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コラム

逸脱と寛容のバランス:組織内の人間関係に影響する特異的信頼

コラム

組織内の信頼関係は重要です。特に、上司と部下の間の信頼関係は、組織の生産性や革新性に影響します。しかし、この信頼関係は単純なものではありません。時に、上司や同僚が組織の規範から外れる行動をとることがあります。そんな時、私たちはその人物をどう評価し、信頼関係を保つのでしょうか。

本コラムでは、「特異的信頼」(idiosyncrasy credit)という考え方に焦点を当てます。特異的信頼とは、ある人が組織内で築いた信頼のことです。特異的信頼が蓄積されていると、その人が多少規範から外れる行動をとっても許されることがあります。ただし、特異的信頼にも限界があり、常に有効というわけではありません。

ここでは、特異的信頼の考え方、その効果、そして限界について、研究知見をもとに見ていきます。組織における信頼関係の複雑さを理解することで、より良い職場づくりのヒントが得られるかもしれません。

過去の協調的な行動が批判を和らげる

組織の中で、時に個人が集団の規範から外れる行動をとることがあります。このような「逸脱者」に対して、私たちはどう反応するのでしょうか。

大学生のグループを対象に、逸脱者に対する評価がどのように形成されるかを調べた研究があります[1]。注目したのは、逸脱者の「過去の協調的な行動」と「地位」という2つの要因です。

結果は興味深いものでした。過去に集団の規範に従っていた人が逸脱行動をとった場合、そうでない人に比べて批判される度合いが低いことが分かりました。これは、過去の協調的な行動が一種の「信頼」として蓄積され、後の逸脱行動を許容する緩衝材となることを表しています。

例えば、普段から会社の規則をきちんと守り、同僚と協力的に働いてきた社員が、ある日突然、会議で上司の意見に反対したとします。一方、普段から規則を軽視し、協調性に欠ける社員が同じような行動をとったとします。前者の社員の行動は「珍しいが、きっと何か理由があるのだろう」と寛容に受け止められる可能性が高いのに対し、後者の社員の行動は「やっぱり問題のある社員だ」と厳しく評価される可能性が高いということです。

また、逸脱者の地位も評価に影響を与えることが分かりました。地位の低い逸脱者は、地位の高い逸脱者よりも強く批判されました。組織での立場や評価が、逸脱行動に対する周囲の寛容さに影響を与えるのです。

しかし、実際に逸脱者と一緒に仕事をするかどうかという選択では、過去の協調的な行動や地位による違いは見られませんでした。実際の協働場面では、個人の能力や貢献度がより重視されるのかもしれません。

これらの結果は、組織における人間関係の複雑さを浮き彫りにしています。過去の行動や地位が、現在の評価に影響を与えます。しかし同時に、実際の協働場面では、そういった要因以上に個人の能力や貢献度が重視されるという現実的な側面も明らかになりました。

組織の中で良好な人間関係を築き、維持することの重要性が読み取れます。日々の協調的な行動が、将来的に自分を守る「信頼」となり得るのです。ただし、この「信頼」は無限ではありません。度を越した逸脱行動は、どんなに過去の評価が良くても、最終的には批判につながる可能性があります。

組織における評価は、過去の行動、現在の地位、そして実際の能力や貢献度という複数の要因のバランスの上に成り立っていると言えるでしょう。

上司を信頼しているほど違反行動に寛容

組織におけるリーダーシップの重要性は、多くの研究で指摘されてきました。では、上司が違反行為を犯した場合、部下たちはどのように反応するのでしょうか。

リーダーの違反行為に対する従業員の評価が、リーダーの能力や動機づけのスキル、そして従業員との関係性によってどのように影響を受けるかを検討した研究を見てみましょう[2]

結果、リーダーの能力が高く、従業員に対して強い動機づけを行っているほど、そのリーダーの違反行為は寛容に扱われる傾向が見られました。リーダーの過去の貢献や能力が、一種の信頼として蓄積され、違反行為の評価を和らげる効果があると考えられます。

