2024年10月18日
突然の出来事が引き金を引く:4つの離職メカニズム
転職を経験したことがある人もいれば、そうではない人もいるでしょう。いずれにせよ、キャリアの節目として、あるいは人生の転機として、離職は私たちに影響を与えます。
しかし、なぜ人は離職を決意するのでしょうか。単純に「仕事が嫌になったから」ではなく、様々な複雑な理由が絡み合っていることが、近年の研究で明らかになっています。
本コラムでは、離職に関する4つの視点を紹介します。まず、職場における人間関係が離職にどのように影響するのか、次に、組織の変革が従業員の離職意向にどう影響を与えるのか、さらに、職務パフォーマンスと離職の関係、そして、予期せぬ出来事が離職のきっかけになる可能性について詳しく見ていきます。
これらの視点は、従来の離職に関する考え方を見直すきっかけとなり、私たちの働き方や組織マネジメントに示唆を与えるでしょう。
離職は個人にとっても組織にとっても重要な問題です。本コラムを通じて、より良い職場環境づくりやキャリア選択について考える一助となればと思います。
内部ネットワーキングが離職を防ぐ
私たちは仕事をする上で、様々な人々と関わります。同僚や上司との関係、他社の人々とのつながりなど、これらの人間関係の構築は「ネットワーキング」と呼ばれ、キャリアにおいて大きな役割を果たします。ネットワーキングの種類によって、離職への影響が大きく異なることをご存じでしょうか。
職場内での関係構築(内部ネットワーキング)と、他の組織の人々との関係構築(外部ネットワーキング)が、従業員の離職にどのように影響を与えるかを調査しました[1]。この調査は、産業組織心理学の専門家540人を対象に、2年間にわたって追跡して行われました。
その結果、内部ネットワーキングは従業員の離職を抑える効果があることがわかりました。職場内で同僚や上司との良好な関係を築いている従業員は、組織に留まる傾向が強いのです。
内部ネットワーキングを行う従業員は、仕事に必要な情報やサポートを得やすくなり、仕事の効率が上がって、満足度も高まります。また、同僚や上司との良好な関係は、職場への心理的な結びつきを強め、「この職場には大切な人間関係がある」という感覚が離職を思いとどまらせます。
さらに、内部ネットワーキングは、組織の文化や価値観への理解を深めます。自分が組織に適しているという感覚が強まることで、離職の可能性が低くなります。
一方で、外部ネットワーキングは逆の効果を持つことが明らかになりました。他の組織の人々との関係を築く従業員は、離職の可能性が高くなります。
外部ネットワーキングを行う従業員は、自分の業界における他の雇用機会に関する情報を得やすくなります。他社の採用情報や業界の動向に関する知識が増えることで、現在の職場以外の選択肢が見えてきます。外部ネットワークを通じて自分のスキルや経験を他社にアピールする機会が増えれば、実際に転職のオファーを受ける可能性も高まります。
外部ネットワーキングによって得られる情報やリソースは、現在の職場では得られない新しい知識や機会を提供し得ます。「もっと良い環境が他にあるのではないか」という感覚を生み、離職を促す動機づけとなるのです。
この研究結果は、組織にとって示唆を与えています。従業員の定着率を高めたい組織は、内部ネットワーキングを促進すると良いでしょう。例えば、部署を超えた交流の機会を設けたり、メンター制度を導入したりすることで、従業員同士のつながりを強化できます。
一方で、外部ネットワーキングが離職を促進する可能性があるからといって、それを制限することは適切ではありません。外部とのつながりは、新しいアイデアや知識を組織にもたらす重要な機会でもあるからです。むしろ、外部ネットワーキングで得た知見を組織内で共有し、活用できるような仕組みを作ることが大切です。
変革を脅威と感じると離職につながる
現代のビジネス環境では、組織の変革は避けられないものとなっています。しかし、変革が従業員にどのような影響を与えるのか、特に離職との関係について考えたことはあるでしょうか。興味深い研究が、この問題に光を当てています。
組織再編成を経験している公共サービス部門の従業員153名を対象に行われた調査は、変革に対する従業員の認識が離職意向にどのように影響するかを探ったものです[2]。特に注目したのは、従業員が変革を「脅威」として捉えるかどうかです。
研究者たちは、変革に対する従業員の態度を「ポジティブな変革志向」と呼ばれる指標で測定しました。これは、変革に対する自己効力感(自分が変革に対処できるという信念)、変革に対する前向きな態度、変革に対するコントロール感(変革に対して自分が影響を与えられるという感覚)という3つの要素から成り立っています。
また、「変革に関連する公平性」という観点からも調査が行われました。これは、変革がどのように行われたかに関する従業員の認識を指し、成果や報酬が公平に分配されているか、変革の過程が公平であったか、マネージャーが従業員を公正に扱い適切にコミュニケーションをとっているか、といった点が評価されました。
調査の結果、ポジティブな変革志向や変革に関連する公平性が高い従業員ほど、変革を脅威として捉えることが少ないことがわかりました。そして、変革を脅威として捉えなかった従業員は、離職意向や欠勤率が低いという結果が得られました。
