2024年10月1日
使い分けが鍵:職場における印象管理術
私たちは職業生活の中で、「印象管理」を行っています。印象管理とは、他人が自分に対して抱くイメージをコントロールしようとする行動のことです。例えば、面接で自分の強みを強調したり、上司の前で熱心に働いている姿を見せたりすることも、印象管理の例です。
しかし、印象管理はそんなに単純なものではありません。状況や相手によって、効果的な方法は異なります。個人の性格や能力によっても、適切な印象管理の方法は変わってきます。
本コラムでは、印象管理に関する研究知見を紹介し、効果的な印象管理の方法について考えます。組織内での印象管理の違いや、個人の特性による印象管理の差、そして人事の場面に応じた印象管理の効果について見ていきます。
組織構造で用いる印象管理が異なる
組織内での印象管理は、単に「良い印象を与える」だけではなく、組織の構造や文化によって異なります。特に、「機械的システム」と「有機的システム」という2つの組織タイプでは、印象管理の戦略が対照的です[1]。
機械的システムは、中央集権的で形式的な組織構造です。このような組織では、権力と情報が上層部に集中し、従業員は上司に依存することが多くなります。一方、有機的システムは、分権化され柔軟な組織構造で、情報の水平的な交換が重要視されます。
機械的システムでは、従業員は「ご機嫌取り」戦略を多用します。例えば、上司の意見に同意したり、上司の趣味に合わせた話題を持ち出したりします。また、自己宣伝も重要な戦略です。自分の業績や能力を積極的にアピールし、上司の目に留まることを狙います。
機械的システムでは上司の評価がキャリアに大きな影響を与えるため、このような戦略は合理的です。上司の好意を得ることが、昇進や報酬の増加につながる可能性が高いのです。
一方、有機的システムでは、印象管理の頻度自体が低くなります。この組織では、従業員間の協力や自発的な行動が重視され、上司に対してだけでなく、同僚にも均等に印象管理を行います。
有機的システムでは「自発性」が重要視されます。例えば、プロジェクトを自ら提案したり、チームの問題解決に積極的に取り組んだりする姿勢が評価されます。上司や同僚との頻繁なコミュニケーションや柔軟な対応力も重視されます。
このような違いは、組織構造の違いに起因します。機械的システムでは、上司の評価が重要であるため、上司の目に留まることが大切です。一方、有機的システムでは、チーム全体の成果が評価されるため、同僚との協調性や自発的な貢献が重視されます。
さらに、これらの印象管理の方法は文化によっても異なります。例えば、アメリカでは「模範行動」がポジティブな印象管理とされることが多いのですが、ブラジルではネガティブに評価されることがあります。これは、個人主義と集団主義の文化の違いを反映しています。
効果的な印象管理は、組織の構造や文化に依存します。従業員は、自分が属する組織のタイプを理解し、それに合った印象管理を選ぶことが重要です。同時に、組織も自社の構造が従業員の行動にどのような影響を与えているかを理解し、適切な評価システムを構築する必要があります。
個人特性で印象管理の用い方が異なる
印象管理の方法は、組織の特性だけでなく、個人の性格や特性にも左右されます。特に、性別、セルフ・モニタリング能力、そしてマキャベリズム(自己利益を追求する傾向)の3つが、印象管理に影響を与えます[2]。
研究者たちは、人々の印象管理を「ポジティブ」「アグレッシブ」「パッシブ」の3つのパターンに分類しました。
ポジティブパターンは、恩着せがましさや自己宣伝、模範化を多用します。例えば、上司に親切な行動を取ったり、自分の業績を積極的にアピールしたり、模範的な社員として振る舞うことが含まれます。
アグレッシブパターンは、これらに加えて威嚇や嘆願といった攻撃的な戦術も使用します。たとえば、相手を脅して要求を通そうとしたり、同情を引くために弱さを誇張したりします。
パッシブパターンは、これらの方法を控えめに使用します。積極的に自分をアピールせず、他人に影響を与えようとする行動をほとんど取りません。
これらのパターンには、個人の特性が影響します。
まず、性別の違いが影響します。一般的に、女性はパッシブパターンを、男性はアグレッシブパターンを取りやすい傾向があります。これは、社会的な性別役割期待が影響していると考えられます。
次に、セルフ・モニタリング能力の高低も影響を与えます。セルフ・モニタリングとは、自分の行動が他人にどう見えるかを意識し、状況に応じて適切に振る舞う能力です。この能力が高い人は、ポジティブパターンを取りやすく、状況に応じて最も効果的な戦術を選ぶことができます。
例えば、セルフ・モニタリング能力が高い人は、上司の前では模範的な社員として振る舞い、同僚との飲み会では親しみやすい態度を見せるなど、状況に応じて自分の印象を巧みに操作します。一方、能力が低い人は、状況にかかわらず一貫した行動を取りがちで、それがアグレッシブまたはパッシブパターンにつながることがあります。
