2024年9月24日
頭の中でシミュレーションする:心的対比を促す要因
目標を達成するためには、行動計画を立て、それをしっかり実行していくことが大切です。どのような心理的な要因が、目標を効果的に達成するのに役立つのでしょうか。
近年注目されているのが「心的対比」(メンタル・コントラスト)という考え方です。心的対比とは、望ましい未来と現実を頭の中で対比することで、目標達成に向けた行動を促進する手法です。この手法は、ただ理想の未来を思い描くだけではなく、現実の課題も同時に考えることで、実行可能な計画を立てることを助けます。
本コラムでは、心的対比に関する研究知見を紹介しながら、この手法がどのように目標達成を助けるのか、そしてどのような要因が心的対比を促進するのかを探ります。心的対比の研究は、私たちがどのように目標を設定し、追求するかを理解することにつながります。
ポジティブ・フィードバックを活かす
目標達成に向けた努力の中で、周囲からのポジティブ・フィードバックは励みになります。しかし、褒められるだけでは具体的な行動に結びつかないことも多いでしょう。それに対して、心的対比を使えばポジティブ・フィードバックを効果的に活用することができます。
研究者たちは、心的対比がポジティブ・フィードバックを受けた際に創造的なパフォーマンスにどのような影響を与えるかを調べました[1]。実験では、参加者にポジティブ・フィードバックや中程度のフィードバックを与えた後、心的対比や他の思考法を行い、創造性テストを受けてもらいました。
結果、心的対比を行った参加者は、ポジティブ・フィードバックを受けた際、他の思考法を用いた参加者よりも多くの問題を解決することができました。心的対比がポジティブ・フィードバックを受けたときに効果を発揮することを表しています。
参加者は「あなたは創造的な才能がありますよ」というフィードバックを受けた後、理想の未来(例:「私は創造的な問題を解決できる」)と現実の課題(例:「しかし集中力が足りない」)を対比させて考えました。この過程で、参加者は自分の潜在能力を認識しつつ、それを発揮するための具体的な課題も明確にすることができました。
この結果から、心的対比がポジティブ・フィードバックを具体的な行動に結びつける方法であることがわかります。単に「あなたはできる」と言われるだけでなく、その能力を発揮するために何が必要かを考えることで、創造的なパフォーマンスが向上するのです。
別の創造性テストでも同様の結果が得られました。視覚的、数学的、空間的な問題解決能力が測定されましたが、やはり心的対比を行った参加者がポジティブ・フィードバックを受けた際に最も良いパフォーマンスを示しました。
これらの結果は、ポジティブ・フィードバックが必ずしも成功に直結するわけではないことを示しています。重要なのは、フィードバックをどう受け取り、それを現実の行動にどう落とすかです。心的対比は、ポジティブ・フィードバックを活用し、行動計画に結びつけます。
職場において、この知見は大いに活用できるでしょう。例えば、部下の潜在能力を認めつつ、同時に現実の課題にも目を向けてもらうことで、効果的な成長を促すことができるかもしれません。
期待が高い場合に援助にコミットする
目標達成のために、他者からの援助を必要とすることがあります。一方で、他者を援助することも社会生活において重要です。しかし、援助を求めたり提供したりする際のコミットメントは、どのような要因によって左右されるのでしょうか。この問いに対する答えを探るため、研究者たちは心的対比の効果に注目しました。
研究では、大学生と重症小児科看護師を対象に、心的対比が支援の獲得や提供にどのような影響を与えるかを調査しました[2]。特に興味深いのは、期待の高さと心的対比の関係性です。
まず、大学生を対象とした研究では、支援を得られる期待とその達成度を自己評価してもらいました。その後、参加者は心的対比、インダルジング(ポジティブな未来のみを想像する)、またはドウェリング(現実の障害のみを考える)のいずれかの条件に割り当てられました。
心的対比を行った学生のうち、期待が高い場合には支援の達成度が高く、期待が低い場合には達成度が低い傾向が見られました。一方、他の条件では期待の高低にかかわらず支援の達成度に違いは見られませんでした。
この結果は、心的対比が期待の高さに応じて支援の獲得に対するコミットメントを調整する効果があることを表しています。期待が高い場合、心的対比は行動計画の形成を促し、支援の獲得につながります。他方で、期待が低い場合は、現実的な障害を認識することで、無理な努力を避けることができます。
次に、重症小児科看護師を対象とした研究では、患者の親族への支援提供に焦点を当てました。ここでも、心的対比を行った看護師は、期待が高い場合に多くの努力を報告し、期待が低い場合には少ない努力を報告しました。
これらの結果から、心的対比が期待に応じて援助へのコミットメントを調整することがわかります。高い期待を持つ場合、心的対比は行動計画の形成を促進し、援助の獲得や提供に対するコミットメントを強化します。一方、期待が低い場合は、現実的な障害を認識することで、努力を抑制します。