例えば、普段から部下の育成に熱心で、高い業績を上げている部長が、ある日会社の機密情報を外部に漏らしてしまったとします。一方、部下の指導にあまり熱心ではなく、業績も平均的な部長が同じ過ちを犯したとします。前者の部長の行為は多少は寛容に受け止められる可能性が高いのに対し、後者の部長の行為は「やはり信頼できない上司だ」と厳しく評価されるかもしれません。

リーダーと従業員の関係性が、この評価プロセスにおいて重要な役割を果たしていました。リーダーと従業員の関係が良好である場合、リーダーの違反行為に対する懲罰的な評価が和らげられました。日頃からの良好な関係性が、違反行為の評価に対する緩衝材となったのでしょう。

しかし、もちろん、リーダーは自由に違反行為を行っても良いわけではありません。むしろ、リーダーの行動が従業員に与える影響の大きさを示唆する結果も得られています。リーダーの違反行為は、たとえ寛容に扱われたとしても、従業員の離職意図や仕事への関与の低下を引き起こすことも明らかになりました。

良好な関係性を構築し、高い能力を発揮することは、リーダーにとって重要です。これらは、万が一の違反行為に対する保険として機能する可能性があります。しかし、それらに頼って違反行為を軽視することは危険です。最終的には、従業員のモチベーションや組織への帰属意識に悪影響を与えます。

変革には特異的信頼より一貫した行動が重要

組織の中で変革を起こすのは、誰の役割でしょうか。「リーダー」と答える人もいるかもしれません。しかし、この考えに疑問を投げかける研究が提出されています[3]

少数派の影響力とリーダーシップの役割を比較した研究です。グループ内で新しい提案を導入しようとする「共謀者」を設定し、その共謀者が少数派の立場にある場合とリーダーの立場にある場合で、どちらがより効果的に変革を起こせるかを検証しました。

結果としては、少数派の立場にある共謀者の方が、リーダーの立場にある共謀者よりも、高い評価を得て、大きな影響力を発揮できることが分かりました。

このような結果になった理由として、研究者たちは一貫性に注目しています。少数派の共謀者は、自分の立場を一貫して主張し続けることで、グループ内で「確信を持った人物」として認識されやすくなります。一方、リーダーの立場にある共謀者は、既存の規範に反する提案をすることで、むしろグループ内での信頼を失うリスクがあります。

この結果は、特異的信頼の議論に疑問を投げかけるものです。特異的信頼においては、リーダーが過去に規範に従うことで得た信頼を基に、革新的な行動を取ることができると考えられていました。しかし、この研究では、リーダーの革新的な行動が必ずしも成功するわけではないことが示されたのです。

では、変革を起こすために重要なのは何でしょうか。この研究は、「一貫した行動」の重要性を強調しています。少数派であっても、自分の意見や提案を一貫して主張し続けることで、グループ全体に新しい視点や変革の方向性を示すことができるかもしれません。

変革は必ずしもトップダウンで行われるものではなく、ボトムアップの力が重要です。変革を起こす上で重要なのは、地位や過去の信用ではなく、一貫した行動と強い信念であるとも言えます。

この結果は同時に、リーダーの立場にある人々に対する警告でもあります。リーダーが急激な変革を試みると、グループ内での信頼を失いかねません。

ロボットとは特異的信頼を築きにくい

特異的信頼について少し変わった角度の研究を紹介しましょう。AIやロボット工学の進歩に伴い、私たちの生活や職場にロボットが登場しつつあります。とはいえ、人間とロボットの関係性は、人間同士の関係とは異なる特徴を持っています。

人間がロボットとの対話をどのように評価するか、特に「期待違反」が起こった場合にどのような反応を示すかを調査しました[4]。期待違反とは、相手が予想外の行動をとることを指します。

人間同士の関係では、普段から信頼関係がある相手が期待に反する行動をとった場合、その行動を許容する傾向があります。これは、ここまで議論してきた特異的信頼と呼ばれる現象です。

