2024年10月24日
職場の問題行動の影響は目撃者にも及ぶ:能渡・伊達論文からの検討(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2024年8月にセミナー「職場の問題行動の影響は目撃者にも及ぶ:能渡・伊達論文からの検討」を開催しました。
サボりやハラスメントなど、従業員の問題行動は多岐にわたり、組織の大きな課題です。実は、その悪影響は問題行動を行った従業員の仕事やその被害者に留まりません。職場の問題行動は、周囲の目撃者にも広がって組織全体に悪影響を及ぼします。
本セミナーでは、この問題を実証した能渡・伊達(2024)の学術研究を基に[1]、職場の問題行動が生む悪影響とその対策を解説します。社員の問題行動に対する効果的な対策を知りたい方におすすめのセミナーです。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
問題行動研究の舞台裏
伊達:
本日のセミナーは、いつもとは違う特別な形式で行われます。能渡と伊達が共著で発表した学術論文が『組織科学』に掲載されたことを受け、その内容を中心にセミナーを開催することになりました。
学術論文は通常、研究者向けに専門的な言葉や方法で書かれていますが、今回はそれを実務家の皆様にも分かりやすく解説することを目指しています。しかし、本日のプログラムはそれだけではありません。
論文の元になった調査について、その背景もお話しします。実は、この調査は当社がクライアントワークの一環として実施したものです。どのようにして学術論文の執筆に至ったのか、その経緯を紹介します。
さらに、一つの論文が完成するまでには多くのステップがあります。学会発表から始まり、査読プロセスを経て最終的な掲載に至るまでの流れをお伝えします。研究者の世界の裏側を少し覗いていただける内容となるでしょう。
論文のテーマは「職場における問題行動」です。特に注目すべき点は、その問題行動の「目撃者」に焦点を当てたアプローチです。この視点から得られた知見が、実務の文脈でどのように活用できるかについて、管理職と人事部の皆様にとっての意義を解説します。
本日のセミナーは3部構成です。第1部では能渡から論文の内容と調査背景を解説し、第2部では伊達から論文化のプロセスとその実務的な意義を説明します。そして、第3部では皆様からの質問にお答えする時間を設けます。
「職場の問題行動」とは
能渡:
まずは、職場における問題行動に関する主流の研究について、全体像を紹介していきたいと思います。問題行動とは何か、またその研究によって何が明らかにされているのか、問題行動に関する主要な知見を紹介していきます。
従業員による問題行動は、多くの企業が抱える大きな悩みの一つだと考えられます。その実態を示したデータとして、パーソル総合研究所がパート・アルバイト従業員1,000名を対象に行った調査[2]があります。
その調査では、「新人に対して偉そうにふるまう」「特定の人を無視したり、ぞんざいに扱う」など7種類の問題行動について、「見聞きしたことがある」と答えた方が2割前後いるという結果が出ています。このように、問題行動は一定の割合で見聞きされており、割と一般的な現象であることが理解できるかと思います。
こういった問題行動は、学術研究では「非生産的行動」という概念で研究されています。「非生産的行動」とは、組織やクライアント、同僚、上司などに対して何らかの危害を与える行為と定義されています。
具体的には、「サボり・手抜き」、「遅刻・欠勤」、「ハラスメント・いじめ・無視・暴行」「職場の物品の無駄遣いや破壊」、「窃盗・横領」といった、さまざまな問題行動を包括的に含むす概念です。
問題行動の主な研究アプローチとその知見
ここからは、問題行動の先行研究の解説として、非生産的行動に関する主要な研究アプローチ3種を紹介していきます。
まず一つ目のアプローチは、「従業員は、なぜ問題行動をするのか」の要因を探る研究方針です。そこでは、問題行動を行う従業員がなぜそのような行動に至ったのかを追究しています。このアプローチを採用した複数の研究知見を統合した研究[3]では、大きく「上司」「組織」「同僚」「生活」の4要因が存在すると整理されています。
この4要因の中でも、特に「上司の要因」と「組織の要因」が、問題行動の多さと強く関連している結果が示されています。具体的には、上司が誰かに敵意を示すような振る舞い・行動をしていたり、特定の従業員を攻撃していること、あるいは、業務リソースが足りない中で組織が従業員に厳しい制約をかけたり、対立を煽る競争風土があることが問題行動の多さと関連します。
二つ目のアプローチとして、問題行動がその被害者に与える悪影響に焦点を当てる研究方針です。たとえば嫌がらせやいじめ、セクハラを受けた被害者は、当然ながら非常に辛い思いをするわけですが、その被害者に生じる悪影響を検証するアプローチです。
