2024年10月24日
協調行動が社会をよくする:社会関係資本の力
ソーシャル・キャピタルを直訳すると「社会資本」になります。一般的に「社会資本」といえば、橋や道路、下水道などの社会的インフラを指します。しかし、この物理的な社会資本とは異なる概念を示すために、ソーシャル・キャピタルを社会科学の分野では「社会関係資本」と訳しています[1]。代表的な定義としては、「人々の協調行動を活発にすることによって社会の効率性を高めることのできる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」があります[2]。具体的には、部の目標を達成するために、お互いの信頼関係を高める、規範を守る、そして関係性を強化することによって、チームで力を合わせて一丸となるということが挙げられます。
社会関係資本は、組織内での協力行動を促進し、効率性を向上させることが多くの研究で報告されています。これにより、社会学、経済学、経営学、教育学など幅広い分野で注目されています。また、社会関係資本は機械や工場などの物的資本や人のもつ能力・スキルなどの人的資本に並ぶ新しい概念として位置づけられています。
本コラムでは、社会関係資本に関する研究知見を紹介し、社会関係資本とは何か、どのような要因に影響されるのか、そしてワーク・エンゲイジメント、仕事のパフォーマンスやメンタルヘルスなどにどのような影響を与えるのかについて探っていきます。これらの研究を通じて、社会関係資本についての理解を深め、ビジネスの世界で活用するための有益なヒントを提供していきます。
信頼や規範、ネットワークなどの社会制度
社会関係資本の定義に「社会関係資本とは、信頼や規範、ネットワークなどのような社会制度を表す言葉」であり、人々がこの社会関係資本の考え方に基づいて協調した行動をとることで、社会はより効率よく動くようになるというものがあります。ここでは、社会関係資本の核となる構成要素である「信頼」「規範」「ネットワーク」について詳しく紹介します。
まず、信頼についてです。知っている人に対する厚い信頼(親密な社会的ネットワークの資産)と、知らない人に対する薄い信頼(地域における一般的な信頼)を区別し、薄い信頼の方がより広い協調行動を促進し、社会関係資本の形成に役立つとしています。信頼が存在することで自発的な協力が生まれ、その協力がさらに信頼を育くむという相互作用が生じます。
次に、規範についてです。特に互酬性の規範が重視されています。互酬性とは相互依存的な利益交換のことで、均衡のとれた互酬性(同等価値のものを同時に交換)と、一般化された互酬性(将来均衡がとれることを期待して現在不均衡な交換を行う)に分けられます。一般化された互酬性は短期的には愛他主義に基づき、一方で長期的には当事者自身の効用を高めるという利己心に基づいており、これが利己心と連帯の調和に役立つとされています。
最後に、ネットワークです。ネットワークには、職場内の上司と部下の関係などの垂直的なネットワークと、同期や後輩などの水平的なネットワークがあります。家族や親族を超えた広範な弱い紐帯を重視し、特に、直接顔を合わせるネットワークが重要とされています。
これらの3つの構成要素については相互強化的な効果があります。互いに助け合うルールと社員が積極的に参加する職場ネットワークから会社全体での信頼が生まれるといい、いずれかの要素が増えると他の要素も増加する関係にあるという主張があります。例えば、ネットワーキングイベントに参加し、名刺交換した人とSNSで繋がり、専門的で価値のある情報を提供することで、社会関係資本が相互に強化されていきます。
社会関係資本は心理的資本を通して仕事のパフォーマンスを高める
社会関係資本と心理的資本、そして仕事のパフォーマンスに関して、ノルウェーの自動車販売ディーラーのサービス営業担当者103名を対象とした研究があります[3]。
社会関係資本は構成要素として、関係性次元、構造的次元、認知的次元があります。関係性次元は「個人間の関係やつながり」を指します。たとえば、長い間一緒に働いてきた同僚や、信頼し合っているチームメンバーとの関係がこれにあたります。構造的次元は「社会ネットワークやシステムの構造」を意味します。つまり、どのように人々がネットワークでつながっているか、どのように情報が流れているかなどのパターンです。認知的次元は「共通の期待や意味、解釈」を指します。つまり、社会的ネットワーク内で共有される価値観や考え方、言語のコードです。
心理的資本とは、個人の資源を表し、4つのHERO資源、すなわち希望(Hope)、自己効力感(Efficiency)、回復力(Resilience)、楽観性(Optimistic)を含みます[4]。
