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秘密の力学:その静かな影響力とは

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秘密は、私たちの日常生活や人間関係に深く根ざしています。誰もが何かしらの秘密を持っており、それを守ったり、時には打ち明けたりしながら生きています。職場においても例外ではありません。個人情報や業務上の機密事項など、さまざまな秘密が存在し、それをどう扱うかが重要な課題となっています。

秘密は、時に重荷となり、心理的なストレスをもたらすこともあれば、逆に人間関係を深める触媒となることもあります。また、組織の競争力を維持するための要素でもあります。このように、秘密は多面的な性質を持ち、その影響力は計り知れません。

本コラムでは、秘密に関する研究知見を紹介しながら、職場における秘密の性質やその影響について検討していきます。まず、誰に秘密を打ち明けやすいかという問題に注目し、相手の性格特性が秘密の共有にどのような影響を与えるかを探ります。思いやり、礼儀正しさ、自己主張、熱意といった性格特性が、秘密を打ち明ける相手の選択にどう作用するのか、興味深い発見をお伝えします。

次に、秘密を抱えることによって生じる感情、特に羞恥心や罪悪感に焦点を当てます。これらの感情が、私たちの思考パターンや行動にどのような影響を与えるのか、研究結果をもとに考察します。

本コラムを通じて、秘密の多面的な性質とその影響力について洞察を得ていただき、職場において秘密と上手に付き合うためのヒントを見出していただければ幸いです。秘密は避けられない現象ですが、それとうまく付き合うこともできるかもしれません。

秘密を打ち明けやすい性格とは

職場の人間関係において、誰に秘密を打ち明けるかは重要な問題です。ある研究では、約1000人の参加者を対象に、秘密を打ち明ける相手の性格について調査が行われました[1]。思いやり、礼儀正しさ、自己主張、熱意という4つの性格に注目し、これらが秘密の打ち明けにどのように影響するかを探りました。

その結果、思いやりのある人が秘密を打ち明けられやすいことが分かりました。思いやりのある人は、他人の感情に敏感で、共感的な態度を取ります。

秘密を抱える人は、困難な状況や感情的な苦しみを抱えていることが多く、そのような時に相手が自分の気持ちを理解し、受け入れてくれると感じられることが重要です。思いやりのある人は、他人の痛みや困難に対して同情的で、必要なときにはサポートを提供しようとするため、秘密を打ち明ける相手として選ばれやすいのです。

自己主張が強い人も秘密を打ち明けられやすいことが分かりました。ここにおける自己主張とは、自分の意見や意思を明確に表現し、他者に対して積極的に行動する特性です。

自己主張が強い人は、困難な状況に対して解決策を提案したり、行動を起こしたりすることが期待されます。秘密を抱える人は、積極的なサポートを求めていることが多く、自己主張が強い人に秘密を打ち明けやすいと感じます。

一方で、礼儀正しい人は意外にも秘密を打ち明けられることが少ないという結果が出ました。礼儀正しい人は社会的な規範やルールを重視し、それに従おうとします。

このような人は、他人の秘密を守ることに長けているかもしれませんが、秘密を打ち明ける場面では、秘密を守るだけではなく、相手の感情に寄り添い、柔軟に対応することが求められます。礼儀正しい人は、規範に従うことを重視するあまり、感情的な側面への対応が不足することがあり、そのため秘密を打ち明ける相手として選ばれにくいのかもしれません。

熱意のある人も秘密を打ち明けられにくいことが分かりました。熱意のある人は積極的で社交的な特性を持ち、明るくエネルギッシュな姿勢を示します。一見すると、このような人は話しやすく、秘密を打ち明けやすいように思えますが、実際は違う結果でした。

熱意のある人が秘密を打ち明けられにくいのは、楽しい場面やポジティブな状況での交流には長けているものの、深刻な話題にうまく対応できないことがあるためだと考えられます。

秘密を打ち明ける際には、相手がその場の深刻さや重みを理解し、真剣に対応してくれることが重要です。しかし、熱意のある人はその積極性ゆえに、時には深刻な問題を軽視してしまったり、適切な感情的反応が取れなかったりすることがあると思われるのでしょう。

