ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

階層を超える影響力:組織のトリクルダウン効果

コラム

組織における階層構造は、私たちの職場のあり方に影響を与えています。上司の態度やリーダーシップスタイルが部下の行動や意識に影響を与えることは、誰もが経験的に理解しているでしょう。

しかし、この影響は単に上司と部下の関係に留まらず、組織全体に広がり、顧客満足度や企業の業績にまで影響を及ぼすことがあります。このように、組織の上層部から下層部に連鎖的に影響が広がる現象を「トリクルダウン効果」と呼びます。

本コラムでは、トリクルダウン効果について様々な視点から探っていきます。特に、心理的契約、I-deals(個別配慮)、信頼感、公正さの認識、そして上司への満足度といった要素が、どのように組織内で広がり、最終的に従業員のパフォーマンスや顧客満足度に影響を与えるのかを見ていきます。

心理的契約の違反がもたらす影響

組織における心理的契約は、従業員と雇用主との間で暗黙のうちに共有されている期待や約束のことを指します。これは書面にはされていないものの、双方の関係や行動に影響を与えます。しかし、心理的契約が破られたと感じると、その影響は当事者間だけでなく、組織全体に広がります。

ある研究では、上司が組織から受けた心理的契約の違反が、部下の行動にも影響を与えることが示されています[1]。上司が心理的契約の違反を経験すると、それが部下の顧客に対する組織市民行動を減少させ、最終的には顧客満足度の低下につながるという結果が得られました。

この現象が起こる理由として、上司が組織に対して不満や失望を感じると、その感情や態度が日常のコミュニケーションや指導を通じて部下に伝わることが考えられます。上司のモチベーションが低下し、消極的な態度が部下の仕事への取り組み方に影響し、結果として顧客サービスの質が低下するということです。

さらに、この影響は直接的なものだけでなく、部下自身が上司に対して感じる心理的契約の違反を介して間接的にも生じることが分かりました。つまり、上司における心理的契約の違反が部下における心理的契約の違反を引き起こし、それがさらに部下の組織市民行動を減少させるという連鎖反応を引き起こします。

これらの結果は、組織内での心理的契約の重要性を改めて強調するものです。上層部における契約違反が、階層を超えて組織全体に悪影響を及ぼすという事実は、経営者やマネージャーにとって大切な教訓となります。組織の健全性を保つためには、全てのレベルで心理的契約を守り、問題が生じた際には迅速に対処することが求められます。

健全な特別扱いがもたらす影響

組織内でのI-Dealsidiosyncratic deals;個別配慮)が、組織全体にどのような影響を与えるかについても研究結果が得られています。I-Dealsとは、従業員個々のニーズや能力に応じて、業務や能力開発の機会を調整する取り決めのことであり、言ってみれば、健全な特別扱いです。

研究によると、上司が受けるI-Dealsは、部下の仕事のパフォーマンスやキャリアの発展に良い影響を与えることが明らかになりました[2]。上司がI-Dealsを受けると、その影響が部下にも広がり、部下の仕事の成果や将来の可能性が向上するというのです。

この現象が起こる背景には、社会的学習理論が関係しています。部下は上司の行動や態度を観察し、それを自分の行動のモデルとして取り入れます。上司がI-Dealsを受け、それによって仕事への意欲やモチベーションが高まると、部下もその姿勢を学び、自分の仕事に対して同様の熱意を持つようになります。

上司のリーダーシップスタイルがこの効果を強める可能性があります。特に、サーバントリーダーシップ(部下の成長や満足を第一に考えるリーダーシップスタイル)を持つ上司の下では、I-Dealsの効果がより顕著に現れることが分かっています。

これらの結果は、I-Dealsが単なる個人的な特権ではなく、組織全体の成果を向上させる可能性を持つことを示しています。適切に管理されたI-Dealsは、従業員の満足度やパフォーマンスを向上させ、その効果が組織全体に波及し、全体的な生産性の向上につながるかもしれません。

ただし、I-Dealsの導入には注意が必要です。特定の従業員だけが優遇されていると感じさせないよう、透明性を保ちながら運用することが大事です。また、組織の目標とI-Dealsが一致するように調整することも、成功の鍵となるでしょう。

