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コラム

リーダーの行動が組織を変える:トリクルダウン効果の実態

コラム

組織において新しい方針を導入することは、経営者や人事部にとって難しい課題です。組織全体に新しい価値観や行動を浸透させるのは簡単ではありません。このような課題に対して示唆的な考え方に「トリクルダウン効果」があります。

組織におけるトリクルダウン効果は、リーダーの行動や方針が組織全体に広がり、従業員の行動にどう影響を与えるのかを説明する枠組みとして注目されています。

本コラムでは、組織のトリクルダウン効果に焦点を当て、研究知見を交えながら、その仕組みと影響について考えていきます。具体的には、組織の包括性、環境配慮行動、リーダーシップの影響がどのように組織全体に波及していくのかを見ていきます。これらの知見は、組織マネジメントや変革に向けてヒントを与えてくれるでしょう。

組織の包括性が良い影響を及ぼす

組織の包括性(インクルージョン)が従業員の行動や感情にどのような影響を与えるかを調べるために、研究チームが調査を行いました[1]。組織が包括的な姿勢を持つことで、上司を通じて従業員の情緒的コミットメントや市民行動にどのように影響するか、さらに上司の道徳的なアイデンティティ(道徳観や倫理的な価値観)がその影響をどう変えるかを調べました。

研究では、二つの方法を使って調査を行いました。まず、実験的な方法で参加者に架空の中間管理職のプロフィールを評価してもらいました。次に、実際の職場環境でアメリカ南東部の企業から上司と部下のペアを対象にフィールド調査を実施しました。

実験の結果、組織が包括的である場合、上司も包括的な態度を示すことがわかりました。しかし、上司の道徳的アイデンティティが高い場合、この影響が弱まることも確認されました。道徳的アイデンティティが強い上司は、組織の方針よりも自分の価値観に基づいて行動するためと考えられます。

フィールド調査でも同様の結果が得られました。組織の包括性が上司を通じて部下の行動や感情に影響を与えることが確認されました。組織が包括的であると、上司もその価値観を反映し、部下の情緒的コミットメントや市民行動を促進することがわかりました。

しかし、ここでも上司の道徳的アイデンティティが重要な役割を果たしました。道徳的アイデンティティが高い上司の下では、組織の包括性の影響が弱まる傾向が見られました。そのような上司は組織の方針にかかわらず、自分の倫理観に基づいて行動するためでしょう。

この研究結果は、社会的認知理論で説明することができます。この理論によると、人々は環境からの影響を受けて行動を学び、いわば真似をする傾向があります。組織が包括的であれば、上司もその価値観を真似し、部下に伝えようとするのです。

一方、道徳的アイデンティティが強い上司は、環境の影響を受けにくく、自分の内面的な価値観に従って行動します。個人の倫理観や価値観が、外部からの影響よりも強く行動を決定するのでしょう。

組織の包括性が上司の行動に与える影響は、上司がどれだけ自分の道徳的な信念に基づいて行動しているかによって変わることがわかります。組織の方針だけでなく、リーダー個人の価値観がいかに重要かを示す発見です。

環境配慮行動が組織に広がる

組織の環境配慮行動がどのように従業員に伝わっていくかを調べるために、中国のホテル業界を対象とした研究が行われました[2]。研究では、上層部から下層部へと影響が広がる「トリクルダウン効果」に注目し、リーダーシップが従業員の環境保護行動にどのように影響を与えるかを検証しました。

研究チームは、トリクルダウン効果、社会的学習理論、特性活性化理論という三つの理論を参考に、責任あるリーダーシップが従業員の環境保護行動にどのような影響を与えるか、その仕組みを解明しようとしました。

調査は、ホテルの上級管理職、中間管理職、そして一般従業員を対象に行われました。研究チームは複数の仮説を立て、それぞれが異なる視点からリーダーシップと従業員の環境行動の関連性を探りました。ここでは、そのうち、いくつかの結果をピックアップして紹介します。

