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侮辱的管理が引き起こす従業員の反応:逸脱、報復、退職

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職場での人間関係は、従業員の心理や行動に大きな影響を与えます。特に、上司と部下の関係は職場の環境を決める要素です。しかし、上司が部下に対して不適切な行動をとることがあります。これは「侮辱的管理」と呼ばれ、近年注目されています。

侮辱的管理とは、上司が意図的に部下に対して敵対的な態度をとったり、侮辱的な言葉を使ったりすることです。具体的には、部下を公然と批判したり、無視したり、嘲笑したり、威圧的な態度をとることが含まれます。こうした行動は、部下の心理的健康や仕事に対する満足感を損ないます。

本コラムでは、侮辱的管理が従業員にどのような影響を与え、従業員がどのように反応するかを考えます。特に、従業員の逸脱行動や退職意図、パラノイア的な心理状態に焦点を当て、それらがどのように生じるのかを見ていきます。

侮辱的管理による従業員の反応を理解することは、健全な職場環境を作り、組織の生産性を高めるために重要です。本コラムを通じて、職場におけるリーダーシップのあり方について再考するための視点を提供したいと思います。

不合理なタスクの割り当てにつながる

侮辱的管理は、上司と部下の関係にとどまらず、業務内容にも影響を与えることがあります。特に注目すべきは、侮辱的な上司が部下に対して「不適切な業務」を割り当てる点です[1]

不適切な業務とは、従業員の役割や能力に合わない、または組織の目標に貢献しない業務のことを指します。例えば、専門知識を持つ従業員に単純作業を大量に割り当てたり、逆に経験の浅い従業員に過度に複雑な業務を任せたりすることです。

研究によると、侮辱的な上司の下で働く従業員は、このような不適切な業務を与えられることが多いとされています。これは、上司が部下を軽視しているか、能力を正当に評価していないことが原因と考えられます。また、部下を困らせる意図で意図的に不適切な業務を与える場合もあります。

不適切な業務の割り当ては、従業員のやる気や自尊心を損ないます。自分の能力が正当に評価されていないと感じたり、自分の仕事が無意味だと思ったりすることで、仕事に対する満足感が低下し、ストレスが増大します。

また、この傾向は従業員の職位によって異なることがわかっています。非管理職の従業員は、侮辱的な上司から不合理な業務を割り当てられやすいのです。組織内の立場や権限の差が業務の不公平さを生んでいる可能性を示唆しています。

一方で、管理職にある従業員は、比較的こうした影響を受けにくいこともわかっています。管理職は自分の業務をある程度コントロールする権限があり、上司と対等に意見を交わす機会があるため、不適切な業務の割り当てを避けやすいと考えられます。

ただし、職位に関係なく悪影響は受けます。管理職であっても、無意味で時間の無駄だと思われる業務を割り当てられると、マイナスに作用するということです。

上司が侮辱的管理を行うと部下は報復する

侮辱的管理を受けた従業員は、さまざまな形で反応を示します。報復行動をとることもあります。報復行動とは、従業員が上司の不適切な行動に対して、何らかの形で仕返しをしようとすることです。

研究によると、侮辱的な上司の下で働く従業員は、上司に対して直接的または間接的な報復行動を取ることがわかっています[2]

直接的な報復行動には、上司の指示を意図的に無視する、上司に対して無礼な態度を取る、上司の評判を落とすような噂を広めることなどがあります。間接的な報復行動としては、仕事の質を意図的に低下させる、遅刻や欠勤を増やす、組織のルールを破ることなどが見られます。

報復行動が生じる背景には、負の互恵性の信念と呼ばれる心理的メカニズムがあると考えられています。負のご形成の信念とは、「悪いことをされたら、同じように仕返しをするべきだ」という考えのことです。この信念が強い従業員ほど、上司からの侮辱的な行動に対して強い報復行動を取ります。

ただし、この信念は上司に対する報復行動には強く影響しますが、組織全体や同僚に対する逸脱行動にはそれほど影響を与えません。これは、報復の対象を明確に上司に限定しているためだと考えられます。

従業員の性格も報復行動に影響を与えます。怒りやすい性格の従業員は、上司や同僚に対して強い報復行動を取ります。感情的に反応しやすく、即座に行動に移しやすいためです。ただし、怒りやすい従業員でも、組織全体に対する報復行動はあまり取りません。