思いやりがもたらす組織への影響

「思いやりのある人が秘密を打ち明けられやすい」という事実は、組織にとって複雑な影響をもたらす可能性があります。この現象は、職場の人間関係や組織文化に予期しない影響を与える一方で、重要な利点も持ち合わせています。

思いやりのある従業員は、同僚の秘密の受け皿となることで、組織内の非公式な情報のハブになる可能性があります。これは他方で、組織の透明性や公平性を脅かす危険性をはらんでいます。

例えば、ある部署の重要な意思決定や人事情報が、公式なルートではなく、思いやりのある特定の従業員を通じて非公式に広まるかもしれません。このような情報の非対称性は、組織内の不公平感や不信感を助長する可能性があります。

思いやりのある従業員が知らず知らずのうちに、組織の秘密主義を助長する可能性もあります。秘密を打ち明けられることで特別な関係が生まれ、それが組織内で派閥の形成につながるかもしれません。組織の一体感や協調性を損なう要因になり得ます。

思いやりのある従業員が多くの秘密を抱え込むことで、彼ら彼女ら自身に心理的な負担がかかる可能性もあります。他者の秘密を保持する責任はストレスとなり、パフォーマンスや健康に悪影響を及ぼしかねません。

しかし、思いやりのある人が秘密を打ち明けられやすいことには利点もあります。というのも、そうした人が組織内の「安全弁」として機能する可能性があります。同僚の悩みや問題を早期に察知し、適切なサポートを提供できれば、小さな問題が大きくなる前に対処でき、組織全体の健全性を保つことができます。

思いやりのある従業員は、組織内のコミュニケーションを円滑にする潤滑油の役割を果たせます。公式なコミュニケーション経路では共有されにくい情報や感情を取り扱い、必要に応じてマネージャーに伝えることができます。組織の上層部と一般従業員の間の情報格差が減少し、効果的な意思決定や問題解決が可能となります。

思いやりのある従業員がいることで、職場の心理的安全性が高まるかもしれません。同僚が安心して悩みや問題を打ち明けられる環境があれば、従業員全体のストレスが軽減し、その結果、生産性や創造性が向上するかもしれません。

羞恥心と罪悪感が秘密に与える影響

秘密を抱えると、様々な感情が引き起こされます。中でも、羞恥心と罪悪感は秘密と深く関わる感情です。これらの感情が、秘密をどう感じ、それについてどれだけ頻繁に考えるかにどのような影響を与えるのか、興味深い研究結果があります。

1000人以上の参加者から秘密に関するデータを集め、分析が行われました[2]。秘密に関する羞恥心と罪悪感が、その秘密について無関係な場面で考えてしまう頻度(いわゆる「マインド・ワンダリング」)にどのような影響を与えるかが調査されました。

結果として、羞恥心を引き起こす秘密は、その秘密について考える頻度が増えることが分かりました。恥ずかしい秘密ほど、頭から離れにくく、頻繁に思い出してしまう傾向があるのです。

羞恥心はアイデンティティや自己評価に関わる感情です。自分の否定的な側面を意識することで、その秘密について反芻してしまうのです。例えば、職場で自分の能力不足を隠している場合、その秘密は頭の片隅にあり、会議中や同僚との会話の最中など、直接関係のない状況でも、その秘密が頭をよぎり、集中力を乱すことがあるかもしれません。

一方、罪悪感を引き起こす秘密については、意外な結果が得られました。罪悪感を覚える秘密は、その秘密について考える頻度を減少させる傾向があったのです。罪悪感を覚える秘密は、羞恥心を感じる秘密に比べて、頭から離れやすいという結果でした。

罪悪感は特定の行動や決定に対する否定的な評価に基づく感情です。羞恥心とは異なり、自分全体ではなく特定の行動に焦点を当てています。罪悪感を覚えることで、その行動を修正しようとする動機づけが働き、結果としてその秘密についての反芻が減少する可能性があります。