上司への信頼感がもたらす影響

組織における信頼関係は、効率的な業務遂行や良好な職場環境の構築に欠かせません。特に、上司と部下の間の信頼関係は、組織全体のパフォーマンスに影響を与えます。上司が自分の上司をどれだけ信頼しているかが、部下のパフォーマンスにまで影響を与えることが示されています[3]

上司がその上司を信頼している場合、信頼感が部下にも伝わり、部下の信頼行動やパフォーマンスが向上することが分かりました。この現象は社会的学習を通じて起こります。上司がその上司を信頼し、その関係に満足している様子を部下が観察することで、部下も同様に上司を信頼し、協力的な行動を取るようになります。

この信頼の伝播が組織の構造によって影響を受ける点も興味深いところです。研究によると、柔軟で開かれたコミュニケーションが可能な「有機的」な組織では、信頼のトリクルダウン効果が強く現れることが明らかになりました。有機的な構造では上司の行動や態度が直接的に部下に伝わりやすいためだと考えられます。

一方で、厳格な階層やルールが存在する「機械的」な組織では、この効果が弱まりました。厳密な規則や手続きが、上司の信頼行動が部下に伝わるのを妨げている可能性があります。

信頼関係の構築が個人間の問題ではなく、組織全体のパフォーマンスに影響を与える重要な要素であることがわかったということです。したがって、組織は上層部から下層部まで一貫した信頼関係を築くことの重要性を認識し、そのための施策を導入する必要があります。

また、組織構造の柔軟性を高め、オープンなコミュニケーションを奨励することで、信頼のトリクルダウン効果を効果的に活用できるかもしれません。

対人的な公正感がもたらす影響

上司からの公正な扱いがどのように認識されるかは、従業員の職務満足度やパフォーマンスに直結します。しかし、公正さの認識は、上司と部下の関係に留まらず、組織全体に波及することが研究によって明らかになっています[4]

上司(監督者)が自身の上司からどれだけ公平に扱われていると感じるかが、その監督者の部下の認識や行動にまで影響を与えることが示されました。監督者が自分の上司から公正に扱われていると感じる場合、その影響が部下の公正さの認識にも広がり、さらには部下の組織市民行動を促進し、逸脱行動を抑える効果があることが分かりました。

監督者が上司から公正に扱われることで、自身も部下に対して同様の公正な態度を取るようになる「モデリング効果」が背景にあると考えられます。監督者は、自分が経験した公正な扱いを部下との関係にも反映させ、結果として部下も公正に扱われていると感じるようになります。

この公正さのトリクルダウン効果もまた組織の構造によって影響を受けます。柔軟で階層の少ない「有機的」な組織では、この効果がより強く現れました。対して、階層やルールが厳格な「機械的」な組織では、この効果が弱まりました。

公正さの認識はトリクルダウン効果を持ちます。上層部がまずは公正さを感じられるような上司部下関係を作る必要があると言えます。

上司に対する満足度がもたらす影響

ホスピタリティ業界を対象にした研究において、中間管理職の上司(上級管理職)に対する満足度が、その下にいるライン従業員の離職意向にまで影響を与えることが示されています[5]

中間管理職が自分の上司に満足している場合、その影響がライン従業員にも波及し、ライン従業員の中間管理職に対する満足度が高まり、結果として離職意向が低下するという連鎖反応が確認されました。

中間管理職は、自分が上司から受ける扱いや態度を観察し、それを自分の部下であるライン従業員との関係にも反映させます。上司に満足している中間管理職は、より前向きな態度で部下に接し、ライン従業員の満足度も高まります。

さらに、この満足度のトリクルダウン効果が性別によって異なることが見えてきました。女性の中間管理職の場合、上司に対する満足度がライン従業員の満足度に与える影響が、男性の中間管理職よりも強かったのです。

性差が生じる背景には、職場における課題が関係していると考えられます。女性の中間管理職は、しばしば「ガラスの天井」と呼ばれる障壁や、性別に基づく偏見などの問題に直面します。そのため、上級管理職からの支援や公平な扱いを特に重視し、それが満足度に強く反映されるのです。