最後に、マキャベリズムの高低も印象管理パターンに影響を与えます。マキャベリズムとは、自己利益のために他人を操作する傾向のことです。この傾向が強い人は、アグレッシブまたはパッシブパターンを取りやすく、状況に応じて最も有利な戦略を選び、時には攻撃的な戦術も用いて自己利益を追求します。
例えば、マキャベリズムが高い人は、上司の前では恩着せがましい態度を取る一方、同僚には威嚇的な態度を取ることがあります。一方、マキャベリズムが低い人は、他者との良好な関係を重視し、ポジティブパターンを選びがちです。
これらの研究結果は、印象管理が個人の性格や特性と深く結びついていることを示しています。効果的な印象管理を行うには、まず自分自身の特性を理解し、それに合った方法を選ぶことが重要です。
政治的スキルが高いとポジティブな印象管理を選ぶ
印象管理の選択には、個人の政治的スキルも大きな影響を与えます。政治的スキルとは、職場での人間関係や権力構造を理解し、それにうまく働きかける能力のことです。このスキルが高い人は、状況を的確に判断し、最も効果的な印象管理を選ぶことができます[3]。
研究によると、政治的スキルが高い人はポジティブな印象管理を選びます。恩着せがましさ、自己宣伝、模範化といった方法を多用し、威嚇や嘆願といったネガティブな印象を与える可能性のある方法は避けるのです。
政治的スキルが高い人がポジティブな印象管理を選ぶのは、組織内の複雑な人間関係や権力構造を理解しているからです。長期的な関係構築の重要性を認識しており、一時的な利益のために他者との関係を損なうようなネガティブな方法を避けるのです。
例えば、政治的スキルの高い人は、上司に対して自己宣伝をするだけでなく、上司の目標に合わせて自分の貢献をアピールします。同僚に対しては競争的な態度を取らず、協力的な姿勢を示しながら自分の能力をさりげなくアピールするのです。
一方、政治的意志の高さは、印象管理の選択に異なる影響を与えます。政治的意志とは、自分の目標を達成するためにリスクを取る意欲のことです。この意志が高い人ほど、アグレッシブな方法を選びます。自分の利益を追求するために、時にはリスクの高い方法も厭わないからです。
例えば、政治的意志の高い人は、重要なプロジェクトを獲得するために、他の同僚を批判したり、自己の能力を誇張したりすることがあります。これは短期的には効果があるかもしれませんが、長期的には人間関係を損なう可能性があります。
逆に、政治的意志が低い人は、パッシブな方法を選びがちです。リスクを避け、現状維持を重視する傾向があります。例えば、自己の能力をアピールする機会があっても、控えめな態度を取り続けることがあるでしょう。
これらの研究結果は、個人の能力や意志と結びついていることを示しています。政治的スキルが高い人は、長期的な視点から効果的な印象管理を選ぶことができるのです。
ただし、政治的スキルや意志の高さが必ずしも組織にとって良いとは限りません。政治的スキルの高い人は組織内で成功しやすいかもしれませんが、自己中心的になったり、個人の利益を優先したりすることが組織全体に悪影響を及ぼすこともあります。
効果が持続する印象管理と減少する印象管理
印象管理の効果は、時間の経過とともに変化します。ある方法は長期的に効果を維持し、別の方法は時間とともにその効果が薄れていきます。この違いを理解することは、持続的な関係を構築する上で重要です。
研究によると、ご機嫌取りと自己宣伝は、時間が経過しても比較的安定した効果を維持する傾向があります[4]。一方、謝罪や正当化といった防御的な印象管理は、初期には効果があっても、時間とともにその効果が減少していきます。
ご機嫌取りが長期的に効果を維持する理由は、それが上司と部下の関係を良好に保つからです。上司に対して好意的な態度を示し続けることで、上司はその部下に対して好意的な感情を持ち続けます。好意的な感情は、業績評価にもポジティブな影響を与えます。
例えば、上司の意見に常に耳を傾け、上司の成果を積極的に称賛するような部下は、長期的に上司から高い評価を得続ける可能性が高いでしょう。
自己宣伝も同様に、長期的な効果を持ちます。自己宣伝は、上司に自分の能力や成果を継続的に認識させる役割を果たします。特に、上司が部下の業務を直接観察する機会が少ない場合、自己宣伝は重要な情報源となります。
例えば、定期的に自分のプロジェクトの進捗状況や成果を報告する部下は、そうでない部下よりも長期的に高い評価を得やすいでしょう。
一方、謝罪や正当化といった防御的な印象管理は、時間とともにその効果が減少します。これらの方法は、短期的には効果的かもしれませんが、繰り返されると上司はその部下に能力不足や改善意欲の欠如を感じるようになります。
効果的な印象管理を行うためには、短期的な効果だけでなく、長期的な影響も考慮に入れる必要があります。
例えば、新しい職場や新しい上司のもとで働き始めた場合、初期段階では自己宣伝や謝罪といった方法が効果的かもしれません。しかし、長期的には、ご機嫌取りや継続的な自己宣伝に重点を置くべきでしょう。上司との良好な関係を維持しつつ、自分の成果を定期的にアピールすることで、持続的な高評価を得ることができます。
人事の状況で有効な印象管理が変わる
