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コラム

上から下へ、善きも悪しきも:リーダーシップの伝播力

コラム

リーダーの言葉や行動が職場全体を変える瞬間を目にしたことはありますか。上司の熱意が部下を奮い立たせ、その結果、顧客満足度が向上する。または、リーダーの不適切な言動が職場の雰囲気を悪化させ、業績が低下することもあります。これらの出来事の背後には「トリクルダウン効果」があります。

水が高いところから低いところへと流れ落ちるように、リーダーの影響力は組織内の様々なレベルに広がっていきます。それは、組織の文化や価値観を形作り、従業員の感情や行動に影響を与える力です。

本コラムでは、リーダーシップのトリクルダウン効果に焦点を当てます。サーバント・リーダーシップや倫理的リーダーシップ、変革型リーダーシップなど、様々なリーダーシップスタイルが組織にどのような影響を与えるのか、そしてその影響がどのように広がるのかについて探っていきます。

リーダーシップの負の側面についても考察します。侮辱的な指導や差別的な扱いが、どのようにして組織全体に悪影響を及ぼすのか。これらの知見は、効果的なリーダーシップを実践し、健全な組織文化を築くための示唆を提供するでしょう。

サーバント・リーダーシップのトリクルダウン効果

リーダーシップの力は、直属の部下だけでなく、組織全体に広がることがあります。このような現象を「トリクルダウン効果」と呼びます。特に注目されるのが、サーバント・リーダーシップのトリクルダウン効果です。

サーバント・リーダーシップとは、リーダーが自分自身の利益よりも、部下や組織の利益を優先し、部下の成長や幸福を第一に考えるリーダーシップスタイルです。このリーダーシップスタイルがどのように組織内で広がり、最終的に従業員のパフォーマンスに影響を与えるのかを調査した研究があります。

マネージャー、監督者、そして従業員の3つの階層におけるサーバント・リーダーシップの影響を調べました[1]

そうしたところ、まず、マネージャーがサーバント・リーダーシップを実践すると、それを受けた監督者も同様のリーダーシップスタイルを取る傾向が見られました。

これは、上位のリーダーの行動が下位のリーダーの模範となることを表しています。マネージャーが部下の成長を大切にし、支援する姿勢を示すことで、監督者もその行動を学び、自分の部下に対して同じアプローチを取るようになります。

このサーバント・リーダーシップの連鎖は、従業員の向社会的動機を高め、その結果、仕事のパフォーマンスが向上します。監督者がサーバント・リーダーシップを実践することで、従業員は自分自身だけでなく、同僚や顧客のことも考えて行動するようになります。チーム内の協力が強まり、顧客サービスの質が向上します。

この研究はまた、サーバント・リーダーシップの効果に影響を与える要因も明らかにしました。特に、監督者の家族に対する責任感が強い場合、サーバント・リーダーシップを十分に実践することが難しくなりました。仕事と家庭のバランスを取る難しさを示唆する結果です。

サーバント・リーダーシップのトリクルダウン効果は、リーダーシップ開発において示唆を提供します。トップマネジメントがサーバント・リーダーシップを実践することで、その影響が組織全体に広がり、最終的には従業員のパフォーマンス向上につながる可能性があります。

倫理的リーダーシップのトリクルダウン効果

サーバント・リーダーシップに続き、倫理的リーダーシップのトリクルダウン効果についても実証されています。倫理的リーダーシップとは、リーダーが高い倫理観を持ち、公正で透明性のある行動を取るリーダーシップスタイルです。

倫理的リーダーシップが組織内でどのように広がり、従業員の行動にどのような影響を与えるのかを検討した研究では、トップマネジメント、監督者、そして一般従業員の3つの階層における倫理的リーダーシップの影響を調査しました[2]。結果は、倫理的リーダーシップが強力なトリクルダウン効果を持つことを示しています。

まず、トップマネジメントの倫理的リーダーシップは、監督者の倫理的リーダーシップと正の関連があることが明らかになりました。トップマネジメントが高い倫理観を持って行動すると、監督者も同様に倫理的な行動を取るようになるのです。これは、サーバント・リーダーシップと同様に、上位のリーダーの行動が下位のリーダーに影響を与えることを表しています。

この倫理的リーダーシップの連鎖が従業員の行動にも影響を与えることが分かりました。倫理的リーダーシップが強い組織では、従業員の逸脱行動(規範から外れた行動)が減り、職場の調和や他者への支援といった行動が増えることが確認されました。

倫理的なリーダーが組織の規範や価値観を明確にし、それに従った行動を取ることで、従業員もその行動を見習い、内面化するようになります。公平性や透明性を重視するリーダーがいることで、従業員は組織に対する信頼感を高め、積極的に組織に貢献しようという意欲が生まれるのです。

特筆すべきは、監督者の倫理的リーダーシップがトップマネジメントの影響を従業員に伝える役割を果たしていることです。トップマネジメントの倫理的な姿勢は、直接的に従業員に影響を与えるだけでなく、監督者を通じて間接的にも影響を与えています。中間管理職の言動が、組織全体の倫理的な風土を醸成する上で重要であることを意味しています。

倫理的リーダーシップのトリクルダウン効果は、組織の倫理的風土の形成において、リーダーシップの重要性を強調しています。トップマネジメントが高い倫理観を持って行動することで、その影響が組織全体に広がり、従業員の倫理的な行動を促進する可能性があります。

一方で、トップマネジメントだけでなく、中間管理職である監督者の倫理的リーダーシップも、従業員の行動に影響を与えています。組織全体の倫理的な風土を醸成するために、全ての階層でのリーダーシップ開発が必要であることを示唆する結果です。

変革型リーダーシップと侮辱的管理のトリクルダウン効果

リーダーシップのトリクルダウン効果には、ポジティブな面だけでなく、ネガティブな面も存在します。変革型リーダーシップと侮辱的管理という対照的なリーダーの行動が、従業員の感情労働やサービスのパフォーマンスに与える影響を分析した研究があります[3]

サービス業界で働く従業員とその上司を対象に、上司の行動が従業員のサービスパフォーマンスにどのように影響を与えるかを調査した研究です。リーダーシップのトリクルダウン効果が従業員の感情管理や顧客サービスの質に影響を与えることが示されました。

まず、変革型リーダーシップの効果を見てみましょう。変革型リーダーシップでは、リーダーが従業員にビジョンを示し、モチベーションを高め、個々の成長を促します。上司が変革型リーダーシップを発揮すると、従業員は内面的に感情を調整する「深層演技」を行う傾向が強まります。

深層演技とは、従業員が自分の本当の感情を変えようと努力することを指します。例えば、顧客対応で不快な状況に直面しても、その状況を前向きに捉え直そうとする努力をすることです。深層演技は、より良いサービスパフォーマンス、特に先取的なカスタマーサービスにつながることが確認されました。

変革型リーダーシップがこのような効果を生む理由は、リーダーが従業員に明確なビジョンを示し、成長を促すことで、従業員が仕事に対して深い意味を見出すようになるからです。従業員には、自分の感情を管理し、顧客により良いサービスを提供する意欲が生まれます。

一方で、侮辱的管理の効果は異なるものでした。侮辱的管理とは、上司が従業員に対して攻撃的で不適切な言動を取ることです。上司が虐待的な監督を行うと、従業員は表面的に感情を装う「表層演技」を行う傾向が強まります。

表層演技とは、内面の感情を変えることなく、外見だけで適切な感情を装うことです。例えば、顧客対応で不快な状況に直面しても、内心の感情を隠して笑顔を作るだけの対応をすることです。表層演技は、サービスサボタージュ(意図的に顧客に悪影響を与える行動)につながることが検証されました。

侮辱的管理がこのような影響を与えるのは、従業員が上司からの否定的な扱いによってストレスや不安を感じ、仕事への意欲や熱意を失うからです。従業員は最小限の努力で仕事をこなそうとし、顧客サービスの質が低下します。

さらに、上司の権力認識がリーダーシップのトリクルダウン効果に与える影響も調査されました。上司の権力認識は変革型リーダーシップの影響を強化する一方で、侮辱的管理には影響を与えないことが分かりました。

これは、従業員が上司を強力な存在と認識している場合、変革型リーダーシップの効果がより強く現れることを指しています。従業員は、権力を持つ上司のビジョンや行動を重視し、それに合わせて自分の行動を調整しようとします。その結果、深層演技がさらに促進され、サービスパフォーマンスが向上するのです。