満足度の高さは、女性の中間管理職の態度や行動にも顕著に表れ、ライン従業員との関係にも影響を与えます。上司との良好な関係を経験した女性の中間管理職は、その経験を自身のリーダーシップスタイルに反映し、ライン従業員に対しても支援的で公平な態度で接します。

上司に対する満足度が組織全体に波及し、最終的には従業員の定着率にまで影響を与えるという、この研究結果は、上層部から下層部まで良好な関係性を築くことが重要であると示しています。

とりわけ、中間管理職の役割は注目に値します。中間管理職は上級管理職とライン従業員をつなぐ架け橋であり、その満足度が組織全体の雰囲気や従業員の定着率に影響を与えます。したがって、組織は中間管理職の満足度向上に特に注力し、上司との良好な関係を築けるような環境を整備する必要があるでしょう。

また、性別による影響の違いを認識し、女性管理職のニーズや課題に対応することも求められます。女性管理職への支援を強化し、上司との良好な関係を築けるようサポートすることで、その効果がライン従業員にまで波及し、組織全体のパフォーマンス向上につながり得ます。

トリクルダウン効果を考慮する

本コラムでは、組織におけるトリクルダウン効果について、様々な側面から考察してきました。心理的契約、I-Deals、信頼感、公正さの認識、そして上司への満足度といった要素が、組織の上層部から下層部へと連鎖的に影響を及ぼすことが明らかになりました。

これらの研究結果から得られるのは、組織内での行動や態度が個人間の問題にとどまらず、組織全体に波及する可能性があるという点です。上層部の行動や決定が、中間管理職を経て一般従業員にまで影響を与え、顧客満足度や企業業績にまで広がり得ます。

トリクルダウン効果の理解は、組織マネジメントやリーダーシップ開発に新たな視点を提供します。特に次の点を考慮する必要があるでしょう。

  • 上層部から下層部まで一貫した価値観や行動規範を共有することが重要です。
  • 中間管理職は上層部と一般従業員をつなぐ架け橋であり、その満足度や行動が組織に影響を与えます。
  • 柔軟で開かれた「有機的」な組織構造が、ポジティブなトリクルダウン効果を促進する可能性があります。
  • 性別などの個人特性によってトリクルダウン効果の強さが異なる場合があり、ダイバーシティに配慮したマネジメントの重要性が浮き彫りになりました。
  • 組織内での信頼関係や公正さの認識が、トリクルダウン効果を通じて組織のパフォーマンスに影響を与えます。

組織は上層部の行動や決定が組織に与える影響を意識し、ポジティブなトリクルダウン効果を促進する施策を導入していくと良いでしょう。例えば、上層部のリーダーシップ開発、中間管理職の満足度向上、オープンなコミュニケーションの促進などが考えられます。

組織においては、一部の変化が全体に影響を及ぼし、予期せぬ結果をもたらすことがあります。トリクルダウン効果の理解を深めることで、健全な組織マネジメントに近づくかもしれません。

脚注

[1] Bordia, P., Restubog, S. L. D., Bordia, S., and Tang, R. L. (2010). Breach begets breach: Trickle-down effects of psychological contract breach on customer service. Journal of Management, 36(6), 1578-1607.

[2] Rofcanin, Y., Las Heras, M., Bal, P. M., Van der Heijden, B. I., and Taser Erdogan, D. (2018). A trickle-down model of task and development i-deals. Human Relations, 71(11), 1508-1534.

[3] De Cremer, D., Van Dijke, M., Schminke, M., De Schutter, L., and Stouten, J. (2018). The trickle-down effects of perceived trustworthiness on subordinate performance. Journal of Applied Psychology, 103(12), 1335-1357.

[4] Ambrose, M. L., Schminke, M., and Mayer, D. M. (2013). Trickle-down effects of supervisor perceptions of interactional justice: A moderated mediation approach. Journal of Applied Psychology, 98(4), 678-689.

[5] Chen, Y., Friedman, R., and Simons, T. (2014). The gendered trickle-down effect: How mid-level managers’ satisfaction with senior managers’ supervision affects line employee’s turnover intentions. Career Development International, 19(7), 836-856.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています