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コラム

怒鳴る上司、沈黙する同僚:侮辱的管理の波及と打破

コラム

また部下を怒鳴っている・・・。オフィスの隅でそんな場面を見かけたことはありませんか。侮辱的な言葉を浴びせる上司、縮こまる部下、そしてその様子を固唾を飲んで見守る同僚たち。この光景は「侮辱的管理」の一例です。

なぜ、ある上司は部下を侮辱するのでしょうか。そしてなぜその行為が組織内で黙認され、時には広がるのでしょうか。

本コラムでは、侮辱的管理のメカニズムを深掘りします。この問題は個人の性格や態度だけに起因するだけではありません。組織の文化、従業員の心理的特性など、様々な要因が絡み合って生まれているのです。

侮辱的管理は、不快な職場環境を作るだけではありません。従業員のメンタルヘルスを害し、生産性を低下させ、最終的には組織全体の存続を脅かす可能性すらあります。

公正感が低下し、攻撃的になる

侮辱的管理が職場に与える影響は、直接の被害者だけにとどまりません。周囲の従業員にも深刻な影響を及ぼし、組織全体の雰囲気を悪化させます。興味深い結果が報告されています。

上司の侮辱的な行動が部下の攻撃的反応を引き起こすメカニズムが明らかにされています[1]。研究によれば、上司が部下を侮辱したり不当な扱いをしたりすると、部下は「相互作用的公正」が低下したと感じます。相互作用的公正とは、上司が部下を尊重し、誠実に接する度合いを指します。

公正感が低下すると、部下は不満や怒りを感じ、攻撃的な行動を取りやすくなります。例えば、上司の悪口を言ったり、意図的に仕事を遅らせたりする行動が見られます。これは、不当な扱いに対する報復であり、自己肯定感を回復しようとする心理的反応と考えられます。

個人の性格特性がこの反応に影響を与えます。特に、ナルシシズム(自己愛)が強い人ほど、上司の侮辱的な行動に敏感に反応し、より攻撃的になります。ナルシシズムが高い人は、自己イメージへの脅威に対して強く反応するため、不公平な扱いを受けたと感じると、より強い攻撃性を示します。

上司の侮辱的な行動が部下の攻撃的な反応を引き起こし、それがさらに職場の雰囲気を悪化させるという悪循環が生じ得ます。

侮辱的管理の影響は、組織全体の雰囲気や生産性に波及する可能性があります。そのため、上司の行動が部下にどのような影響を与えるかを理解し、適切な対策を講じることが重要です。

ネガティブな感情が湧いて逸脱する

侮辱的管理が部下の攻撃的反応を引き起こすメカニズムについて見てきましたが、侮辱的管理の影響はそれだけにとどまりません。上司の虐待的な行動は、部下にネガティブな感情を引き起こし、それが職場での逸脱行動につながることが、別の研究で明らかにされています。

研究では、上司の虐待的な行動が部下にネガティブな感情を引き起こし、その結果として部下が職場における逸脱行動を取るプロセスが分析されています[2]。逸脱行動とは、組織の規範やルールから外れた行動を指し、例えば、仕事をサボったり、会社の備品を私的に使用したりする行為などが含まれます。

研究結果によれば、上司の虐待的な行動(部下を侮辱したり、不当な扱いをしたりすること)は、部下に怒りや不満、不安といったネガティブな感情を引き起こします。これらの感情が蓄積されると、部下はそれを何らかの形で発散しようとし、その結果、組織や上司に対する逸脱行動という形で表れるのです。

個人の攻撃性がこの関係を強めることも見えてきました。もともと攻撃的な性格を持つ従業員は、上司の虐待的な行動に対して強く反応し、顕著な逸脱行動を示します。これは、攻撃的な性格の人がネガティブな感情を強く感じ、それを行動に移すためだと考えられています。

組織の文化も重要な要因であることが検証されています。組織全体が攻撃的な規範(例えば、競争が激しく、他者を蹴落とすような行動が容認されている文化)を持っている場合、上司の虐待的な行動がもたらすネガティブな影響はより強くなります。攻撃的な組織文化は、個々の従業員の逸脱行動を正当化し、助長する可能性があるのです。

この研究結果は、職場での感情マネジメントの重要性を示しています。上司の行動が部下の感情にどのような影響を与え、それがどのように行動に反映されるかを理解することは、健全な職場環境を維持する上で大事です。

また、この研究は個人の性格特性や組織文化の重要性も指摘しています。攻撃的な性格の従業員や攻撃的な組織文化は、侮辱的管理の悪影響を増幅させる可能性があります。そのため、人事マネジメントや組織文化の形成において、これらの要因に注意を払う必要があるでしょう。

第三者は不安を感じて沈黙する

これまで、侮辱的管理が直接の被害者に与える影響について見てきました。しかし、その影響は被害者だけにとどまりません。侮辱的管理を目撃した第三者、つまり同僚や他の部下たちにも深刻な影響を与えることが明らかになっています。

ある研究によると、同僚が虐待的な上司に遭遇している場面を目撃した従業員は、自分自身も不安を感じ、その結果として「沈黙」を選択することが分かりました[3]。ここでいう「沈黙」とは、職場における問題や懸念事項について声を上げないことを指します。

この現象が起こる理由は次のように説明されています。まず、同僚が虐待的な扱いを受けているのを目撃すると、第三者の従業員は「次は自分がターゲットになるのではないか」という不安を抱きます。

この不安は、「職場不安」と呼ばれる心理状態を引き起こします。職場不安とは、自分の職場での地位や評価が危うくなるのではないか、何か悪いことが起こるのではないかと感じる心理状態のことです。

職場不安が高まることで、従業員は問題を指摘したり、意見を述べたりすることを避けるようになります。つまり、「沈黙」を選択するのです。これは一種の自己防衛反応だと考えられます。問題を指摘することで自分が次のターゲットになることを恐れ、静かにしていた方が安全だと判断するということです。

しかし、沈黙の選択は、組織にとって損失となる可能性があります。なぜなら、従業員が問題や改善点について声を上げないことで、組織の問題が放置され、さらに悪化する可能性があるからです。このような沈黙の文化が広がることで、職場の雰囲気が悪化し、コミュニケーションが阻害される可能性もあります。

なお、この反応は個人の特性によって異なります。自己評価(自分の能力や価値に対する信念)が高い従業員は、このような状況でも比較的冷静に対処できます。自己評価が高い人は、虐待的な上司の行動を目撃しても、「自分なら対処できる」と考え、過度な不安を感じにくいのです。

従業員が安心して意見を述べたり、問題を指摘したりできる環境を整えることが、健全な組織運営には不可欠です。また、従業員の自己評価を高めるような取り組み、例えば適切なフィードバックや成長の機会の提供なども、侮辱的管理の悪影響を緩和する一つの方法かもしれません。

侮辱的管理の影響は、直接の被害者だけでなく、それを目撃した第三者にまで及びます。そして、その影響は「沈黙」という形で組織全体に波及していく可能性があるのです。

心理的特権意識が侮辱に敏感にさせる

これまで見てきたように、侮辱的管理は職場に様々な悪影響を及ぼしますが、その影響の受け方は個人によって異なります。「心理的特権意識」を持つ従業員は、上司の行動を「虐待的」と認識しやすく、その結果、より強い否定的反応を示す傾向があることが明らかになりました[4]

心理的特権意識とは、自分が他の人よりも特別扱いされるべきだと感じ、自分の要求や期待が満たされるべきだと信じる心理状態のことです。この特権意識を持つ従業員は、上司からの批判やネガティブなフィードバックを、不当な扱いや個人的な攻撃として受け取りやすい傾向があります。

研究では、心理的特権意識の高い従業員が、同じ上司の下で働く他の従業員よりも、その上司をより「虐待的」だと評価することが実証されています。同じ状況下でも、特権意識の強さによって上司の行動の捉え方が異なるということです。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。それは、特権意識を持つ従業員が自分の期待に応じた扱いを求め、それが満たされないと強い不満を感じるからです。自分が受けたフィードバックや指示を「不当なもの」や「個人的な攻撃」として解釈し、その結果、上司を「虐待的」だと評価するようになります。

さらに、この認識の違いは行動の違いにも現れます。心理的特権意識の高い従業員は、上司に対する中傷行動(例えば、上司の評判を落とすために噂を広める)や、組織に対する逸脱行動(例えば、意図的に仕事をサボる)を取ることが分かりました。

この結果は、同僚からの評価でも確認されています。心理的特権意識の高い従業員の否定的な行動は、本人の自己報告だけでなく、周囲の同僚からも観察されています。これは、特権意識が単なる主観的な認識の問題ではなく、実際の行動にも影響を与えていることを表しています。

上司の行動が「虐待的」かどうかは、客観的な基準だけでなく、部下の心理的特性によっても左右されます。同じ上司の行動でも、部下によって異なる受け取り方をする可能性があるのです。

心理的特権意識の高い従業員が組織にもたらす影響も見逃せません。彼ら彼女らの否定的な行動や態度は、職場の雰囲気を悪化させ、他の従業員のモチベーションにも影響を与えます。さらに、上司や組織に対する不満や反発を助長し、結果として組織全体のパフォーマンスを低下させる可能性もあります。

上司は部下の心理的特性を理解し、それに応じたコミュニケーション方法を取る必要があるでしょう。組織としては、従業員の心理的特権意識を適切に管理し、健全な職場環境を維持するための施策を検討する必要があるでしょう。

侮辱的管理を和らげる方法がある

これまで、侮辱的管理がもたらす様々な問題について見てきましたが、この深刻な問題に対して有効な対策は存在するのでしょうか。幸いなことに、侮辱的管理を減少させるための具体的な方法が示されています。

アメリカのレストランチェーンを対象に行われた研究では、上司向けの研修プログラムが、侮辱的管理の減少に効果があることが実証されました[5]。研究では、23人のスーパーバイザーに対して、2か月間にわたり4回の研修が実施されました。

研修の内容は、「サポート監督戦略」と呼ばれるもので、4つの基本的な要素に焦点を当てています。

  • コンパッション(Compassion):部下の感情やニーズに敏感になり、困難な状況での適切な支援方法を学ぶ
  • インテグリティ(Integrity):一貫性のある誠実な行動を取り、部下との信頼関係を築く方法を学ぶ
  • フェアネス(Fairness):全ての部下を平等に扱い、偏りのない評価やフィードバックを提供する方法を学ぶ
  • 経験的処理(Experiential Processing):過去の経験を振り返り、それを今後の対応改善に活かす方法を学ぶ

研修の効果を測定するため、研修を受けた監督者の下で働く従業員と、研修を受けていない監督者の下で働く従業員(対照群)に対して、研修前と研修後9か月にわたり調査が行われました。

研修を受けた監督者の下で働く従業員は、対照群の従業員と比較して、上司からより多くのサポートを感じ、侮辱的な行動が減少したと報告しました。具体的には、「上司が自分のことを気にかけてくれている」「上司が自分のニーズを理解してくれる」といった認識が強まり、「上司が怒鳴ることが少なくなった」「上司が不必要に厳しく当たらなくなった」といった変化が見られました。

このような効果が得られた理由として、研究者たちは次のような点を挙げています。

  • 監督者の行動変容:研修を通じて、監督者は部下に対する適切な接し方を学び、共感的で支援的な行動を取るようになった。
  • 組織支援感の効果:従業員が上司からサポートを感じることで、組織全体の雰囲気が良くなり、それがさらに侮辱的行動の減少につながった。

研究結果は、侮辱的管理の問題に対して希望を与えるものです。適切な研修を通じて、比較的短期間で上司の行動を改善し、職場環境を向上させることができることが示されています。

もちろん、この方法にも限界があることは認識しておく必要があります。例えば、研修の効果は個人の性格や組織文化によって異なる可能性があります。また、一時的な効果ではなく、持続的な変化を生み出すためには、継続的な取り組みが必要でしょう。

それでも、この研究は侮辱的管理の問題に対する具体的な解決策を提示しており、職場環境の改善に向けた重要な一歩だと言えます。組織は、このような研修プログラムを導入し、継続的に改善していくことで、より健全で生産的な職場環境を作り出すことができるでしょう。

侮辱的管理の問題は複雑で根深いものですが、解決不可能ではありません。適切な理解と取り組みによって、職場をより良いものに変えていくことができるのです。

脚注

[1] Burton, J. P., and Hoobler, J. M. (2011). Aggressive reactions to abusive supervision: The role of interactional justice and narcissism. Scandinavian Journal of Psychology, 52(4), 389-398.

[2] Michel, J. S., Newness, K., and Duniewicz, K. (2016). How abusive supervision affects workplace deviance: A moderated-mediation examination of aggressiveness and work-related negative affect. Journal of Business and Psychology, 31(1), 1-22.

[3] Huang, J., Guo, G., Tang, D., Liu, T., and Tan, L. (2019). An eye for an eye? Third parties’ silence reactions to peer abusive supervision: The mediating role of workplace anxiety, and the moderating role of core self-evaluation. International Journal of Environmental Research and Public Health, 16(24), 5027.

[4] Harvey, P., Harris, K. J., Gillis, W. E., and Martinko, M. J. (2014). Abusive supervision and the entitled employee. The Leadership Quarterly, 25(2), 204-217.

[5] Gonzalez-Morales, M. G., Kernan, M. C., Becker, T. E., and Eisenberger, R. (2018). Defeating abusive supervision: Training supervisors to support subordinates. Journal of Occupational Health Psychology, 23(2), 151.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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