一方で、侮辱的管理の影響は上司の権力認識にかかわらず、悪影響を与えることが示されています。ネガティブなリーダーシップの影響は、上司の権力の大小にかかわらず従業員に悪影響を与えるということです。権力を持つ上司であっても、虐待的な行動は組織にとって有害であり、その影響を軽減することは困難です。

リーダーシップのトリクルダウン効果に関する研究は、リーダーの行動が下位のリーダーや従業員に与える影響を認識することが必要であることを示しています。特に、変革型リーダーシップのようなポジティブなスタイルを組織全体に広げることが重要です。

同時に、侮辱的管理のようなネガティブなリーダーシップ行動が組織に悪影響を与えることにも注意を払う必要があります。こうした行動は、従業員の感情労働やサービスパフォーマンスに悪影響を与えるだけでなく、組織全体の雰囲気を悪化させる可能性があります。

リーダーシップのえこひいきのトリクルダウン効果

これまで見てきたリーダーシップのトリクルダウン効果は、侮辱的管理を除いて、ポジティブな側面に焦点を当てていましたが、リーダーシップには負の側面もあります。リーダーのえこひいき(差別的な扱い)がもたらすトリクルダウン効果です。

変革型リーダーシップが組織内の異なる階層でどのように影響を及ぼし、最終的にフォロワーの行動にどのような影響を与えるかを調べました[4]。特に注目されたのは、リーダーが特定の個人にのみ変革型リーダーシップを発揮する「差別的」な状況です。

研究の結果、マネージャーが特定のフォロワーに対してのみ変革型リーダーシップを発揮すると、その影響が組織の下位層にまで広がり、部門全体のパフォーマンスに悪影響を与えることが明らかになりました。

具体的には、次のようなプロセスが観察されました。

  • マネージャーが一部のフォロワーにのみ特別な配慮や知的刺激を与えると、部門全体に不公平感が広がる
  • 不公平感は部門全体のストレスレベルを上昇させる
  • ストレスを感じた監督者(中間管理職)も、同様の差別的なリーダーシップスタイルを取るようになる
  • この連鎖的な影響がチーム内の助け合い行動を減らし、部門全体のパフォーマンスを低下させる

このプロセスが生じる理由は、資源保存理論で説明されています。この理論によれば、個人は自分のリソース(時間、エネルギー、感情的支援など)を守ろうとします。差別的なリーダーシップが行われると、特別な扱いを受けないフォロワーは、リーダーからのサポートというリソースを失ったと感じ、ストレスを感じます。

社会的比較と不公平感も重要な役割を果たします。フォロワーは、自分が受けているサポートを他のメンバーと比較し、差別的な扱いを受けていると感じると不公平感を抱きます。この不公平感がストレスを生み出し、組織全体での協力的な行動が減少するのです。

たとえ変革型リーダーシップのような一般的にポジティブとされるリーダーシップスタイルであっても、差別的に適用されると、組織全体に負の影響をもたらす可能性があります。

リーダーは、自身の行動が組織全体に与える影響を認識しなければなりません。特定の個人だけを優遇するのではなく、チーム全体に対して公平で一貫したリーダーシップを発揮することが重要です。

脚注

[1] Stollberger, J., Las Heras, M., Rofcanin, Y., and Bosch, M. J. (2019). Serving followers and family? A trickle-down model of how servant leadership shapes employee work performance. Journal of Vocational Behavior, 112, 158-171.

[2] Mayer, D. M., Kuenzi, M., Greenbaum, R., Bardes, M., and Salvador, R. B. (2009). How low does ethical leadership flow? Test of a trickle-down model. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 108(1), 1-13.

[3] Chi, N. W., Chen, Y. C., Huang, T. C., and Chen, S. F. (2018). Trickle-down effects of positive and negative supervisor behaviors on service performance: The roles of employee emotional labor and perceived supervisor power. Human Performance, 31(1), 55-75.

[4] Bormann, K. C., and Diebig, M. (2021). Following an uneven lead: Trickle-down effects of differentiated transformational leadership. Journal of Management, 47(8), 2105-2134.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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