離職を考えると逸脱行動が強まる

侮辱的管理を受けた従業員の反応として、報復行動だけでなく「逸脱行動」にも注目すべきです。逸脱行動とは、組織のルールや規範に反する行動のことです。逸脱行動と従業員の退職意図との関係について、興味深い結果が得られています。

具体的には、侮辱的管理を受けた従業員の中でも、特に退職を強く考えている人ほど、より過激な逸脱行動を取ることが明らかになっています[3]。これは、権力/依存関係の変化によって説明できます。

通常、従業員は組織や上司に対して一定の依存関係にあります。給与や昇進の機会、社会的地位などを組織から得ているため、組織のルールや上司の指示に従う必要があります。しかし、退職を決意した従業員は、この依存関係から解放されます。「もうすぐ辞める」ということで、組織や上司に対する遠慮がなくなります。

その結果、退職を考えている従業員は、大胆な逸脱行動を取るようになります。例えば、上司の指示を公然と無視する、職場の機密情報を漏らす、会社の資産を私的に使用するなど、通常では考えられないような行動を取ることがあります。これらの行動は、組織に対する「最後の仕返し」という意味合いを持つこともあります。

一方、退職を考えていない従業員、組織に留まるつもりの従業員は、逸脱行動を取ることに慎重です。将来的な関係を維持したいという思いから、逸脱行動を抑えようとします。しかし、完全に逸脱行動を防ぐことはできません。侮辱的管理を受けた従業員は、小さな形での逸脱行動を取ることがあります。

退職を考えている従業員の逸脱行動は、特に上司に対して強く向けられる傾向があります。これは、侮辱的管理の直接の加害者である上司に対して、最も強い不満や怒りを感じているためです。一方、組織全体に対する逸脱行動は、それほど強くありません。組織全体を具体的な「敵」として認識しにくいからでしょう。

組織に有害な行動をとる場合も

侮辱的管理を受けた従業員の反応が、組織全体に対する有害行動にもつながる場合もあります。従業員が侮辱的管理の原因をどこに帰属させるかによって、その反応が異なることが明らかになっています。

帰属理論によれば、人は出来事の原因を自分自身、他者、または状況に帰属させます。侮辱的管理の場合、従業員はその原因を自分自身、上司個人、または組織全体のいずれかに帰属させる可能性があります。

従業員が侮辱的管理の原因を組織全体に帰属させた場合の反応を見てみましょう。組織全体に原因を帰属させる従業員ほど、組織に対する有害行動を取ることがわかっています[4]

組織に対する有害行動としては、例えば、次のようなものがあります。

  • 仕事への努力を意図的に減らす
  • 組織の資産や資源を乱用する
  • 組織の評判を落とすような噂を広める
  • 重要な情報を隠したり歪曲したりする
  • 職場の雰囲気を悪化させる行動を取る

なぜ、このような現象が起こるのでしょうか。組織全体に原因を帰属させる従業員は、侮辱的管理を個々の上司の問題としてではなく、組織全体の文化や体制の問題として捉えます。「この組織自体が問題だ」「組織がこのような上司の行動を許している」と感じるため、不満や怒りが組織全体に向けられ、結果として有害行動が生じます。

この組織向け帰属の影響は、上司向け帰属や自分向け帰属よりも強いことが検証されています。上司個人に原因を帰属させる場合、その報復行動は主に上司個人に向けられますが、組織全体に帰属させる場合、その影響はより広範囲に及びます。

一方で、自分向け帰属(侮辱的管理の原因を自分自身に求めること)の影響についても興味深い結果が得られています。自分向け帰属が強い従業員は、侮辱的管理のネガティブな影響をあまり受けない傾向があることがわかりました。

これは一見矛盾しているように思えるかもしれませんが、次のように解釈できます。自分向け帰属を行う従業員は、状況を自分でコントロールできると感じます。「自分が悪いから改善できる」と考えるため、将来状況が良くなる可能性を信じることができるのです。

ただし、この効果は一長一短でしょう。確かに短期的には侮辱的管理の影響を軽減するかもしれませんが、長期的には従業員の自尊心や自己効力感を低下させかねません。常に自分を責めることで、メンタルヘルスに悪影響を与える可能性もあります。

部下の反応によって悪循環が生じる

侮辱的管理とその影響に関する研究では、上司の行動と部下の反応の間に生じる「悪循環」のメカニズムも検討が加えられています[5]。この悪循環は、部下のパラノイア状態と関連しています。

パラノイア状態とは、他人の意図や行動を疑い、悪意を持って解釈する心理状態です。侮辱的管理を受けた従業員は、パラノイア状態に陥りやすくなります。上司の些細な言動を、自分に対する攻撃や脅威として過剰に解釈してしまうのです。

例えば、上司が従業員に対して指摘をした場合、通常ならば業務上の指導として受け取るところを、「上司は自分を陥れようとしている」「自分の評価を下げるつもりだ」といった具合に悪意的に解釈してしまいます。

パラノイア状態は、従業員の心理や行動に大きな影響を与えます。パラノイア状態にある従業員は、上司の行動をより虐待的だと認識しやすくなります。実際にはそこまで侮辱的でない行動でさえも、侮辱的だと捉えてしまうのです。これによって、従業員はさらに不安や恐怖を感じ、自己防衛的な行動を取ります。

問題なのは、この自己防衛的な行動が、逆に上司の侮辱的管理を引き起こしてしまう可能性がある点です。例えば、パラノイア状態にある従業員が上司の指示に過剰に反応したり、不必要に警戒的な態度を取ったりすることで、上司の苛立ちや不信感を招くことがあります。その結果、上司が実際に厳しい態度や言動を取るようになり、これがさらに従業員のパラノイア状態を強化するという悪循環が生じ得ます。

この悪循環のメカニズムは、自己成就的予言の概念と関連しています。自己成就的予言とは、ある予測がその予測を裏付けるような行動を引き起こし、結果としてその予測が現実のものとなる現象を指します。従業員が「上司は自分を攻撃している」と信じ込むことで、実際に上司との関係が悪化し、上司からの扱いが悪くなるという流れです。

この悪循環は個人レベルにとどまらず、組織全体にも影響を与える可能性があります。パラノイア状態にある従業員が増えると、職場全体の雰囲気が悪化し、コミュニケーションが阻害され、生産性が低下する恐れがあります。そのような状況が続くと、健全な従業員の離職を招く可能性もあります。

以上の通り、侮辱的管理は、上司の態度の問題にとどまりません。従業員の心理や行動、さらには組織全体のパフォーマンスにも影響を与える、非常に深刻な問題です。

上司の侮辱的な行動は、従業員に不適切な業務を割り当てる原因となり、これが従業員の仕事への満足感ややる気を損ないます。また、侮辱的管理を受けた従業員は、上司や組織に対して報復行動や逸脱行動を取り、特に退職を考えている従業員ほどその傾向が強まります。

さらに、組織全体に侮辱的管理の原因を求めた場合、組織に対する有害行動が増える傾向があります。侮辱的管理は従業員のパラノイア状態を引き起こし、これが上司との関係をさらに悪化させるという悪循環を生み出すこともあります。

これらの問題は、個人間の対立にとどまらず、組織全体の生産性や雰囲気、さらには企業文化にまで影響を及ぼします。そのため、侮辱的管理の問題は、組織のリーダーシップや人材マネジメントにおいて重要な課題と言えます。

 脚注

[1] Stein, M., Vincent-Hoper, S., Schumann, M., and Gregersen, S. (2020). Beyond mistreatment at the relationship level: Abusive supervision and illegitimate tasks. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(8), 2722.

[2] Mitchell, M. S., and Ambrose, M. L. (2007). Abusive supervision and workplace deviance and the moderating effects of negative reciprocity beliefs. Journal of Applied Psychology, 92(4), 1159-1168.

[3] Tepper, B. J., Carr, J. C., Breaux, D. M., Geider, S., Hu, C., and Hua, W. (2009). Abusive supervision, intentions to quit, and employees’ workplace deviance: A power/dependence analysis. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109(2), 156-167.

[4] Bowling, N. A., and Michel, J. S. (2011). Why do you treat me badly? The role of attributions regarding the cause of abuse in subordinates’ responses to abusive supervision. Work & Stress, 25(4), 309-320.

[5] Chan, M. E., and McAllister, D. J. (2014). Abusive supervision through the lens of employee state paranoia. Academy of Management Review, 39(1), 44-66.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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