自己効力感が高い人は、変革という不確実な状況でも「自分はうまく対処できる」という自信を持っています。人は自分がコントロールできると感じる状況では、不安や恐怖を感じにくくなります。そのため、変革を脅威として捉えにくくなるのです。
公平性の認識は、従業員の安心感に大きく影響します。人は自分が公正に扱われていると感じると、その環境に安心感を抱きます。変革が公正に行われていると感じることで、将来への不安が軽減され、変革を脅威として捉える可能性が低くなります。
一方で、変革を脅威と捉えた従業員は、なぜ離職意向や欠勤率が高くなるのでしょうか。人は脅威を感じると、それに立ち向かうか(闘争)、その状況から逃れようとします(逃走)。職場環境において、「逃走」は離職や欠勤という形で現れるのです。
変革を成功させ、優秀な人材を維持するためには、単に変革を実行するだけでなく、従業員がその変革をどのように受け止めるかに注意を払う必要があります。
変革に関する情報を、透明性を持って共有し、従業員の不安や疑問に丁寧に答えることが重要でしょう。変革の過程で従業員の意見を聞き、可能な限り反映させることで、従業員の変革に対するコントロール感を高めることもできるかもしれません。
組織の変革は避けられないものですが、それが従業員の離職につながるかどうかは、変革の進め方次第で変わってきます。変革を脅威ではなく、成長の機会として従業員に受け止めてもらうことができれば、組織はより強靭に、そして従業員はより成長できる環境を作り出すことができるでしょう。
パフォーマンス評価が離職、昇進、解雇に影響
私たちは日々、職場で様々な評価を受けています。上司や同僚からの評価、時には顧客からの評価もあるでしょう。しかし、こうした評価が私たちのキャリアにどれほどの影響を与えているのか、具体的に考えたことはあるでしょうか。
アメリカの支店で働く420人のエントリーレベルのクレジットマネージャーを対象に、彼らの職務パフォーマンスと、その後のキャリア展開(昇進、辞職、解雇)との関係を調査した研究があります[3]。
クレジットマネージャーは、ローン申請者の評価や与信管理、新規顧客の開拓、債権回収などを担当する、ストレスの高い職種です。調査対象となった従業員のうち、約3分の1が解雇され、3分の1が辞職し、残りの3分の1が昇進するという結果になりました。
研究者たちは、企業の人事データから従業員の詳細なデータを収集しました。これには、採用時の情報や、入社後60日、90日、120日の時点で行われたパフォーマンス評価が含まれています。パフォーマンス評価は12の項目(例えば、個人の資質、信頼性、人間関係の能力、仕事の質と量など)で構成されていました。
調査の結果、昇進した従業員のパフォーマンス評価は、辞職した従業員よりも高く、さらに辞職した従業員のパフォーマンス評価は、解雇された従業員よりも高いという傾向が見られました。
具体的に見てみましょう。昇進した従業員は、12のパフォーマンス評価項目すべてにおいて最も高いスコアを持っていました。これは、彼らが仕事における成果や能力において最も高く評価されていたことを示しています。一方、辞職した従業員は、昇進した従業員よりもパフォーマンス評価は低いものの、解雇された従業員よりは高い評価を受けていました。解雇された従業員は、全体的に最も低いパフォーマンス評価を受けており、仕事の要求に応えられず、期待される成果を出せていなかったことがうかがえます。
年齢や学歴、性別などの個人的な属性は、昇進、辞職、解雇のどのグループに属するかにほとんど影響を与えていませんでした。これらの属性よりも、実際の仕事のパフォーマンスの方が、キャリアの行方を大きく左右していたということです。
この研究の調査対象においては、従業員の昇進や解雇の判断を、主に職務パフォーマンスに基づいて行っているのでしょう。パフォーマンスが高ければ、企業にとって価値のある人材であり、昇進という形で報われます。逆に、パフォーマンスが低ければ、企業にとってコストがかかる存在となり、解雇されていると考えられます。
離職者の場合は少し複雑です。彼らのパフォーマンスは中程度で、企業にとって大きな負担にはならないものの、昇進するほどのインパクトもありません。そのため、自己判断で職を離れることが多いと考えられます。また、辞職は個人的な要因(例えば、キャリアチャンスや職場への不満)に基づくため、パフォーマンス評価だけでは予測しにくいということも関係しているでしょう。
ショックが離職のきっかけになる
私たちは通常、人が仕事を辞める理由として、給与への不満や職場環境の悪さ、成長やキャリア開発の機会の不足などを思い浮かべるかもしれません。しかし、実際の離職は、こうした長期的な不満の蓄積ではなく、突発的な出来事がきっかけとなって起こる可能性があります。
1200人以上の退職者を対象に行われた研究が、まさにそのことを明らかにしています[4]。看護、会計、銀行業、矯正施設など、様々な業界の退職者にインタビュー調査やアンケート調査を行い、退職のきっかけとなった「ショック」について調査しました。