希望は高い目標に向けて粘り強く尽力する姿勢を意味し、自己効力感はチャレンジングな活動の起点となる自信のことです。回復力は問題や逆境に直面した際に落ち着いて対応していく柔軟な姿勢を意味し、楽観性は成功のイメージを自らの現状に結びつけて前向きに現状を認知する力です[5]。
研究によると、社会関係資本の構造的次元にオーセンティック・リーダーシップ、つまり誰かや何かを模倣したのではない自己に従って行う本物のリーダーシップ[6]があります。このオーセンティック・リーダーシップと関係的次元である助け合う組織風土が、心理的資本に直接関連し、心理的資本が革新的行動、ジョブ・エンゲージメント(活力・熱意・没頭から成るワーク・エンゲイジメントとほぼ同概念)、営業パフォーマンスに直接関係していることが明らかになりました。オーセンティック・リーダーシップ、助け合う組織風土、革新的行動、ジョブ・エンゲージメント、営業パフォーマンスはすべて心理的資本によって関係づけられ強化されています。
オーセンティック・リーダーシップは特に心理的資本との関係性が強く、4つの影響があります。第1に個々の従業員の心理的資本に直接正の影響を与え、第2に助け合う組織風土に有意な正の影響を与えます。第3に助け合う組織風土を媒介して心理的資本に正の影響を与え、第4に心理的資本を介して革新的行動、ジョブ・エンゲージメント、営業パフォーマンスにポジティブに連関しています。
心理的資本はジョブ・エンゲージメントと強く相関し、営業パフォーマンスとも正の相関がありますが、革新的行動との相関は最も弱いことが分かりました。
本研究は、社会関係資本と心理的資本が共生資源、つまりその両方が革新的行動、ジョブ・エンゲージメント、営業パフォーマンスを強化する先行要因であることを示しています。組織がこれらの資本を活用することで、仕事のパフォーマンスを向上させることができるのです。研究結果が示唆するポイントは二つあります。一つは、マネジャーはオーセンティック・リーダーシップと助け合う組織風土の両方の社会関連資本に投資するとよいということです。もう一つは、心理的資本を充実させるとよいということです。
社会関係資本と心理的資本を共に活用することで仕事のパフォーマンスを向上させることができます。心理的資本は、希望、自己効力感、回復力、楽観性の4つのHERO資源で構成されます。大志を持ち、自分を信じ、困難に負けず、楽天的に仕事に取り組む姿勢が心理的資本を増やし、共に社会関係資本も増えていきます。
リーダーシップが社会関係資本を培う
社会関係資本とリーダーシップについての研究を二つ紹介します。まず、イスラエルのコミュニティ・センターの参加者209名を対象とした調査です。リーダーの関係性行動、例えばオープンなマインドで交流し、お互いの実情を理解し合い、信頼を構築することが、どのように組織メンバー間の絆型社会関係資本、つまり職場のメンバー間の質の高い関係や絆を培うのかについて調査しました。また、絆型社会関係資本がどのように仕事における活力の感情を増大させるのかについて検討しました[7]。
研究の結果、リーダーの関係性行動が絆型社会関係資本に影響し、その絆型社会関係資本が活力に影響を与え、さらに活力が職務パフォーマンスに影響を及ぼすという関係性が明らかになりました。この結果から、リーダーが関係性行動を示すことで、組織内の良好な関係が育まれ、絆型社会関係資本の形成が促進されることが示されました。
本研究は、リーダーが職場メンバーの活力や職務パフォーマンスを向上させるためには、職場内での良好な人間関係を築くことが重要であることに着目しています。職場メンバー間のポジティブで質の高い人間関係が、活力を育むために不可欠であることを示しています。
次に、カナダの新卒2年目未満の看護師10,091人を対象とした調査です。この研究では、オーセンティック・リーダーシップ、構造的エンパワーメント、および関係的社会関係資本が新卒看護師の精神的健康と実践1年目の仕事満足度に及ぼす影響を検証しました[8]。構造的、関係的、認知的の3つの形態で示される社会関係資本理論に基づき、関係の性質や質を指す関係的社会関係資本に焦点を当てています。
因みに、構造的社会関係資本は社会ネットワークにおける当事者間の関係の構成を示し、認知的社会関係資本はグループの共有された意味や理解を指します。強い共同体感覚を含む人間関係の質は、新卒看護師が専門職としての役割に移行する過程で特に重要であると考えられます。
研究の結果、構造的エンパワーメント、つまり従業員が自分の仕事を効果的に行える状況で働いていることがオーセンティック・リーダーシップと関係的社会関係資本の関係を媒介し、その結果、精神的健康には負の影響を、職務満足度には正の影響を与えることが明らかになりました。
