2024年10月30日
不適正タスク:意味のない仕事が生む悪循環
「不適正タスク」(illegitimate tasks)という考え方があります。不適正タスクとは、従業員が自分の役割や専門性に合わないと感じる仕事や、意味がないと思う仕事のことです。こうした仕事が、従業員の心の状態や職場の雰囲気に影響することが、最近の研究でわかってきました。
本コラムでは、不適正タスクが従業員や組織に与える影響について考えていきます。不適正タスクがどのように従業員のやる気を下げ、ストレスを増やすのか。また、それが組織の働きにどう影響するのか。こうした問題を様々な角度から見ることで、現代の職場が抱える課題の一部を明らかにしていきます。
不適正タスクの問題は、仕事の効率だけでなく、従業員の自信や仕事に対する思いにも関わる問題です。本コラムを通じて、従業員の心の健康と組織の生産性の両方を大切にすることについて、新しい見方を提供できればと思います。
不適正タスクの理論的背景とは
不適正タスクについて理解するには、その理論的な背景を知ることが有用です[1]。
不適正タスクの考え方の中心にある理論として「Stress as Offense to Self(SOS理論)」があります。この理論によると、不適正タスクは従業員の自己イメージを脅かし、それがストレスの原因になります。例えば、高度な専門知識を持つエンジニアが単純な事務作業を任されるような場合、自分の能力や専門性が正しく評価されていないと感じ、自信が傷つきます。これがストレスを生み出します。
「役割理論」も重要な視点を提供しています。従業員は通常、自分の役割に合った仕事を期待していますが、不適正タスクはこの期待を裏切ります。その結果、役割の葛藤が生じ、ストレスが増えます。例えば、管理職が日常的に単純作業を強いられる状況は、役割理論の観点から見ても問題があると言えるでしょう。
「公正理論」の観点からも、不適正タスクは問題視されます。従業員は職場における扱いや仕事の分担に関して、公平さを求めています。不適正タスクは、この公平感を損なう要因となり得ます。ある従業員だけが不適切な仕事を任されるような状況は、公平性の観点から見て望ましくありません。
「JD-Rモデル(Job Demands-Resources Model)」も、不適正タスクを理解する上で役立ちます。このモデルでは、職場における要求(仕事の負担)と資源(サポートや成長の機会)のバランスが重要視されます。不適正タスクは過度な要求として働き、従業員の燃え尽きや仕事への不満足につながる可能性があります。
これらの理論は、不適正タスクが仕事の非効率性の問題ではなく、従業員の心の健康や職場環境に影響を与える可能性があることを示しています。不適正タスクは、従業員の自己評価や仕事に対する思いを脅かし、ストレスや不満を引き起こす潜在的な要因なのです。
理論的背景を踏まえることで、不適正タスクがなぜ問題視されるのか、そしてそれがどのような仕組みで従業員や組織に影響を与えるのかを理解することができます。
破壊的発言や時間の浪費をもたらす
不適正タスクは、従業員の行動や態度にどのような影響を与えるのでしょうか。
不適正タスクが従業員の生産性を下げる行動、特に破壊的発言や時間の浪費を引き起こすことが明らかになっています[2]。破壊的発言とは、組織や職場に対する批判的で有害な意見表明のことです。また、時間の浪費は、仕事中に仕事とは関係のないことに時間を使うことを意味します。
不適正タスクがこのような行動を引き起こす仕組みは、「道徳的無効化」という考え方を通じて説明されています。道徳的無効化とは、自分の行動を倫理的に正当化し、責任を回避するプロセスです。例えば、「こんな意味のない仕事をさせられるなら、少しサボっても仕方ない」といった考え方が、これにあたります。
研究によると、不適正タスクを与えられた従業員は、まず道徳的無効化のプロセスを経験します。そして、その結果として破壊的発言や時間の浪費といった生産性を下げる行動が増えます。不適正タスクは従業員の心理的なバランスを崩し、それが望ましくない行動として表れるということです。
この関係は「心理的権利意識」によって強められます。心理的権利意識とは、自分が特別な扱いを受けるべきだと感じることを指します。心理的権利意識が高い従業員ほど、不適正タスクに対して強く反応し、道徳的無効化を通じて生産性を下げる行動を正当化しやすいことがわかりました。
これらの発見は、不適正タスクが従業員の不満を引き起こすだけでなく、具体的な行動の変化をもたらし、それが組織全体の働きに影響を与える可能性があることを示しています。破壊的発言は職場の雰囲気を悪くし、時間の浪費は直接的に生産性を下げます。
家庭生活に影響して離職意思を高める
不適正タスクは従業員の会社を辞めたいという気持ち(離職意図)を高める傾向があります。しかし、その過程は単純なものではありません。不適正タスクは、「努力・報酬の不均衡」と「仕事と家庭の対立」という二つの要因を通じて、離職意図に影響を与えるのです[3]。