印象管理の効果は、人事の状況によっても異なります。特に、面接、業績評価、研修といった場面では、それぞれ異なる印象管理が効果を発揮します[5]。これらの違いを理解し、適切な方法を選択することが、職場での成功につながります。
研究によると、印象管理は「自己焦点型」と「他者焦点型」に分けられます。自己焦点型は、自分の能力や業績を強調するもので、自己宣伝がその代表例です。他者焦点型は、相手に対する関心や敬意を示すもので、ご機嫌取りがこれに該当します。
面接の場面では、自己焦点型が特に効果的です。面接官は候補者の能力や適性を評価することが主な目的なので、自己宣伝や模範化といった戦術が高く評価されます。過去の業績を具体的に説明したり、自分の強みを明確にアピールしたりすることが重要です。
ただし、自己宣伝が過度にならないように注意が必要です。自分の能力を誇張しすぎたり、他の候補者を批判したりすると、むしろネガティブな印象を与える可能性があります。自己アピールと謙虚さのバランスが重要です。
業績評価の場面でも、自己焦点型の方法が功を奏します。上司に自分の成果や貢献を認識してもらうことが大事なので、自己宣伝が有効です。ただし、業績評価では長期的な関係性も考慮する必要があるため、他者焦点型の方法も併用するのが賢明でしょう。
例えば、自分の成果を報告する際に、チームメンバーの貢献を適切に評価し、上司のリーダーシップに感謝の意を表すことで、バランスの取れた印象を与えることができます。
他方で、研修の場面では、他者焦点型が特に有効です。研修は、参加者同士が学び合い、協力し合う場面であるため、他者への関心や協調性を示すことが大事になります。例えば、他の参加者の意見に積極的に耳を傾け、グループワークで協力的な態度を示すことが高く評価されます。
興味深いのは、研修の場面では印象管理全般が他の場面よりも効果的だという点です。研修は比較的リラックスした環境で行われることが多く、参加者が互いを観察し、評価する機会が多いためと考えられます。
また、他者焦点型は、自己焦点型と比べて、評価者から好意的な感情を引き出しやすい傾向があります。他者焦点型が相手への関心や敬意を示すことで、相手に好印象を与えやすいためです。
組織のマネジメントにとっても、これらの知見は示唆的です。例えば、面接や業績評価のプロセスを設計する際には、自己焦点型が過度に評価されないよう、バランスの取れた評価基準を設定する必要があります。研修プログラムでは、参加者の協調性や他者への配慮を評価する仕組みを取り入れることで、より良い学習環境を作り出すことができるかもしれません。
以上の通り、印象管理は、組織構造、個人特性、そして具体的な人事状況によって異なることがわかりました。効果的な印象管理を行うためには、自分の特性を理解し、所属する組織の文化を把握し、さらに状況に応じて適切な戦術を選ぶことが必要です。
脚注
[1] Drory, A., and Zaidman, N. (2007). Impression management behavior: effects of the organizational system. Journal of Managerial Psychology, 22(3), 290-308.
[2] Bolino, M. C., and Turnley, W. H. (2003). More than one way to make an impression: Exploring profiles of impression management. Journal of Management, 29(2), 141-160.
[3] Maher, L. P., Gallagher, V. C., Rossi, A. M., Ferris, G. R., and Perrewe, P. L. (2018). Political skill and will as predictors of impression management frequency and style: A three-study investigation. Journal of Vocational Behavior, 107, 276-294.
[4] Bolino, M. C., Klotz, A. C., and Daniels, D. (2014). The impact of impression management over time. Journal of Managerial Psychology, 29(3), 266-284.
[5] Kacmar, K. M., and Carlson, D. S. (1999). Effectiveness of Impression Management Tactics Across Human Resource Situations. Journal of Applied Social Psychology, 29(6), 1293-1311.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。