つまり、オーセンティック・リーダーシップは、職場を構造的にエンパワーメントすることで、新卒看護師同士の良い人間関係を育み、その結果、健康状態や職場への定着に良い影響を与えることがわかりました。
看護師の管理者がオーセンティック・リーダーシップを発揮できるように支援することは、新しく看護師になった人たちが専門職としてのキャリアにうまく移行するための効果的な方法です。このことは看護師だけでなく、他の職業にも当てはまる可能性があり、様々な分野で有効な戦略となる可能性があります。
チームの関係性を高めるのはリーダーの役割であり、これはチームのメンバーも望んでいることです。関係性リーダーシップを強化するためには、エンゲージメントサーベイやストレスチェックでもスコアアップに取り組むことが有効です。職場によってスコアの振れ幅が大きいため、それぞれの職場単位でリーダーと職場のキーパーソンが協力し合って改善ポイントをみつけ、合意し、アクションを実行していくことが望まれます。
さらにオーセンティック・リーダーシップに関しては、企業はリーダーシップ研修や実践を通じてリーダー育成に取り組むことが重要です。例えば、研修では、自己の価値観を理解するために、心理アセスメントや、人間関係を深く理解するために360度評価を行うことが有用です。これらの客観的な評価を通じて、自己の強みや弱みをしっかりと見つめて、自分らしさに基づいたリーダーシップを発揮できるよう育成すると良いでしょう。
社会関係資本はエンゲージメントを強化する
エンゲージメントと社会関係資本との関係を検証した研究があります[9]。インドの官民製造業に従事する375名の中堅・上級管理職を対処とした調査では、社会関係資本が心理的資本とワーク・エンゲイジメントの関連を強化することが明らかになりました。
分析の結果、心理的資本はワーク・エンゲイジメントと社会関係資本に有意な正の影響を与えることが示されました。これは、従業員の人間関係によってワーク・エンゲイジメントに対する心理的資本の効果が増減する可能性を示唆しています。つまり、良い人間関係が築かれている職場では、従業員のやる気や仕事への取り組みがさらに高まる一方で、人間関係が悪い場合は、その効果が減少する可能性があるということです。
結論として、組織は従業員に強みやリソースを提供し、強固な支援関係を共有するために心理的資本を開発することが望まれます。従業員同士が交流し、心理的資本を高めるための選択肢を設けることで、職場環境におけるコミュニケーションを妨げる障害を取り除き、社会関係資本を強化することで、ワーク・エンゲイジメントを最大化することができます。
実践的には、管理職は職場での社会的つながりを支援し、従業員が強固な人間関係を形成し、意欲的で生産性の高い労働力の構築を支援することを助けることが望まれます。積極的な社会的コミュニケーションの機会を作ることは、マネジャーにとって極めて重要な目標です。組織は、より人間関係中心の考え方を採用し、従業員が活躍できるよう、前向きな従業員同士の交流を育むことが望まれます。
次に、社会関係資本とワーク・エンゲイジメントとの関係を調査したデンマークの酪農労働者538名、66チームを対象とした研究を紹介します[10]。この調査では、社会関係資本をチーム内、チーム間、直属上司との関係、職場全体の4種類に分類しました。
結果として、職場の社会関係資本は、従業員の自己報告による職務遂行能力と心理的ウェルビーイングを予測することが示されました。つまり、職場での良好な人間関係や信頼、協力体制がしっかりしていると、従業員が自分の仕事をうまくこなしていると感じたり、精神的に健康であると感じる可能性が高まるということです。
また、社会関係資本の変化の大きさが、個人レベルおよび集計レベルの両方で、従業員の自己報告による職務遂行能力、ワーク・エンゲイジメント、および心理的幸福を予測することがわかりました。つまり、職場内での人間関係や信頼の変化が、個々の従業員だけでなく、職場全体においても、仕事の成果や仕事への取り組み、さらには精神的な健康状態に影響を与えるということです。
これらの結果は、社会関係資本は重要な仕事の資源であり、チーム内、チーム間、直属上司との関係、職場全体の4種類の社会関係資本の改善が、職場組織においてそれぞれ非常に関連し合っていることを示唆しています。
したがって、社会関係資本の強化を目的とした介入を実施することは、組織のパフォーマンス向上に向けた努力に値する可能性があります。特に身近な関係であるチーム内での改善の効果が概ね高いことを統計結果が示しています。
