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コラム

離職の要因:なぜ人は会社を去るのか

コラム

従業員の離職は企業にとって深刻な問題です。人材が流出すると、組織内で培った知識やスキルが失われるだけでなく、新しい人材を採用し、教育するためのコストが増え、残された従業員の士気も低下することがあります。したがって、離職の原因を理解し、対策を取ることが求められます。しかし、離職の原因は単純ではありません。個人の特性や仕事の内容、職場環境、さらには経済状況など、多くの要因が絡み合って影響を与えています。本コラムでは、離職に関する研究知見をもとに、その要因を多角的に考察していきます。それらの知見は、企業が人事施策を考える際や、職場環境を改善する際に役立つでしょう。

離職は完全には避けられないものですし、すべての離職が問題というわけでもありませんが、その原因を理解することで、より健全な職場環境を築く手助けになります。本コラムを通じて、離職に関する新たな視点を得ていただけることを願っています。

組織コミットメントが大きな要因に

従業員の離職が企業にとって問題である一方、その要因を理解するのは簡単ではありません。シンガポールを中心に行われた調査では、従業員の離職意図に影響を与える要因を「デモグラフィック要因」「制御可能な要因」「制御不可能な要因」の3つに分類して分析しました[1]

シンガポールの製造業とサービス業から選ばれた4つの業界(食品・飲料、海運、小売業、銀行業)の従業員を対象に調査が行われました。

調査の結果、年齢や教育レベルが離職意図にほとんど影響を与えないことが示されました。一般的には、年齢が高くなるにつれて仕事の安定を求めると考えられていますが、この研究ではそのような傾向は見られませんでした。これはシンガポールの労働市場が年齢に関係なく転職を考える文化や傾向を持っているためかもしれません。

教育レベルに関しても、高学歴の人ほど離職しやすいという一般的な仮説は支持されませんでした。教育レベルにかかわらず、より良い条件があれば転職を検討するという考え方が広まっているのかもしれません。

一方、収入レベルと離職意図の間には関連性があり、収入が高いほど離職意図が低いことが示されました。経済的な安定が従業員の定着率を高めることを表しており、高収入の従業員は現職に満足し、転職を考える可能性が低くなると考えられます。

管理職の方が非管理職よりも離職意図が高いことも明らかになりました。管理職は期待や責任が大きく、それがストレスを引き起こす可能性があります。管理職は他企業からの引き抜きやキャリアアップの機会が多く、その結果として離職意図が高まることもあり得ます。

制御可能な要因に注目すると、特に小売業界では、仕事満足度、特に給与満足度が重要であることが分かりました。小売業界は他の業界と比べて給与水準が低く、そのために給与に対する不満が大きくなりやすく、それが離職意図に強く影響するようです。

最も注目すべき発見は、組織コミットメントがすべての業界で最も強力な離職意図の予測因子であるということです。組織コミットメントとは、従業員が組織に対して感じる帰属意識のことです。組織コミットメントが高い従業員は、その組織で長く働き続けたいと考えるため、離職を考える可能性が低くなります。

この結果は、企業が従業員の定着率を高めるためには、給与を上げるだけではなく、組織コミットメントを高める施策が重要であることを示しています。

制御不可能な要因に関しては、代替雇用機会の認知が離職意図にほとんど影響を与えないことが分かりました。シンガポールの労働市場が流動的で転職が一般的であるため、他の要因がより強く影響したのかもしれません。

一方で、「ジョブ・ホッピング」と呼ばれる職務スイッチングの傾向は、特に食品・飲料業界と小売業で強い関連が見られました。これらの業界は相対的に賃金が低く、仕事の安定性が低いため、従業員が少しでも良い条件を求めて頻繁に職を変えていると考えられます。

高い仕事要求と低いコントロールが離職に

従業員の離職が企業にとって大きな課題である一方、その原因は複雑であり、業種によっても異なります。オランダのトラック運転手を対象にした2年間の研究では、ストレスの多い仕事や心理的な負担が、従業員の離職にどのように影響を与えるかが調査されました[2]

1998年と2000年にオランダの道路運送業界のトラック運転手を対象に調査が行われました。最初のアンケートに回答した1225名のうち、820名が2年後のフォローアップ調査にも参加しました。

研究の結果、高い仕事の要求と低い仕事のコントロールが心理的な負担を増加させ、それが離職意図を高めることが確認されました。ここでいう高い仕事の要求とは、過度な業務量や厳しい納期などを指します。一方、低い仕事のコントロールとは、自分で仕事の進め方を決められない、仕事のペースを調整できない状況を指します。

これらの要因が重なると、従業員は「心理的負担」を感じやすくなります。心理的負担とは、仕事後に「疲れ果てて休息が必要だと感じる」状態や「常に疲労感が抜けない」状態を指します。心理的負担が高まると、従業員はその状況から逃れたいと感じ、離職を考えるようになります。

特筆すべきは、心理的負担が仕事のストレスと離職の関係を媒介していることが明らかになった点です。ストレスの多い仕事環境が直接的に離職につながるのではなく、ストレスが心理的負担を引き起こし、その結果として離職意図が高まるというプロセスが示されました。

研究では職業間・職業内離職の違いにも注目しています。業界内での離職(職業内離職)よりも、他の業界への転職(職業間離職)の方が、心理的負担の軽減につながることが明らかになりました。特にトラック運転手にとっては、業界外への転職がストレスの軽減に有効であることが実証されました。

トラック運転手の場合、仕事の性質そのものが非常にストレスフルであるため、同じ業界内での転職では根本的なストレス源が解消されないことが多いのかもしれません。例えば、長時間労働や過酷な労働条件が業界全体に共通している場合、会社を変えても状況は大きく改善されません。したがって、心理的負担が残り続けることになります。

一方で、全く異なる業界に転職すると、これまで抱えていた仕事特有のストレスから解放される可能性があります。新しい職場では、異なる業務内容や労働環境が提供されるため、心理的負担が軽減されるということです。

支援感が愛着や満足を介して離職に

従業員の離職は企業にとって大きな課題ですが、その要因は複雑で多岐にわたります。組織支援感(Perceived Organizational Support)が従業員の離職にどのように影響を与えるかが分析されています。

具体的には、支援的な人事慣行、組織支援感、組織コミットメント、仕事満足度、離職意図、そして実際の離職行動の関係性が調査されました[3]。支援的な人事慣行とは、従業員が組織において感じるサポートのことです。例えば、従業員が意思決定に参加できる機会が与えられたり、努力に見合った公正な報酬が提供されたり、スキル向上の機会が与えられるといったことです。

分析結果によると、これらの支援的な人事慣行は組織支援感と強く正の相関があることが確認されました。特に、報酬の公平性は組織支援感に対して最も強い影響を与えていました。組織が従業員を大切に扱っていると感じさせる要素が、組織支援感を高める効果があるのです。

このメカニズムは社会的交換理論に基づいて説明されます。この理論では、組織が従業員に対して投資(サポート)を行うことで、従業員はその返礼として組織に忠誠を尽くすという行動を取るとされています。組織からの支援を感じることで、従業員は組織に対してより強い愛着や満足感を持つようになるのです。

実際、研究結果はこの理論を支持するものでした。組織支援感は組織コミットメントと仕事満足度の両方と強く正の相関があることが示されました。組織支援感が高いほど、従業員は組織に対して感情的に結びつき、仕事に満足する傾向がありました。

組織コミットメントとは、従業員が会社に持つ愛着です。一方、仕事満足度は、日々の業務や職場環境に対してポジティブな感情を持っているかどうかを示します。組織支援感が高いと、従業員は組織が自分を認めてくれていると感じ、仕事に対する意欲や満足感が高まります。これによって、組織に対する忠誠心が強くなり、離職の意図が減少するのです。

さらに、組織支援感は離職意図と実際の離職行動の両方に対して負の相関を持っていました。組織支援感が高い従業員は離職意図が低く、実際に組織を離れる可能性も低いことが確認されました。組織支援感が高いと、従業員は組織に対して恩義を感じ、他の職場に移るよりも、現在の職場で働き続けたいと感じるようになるためだと考えられます。

注目すべきは、組織支援感が直接的に離職意図や実際の離職行動に影響を与えるというより、組織コミットメントや仕事満足度を介して影響を与えるというメカニズムが支持されたことです。組織支援感は支援的な人事慣行が組織コミットメントや仕事満足度に与える影響を媒介しているのです。

これは重要な発見です。なぜなら、組織が支援的な環境を整えるだけでは不十分であり、その支援が従業員に適切に認識され、さらにそれが組織コミットメントや仕事満足度の向上につながることで初めて、離職の低減につながるということを表しているからです。

また、組織コミットメントと仕事満足度は、それぞれ離職意図に対して負の相関を持っていました。組織に対する感情的な結びつきが強いほど、また仕事に対する満足度が高いほど、従業員の離職意図が低くなります。そして、予想通り、離職意図は実際の離職行動と強い正の相関がありました。

離職の要因を統合的に分析

従業員の離職は企業にとって課題であり、その要因を理解することは人材マネジメントの鍵となります。従業員の離職に関連する要因を包括的に分析するメタ分析が行われました。メタ分析は、特に1990年代に発表された研究を中心に、新たな知見を提供しています[4]

研究の主な目的は、過去のメタ分析を更新し、従業員の離職に関連する予測因子とそれに影響を与えるモデレーターを明らかにすることでした。研究者たちは、1990年代に発表された従業員の離職に関する42の研究から得られた500以上の相関データを使用しました。

これらの研究は、従業員の実際の離職に関連する予測因子とその関連性を調査しており、離職の意図ではなく実際の離職を評価し、予測因子の測定が離職の発生前に行われ、離職が個人レベルで測定されているという条件を満たすものが選ばれました。

分析の結果、個人特性、仕事満足度、外部環境要因、行動予測因子、離職意向と行動などの要因が離職にどのように影響を与えるかが明らかになりました。

まず、個人特性については、知能や性別、年齢などが離職に与える影響は非常に限定的であることが分かりました。特に、知能と離職にはほとんど相関がないことが示されました。女性と男性の離職率に大きな差はないことも明らかになりました。これは、従来の「高学歴の人ほど離職しやすい」といった仮説が必ずしも正しくないことを示唆しています。

個人特性が離職に大きな影響を与えないという結果は、離職の決定が個人の固定的な特性だけでなく、仕事環境や組織の状況、個人の生活状況など、多くの要因が複雑に絡み合って影響を与えることを示唆しています。

次に、仕事満足度については、全体的な仕事満足度が離職の予測において最も強い予測因子の一つであることが確認されました。特に、仕事に対する満足度が離職に強く関連していることがわかりました。従業員が仕事に満足していれば、その職場に留まり続けることを意味します。

仕事満足度が高いと、従業員は仕事に対してポジティブな感情を抱き、現在の職場で働き続けることに価値を感じます。逆に、仕事に対する不満が高まると、他の仕事の機会を探し始め、離職する可能性が高まります。満足度は、職場環境や人間関係、報酬、仕事のやりがいなど、様々な要因から構成されており、これらが総合的に高い場合、従業員は離職しにくくなるのです。

外部環境要因については、他の仕事の機会に対する認識は離職を予測する要因として一定の効果を持っていますが、その予測力は限定的であることが分かりました。多くの従業員は、他の仕事の機会があると知っても、すぐに離職するわけではないということです。

離職にはリスクが伴うため、現職の満足度がそれほど低くない限り、転職の決断を下すのは容易ではありません。また、転職市場の状況や個人の家庭環境などが、他の仕事の機会の影響力を制限することがあるのかもしれません。

行動予測因子については、遅刻や欠勤、パフォーマンスなどの行動指標が離職の予測において一定の関連性を持っていることが示されました。特に、パフォーマンスが低い従業員ほど離職することが明らかになりました。

これらの行動は、従業員の仕事に対する態度やモチベーションを反映していると考えられます。頻繁な遅刻や欠勤、低い仕事のパフォーマンスは、従業員が職場環境や仕事に対して不満を感じている兆候であり、その結果、仕事から距離を置き、最終的には離職する可能性が高まります。

最後に、組織コミットメントや離職意向が離職の強力な予測因子であり、特に退職意向が最も強い予測因子であることが確認されました。

組織コミットメントは、従業員がその組織に対して愛着を持つことを指します。組織コミットメントが低いと、従業員は他の選択肢を探し始めます。また、離職意向は、従業員が既に転職を考えていることを示しており、その意向が強ければ強いほど、実際に行動に移す可能性が高くなります。

さらに包括的に様々な要因を分析

もう一つメタ分析を紹介しましょう。1975年から2016年までの間に発表された離職に関連する先行研究を対象に、大規模なメタ分析が実施されました[5]57の予測因子を分析しています。

メタ分析の結果、従業員の「エンゲージメント」や「公正感」、「仕事の特性」などの新しい予測因子が特に注目されました。これらは近年の研究で頻繁に取り上げられるようになった要素です。例えば、エンゲージメントが高い従業員、つまり仕事に熱意を持ち、組織の目標達成に積極的に貢献しようとする従業員は、離職する可能性が低いことが検証されました。

また、公正感、すなわち組織内での待遇や評価が公平であると感じる程度も、離職意図に影響を与えることが分かりました。従業員が自分の貢献が正当に評価され、報酬や昇進の機会が公平に与えられていると感じれば、組織に留まる可能性が高くなります。

仕事の特性については、例えば仕事の自律性や多様性、フィードバックの頻度などが離職意図に影響を与えることが見えてきました。従業員が自分の仕事に対して裁量権を持ち、多様な課題に取り組む機会があり、適切なフィードバックを受けられる環境にある場合、離職の可能性が低くなります。

一方で、従来から重要とされてきた要因(例: 仕事満足度、組織コミットメント、役割の曖昧さなど)についても、最新のデータに基づいて効果量が更新されました。一部の因子については、以前よりも強い、または弱い影響が示されました。

例えば、仕事満足度と組織コミットメントは依然として離職意図に強い影響を与える要因であることが確認されました。しかし、その影響力は以前の研究よりもやや弱まっている可能性が示唆されました。現代の労働環境において、単に仕事に満足しているだけでは組織に留まる十分な理由にならない場合があるのかもしれません。

役割の曖昧さについては、依然として離職意図に正の影響を与える要因であることが確認されました。自分の役割や責任が明確でない従業員は、離職を考えるということです。しかし、この影響も以前の研究よりはやや弱まっている可能性が示されました。

さらに、この研究では離職の予測因子が異なる文脈や条件下でどのように影響を受けるかを調査するモデレーター分析も行われました。その結果、離職予測因子の多くが、文脈(例: 業界の種類、経済状況、組織の特徴など)によってその効果が変動することが確認されました。

例えば、経済が好調な時期には、従業員の離職率が高まりやすいことがわかりました。好景気時には求人が増え、転職の機会が多くなるためと考えられます。一方、経済が不安定な時期には離職率が低くなりました。不景気時には従業員が現在の仕事を維持しようとする傾向が強まるためでしょう。

組織の規模、報酬制度、職場の支援環境などが、特定の予測因子と離職率の関係を強めたり弱めたりすることも示されました。例えば、大規模な組織では、キャリア開発の機会が多いため、キャリア開発の可能性が離職意図に与える影響が小さくなります。一方、小規模な組織では、キャリア開発の機会が限られているため、この要因がより重要になります。

報酬制度については、業績連動型の報酬制度を採用している組織では、個人のパフォーマンスと離職意図の関係がより強くなりました。高いパフォーマンスを上げている従業員は、その努力が報酬に直接反映されるため、組織に留まるのかもしれません。

職場の支援環境に関しては、上司や同僚からのサポートが充実している職場では、仕事のストレスが離職意図に与える影響が弱まりました。ストレスの高い仕事であっても、周囲のサポートがあれば、従業員は離職を考えにくくなるということです。

脚注

[1] Khatri, N., Budhwar, P., and Chong, T. F. (2001). Explaining employee turnover in an Asian context. Human Resource Management Journal, 11(1), 54-74.

[2] de Croon, E. M., Sluiter, J. K., Blonk, R. W. B., Broersen, J. P. J., and Frings-Dresen, M. H. W. (2004). Stressful work, psychological job strain, and turnover: A 2-year prospective cohort study of truck drivers. Journal of Applied Psychology, 89(3), 442-454.

[3] Allen, D. G., Shore, L. M., and Griffeth, R. W. (2003). The role of perceived organizational support and supportive human resource practices in the turnover process. Journal of Management, 29(1), 99-118.

[4] Griffeth, R. W., Hom, P. W., and Gaertner, S. (2000). A meta-analysis of antecedents and correlates of employee turnover: Update, moderator tests, and research implications for the next millennium. Journal of Management, 26(3), 463-488.

[5] Rubenstein, A. L., Eberly, M. B., Lee, T. W., and Mitchell, T. R. (2017). Surveying the forest: A meta‐analysis, moderator investigation, and future‐oriented discussion of the antecedents of voluntary employee turnover. Personnel Psychology, 70(1), 3-47.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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