問題行動の被害者に関する研究知見を統合した研究も存在しており、ある統合研究[4]では、特に侮辱や無視、発言の否定といった「非礼行為」が被害者にどのような悪影響を及ぼすかについて知見がまとめられています。知見を集約すると、非礼行為の被害者には、ネガティブ感情やバーンアウト、不安、緊張、離職意思の上昇や、精神的・身体的健康の悪化、職務満足や組織への愛着の低下など、様々な悪影響が問題行動の被害者に生じることが示されています。
注目すべき点は、このような悪影響を示した結果が、複数の研究で一貫して実証されているということです。つまり、問題行動は被害者に深刻な悪影響を及ぼすことが示されて続けていると言えます。
そして、三つ目のアプローチとして、問題行動が組織全体に及ぼす悪影響に着目する研究方針があります。その中では、問題行動が蔓延することで、組織全体に悪影響が広がっていくことを検証しています。
この分野にも研究知見を統合した研究[5]があり、問題行動が多い職場やチームでは、離職率が高く、職場やチーム全体の生産性や顧客満足度が低下し、結果的に組織の収益が落ちるといった、組織レベルでの悪影響が実証されています。
問題行動の「目撃」が生む悪影響の二重プロセスモデル
これらの主流な先行研究に対して、近年では、問題行動が目撃者に及ぼす悪影響について研究が進んでいます。例えば、職場でのいじめを目撃した従業員に生じる悪影響について調査した日本の研究[6]があります。そこでは、心理的苦痛が増大したり、仕事への不満が高まる、健康状態が悪化する、精神疾患を患う可能性が高まるといった影響が示されています。
このように、目撃者に生じる悪影響の研究が増えてきている中で、「二重プロセスモデル」と呼ばれる理論モデルが提唱されるようになりました[7]。このモデルでは、目撃者への悪影響がシステム1プロセス・システム2プロセスを通じて生じると仮定されています。
この理論モデルは、特に職場いじめやハラスメントといった対人的な問題行動に着目して提唱されたものです。いじめなどを目撃することによって目撃者に悪影響について整理したものとなっています。
まず、システム1プロセスは、問題行動の目撃がストレスを生み、悪影響を引き起こす過程です。いじめなど対人的な問題行動を目撃することで、目撃者がストレスを感じるということです。そしてストレスを感じることで、心理的・身体的な健康が悪化したり、仕事への態度や取り組みが悪化するなどの悪影響が生じると仮定したのがシステム1プロセスとなります。
次に、システム2プロセスはやや特殊で、問題行動の目撃により公平感が減少し、その結果として悪影響を生む過程を描いています。
このプロセスでは、問題行動の被害者を目撃することで、従業員に対する組織の態度を感じ取ることを想定しています。例えば、「被害者がいるのに対応がされていない。この会社は従業員を公平に扱うつもりがないのだ」と、組織の態度を感じ取ります。
この経験により、「自分も会社から大切に思われていない、公平に扱われていないかもしれない」と疑い始めます。こうしたプロセスを経て公平感が減少し、それに伴って組織に対する態度が悪化していくわけです。
これらの二重プロセスモデルにおいて特に興味深い点は、システム2プロセスが、問題行動により、それに直接関与していない目撃者と組織の関係が悪化する問題を描いていることです。
加害者が被害者に対していじめや嫌がらせを行っている状況を、ある従業員が目撃した時点では、目撃者と組織はその問題行動に直接関与していません。しかし、この状況において、目撃者は、その問題行動に直接関与していない組織に対して「この会社はどうなっているのか」と疑念を抱いてしまうことになります。
これは組織からすると驚きではないでしょうか。問題行動を行っているのは加害者であり、組織が問題を起こしたわけでないのに、被害者でなく目撃者から、悪印象を持たれてしまうわけです。
能渡・伊達の研究 二重プロセスモデルの拡張と実証
ここから本日のメイン内容である我々の研究について解説していきます。この研究では、先の二重プロセスモデルを取り上げ、正社員402名を対象としたウェブ調査のデータでこのモデルを実証しています。特に、日本ではほとんどなかった問題行動の目撃を扱った定量的な調査研究という点で、独自性があります。
この研究のポイントは、対人的な問題行動の目撃に限定されていた二重プロセスモデルを、問題行動の目撃全般に拡張した点です。職場いじめやハラスメントの目撃に限らず、様々な問題行動の目撃にこのモデルが適用できると考え、検証を進めました。
二重プロセスモデルが問題行動全般の目撃に拡張できると考えられた背景について説明します。
まずシステム1プロセスについて、このプロセスのポイントは、いじめやハラスメントを目撃することで、ストレスを感じることです。これを拡張するうえでは、対人的な問題行動に限らず、問題行動全般において、その目撃がストレスを生むと言えればよいわけです。
これは普通に考えて成り立つ話でしょう。自分が仕事を頑張っている中で他の従業員がサボっているのを目撃したり、ある従業員が不正行為を働いているところを目撃したら、多くの方はストレスを感じるのではないでしょうか。
対人的でない様々な問題行動の目撃がストレスを生むことは先行研究でも示されています。例えば、職場で怒りを感じた場面を調べた研究[8]では、1位が「自分が職場で不当な扱いを受けた」という被害者としての回答でしたが、2位に「仕事で怠けたり、窃盗・詐取する人を目撃した」ことが挙げられています。
次に、システム2プロセスについて、対人的でない問題行動の目撃でも公平感は減少すると考えられます。組織における公正感の概念について整理した研究[9]では、組織が公正であるかを従業員が気にする3つの理由が挙げられています。
ひとつは「自分が組織から自分が大切に思われているか、確認するため」です。公正さは自分が組織から大切にされ、良い関係が築けている証拠となることから、それを確かめるために公正さを気にします。いじめなど対人的な問題行動の目撃は、従業員を守らない組織の姿勢が見えて、「自分も大切にされていないかもしれない」と公平感を損なうきっかけになると考えられます。
二つ目は「自分が損をしていないか確認するため」です。従業員は、仕事において自分が損をしないことが保証されることを求めます。従業員が公正に扱われていることは各々が損をしない状態を表すため、自分が損をしていないか確認する際に、公正に目が向くようになるわけです。サボりといった問題行動の目撃は、少ない労力で給与を稼ぐ状態であり、まじめに働いている人が相対的に損をしている状況なため、これによって公平感が損なわれると考えられます。
最後は、「個人が、公正や正義そのものを重視しているから」です。純粋に倫理観や正義感が強い従業員は、組織が公正に従業員を扱っているかそのものに関心があるため、それを気にするということです。問題行動の種類に限らず、公正や正義を重視している従業員がそういった行動を目撃すると「それはダメな行為だ」と憤るでしょう。そして、それを放置している組織に対して「組織は公正を大事にしていない」と、公正感が損なわれるかもしれません。
以上のように、公正を気にする理由を踏まえると、どの問題行動の種類でも公平感の減少につながる可能性があり、システム2プロセスの想定に合うというわけです。これらの理論整理を経て、我々の研究では二重プロセスモデルを問題行動全般に拡張して検証しました。
その検証結果として、今回は2つの分析結果を紹介します。まず、この研究では問題行動の目撃について調査していますが、「様々な問題行動についてどの程度目撃されているのか」の集計結果を示します。
この研究では、先行研究における問題行動の定義を参考にして下記11種類の内容についてそれぞれ「これまで、自社でどの程度目撃したことがあるか」を質問しました。
表を見ると、問題行動について目撃された頻度は、暴力行為や窃盗などの金銭的犯罪行為、周囲の仕事を妨害する行為を除き、全体的に2~3割程度だと示されています。つまり、たいていの問題行動それぞれについて、回答者が「一度以上見たことがある」と回答する割合が2割を超えるということです。
これは、問題行動が組織で行われており、一部の従業員がそれを目撃していることを示唆しています。その割合も、最初に紹介したパーソル総合研究所の割合である2割前後とおおよそ同じで、組織の中で問題行動が一定数行われている現状がうかがえます。
次に、問題行動全般に拡張した二重プロセスモデルの分析結果です。この研究では、問題行動の目撃頻度を一つの概念として集約して扱いました。
システム1プロセスの指標は、ストレスの実感に加えて、ストレスから派生する悪影響の指標である仕事の不安、バーンアウト、職務満足を取り上げました。
システム2プロセスの指標は、組織に感じる公平感に加えて、そこから生じる組織への態度悪化を捉える指標として、組織サポート、組織への信頼感、組織への愛着を指す情緒的コミットメントを取り上げました。
これらの指標を測定したデータについて、二重プロセスモデルが当てはまるか構造方程式モデリングと呼ばれる手法で解析した結果、モデルが予測する関連が支持されました。
つまり、問題行動を目撃する頻度が多い従業員はストレスの実感が強く、それに応じて仕事における不安やバーンアウトが高く、職務満足が低い状態になる関連が示されました。加えて、問題行動を目撃する頻度が多い従業員は公平感を低く感じており、それに応じて組織サポートの実感や組織への信頼感、情緒的コミットメントが低くなる関連が示されています。
問題行動全般に拡張しても二重プロセスモデルは支持され、問題行動の目撃はストレスの上昇や公平感の喪失を生み、続く種々の指標の悪化に至るプロセスが示された形です。
論文執筆の背景
最後に、我々の研究の背景について紹介します。この研究は、当社が依頼を受けたクライアントワークの一環として実施され、その調査結果が学術研究としても認められる成果となったものです。
クライアントワークにおける調査を研究として仕上げるに至ったきっかけは、調査前に行う研究知見レビューにおいて、この領域の研究知見が非常に斬新であり、またクライアントのご要望ともよくマッチしていたことです。
