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コラム

定着のポイント:人材流出の裏側を探る

コラム

なぜ従業員は会社を辞めるのでしょうか。このシンプルな質問の背後には、人間の心理や行動の複雑な仕組みが隠れています。給与や待遇といった理由だけで離職を捉える人もいるかもしれませんが、実際にはもっと深い原因があることが多いのです。

例えば、あなたの会社で優秀な社員が突然退職を申し出たとします。理由は何でしょうか。より良い条件の仕事が見つかったからでしょうか。職場の人間関係がストレスになったからでしょうか。それとも、新しい挑戦をしたくなったからでしょうか。

本コラムでは、従業員の離職を左右する意外な要素について考えていきます。過去の離職経験がどのように将来の決断に影響を与えるのか。マイノリティの従業員が直面する特有の課題とは何か。個人の性格がどのように離職に関わってくるのか。そして、文化的背景がどのように離職の意思決定に影響を与えるのか。

これらの疑問に答えることで、離職の背後にあるメカニズムを理解し、効果的なリテンションのための知見を得られるでしょう。

過去の離職経験が影響する

従業員が会社を辞める理由を考える際に、過去の離職経験がどのように影響するかを理解することは重要です。従業員が自主的に退職を決めるときに感じる後悔や「もしこうだったら」といった思考が、将来の離職決定にどのように影響するかを探った研究があります[1]

研究によると、過去の退職が期待通りの結果をもたらさなかった場合、強い後悔を感じることがあります。例えば、新しい職場に移ったけれど、期待していた環境とは異なっていた場合、「前の会社に残っていた方がよかった」という後悔が生じるかもしれません。

こうした後悔は、次の決断に大きな影響を与えます。後悔を経験した従業員は、次の選択を慎重に行う傾向が強くなります。これは、人間が強い負の感情を避けようとするためです。過去の失敗を教訓にして、同じミスを繰り返さないようにする心理が働くのです。

さらに、研究では「反事実的思考」というプロセスにも注目しています。これは「もし別の選択をしていたらどうなっていたか」と考える思考プロセスです。例えば、「あの時、転職しなければ、今頃は昇進していたかもしれない」などという具合です。このような思考は、次の意思決定においてリスクを取るかどうかに影響を与えます。

個人の性格によって後悔や反事実的思考の影響の受け方が異なることがわかっています。研究では、「促進焦点」と「予防焦点」という2つのタイプの動機付けが関係していることが示されています。

促進焦点の人は、より良い結果を得ようとするため、過去に後悔があっても、次はより良い選択をしようとリスクを取ります。一方、予防焦点の人は、失敗を避けることを重視するため、過去の失敗を教訓にして次はリスクを避ける選択をしがちです。

この研究が示すのは、従業員の離職決定が単純なものではなく、過去の経験や個人の性格特性によって影響を受ける連続的なプロセスであるということです。企業にとっては、従業員の過去の経験や性格特性を理解し、それに応じたキャリア支援や職場環境の改善が重要であることが示唆されています。

例えば、過去に後悔を伴う離職を経験した従業員には、丁寧なキャリアコンサルティングを行い、新しい環境における不安を軽減する支援が効果的かもしれません。また、促進焦点の強い従業員には新しい挑戦の機会を、予防焦点の強い従業員には安定した成長を支援するアプローチが有効でしょう。

過去の離職経験やそれに対する個人の反応を理解することは、効果的なリテンション戦略を構築するための鍵となります。続いては、別の視点から離職の内実を探っていきます。

マイノリティは関わりの不満が原因に

企業がダイバーシティを重視する中、マイノリティの従業員が離職する問題が注目されています。オランダの公務員組織を対象に、マジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)の従業員の自発的な離職にどのような違いがあるかを調査し、マイノリティの従業員の離職率が高い理由を明らかにした研究を紹介します[2]

この研究で特に取り上げるべき点は、マイノリティの従業員が離職を考える主な理由として、職場における人間関係の問題とキャリア開発の機会の不足が挙げられていることです。

まず、人間関係について見てみましょう。研究によれば、マイノリティの従業員は職場で同僚や上司との関係において否定的な経験をしやすいことがわかっています。これは社会的アイデンティティ理論で説明されます。

人は自然と自分を特定の社会的グループに分類し、所属するグループ(内集団)とそうでないグループ(外集団)を区別します。職場でマイノリティの従業員が外集団と見なされると、マジョリティの従業員(内集団)との関係が悪化しやすくなります。例えば、マイノリティの従業員が自分の意見が十分に尊重されていないと感じたり、文化的な違いからコミュニケーションに誤解が生じたりすることがあります。