例えば、職場で同僚の業績を妬んで陰口を言ってしまい、それを秘密にしている場合を考えてみましょう。この行為に対して罪悪感を覚えることで、「そのようなことはしない」という決意が生まれ、その結果、その秘密について考える頻度が減少するといったことが考えられます。

ただし、罪悪感が秘密について考える頻度に与える影響は、必ずしも一貫していないことも分かっています。これは、罪悪感の感じ方や対処法が個人によって異なるためかもしれません。また、秘密の内容や重要性、文化的背景なども影響を与える可能性があります。

職場の創造性と生産性への影響

羞恥心を伴う秘密が頭から離れにくく、罪悪感を伴う秘密が頭から離れやすいという研究結果は、職場の創造性や生産性に対して含意を持っています。これらの感情が秘密と結びつくことで、個人の思考プロセスや行動パターンに影響を与え、結果として組織全体のパフォーマンスにも影響を及ぼす可能性があります。

まず、羞恥心を伴う秘密が創造性に与える影響を考えてみましょう。創造的な仕事には、マインド・ワンダリングや自由な思考が必要なときもあります。新しいアイデアは、異なる概念や経験を自由に結びつけることから生まれることが多いからです。しかし、羞恥心を伴う秘密に心を奪われることで、創造的なプロセスが阻害されるかもしれません。

自分の能力不足を隠している従業員を想像してみてください。この秘密は頭の片隅にあり、新しいプロジェクトや挑戦的なタスクに直面したときにも、「自分にはできないのではないか」という不安が頭をよぎります。そのことにより、自由な発想や大胆な提案を抑制してしまう可能性があります。

羞恥心を伴う秘密は、チームワークにも悪影響を及ぼしかねません。自分の秘密が露見することを恐れるあまり、オープンなコミュニケーションや協力関係の構築を避けることもあり得ます。チームの創造性や問題解決能力を低下させる要因となります。

他方で、罪悪感を伴う秘密が頭から離れやすいという発見は、一見ポジティブに思えますが、組織の生産性という観点からは必ずしも良いことではありません。

例えば、業務上のミスを秘密にし、それに対する罪悪感から早々にその事実を「忘れる」ことで、同じミスを繰り返す可能性があります。罪悪感による秘密の「忘却」が、組織の学習や改善のプロセスを阻害し得ます。

罪悪感を伴う秘密が頭から離れることで、その行動を修正する動機づけが弱まります。例えば、同僚への不適切な言動を秘密にした場合、罪悪感から早々にその事実を「忘れる」ことで、自身の行動を振り返り改善する機会を逃してしまうかもしれません。

秘密と感情の関係は、個人の創造性や生産性に影響を与える可能性があります。これらの影響を理解することが大事です。秘密は避けられない側面もありますが、それがもたらす影響を最小限に抑えることが求められます。

以上、本コラムでは、秘密が職場や人間関係に及ぼす複雑な影響について、研究知見をもとに探究してきました。秘密を打ち明ける相手の選択から、秘密が引き起こす感情の影響、さらには組織の創造性や生産性への波及効果まで、秘密の多面的な性質が浮き彫りになりました。

これらの知見は、私たちに秘密との付き合い方について重要な示唆を与えてくれます。思いやりのある人が秘密の受け皿となりやすいという事実は、組織内のコミュニケーションや信頼関係の構築に新たな視点をもたらします。同時に、そのような人材への過度な依存や負担にも注意を払う必要があります。

羞恥心や罪悪感が秘密に与える影響の理解は、個人のメンタルヘルスや職場のパフォーマンス向上に役立つでしょう。これらの感情を建設的な方向に導くことが、健全な職場環境の創出につながります。

秘密は避けられない現実ですが、それを適切に扱うことで、組織の強みに変えることも可能です。透明性と機密性のバランスを取りながら、心理的安全性の高い職場を作り上げていくことが重要です。

脚注

[1] Slepian, M. L., and Kirby, J. N. (2018). To whom do we confide our secrets?. Personality and Social Psychology Bulletin, 44(7), 1008-1023.

[2] Slepian, M. L., Kirby, J. N., and Kalokerinos, E. K. (2020). Shame, guilt, and secrets on the mind. Emotion, 20(2), 323-327.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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