これはつまり、研究者と実務家双方のニーズに合う有用な研究知見であることを指します。そのため、私と伊達の間で「この調査結果を研究論文として仕上げよう」と話が出て、研究論文として仕上げて発表・論文投稿するに至りました。
これを踏まえた我々の価値は、「研究知と実践知のコラボレーションにより生まれた新知見である」ことです。
研究知では、最初に紹介した通り問題行動の研究は主に問題行動の実行者や被害者など、当事者に焦点を当てた研究が多く蓄積されている中、目撃者に焦点を当てたものは多くありませんでした。一方で、実践知では問題行動の目撃者に悪影響が生じることを意識していた一方で、それをどういった切り口で捉えればよいかアイデアがありませんでした。
クライアントワークの中で各々に足りていなかった点を議論し合うことで、研究知見を土台に双方のアイデアが統合され、有用性の高い新知見が生み出されたと言えます。
ここから考えられる研究者と実務家の協同の意義は「双方の強みが、互いのニーズを満たし合うことで価値あるものが生まれる」ことでしょう。研究者は、人々の平均的傾向や、現実場面をうまく切り取り整理する概念・理論に詳しい一方で、今の現場がどういった問題意識や関心を持っているかの把握が十分にやり切れない困難があります。
これに対して実務家は、現場の実態や現状、現在感じている課題や関心を知っている当事者です。しかし、それらをうまく整理する知識やノウハウはいくらか不足するところがあります。
このように、研究者と実務家は、互いが持つ強みと足りていないところがうまくかみ合うところが多いです。そのため、研究者と実務家が協同することで、学術的意義が大きく現場でも有用な新知見が得られる可能性を高められるでしょう。
公刊までの道のり
伊達:
学術論文を公刊することは、多くの時間と労力を必要とする長期的なプロジェクトです。今回の論文も例外ではなく、長い道のりを経て完成しました。この過程を皆様にご紹介することで、学術研究の世界を少しでも理解していただければと思います。
まず、今回の研究は、能渡が先ほど説明したように、クライアントワークが出発点でした。実務の現場で直面した課題に取り組む中で、私たちは理論的な意義を見出し、学術的に掘り下げる価値があると考えました。そこで、2023年6月に開催された組織学会の研究発表大会で報告することを決めました。
学会発表に向けては、まず予稿集用の原稿を執筆する必要があります。この段階で、すでに学術的な視点からの精査が始まります。特に昨年の学会では、優れた発表については早期に査読プロセスに進むコースが設けられました。この機会を逃すまいと、私たちは力を注いで原稿を準備しました。
京都産業大学で開催された学会での発表は、幸いにも好意的な反応を得ることができました。建設的な質問やコメントを多数いただき、発表後も貴重なフィードバックを受けました。これらの意見を参考に、私たちの研究が学術的にどのような貢献を果たすか、また限界は何かがより明確になりました。
学会終了後しばらくして、嬉しいニュースが届きました。私たちの発表が早期査読コースに選ばれたのです。このチャンスを最大限に活かすため、学会での議論を踏まえて内容を再検討し、原稿を本格的な論文形式に書き直して提出しました。
ここから、いよいよ本格的な査読プロセスが始まります。組織学会の査読システムでは、シニア・エディター1名が全体を統括し、複数の匿名査読者が詳細な審査を行います。具体的な内容はお話しできませんが、査読者の方々から多くの鋭い指摘と建設的な提案をいただきました。
査読者のコメントに丁寧に対応し、何度かの修正を経て、ついに論文の掲載が決定しました。そして先日、『組織科学』の最新号に私たちの論文が掲載されました。現在、オンラインでPDFが公開されていますので、ご興味のある方はご覧いただければと思います。
学術論文の執筆と公刊は、研究成果を世に出すだけでなく、私たち自身が成長する機会でもあります。査読者からの指摘は時に辛いものですが、それを乗り越えることで研究の質が向上し、新たな知見が生まれます。また、このプロセスを通じて、実務で得た知見を理論的に深め、それを再び実務に役立てるという、理論と実践の双方向の流れが実現します。
管理職と人事部への実践的示唆
今回の論文では、非生産的行動が職場に及ぼす影響が、当事者だけでなく、それを目撃した従業員にも広がることが明らかになりました。この知見は、管理職と人事部の両方に重要な示唆を与えています。それぞれの立場での対応策について解説します。
まず、管理職の皆様にとっての示唆について考えてみましょう。
- ハラスメントやサボり、違法行為など、あらゆる種類の非生産的行動が目撃者に悪影響を与えることを理解する必要があります。
- 非生産的行動の目撃が、ストレス反応と組織的公正の認識という2つの異なるプロセスを通じて影響を与えることを把握することが重要です。
- 非生産的行動の直接の当事者だけでなく、目撃者も「間接的な被害者」であるという視点を持つことが求められます。
