適正タスクの量や質が異なるということです。

組織の構造、業務の進め方、リーダーシップのスタイル、意思決定の透明性などが、仕事の割り当てに影響を与えるのでしょう。組織内の規則や期待が明確でない場合、管理職が自分の本来の役割とは異なる仕事を割り当てられたり、自分で引き受けざるを得なかったりする状況に陥る可能性が高くなります。

また、組織の統制の仕組みが不適正タスクの発生に影響を与えることも明らかになりました。組織内の統制、特に役割の明確さや意思決定の透明性がしっかりしている場合、不適正タスクの発生を抑えることができます。逆に、組織の統制が曖昧で役割が不明確な場合、管理職は不適正タスクを引き受けることになります。

組織内で役割分担が明確で、意思決定の過程が透明であれば、各職位に適した仕事が割り振られやすくなります。組織の統制が不足していると、役割や業務の境界が曖昧になり、管理職が不適切な仕事を任されやすくなります。

一方で、資源不足は不適正タスクの発生にそれほど大きな影響を与えないことも分かりました。公共部門の管理職が限られた資源の中で業務をこなすことに慣れているため、これを「不適正」と感じていない可能性があります。また、公共部門特有の文化や期待によって、多少の資源不足でも過重労働が「当然のこと」として受け入れられているためかもしれません。

不適正タスクの問題に取り組む際、個人レベルの対応だけでなく、組織レベルでの改善が重要になります。組織の統制の仕組みを改善し、役割や意思決定の過程を明確にすることが、管理職の不適正タスクを減らす上で効果的です。

介入で不適正タスクの増加を抑えられる

不適正タスクの問題に対して、組織レベルでの介入が効果を発揮し得ることが、デンマークの保育所を対象とした研究で明らかになりました[6]。研究では、従業員が参加する形での組織レベルの介入が従業員における不適正タスク、特に不合理な業務の増加を抑えられるかどうかが検証されました。

41の保育所の従業員が介入群として従業員参加型の職場改善プログラムに参加し、30の保育所の従業員が対照群として通常通りの業務を続けました。2年間にわたる調査の結果、興味深い発見がありました。

介入群では不適正タスク、特に不合理な業務のスコアにほとんど変化が見られなかった一方で、対照群ではこれらのスコアが増加しました。両者の間には統計的に意味のある差が確認されました。

従業員参加型の介入が不適正タスク、特に不合理な業務の増加を抑える効果があると言えます。介入自体が不適正タスクを直接的に減少させることはできなかったものの、対照群と比べて増加を防いだという点が重要です。

従業員参加型の介入によって、従業員が自分の業務に対する主体性や意識が高まったことが要因の一つと考えられます。従業員が主体的に職場の改善に関わることで、職務内容が再確認され、不適正タスクの増加を抑える環境が整ったのではないでしょうか。

一方、対照群では介入が行われなかったため、職務内容に対する改善策が取られず、結果的に不適正タスクが増加したと考えられます。保育所のように忙しく、役割が曖昧になりがちな環境では、他の人の仕事や本来の業務ではない仕事を引き受けてしまうことが多く、これが「不適正タスク」の増加につながったのでしょう。

脚注

[1] Omansky, R., Eatough, E. M., and Fila, M. J. (2016). Illegitimate tasks as an impediment to job satisfaction and intrinsic motivation: Moderated mediation effects of gender and effort-reward imbalance. Frontiers in Psychology, 7, 1818.

[2] Ouyang, C., Zhu, Y., Ma, Z., and Qian, X. (2022). Why employees experience burnout: An explanation of illegitimate tasks. International Journal of Environmental Research and Public Health, 19(15), 8923.

[3] Eatough, E. M., Meier, L. L., Igic, I., Elfering, A., Spector, P. E., and Semmer, N. K. (2016). You want me to do what? Two daily diary studies of illegitimate tasks and employee well-being. Journal of Organizational Behavior, 37(1), 108-127.

[4] Fila, M. J., and Eatough, E. (2020). Extending the boundaries of illegitimate tasks: The role of resources. Psychological Reports, 123(5), 1635-1662.

[5] Bjork, L., Bejerot, E., Jacobshagen, N., and Harenstam, A. (2013). I shouldn’t have to do this: Illegitimate tasks as a stressor in relation to organizational control and resource deficits. Work & Stress, 27(3), 262-277.

[6] Framke, E., Sorensen, O. H., Pedersen, J., and Rugulies, R. (2018). Can illegitimate job tasks be reduced by a participatory organizational-level workplace intervention? Results of a cluster-randomized controlled trial in Danish pre-schools. Scandinavian Journal of Work, Environment & Health, 44(2), 219-223.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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