努力・報酬の不均衡とは、仕事に投入する労力と得られる報酬が釣り合っていないと感じる状態を指します。不適正タスクは、従業員に「こんな仕事をしているのに、それに見合った評価や報酬が得られていない」という感覚を引き起こします。この不均衡感は、仕事への不満を高め、会社を辞めることを考える一因となります。
しかし、より重要なのは「仕事と家庭の対立」です。不適正タスクは、従業員の家庭生活にも悪影響を及ぼすことがあります。例えば、意味がないと感じる仕事に時間を取られることで、家族と過ごす時間が減ったり、仕事のストレスが家庭に持ち込まれたりすることがあります。この仕事と家庭の対立は、離職意図を高める強い要因となります。
研究を通じて、不適正タスクが離職意図に与える影響は、特に仕事と家庭の対立を通じて強く現れることがわかりました。従業員が不適正タスクによって家庭生活に支障をきたすと感じた場合、会社を辞めることを真剣に考えるようになるということです。
このことは、不適正タスクの問題が単に職場内の問題にとどまらず、従業員の生活全体に影響を与える可能性があることを意味しています。従業員にとって、仕事と家庭生活のバランスは大切です。そのバランスが崩れることは、仕事への不満や会社を辞めたいという気持ちにつながりやすいということです。
また、この研究は、組織が従業員の離職を防ぐためには、職場環境の改善だけでなく、従業員の家庭生活への配慮も必要であることを示唆しています。不適正タスクを減らし、従業員が仕事と家庭生活のバランスを取りやすい環境を整えることが、人材の流出を防ぐ上で鍵となるでしょう。
バーンアウトや苛立ちにつながる
不適正タスクは、従業員の心の健康にも悪影響を及ぼし得ます。
研究によると、不適正タスクは従業員の自己評価を低下させ、怒りやバーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こすことがわかりました[4]。具体的には、不適正タスクを多く経験する従業員ほど、自己評価が低下し、職場や仕事に対する怒りが強くなり、バーンアウトの症状が現れやすくなるのです。
自己評価の低下は、不適正タスクの最も直接的な影響の一つです。従業員は、自分の能力や専門性に合わない仕事を任されることで、「自分の価値が正しく評価されていない」と感じるようになります。これは、仕事に対する自信や自尊心の低下につながります。
また、不適正タスクは従業員の怒りを引き起こします。「なぜこんな仕事をしなければならないのか」「自分の能力が無駄になっている」といった感情がたまり、職場や上司に対する不満や怒りとなって表れます。
深刻なのは、バーンアウトの問題です。バーンアウトは、長期的なストレスによって引き起こされる極度の疲れや仕事への意欲の喪失を指します。不適正タスクを続けて経験することで、従業員は徐々に仕事への熱意を失い、心も体も疲れ果ててしまいます。
これらの影響は、他のストレス要因(例えば、役割の対立や人間関係のストレス)を考慮しても、なお有意でした。不適正タスクは独自のストレス要因として働き、従業員の心の健康に固有の影響を与えているのです。
また、研究では、不適正タスクの影響が時間とともに積み重なっていくことも明らかになりました。不適正タスクは一時的な不満やストレスを引き起こすだけでなく、長期的に従業員の心の状態を悪化させます。
これらの発見は、不適正タスクが従業員の心の健康に与える影響の深刻さを表しています。自己評価の低下、怒り、バーンアウトは、いずれも従業員の生産性や職場での満足度を損なう要因となり得ます。さらに、これらの問題は個人レベルにとどまらず、組織全体の雰囲気や生産性にも影響を及ぼすでしょう。
自我消耗を介して仕事への関与を低下させる
不適正タスクは「自我消耗」を通じて、従業員の仕事への関与を低下させることがわかっています[5]。自我消耗とは、自己制御のための心の力が使い果たされる状態を指します。不適正タスクを行うことで、従業員はそのタスクが自分の役割に合わないと感じながらも、なんとかそれをこなそうとするために心の力を消費します。その結果、他の大切な仕事に集中するための力が不足し、仕事への関わりが薄れていくのです。
具体的には、不適正タスクを多く経験する従業員ほど、仕事に対する集中力や意欲が低下し、いわゆる「ディスエンゲージメント」(仕事から心理的に離れること)状態に陥りやすくなります。これは、特定の仕事に対する不満というレベルを超えて、仕事全般に対する無関心や意欲の低下につながる深刻な問題です。
研究ではさらに、この影響を和らげる要因についても言及されています。同僚からの感情的なサポートや、余暇活動の充実(レジャー・クラフティング)が、不適正タスクによる自我消耗の影響を和らげる効果があることがわかりました。例えば、同僚からの励ましや共感が、不適正タスクによるストレスを軽くし、仕事への関わりを維持する助けになります。
また、余暇活動を自ら計画し実行することで、仕事以外の場面で自信を高め、心の力を回復させることができます。これらの要因は、不適正タスクの悪影響を直接的に解消するわけではありませんが、その影響を和らげ、従業員の仕事への関わりを維持する上で重要な役割を果たします。