社会関係資本が仕事満足度と生活の質を高める
続いて紹介するのは、社会関係資本が仕事における満足度と生活の質を高めることについての研究です[11]。この研究は、スペインの公的機関や民間企業に雇用された男女有職者4,800人を対象に実施されました。
社会関係資本は、信頼、社会関係、コミットメント、コミュニケーション、影響力の次元で構成されています。信頼は組織で一緒に働く人が互いに信頼し合っている、社会関係は同僚と強い交友関係がある、コミットメントは組織の成功のためなら必要以上に働くことを厭わない、コミュニケーションは自分の仕事と関連する事柄について自分の意見を伝えることができる、影響力は職場で自分の考えを実践できる、とそれぞれ定義されます。
仕事の満足度は、労働者が自分の職場環境にどれだけ満足しているかを示す主観的な指標です。職場での生活の質は、仕事に対する感じ方やシフトや週末勤務の有無などいくつかの要素が組み合わさった指標です。
分析の結果、社会関係資本のレベルが高いほど、仕事における満足度と職場における生活の質が高いことが明らかになりました。社会関係資本は、労働者、会社や組織、職場環境の特性よりも、職場における生活の質や仕事の満足度の予測因子として優れています。
ここにおける労働者の特性は、性別、年齢、教育レベル、所得、都市の規模、世帯主、配偶者の有無、扶養している子供です。会社や組織の特性は、企業の規模、経済部門、国有企業か民間企業か、シフト制勤務です。また、職場環境の特性は、1週間の労働時間、階層、職場での監督的役割、勤続年数、職場のハイリスク状況で表されます。
この結果は、人々が交流する場における関係や信頼を生み出すプロセスが、個人や組織のパフォーマンスを良好に機能させる決定要因であることを示しています。企業や組織のような経済的制度は、その構成員が許容レベルの信頼、関係、コミットメント、コミュニケーション、すなわち社会関係資本を生み出すことができれば、日々の仕事に対する満足度やウェルビーイングをより高い水準で生み出すことができるということが示唆されます。
具体的には、次のような効果が期待されます。組織内での透明性や誠実さが促進されることで、従業員は上司や同僚に対する信頼感が高まり、安心して業務に取り組むことができるようになります。また、チームビルディング活動や社内イベントなどが通じて、同僚との関係が深まります。そして、キャリア開発の機会や研修プログラムが提供されることで、従業員は自分の成長が組織の成功に寄与することを理解し、組織へのコミットメントが強化されます。さらに、定期的なフィードバックやオープンなコミュニケーションの機会が提供されることで、従業員は自分の意見や不安を適切に表現できるようになります。
したがって、企業は社会関係資本を重視する文化を奨励することが重要です。職場内での信頼や良好な人間関係は、仕事の満足度や生活の質を高めるための鍵となります。具体的には、従業員が互いに支援し合い、コミュニケーションをとりやすい環境を整えることが求められます。管理職やリーダーは、関係性リーダーシップを発揮し、従業員同士の強固な関係を育むことで、組織全体のパフォーマンス向上に寄与することが期待されます。
この研究は、社会関係資本が職場での生活の質や仕事の満足度に対して持つ社会的有用性を強調しています。職場における人間関係の質を向上させる取り組みが、従業員のウェルビーイングと生産性を向上させるための重要な要素であることを改めて示しています。
社会関係資本はレジリエンスに効果がある
心理的レジリエンスと社会関係資本の関係についても興味深い研究があります[12]。イランの国営企業で働く204人を対象に行われた横断的調査です。社会関係資本は、この研究においては「個人または社会的単位が持つ、人間関係のネットワークに組み込まれ、そこから利用可能であり、そこから派生する、実際および潜在的な資源の総体」を指し、関係的、構造的、認知的社会関係資本の3つの次元を用いています[13]。
心理的レジリエンスは「否定的、外傷的、ストレスフルな経験、あるいは昇進や責任の増加といった肯定的な出来事からも、前向きに成長し、前進する能力」とされています[14][15]。要するに、心理的レジリエンスは、どんな状況でも前向きに進んでいく力を持っているということを指します。困難に直面してもそれを学びの機会とし、ポジティブな変化に対しても適切に対応できる柔軟さや強さを備えているということです。
また、従業員の積極的な仕事態度とは「組織の目標達成に対する従業員の自発的で積極的な仕事態度」を指します[16]。
分析の結果、社会関係資本の3つの次元が心理的レジリエンスにポジティブな効果を与えることが確認され、以下のように示されました。