ここでいう「ショック」とは、従業員がその組織を離れるきっかけとなる突発的な出来事のことを指します。例えば、予期しない仕事のオファー、家族の健康問題、職場での衝突、組織の方針変更などが該当します。研究者たちは、これらのショックを分類し、どのように退職につながるかを分析しました。
ショックは、まず個人的な出来事と仕事に関連する出来事に大きく分けられます。個人的な出来事には、家族の健康問題や配偶者の転勤などが含まれます。一方、仕事に関連する出来事には、予期しない人事異動や昇進の見送り、会社の合併などが含まれます。
さらに、ショックは予期されたものか予期されなかったものか、ポジティブなものかネガティブなものかによっても分類されます。例えば、以前から話し合われていた昇進は予期されたポジティブなショックであり、突然の降格は予期されなかったネガティブなショックとなります。
研究の結果、ショックが原因で退職に至るパターンが複数あることが明らかになりました。特に注目すべきは、最も多く報告されたパターンです。それは、予期しないショックが従業員に現在の職務と他の選択肢を比較させ、その結果として退職を決断するというものです。
具体的に見てみましょう。例えば、ある従業員が突然、他社から魅力的な仕事のオファーを受けたとします。これは予期しないポジティブなショックです。この従業員は、現在の仕事に満足していたとしても、そのオファーをきっかけに現在の職務と新しい機会を比較し始めます。そして、新しい機会の方がより魅力的だと判断すれば、退職を決意するかもしれません。
この研究結果は、従来の離職に関する考え方に転換を迫ります。これまで多くの組織は、従業員の不満を軽減することで離職を防ごうとしてきました。しかし、この研究は、不満の軽減だけでは不十分であることを示しています。むしろ、予期しないショックにどう対応するかが重要です。
組織にとっては、このようなショックを予測し、マネジメントすることが重要になってきます。例えば、定期的な面談を通じて従業員の状況や希望を把握し、潜在的なショックを事前に察知することができるかもしれません。また、ポジティブなショック(例:予期しない昇進の機会)を意図的に作り出すことで、従業員の組織コミットメントを高めることも考えられます。
一方、個人にとっては、キャリアの転機となるようなショックに対して、どのように対応するかを事前に考えておくことが大事です。例えば、「もし突然、魅力的な転職のオファーがあったら、どのような基準で判断するか」といったことを、普段から考えておくのも良いでしょう。
この研究は、突発的な出来事がきっかけとなって離職が起こるという興味深い事実を明らかにしました。これは、組織の人材マネジメントや個人のキャリア戦略に新たな視点を提供するものです。ショックは避けられないものですが、それにどう対応するかによって、結果は変わってくるのです。
以上、本コラムでは離職に関する4つの視点を見てきました。離職が単純な要因ではなく、複雑な過程を経て起こることがわかります。内部ネットワーキングの重要性、組織変革への対応、パフォーマンス評価の影響、そして予期せぬショックの役割。これらの要素が複雑に絡み合って、私たちの職業人生に影響を与えています。
最後に、離職は必ずしもネガティブなものではないということも忘れてはなりません。時には、新たな機会への扉を開く転機となることもあります。大切なのは、離職の複雑なメカニズムを理解し、個人も組織も、それぞれの立場でより良い選択ができるよう努めることでしょう。
脚注
[1] Porter, C. M., Woo, S. E., and Campion, M. A. (2015). Internal and external networking differentially predict turnover through job embeddedness and job offers. Personnel Psychology, 00, 1-38.
[2] Fugate, M., Prussia, G. E., and Kinicki, A. J. (2012). Managing employee withdrawal during organizational change: The role of threat appraisal. Journal of Management, 38(3), 890-914.
[3] Wells, D. L., and Muchinsky, P. M. (1985). Performance antecedents of voluntary and involuntary managerial turnover. Journal of Applied Psychology, 70(2), 329-336.
[4] Holtom, B. C., Mitchell, T. R., Lee, T. W., and Inderrieden, E. J. (2005). Shocks as causes of turnover: What they are and how organizations can manage them. Human Resource Management, 44(3), 337-352.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。