こうした否定的な社会的相互作用は、職場における疎外感や孤立感につながり、マイノリティの従業員の職場満足度を低下させる可能性があります。結果として、マイノリティの従業員は自分をより理解し、受け入れてくれる環境を求めて離職を考えるようになります。

次に、キャリア開発の問題について考えてみましょう。研究では、マイノリティの従業員がキャリアを進展させる機会が少ないと感じていることがわかっています。これにはいくつかの理由が考えられます。

まず、文化的な違いが、上司や同僚によるマイノリティ従業員のスキルや潜在能力の正確な評価を妨げている可能性があります。また、マイノリティの従業員が「異なる存在」であるがために、組織内でのネットワーク構築が難しくなり、その結果、キャリア開発の機会が限られることもあります。

さらに、組織内に無意識の偏見が存在し、マイノリティの従業員の昇進や重要なプロジェクトへの参加機会が制限されているかもしれません。これらの要因が重なり、マイノリティの従業員はキャリア開発に不満を感じ、他の機会を求めて離職を考えるようになります。

この研究の重要な点は、マイノリティの従業員の離職問題が個人の能力や意欲の問題だけでなく、組織の文化や制度、そしてマジョリティの従業員との相互作用に根ざしていることを提示している点です。この問題の解決には組織全体のアプローチが必要です。

例えば、組織はインクルーシブな環境づくりに力を入れ、ダイバーシティを尊重する文化を醸成する必要があります。また、マイノリティの従業員に対してはメンター制度やネットワーキングの機会を提供し、キャリア開発を支援することが重要でしょう。さらに、マネージャーに対してダイバーシティマネジメントの研修を実施し、無意識の偏見を緩和する方法を学んでもらうことも求められます。

こうした取り組みは、マイノリティの従業員の離職率を下げるだけでなく、組織全体のダイバーシティ&インクルージョンを高め、イノベーションと創造性を促進することにもつながります。

セルフモニタリングの高さが要因を変える

従業員の離職を理解するためには、個人の特性がどのように影響するかを考えることが重要です。ある研究は、特に「セルフモニタリング」という特性に注目し、これが従業員の離職意向にどのように影響を与えるかを探っています[3]

セルフモニタリングとは、自分の行動や自己表現をどれだけ調整するかを示す特性です。高いセルフモニタリングの人は、状況や他人の期待に敏感で、それに合わせて自分を表現する能力があります。一方、低いセルフモニタリングの人は、自分の内面的な価値観や信念に基づいて行動し、一貫した行動を取ります。

この研究では、セルフモニタリングの高さによって離職意向に影響を与える要因が異なることが明らかになりました。具体的には、高いセルフモニタリングの人は仕事満足度が低いと離職意向が高まり、低いセルフモニタリングの人は組織コミットメントが低いと離職意向が高くなることが示されています。なぜこのような違いが生じるのでしょうか。

高いセルフモニタリングの人は外的な状況や他者の評価に敏感です。そのため、現在の仕事環境や業務内容に満足できないと、それを自分に合わないと判断し、新しい環境を探す動機が強まります。自分の能力を様々な状況に適応させることができるため、仕事満足度が低下すると、他の職場でより良い機会を探します。

例えば、高いセルフモニタリングの従業員が、現在の仕事を通じて創造性を発揮できないと感じた場合、その環境を自分に合わないと判断し、より創造的な仕事ができる職場を探し始めるかもしれません。

一方、低いセルフモニタリングの人は自分の信念や価値観に基づいた行動を重視します。そのため、組織の価値観や文化が自分の内面的な価値観と一致しないと感じると、組織コミットメントが低下し、離職を考えるようになります。仕事そのものよりも、組織との価値観の一致が重要なのです。

例えば、低いセルフモニタリングの従業員が、組織の方針や意思決定プロセスが自分の信念や価値観と合わないと感じた場合、たとえ仕事自体に満足していても、組織への帰属意識が低下し、離職を考えるかもしれません。

こうした結果は、組織が従業員の離職を防ぐために、個別の特性に応じた戦略が必要であることを表しています。

高いセルフモニタリングの人に対しては、仕事の満足度を高めるための施策が効果的です。例えば、業務内容の見直しや、新しいスキルを習得する機会の提供、柔軟な働き方の導入などが考えられます。これによって、高いセルフモニタリングの人が自分の能力を発揮できる環境を整えることができます。

一方で、低いセルフモニタリングの人に対しては、組織の価値観や文化との一致を感じられるような取り組みが重要です。例えば、組織の意思決定プロセスの透明性を高め、従業員の意見を積極的に取り入れる仕組みを作ることで、組織コミットメントを高めることができるでしょう。