上級管理職のリーダーシップが従業員の環境保護行動に良い影響を与える

この仮説は支持されました。企業の上層部(CEOや取締役など)のリーダーシップスタイルが、従業員の環境保護に対する意識や行動に直接影響を与えることが示されました。

中間管理職のリーダーシップが上級管理職のリーダーシップと従業員の環境保護行動をつなぐ

これも支持されました。中間管理職のリーダーシップ(部長や課長など)が、上級管理職のリーダーシップの影響を受けて、それを従業員に伝える役割を果たすことが明らかになりました。

倫理と社会的責任の認知がリーダーシップと従業員の環境保護行動の関係を調整する

この仮説も支持されました。従業員がどれだけ倫理的で社会的責任を重視するかが、リーダーシップの影響をどれだけ強く受けるかを左右することがわかりました。

倫理と社会的責任の認知が高いと、上級管理職のリーダーシップが中間管理職のリーダーシップを通じて従業員の行動に与える影響が強まる

この仮説も支持されました。倫理と社会的責任の認知が高いと、上級管理職のリーダーシップの影響が中間管理職のリーダーシップを経由することでさらに強まり、従業員の行動に大きな影響を与えることがわかりました。

これらの結果は、リーダーシップの影響が組織全体に広がり、その効果が従業員の価値観や認識によって調整される複雑な仕組みを示しています。特に、倫理と社会的責任の認知がリーダーシップと従業員の行動を調整する要素であることが明らかになりました。

アイデンティティを介してトリクルダウンする

リーダーが自主的に職場で環境に配慮した行動を取ることで、部下の環境行動にどのような影響を与えるかを調べるために、中国の313組の上司と部下のペアを対象とした研究が行われました[3]

研究では、リーダーが職場で環境に配慮した行動を取ることで、その行動がどのように部下に広がるか、その仕組みと影響を強める条件について調べました。研究チームは、社会的アイデンティティ理論とロールモデル理論を活用し、「トリクルダウン効果」がどのように広がるかを解明しようとしました。

調査は二つの時点でデータを収集して行われました。各ペアに対して、リーダーがどれだけ環境に配慮した行動を自主的に行っているか、従業員が自身の環境行動をどのように認識しているか、そして職場の環境意識を測定しました。

研究の結果、リーダーの環境配慮行動が部下の環境行動に良い影響を与えることが確認されました。これはまさに「トリクルダウン効果」であり、リーダーが職場で環境に配慮した行動を自主的に行うことで、その行動が部下にも影響を与え、部下が同じように環境に配慮した行動を取るようになっています。

例えば、リーダーがオフィスでリサイクルを実践したり、無駄なエネルギー消費を避けたりすると、それを見た部下も自発的に同じような行動を取るようになります。リーダーが部下にとってのロールモデルとして機能するからです。部下はリーダーの行動を観察し、それを真似することで、自分自身の行動に反映させます。

さらに、リーダーの環境配慮行動が部下に影響を与える仕組みとして、部下のアイデンティティが媒介役を果たすことが示されました。要するに、部下がリーダーの行動を見て、自分の環境意識を高め、その結果として環境行動が促進されるというプロセスが明らかになりました。

具体的には、リーダーの環境配慮行動が部下に影響を与えるメカニズムとして環境アイデンティティが重要な役割を果たしています。部下が自分自身を「環境に配慮した人」と認識することで、環境に配慮した行動を取りやすくなるというものです。リーダーの行動を見て、部下が「自分も環境に配慮する人だ」と感じるようになり、その結果、部下の環境行動が促進されます。

社会的アイデンティティ理論によれば、人は他者との関係や社会的な期待を通じて自分を定義し、行動を選びます。リーダーが環境配慮行動を行うと、部下はその行動を「価値がある」と感じ、自分も同じ行動を取ることでリーダーに近づこうとします。このプロセスを通じて、部下の環境行動が強化されます。

また、この影響は、部下が職場の環境配慮風土を認識している場合に強まることがわかりました。組織全体が環境保護に積極的であると認識している従業員ほど、リーダーの環境行動の影響を強く受ける傾向があります。