不適正タスクの問題に対処する上で、職場環境の改善だけでなく、従業員間のサポート体制の構築や、仕事と生活のバランスの促進も重要であることを示唆する結果です。不適正タスクを減らすだけでなく、従業員が心の力を回復し、仕事に再び集中できるような環境づくりが求められます。
無礼な行為を促し、孤立感をもたらす
不適正タスクは従業員の無礼な行為を促進し、それが結果として職場での孤立感を高めることが見えてきています。具体的には、次のようなプロセスが確認されています[6]。
初めに、不適正タスクは従業員の無礼な行動を増加させます。自分の役割に合わない、あるいは意味がないと感じる仕事を与えられることで、従業員はストレスや不満を感じます。このネガティブな感情が、同僚や上司に対する無礼な言動として表れます。例えば、相手の意見を軽視したり、冷たい態度を取ったりするような行動が増える可能性があります。
続いて、無礼な行動が職場における孤立感を引き起こします。無礼な行動を取る従業員は、周りから避けられるようになり、職場での会話や協力関係が減少します。また、無礼な行動の対象となった従業員も、そのような環境を避けようとして、自ら孤立していく傾向があります。
この「無礼な行動」は、不適正タスクと孤立感の関係を仲介する役割を果たしていました。不適正タスクは直接的に孤立感を引き起こすだけでなく、無礼な行動を通じて間接的にも孤立感を強めているということです。
無礼な行動の増加は、職場の雰囲気を悪化させ、協力的な環境を損なう可能性があります。また、孤立感の増大は、情報共有や創造的な問題解決を妨げ、組織の働き全体に悪影響を与えるかもしれません。
さらに、研究では文化的な要因も考慮されています。例えば、集団を重視する文化圏では、孤立感がより深刻な問題として受け止められます。このことは、不適正タスクの影響が文化的背景によって異なることを示唆しています。
不適正タスクの問題に対処する際には、仕事の再設計だけでなく、職場の人間関係や組織の文化全体を考慮に入れる必要があります。無礼な行動を抑え、協力的な環境を維持するための取り組みが、不適正タスクの悪影響を軽減する上で大事です。
脚注
[1] Ding, H., and Kuvaas, B. (2023). Illegitimate tasks: A systematic literature review and agenda for future research. Work & Stress, 37(3), 397-420.
[2] Zhao, L., Lam, L. W., Zhu, J. N., and Zhao, S. (2022). Doing it purposely? Mediation of moral disengagement in the relationship between illegitimate tasks and counterproductive work behavior. Journal of Business Ethics, 179(3), 733-747.
[3] Zeng, X., Huang, Y., Zhao, S., and Zeng, L. (2021). Illegitimate tasks and employees’ turnover intention: A serial mediation model. Frontiers in Psychology, 12, 739593.
[4] Semmer, N. K., Jacobshagen, N., Meier, L. L., Elfering, A., Beehr, T. A., Kalin, W., and Tschan, F. (2015). Illegitimate tasks as a source of work stress. Work & Stress, 29(1), 32-56.
[5] Zong, S., Han, Y., and Li, M. (2022). Not my job, I do not want to do it: The effect of illegitimate tasks on work disengagement. Frontiers in Psychology, 13, 719856.
[6] Ahmad, A., Zhao, C., Ali, G., Zhou, K., and Iqbal, J. (2022). The role of unsustainable HR practices as illegitimate tasks in escalating the sense of workplace ostracism. Frontiers in Psychology, 13, 904726.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。