- 構造的社会関係資本は、ストレス要因や課題に対する緩衝材として機能し、従業員の心理的レジリエンスを高めます。
- 関係的社会関係資本は、ネットワーク内の対人関係における相互信頼、信頼性、尊敬の存在を表し、より良い問題解決やポジティブな感情、ストレス要因への対処を促進します。
- 認知的社会関係資本は、職場における従業員の心理的レジリエンスに正の影響を与えます。
また、心理的レジリエンスが高まることで従業員の組織目標達成に対する前向きな勤務態度も向上することが明らかになりました。
この研究は、社会関係資本と心理的レジリエンスの強化が、従業員の積極的な仕事態度に与える影響を示しており、組織の目標達成に向けた重要な指針を提供しています。
社会関係資本は職場のメンタルヘルス不良と関連する
メンタルヘルスとの関連を調査した研究を二つ紹介します。まず、日本の民間企業12社に勤務する男性6,387名、女性1,825名を対象とし社会関係資本と精神的苦痛の関連の調査です[17]。この研究では、社会関係資本の認知的側面に関する6項目を用いて分析を行いました。認知的側面の6項目は、職場における一体感、相互理解と受け入れの感覚、仕事に関する情報交換の活発さ、互いに助け合う風土、相互信頼の存在、職場における笑顔と笑いの多さ、で構成されます。
また、精神的な健康状態を評価するためにK6質問票を使用し、うつ病や不安障害などの精神的な問題について調査しました。質問票では、過去30日間における精神的ストレスや感情的な負担の程度を測ります。具体的には、神経の高ぶり、絶望感、落ち着きのなさ、深い気分の落ち込み、活動に対する困難感、自尊心の低下などの感覚がどの程度頻繁に現れたかを基に、個人の精神的な健康状態を把握します。
分析の結果、社会関係資本の増加は精神的苦痛の改善と関連していることが示されました。職場の社会関係資本の変化が、従業員のメンタルヘルス改善をするのに役立つことが分かりました。これは、仕事のストレスや努力と報酬の不均衡、会社特有の要因などを考慮しても変わりませんでした。
特に、社会関係資本と精神的な健康状態の変化との間には負の相関が見られ、その関係は男女、全年齢層、さらにうつ病に罹ったことがなくメンタルヘルスの状態が高い従業員とうつ病に罹ったことが過去にあるメンタルヘルス状態が低い従業員のいずれにおいても一貫していました。つまり、職場での人間関係や信頼関係が強化されると、精神的な苦痛が減少することが確認されました。この負の相関は、男性・女性を問わず、すべての年齢層で見られ、過去にうつ病を経験したことがある人もない人も、同様にその影響を受けていることが分かりました。
この結果は、職場介入策を開発し、個人的な治療カウンセリングを提供するだけでなく、社会関係資本を高めることでメンタルヘルス改善に重要であることを示唆しています。
次に、イランの5つの工場における280人の労働者を対象とした横断研究についてです[18]。この研究では、一般健康調査票(General Health Questionnaire: GHQ)を用いてメンタルヘルスを評価しました。GHQは精神健康度を評価する調査票で、全般的精神不健康、社会的機能不全、身体症状、自殺念慮、睡眠障害などを測定するツールです。
研究の結果、職場における社会関係資本の高さが労働者のメンタルヘルスの改善と関連していることが示されました。自己報告による健康状態は、個人レベルの社会関係資本と関連しており、メンタルヘルス状態がよいほど社会関係資本が高いことが認められました。また、集計された職場における社会関係資本の低さは、メンタルヘルス状態の低さと関連していました。このことから、社会関係資本を促進することが、職場におけるメンタルヘルス改善のための有効な戦略であることが示唆されます。
社会関係資本を高める実践的な取り組み
社会関係資本に関する研究を紹介し、その原因、結果、影響について考察しました。
社会関係資本を高めるためには、これまでの考察を意識して組織として取り組むことが望まれます。社会関係資本を増強は、ワーク・エンゲイジメント、仕事満足度、生活の質、レジリエンス、メンタルヘルスなどに影響を与えます。
これらはいずれも最終的に組織パフォーマンスの最大化や従業員のウェルビーイングに影響する重要な要素です。社会関係資本をないがしろにすると、これらに負の影響が出る可能性があります。逆に、社会関係資本を増強することで、組織全体にプラスの影響がもたらされるでしょう。結果をよく理解し、社会関係資本の強化に取り組むことが望まれます。
脚注
[1] 稲葉陽二 (2007). 『ソーシャル・キャピタル』生産性出版, pp.3-4.