ロボットとの関係においても同様の現象が見られるのでしょうか。研究結果は、人間とロボットの関係が、人間同士の関係とは異なる特徴を持つことを示しています。

初めに、ロボットが期待に反する行動をとった場合、人間はその行動を厳しく評価しました。特に、ロボットに対する好感度や信頼性が低下することが分かりました。これは、人間同士の関係でも見られることですが、ロボットの場合は顕著でした。

例えば、普段はタスクを正確にこなすロボット秘書が、ある日突然、重要な会議の日程を間違えてしまったとします。このような場合、ロボット秘書の場合、人間の秘書よりも「信頼できない」と厳しく評価されてしまうということです。

ロボットが「特異的信頼」を獲得することの難しさも見えてきました。研究では、集団を支援するような行動をとるロボットが、そうでないロボットよりも多くの特異的信頼を獲得するだろうと予想されました。しかし、実際にはそのような差は見られませんでした。ロボットがいくら良い行動をとっても、人間のように信頼を蓄積することが難しいということです。

また、ロボットが期待違反を起こした後の評価回復も、人間の場合とは異なりました。人間同士の関係では、一度の失敗後も良好な関係を続けることで、徐々に評価が回復することがあります。しかし、ロボットの場合、たとえ良好な関係を続けても、評価の回復は限定的でした。

人間がロボットに対して抱く期待と、実際の評価の仕方にギャップがあることを示す結果です。私たちは、ロボットに対して高い期待を抱いているのかもしれません。「ロボットは間違えない」「正確である」といった期待です。一度その期待が裏切られると、人間よりも厳しく評価してしまうのです。

この研究は、私たちに信頼というものについて、改めて考える機会を与えてくれます。少なくとも、研究によれば、人間同士の信頼関係と、人間とロボットの信頼関係は、似て非なるものかもしれません。

特異的信頼を参考に職場マネジメントを考える

本コラムでは、組織における「特異的信頼」の考え方とその限界について、研究知見を基に探ってきました。これらの研究から得られた知見は、職場マネジメントに示唆を与えています。

  • 過去の協調的な行動が将来の逸脱行動に対する評価を和らげることが分かりました。これは、日々の業務において規範を守り、協調的に行動することの重要性を示しています。しかし、信頼は無限ではないことに注意を払う必要があります。
  • リーダーと部下の関係性が、リーダーの違反行為に対する評価に影響を与えることが明らかになりました。リーダーシップの複雑さを示すとともに、日頃からの良好な関係構築の大事さを強調する結果です。しかし、関係性に頼って違反行為を軽視することは避けたいところです。リーダーは高い倫理観を持つ必要があります。
  • 変革を起こす際には、地位や過去の信用よりも、一貫した行動と強い信念が大切であることが見えてきました。組織の各層からのアイデアや提案を真剣に受け止め、評価する仕組みの必要性を示唆しています。トップダウンの変革だけでなく、ボトムアップの変革も重視することが求められます。
  • 人間とロボットの関係における特異的信頼の構築の難しさが明らかになりました。今後、AIやロボットが職場に導入される際の注意点となります。人間の従業員とAI・ロボットの役割分担、そして両者の協働のあり方について慎重に検討する必要があると言えます。

 脚注

[1] Katz, G. M. (1982). Previous conformity, status, and the rejection of the deviant. Small Group Behavior, 13(3), 403-414.

[2] Shapiro, D. L., Boss, A. D., Salas, S., Tangirala, S., and Von Glinow, M. A. (2011). When are transgressing leaders punitively judged? An empirical test. Journal of Applied Psychology, 96(2), 412-431.

[3] Lortie-Lussier, M. (1987). Minority influence and idiosyncrasy credit: A new comparison of the Moscovici and Hollander theories of innovation. European Journal of Social Psychology, 17(4), 431-446.

[4] Finkel, M., Szczuka, J., and Kramer, N. (2020). Does the robot get the credit? An empirical investigation on the acquisition of idiosyncrasy credit by a humanoid robot in the context of negative expectancy violations. In Proceedings of the 20th ACM International Conference on Intelligent Virtual Agents (pp. 20:1-20:8).


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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