また、採用時に候補者のセルフモニタリング傾向を考慮し、組織の文化や業務内容との適合性を見極めることも、長期的なリテンションにつながります。

このように、従業員の個性、特にセルフモニタリングの高さを理解することは、効果的なリテンション方法を検討する上で大事です。

文化的背景で意思と行動の関連が変わる

グローバル化が進む現在の企業環境では、文化的背景が従業員の行動にどう影響するかを理解することが重要です。ある研究において、離職意向と実際の離職行動の関連が文化的要因によってどう変化するかを調べています。18カ国のデータを分析し、ホフステードの4つの文化的次元に基づいて興味深い結果を示しています[4]

まず、個人主義が高い国では、離職意向が離職行動に強く結びつきやすいことがわかりました。個人主義が強い文化では、個人の意思や選択が重視されるためです。従業員が「辞めたい」と思えば、その意向が行動に直結することが多いのです。一方、集団主義が強い場合、個人の意向よりもチームや組織全体の利益が重視されるため、離職意向があってもすぐに行動に移されないことが多いでしょう。

次に、権力格差が高い国でも、離職意向と離職行動の関連が強くなることがわかっています。権力格差が高い文化では、上下関係が厳格で、上司に不満や離職意向を直接伝えにくい環境にあります。そのため、いったん離職を決意すると、その意思を覆さずに行動に移します。従業員が離職を考え始めた時点で、上司と話し合う余地が少なくなっているということです。

さらに、男性性が低い国では、離職意向と離職行動の関連が強くなりました。男性性が低い文化では、仕事における人間関係や協力が重視され、職場環境の質が重要視されるためだと解釈されています。職場環境に不満がある場合、その改善が見られなければ離職する可能性が高まります。

最後に、不確実性回避が高い国では、離職意向と離職行動の関連が弱くなることが明らかになりました。不確実性回避が高い文化では、リスクを避ける傾向が強く、新しい職場環境に移ることに対する不安が大きくなります。離職意向があっても、新しい環境に飛び込むリスクを避けるために、現職に留まることが多いのでしょう。

この研究は、多様な文化的背景を持つ従業員が働く組織にとって重要な含意を持つものです。例えば、個人主義の強い場合、従業員の離職意向を早期に把握し、迅速に対応することが重要でしょう。一方、集団主義が強い場合、個人の意向だけでなく、チームや組織全体の雰囲気にも注意を払う必要があります。

権力格差が高い状況においては、従業員が不満を直接表明しにくい環境があることを認識し、匿名のフィードバックシステムや定期的な面談を整備することで、従業員の本音を引き出すことが重要です。

男性性の低い場合、職場環境や人間関係の満足度に特に注意を払い、ワークライフバランスや協力的な職場文化を促進しましょう。不確実性回避が高いところでは、キャリアパスの明確化や新しい役割へのトライアル期間の設定など、従業員が安心してキャリアを進められる環境づくりが求められます。

文化的背景によって離職意向と実際の離職行動の関連が異なることを理解し、それぞれの文化に適した戦略を立てることが不可欠です。

一般的に日本は、集団主義が強く、権力格差がやや高く、男性性が高く、不確実性回避が高い文化を持つ国として知られています。こうした特性を踏まえると、日本の従業員の場合、離職意向があってもすぐに行動に移さないと言えるかもしれません。

しかし、これは必ずしも従業員が現状に満足していることを意味しません。不満があっても表明せず、突然の退職という形で表出化する可能性はあります。したがって、従業員の本音を引き出すコミュニケーションの仕組みづくりや、キャリア開発の機会の提供、個人の成長と組織の成長を両立させる施策の実施が大事です。

脚注

[1] Lee, H., and Sturm, R. E. (2017). A sequential choice perspective of postdecision regret and counterfactual thinking in voluntary turnover decisions. Journal of Vocational Behavior, 99, 11-23.

[2] Hofhuis, J., Van Der Zee, K. I., and Otten, S. (2014). Comparing antecedents of voluntary job turnover among majority and minority employees. *Equality, Diversity and Inclusion, 33*(8), 735-749.

[3] Jenkins, J. M. (1993). Self-monitoring and turnover: The impact of personality on intent to leave. Journal of Organizational Behavior, 14(1), 83-91.

[4] Wong, K. F. E., and Cheng, C. (2020). The turnover intention-behaviour link: A culture-moderated meta-analysis. Journal of Management Studies, 57(6), 1173-1201.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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