[2] Putnam, R. D. (1994). Making democracy work: Civic traditions in modern Italy.
[3] Slåtten, T., Lien, G., Horn, C. M. F., & Pedersen, E. (2019). The links between psychological capital, social capital, and work-related performance–A study of service sales representatives. Total Quality Management & Business Excellence, 30(sup1), S195-S209.
[4] Luthans, F., & Youssef-Morgan, C. M. (2017). Psychological capital: An evidence-based positive approach. Annual review of organizational psychology and organizational behavior, 4(1), 339-366.
[5] フレッド・ルーサンス、キャロライン・ユセフ=モーガン、ブルース・アボリオ著、開本浩矢、加納郁也、井川浩輔、高階利徳、厨子直之訳(2022)『こころの資本-心理的資本とその展開-』中央経済社, pp.11-12, 59-89, 97-124, 133-159, 165-197.
[6] George, B. (2003). Authentic leadership: Rediscovering the secrets to creating lasting value, San Francisco: Jossey-Bass.
[7] Carmeli, A., Ben-Hador, B., Waldman, D. A., & Rupp, D. E. (2009). How leaders cultivate social capital and nurture employee vigor: Implications for job performance. Journal of Applied Psychology, 94(6), 1553.
[8] Read, E. A., & Laschinger, H. K. (2015). The influence of authentic leadership and empowerment on nurses’ relational social capital, mental health and job satisfaction over the first year of practice. Journal of advanced nursing, 71(7), 1611-1623.
[9] Biswal, K., Srivastava, K. B., & Alli, S. F. (2023). Psychological Capital and Work Engagement: Moderating Role of Social Relationships. Annals of Neurosciences, 09727531231198964.
[10] Clausen, T., Meng, A., & Borg, V. (2019). Does social capital in the workplace predict job performance, work engagement, and psychological well-being? A prospective analysis. Journal of occupational and environmental medicine, 61(10), 800-805.
[11] Requena, F. (2003). Social capital, satisfaction and quality of life in the workplace. Social indicators research, 61, 331-360.
[12] Jahanshahi, A. A., Maghsoudi, T., & Nawaser, K. (2020). The effects of social capital and psychological resilience on employees’ positive work attitudes. International Journal of Human Resources Development and Management, 20(3-4), 231-251.
[13] Nahapiet, J., & Ghoshal, S. (1998). Social capital, intellectual capital, and the organizational advantage. Academy of management review, 23(2), 242-266.
[14] Connor, K. M., & Davidson, J. R. (2003). Development of a new resilience scale: The Connor‐Davidson resilience scale (CD‐RISC). Depression and anxiety, 18(2), 76-82.
[15] Shin, J., Taylor, M. S., & Seo, M. G. (2012). Resources for change: The relationships of organizational inducements and psychological resilience to employees’ attitudes and behaviors toward organizational change. Academy of Management journal, 55(3), 727-748.
[16] Song, S. H. (2006). Workplace friendship and employees’ productivity: LMX theory and the case of the Seoul city government. International Review of Public Administration, 11(1), 47-58.
[17] Tsuboya, T., Tsutsumi, A., & Kawachi, I. (2015). Change in psychological distress following change in workplace social capital: results from the panel surveys of the J-HOPE study. Occupational and Environmental Medicine, 72(3), 188-194.
[18] Firouzbakht, M., Tirgar, A., Oksanen, T., Kawachi, I., Hajian-Tilaki, K., Nikpour, M., … & Sadeghian, R. (2018). Workplace social capital and mental health: a cross-sectional study among Iranian workers. BMC Public Health, 18, 1-6.
執筆者
樋口 知比呂 株式会社ビジネスリサーチラボ コンサルティングフェロー
博士(人間科学)×人事専門家×キャリコン。アカデミック経歴は、立命館大学大学院博士課程修了 Ph.D(人間科学)、カリフォルニア州立大学MBA、早稲田大学政治経済学部卒。UCLA HR Certificate取得。研究テーマは、ワーク・エンゲイジメント、従業員エンゲージメント、モチベーション。従業員エンゲージメントに関する研究論文で人材育成学会奨励賞受賞。職業経歴は、通信会社で人事担当者、コンサルティングファームで人事コンサルタント/シニアマネージャー、銀行で人事部長を含む役席者を経て、2021年よりFWD生命にて執行役員兼CHROを務める。人事専門家として20年超の実務経験を有する。国家資格キャリアコンサルタント。