これらの理解に基づいて、管理職の皆様には次のような行動が推奨されます。
- 迅速かつ公正な対応:非生産的行動を発見したり報告を受けたりした際には、迅速に調査し、対処することが重要です。また、その対応プロセスの透明性を確保し、目撃者を含む部下全体に公平性を示すことで、組織への信頼を維持できます。
- 目撃者へのサポート:非生産的行動を目撃した部下にも個別面談を行い、心理的影響を確認します。必要に応じて、カウンセリングや業務調整などのサポートを提供することで、目撃によるネガティブな影響を最小限に抑えることができます。
- 予防的なアプローチ:チーム内で倫理的行動や相互尊重の重要性について定期的に話し合う機会を設けることが効果的です。また、非生産的行動の具体例とその影響についてチーム内で共有し、意識を高めることで、問題の発生自体を予防することができます。
次に、人事部の皆様にとっての示唆について考えてみましょう。
- 非生産的行動が目撃者を通じて組織全体に広がる可能性があることを理解する必要があります。
- ストレス反応の軽減と組織的公正の向上という2つのアプローチが必要であることを認識することが重要です。
- 非生産的行動への対応は一時的な問題解決ではなく、組織文化の形成に関わる長期的な取り組みであると捉えることが求められます。
これらの理解に基づいて、人事部の皆様には次のような施策が推奨されます。
- 実態の把握:従業員に対して調査を実施し、非生産的行動の目撃頻度や種類、その影響を詳細に把握します。収集したデータを分析し、組織内で特に注意すべき非生産的行動の種類や発生しやすい状況を特定することで、より効果的な対策を講じることができます。
- 方針とガイドラインの整備:非生産的行動に関する組織方針を策定し、全社に周知します。また、目撃者へのサポート方針を明文化し、管理職向けの対応マニュアルを整備することで、組織全体で一貫した対応を取ることができます。
- 報告・相談体制の構築:匿名性を保証した内部通報制度を整備し、非生産的行動の早期発見を促進します。また、目撃者専用の相談窓口を設置し、心理的サポートと情報提供を行うことで、目撃者のストレスを軽減し、組織への信頼を維持することができます。
施策を総合的に実施することで、非生産的行動の発生を抑制し、たとえ発生してしまった場合でも、その影響を最小限に抑えることが可能となります。また、こうした取り組みは、長期的には組織の倫理観や相互尊重の文化を醸成し、より健全で生産的な職場環境の構築に貢献するでしょう。
Q&A
Q:二重プロセスモデルについて、個人の問題行動が組織の対応に影響を与えるということですが、問題行動に対して見て見ぬふりをする上司や組織は、後に大きな代償を払うことになるのでしょうか。
能渡:
その通りです。組織としては、「これは当事者間の問題だから、当事者同士で解決すべきだ」と考えてしまうかもしれないですが、問題行動が生じている場面を実際に目撃した人たちは、当事者間の問題だと感じると同時に「組織がしっかり対応すべきだ」とも思っている可能性が高いです。この認識の違いが重要だと考えています。
伊達:
特に人間関係に関わる問題行動は、プライバシーなどの理由から密かに対応が進められることが少なくありません。そうなると、目撃者は「あの問題はどうなったのか」と不信感を抱き、「組織は問題を放置しているのではないか」と疑われるかもしれません。これは組織にとって難しい課題です。
Q:限られた時間の中で、多くの先行研究から効率的に情報を得るためのコツを教えてください。また、日本以外の先行研究も参照する必要があるのでしょうか。
能渡:
本日のテーマを超えて、組織を巡る様々な課題について先行研究を俯瞰するテクニックのご質問ですね。これは、最新の系統的レビュー(systematic review)やメタ分析(meta-analysis)の論文を探って読み通すことが有効です。これらのタイプの論文は、過去の研究を網羅的に取り上げて整理しているため、研究の到達点を効率よく把握できます。今回の研究で主軸に据えた二重プロセスモデルを提唱した研究も、系統的レビュー論文でした。
伊達:
論文が英語で書かれることが多いので、海外の論文が多くなります。ただし、文化の違いも考慮するべきでしょう。例えば、欧米と東アジアでは文化的背景が異なります。一方で、人間の認知プロセスなど、文化によらず共通する部分もあります。論文を読む際は、その議論がどの程度一般的かを考慮すると良いでしょう。
Q:問題行動を目撃した社員が組織への信頼やコミットメントを失い、最終的に退職してしまうというプロセスについて、社員の属性(新卒入社か中途入社か、勤続年数、正社員か非正社員かなど)による違いはありますか。
能渡:
現時点では詳細な分析結果は確認できていませんが、属性による違いは十分に考えられます。今回の研究では、問題行動を目撃する頻度が高いほどストレスが増え、公平感が低下するという結果が出ていますが、これは「目撃者が、目撃した問題行動を問題として認識するかどうか」で変わります。例えば、同僚がサボっているのを見ても別に気にならない性格の人は、ストレスを感じにくいかもしれません。また、問題行動を行っている人と目撃者の仲が良い場合はストレスを感じにくいなど、関係性によっても反応が変わる可能性があります。
脚注
[1] 能渡真澄・伊達洋駆 (2024). 非生産的行動の悪影響は目撃者にも及ぶ ―非生産的行動の目撃による悪影響の二重プロセスモデル― 組織科学, 57(4) 73-86.
[2] パーソル総合研究所 (2016).「パート・アルバイトのフィールドマネジメントに関する定量調査」 パーソル総合研究所 Retrieved from https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/assets/ap-field-management.pdf
[3] Liao, E. Y., Wang, A. Y., & Zhang, C. Q. (2021). Who influences employees’ dark side: A multi-foci meta-analysis of counterproductive workplace behaviors. Organizational psychology review, 11(2), 97-143.
[4] Han, S., Harold, C. M., Oh, I. S., Kim, J. K., & Agolli, A. (2022). A meta-analysis integrating 20 years of workplace incivility research: Antecedents, consequences, and boundary conditions. Journal of Organizational Behavior, 43(3), 497-523.
[5] Carpenter, N. C., Whitman, D. S., & Amrhein, R. (2021). Unit-level counterproductive work behavior (CWB): A conceptual review and quantitative summary. Journal of management, 47(6), 1498-1527.
[6] Tsuno, K., Kawakami, N., Tsutsumi, A., Shimazu, A., Inoue, A., Odagiri, Y., & Shimomitsu, T. (2022). Victimization and witnessing of workplace bullying and physician-diagnosed physical and mental health and organizational outcomes: A cross-sectional study. PLoS one, 17(10), e0265863.
[7] Dhanani, L. Y., & LaPalme, M. L. (2019). It’s not personal: A review and theoretical integration of research on vicarious workplace mistreatment. Journal of Management, 45(6), 2322-2351.
[8] Fitness, J. (2000). Anger in the workplace: An emotion script approach to anger episodes between workers and their superiors, co-workers and subordinates. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 21(2), 147-162.
[9] 関口倫紀・林洋一郎(2009).「組織的公平研究の発展とフェア・マネジメント」『経営行動科学』22(1),1-12.
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
能渡 真澄
株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー。信州大学人文学部卒業、信州大学大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(文学)。価値観の多様化が進む現代における個人のアイデンティティや自己意識の在り方を、他者との相互作用や対人関係の変容から明らかにする理論研究や実証研究を行っている。高いデータ解析技術を有しており、通常では捉えることが困難な、様々なデータの背後にある特徴や関係性を分析・可視化し、その実態を把握する支援を行っている。