状況強度が高い、すなわち、組織全体が明確に環境保護を重視している場合、個人の行動はその状況に強く影響を受けます。部下が職場全体の環境配慮風土を強く感じている場合、リーダーの環境行動に対する共感や模倣が強まり、その影響がより顕著に現れます。

企業が環境行動を推進するためには、リーダーだけでなく組織全体の風土作りが重要であることを示唆しています。

トリクルダウン効果の可能性

以上の研究から、組織におけるトリクルダウン効果の重要性が明らかになりました。リーダーの行動や組織の文化が、階層を超えて従業員に広がることが確認されたのです。この知見は、組織のマネジメントや変革において示唆を提供しています。

まず、組織の包括性に関する研究では、トップマネジメントの方針が中間管理職を通じて一般の従業員に伝わる中で、リーダーの道徳的アイデンティティが重要な役割を果たすことがわかりました。組織が包括的な方針を打ち出すだけでなく、それを実際に示すリーダーを育成することの大事さが示されています。

次に、環境配慮行動に関する研究では、組織の各階層が連携して行動する重要性が明らかになりました。上層部が示す方向性が中間管理職を経て一般の従業員に伝わり、その中で従業員の倫理観や社会的責任への意識が役割を果たします。新しい行動を定着させるには、トップダウンの指示だけでなく、中間管理職の育成や従業員の意識向上も必要です。

さらに、リーダーの自発的な行動が従業員に与える影響に関する研究では、リーダーが模範的な行動を示すことの重要性が強調されました。リーダーの行動が従業員の自己認識に影響し、それが具体的な行動につながる過程は、単なる指示や規則よりも効果的に従業員の行動を変える可能性があります。

これらの研究結果から、組織におけるトリクルダウン効果が単純に上から下への一方通行ではなく、複雑なメカニズムであることが示されています。リーダーの行動、組織の文化、従業員の価値観が相互に影響し合い、結果的に行動変化が生じるということです。

この知見を活かすために、組織変革や新しい方針の導入にあたっては、多方面からのアプローチが求められるでしょう。例えば、次のような施策が効果的かもしれません。

  • トップリーダーによる明確な方針の提示
  • 中間管理職への教育と権限委譲
  • 従業員の倫理観や社会的責任意識を高める研修
  • リーダーの模範的な行動の実践と見える化
  • 新しい価値観や行動を支える文化の醸成

組織の各層が連携し、互いに影響し合う環境を作り出すことで、新しい価値観や行動がより効果的に浸透していく可能性があります。

ただし、組織における影響関係は、単に上から下への一方通行ではないことには注意が必要です。組織の各層が互いに影響を与え合い、時には下層からの働きかけが上層部の行動を変えることもあります。こうした複雑な相互作用を理解し、それを活用することが、組織マネジメントにおいて鍵となります。

組織におけるトリクルダウン効果は、うまく管理すれば、組織全体の変革や新しい価値観の定着に対して大きな可能性を秘めるものです。しかし、その効果を発揮するためには、上意下達ではなく、組織の各層が互いに影響し合う複雑なプロセスを理解しなければなりません。

脚注

[1] Rice, D. B., Young, N. C., and Sheridan, S. (2021). Improving employee emotional and behavioral investments through the trickle-down effect of organizational inclusiveness and the role of moral supervisors. Journal of Business and Psychology, 36(2), 267-282.

[2] Tian, H., and Suo, D. (2021). The trickle-down effect of responsible leadership on employees’ pro-environmental behaviors: Evidence from the hotel industry in China. International Journal of Environmental Research and Public Health, 18(21), 11677.

[3] Wu, J., Zhang, W., Peng, C., Li, J., Zhang, S., Cai, W., and Chen, D. (2021). The trickle-down effect of leaders’ VWGB on employees’ pro-environmental behaviors: A moderated mediation model. Frontiers in Psychology, 12, 623687.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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