実際の応用場面を考えてみましょう。例えば、仕事で困難を抱える部下が上司に支援を求める際、単に「支援が必要だ」と思うだけでなく、具体的にどのような支援が可能か、そしてそれを得るために何をすべきかを考えることで、より効果的に援助を得られる可能性が高まります。
自己調整能力の高い人は心的対比を用いる
目標達成において自己調整能力は重要ですが、自己調整能力の高い人はどのように目標に向かって行動するのでしょうか。研究者たちは、自己調整能力の高い人々が自然に心的対比を使うのではないかという仮説を立て、検証を行いました[3]。
まず、学業における自己調整に焦点を当てた研究では、自己調整スキルや達成欲求が高く、学業成績が優れている学生を対象に調査が行われました。結果としては、自己調整スキルが高い学生ほど心的対比を使用する傾向が強く、これが学業目標の達成に役立つことが示されました。
具体的には、達成欲求が強い学生は、学業の目標に対してより多くの心的対比を行っていました。例えば、「優秀な成績で卒業したい」という目標に対して、「卒業後の良好なキャリア」というポジティブな未来と、「現在の勉強不足」という現実の障害を対比させて考えることで、具体的な学習計画を立てることができたのです。
日常生活における自己調整能力と心的対比の関係も調査されました。衝動抑制、長期的な目標追求、認知の必要性といった日常生活における自己調整能力を測定し、それが心的対比の使用にどのように関連するかが調べられました。
結果は学業の場合と同様でした。自己調整能力が高い人は、日常生活においても心的対比を自然に行いました。例えば、健康的な生活を送りたいと考えている人が、「健康的な体」というポジティブな未来と「不規則な生活習慣」という現実の障害を対比させて考えることで、生活改善計画を立てるといった具合です。
外向性が高い人も心的対比を多く使用することが確認されました。これは、外向的な人が新しい経験や人間関係を積極的に求める傾向があり、そのために必要な行動計画を立てる際に心的対比を活用しているためだと考えられます。
これらの研究結果は、自己調整能力が高い人々が効果的な戦略を活用していることを示しています。心的対比という概念が、自己調整能力と密接に関連していることが明らかになりました。
この知見は、目標達成のアプローチに示唆を与えます。例えば、自己調整に困難を感じている人に対して、心的対比の手法を意識的に取り入れるよう伝えることで、効果的な目標達成が可能になるかもしれません。
心的対比は、自己調整能力の高い人々が自然に身につけている効果的な戦略です。この手法を意識的に活用することで、私たちは自己調整能力を向上させ、効果的に目標を達成できる可能性があります。
責任感が強いほど心的対比を用いる
目標達成において責任感は重要ですが、責任感と心的対比の関係について、研究者たちが発見をしています。責任感が強い人ほど、心的対比を自然に用いるというのです。
この関係性を明らかにするため、研究者たちは様々な状況下で調査を行いました[4]。まず、職場のプロジェクトにおける責任感に注目しました。ドイツの大手企業に勤める従業員を対象に、チームでのプロジェクトに対する責任感が心的対比の使用にどのように影響するかを調べました。
そうしたところ、責任感が高い従業員ほど、心的対比を使用することが確認されました。例えば、プロジェクトの成功に強い責任を感じている従業員は、「プロジェクトの成功」という望ましい未来と「現在の進捗の遅れ」という現実の障害を対比させて考えることで、より具体的な行動計画を立てるということです。
次に、社会的責任の観点から調査が行われました。ここでは、社会的な義務感を持って行動するかどうかと心的対比の使用との関連が調べられました。共感や利他的行動、寄付行動と心的対比の使用には相関が見られ、責任感が強いほど心的対比を用いることが検証されました。
例えば、社会貢献に強い関心を持つ人は、「より良い社会の実現」という望ましい未来と「現在の社会問題」という現実の障害を対比させて考えることで、具体的な行動計画を立てるのです。
さらに、学業における責任感についても調査が行われました。大学生を対象に、プレゼンテーションに対する責任感が心的対比の使用にどのように影響するかが実験的に調べられました。ここでも、責任を感じるシナリオを想像した学生は、心的対比を使用する割合が高くなりました。
最後に、個人的な願望に対する責任感についても調査が行われました。ここでは、自分や他者に対する責任を感じた場合、心的対比の使用が顕著に増加することが示されました。
これらの研究結果は、責任感という心理的要因が、目標達成のための効果的な手法である心的対比の使用を促進することを明らかにしています。責任感が強い状況では、心的対比を用いて目標達成に向けた行動を計画・実行します。
職場におけるプロジェクトマネジメントにおいて、チームメンバーの責任感を適切に喚起することで、より効果的な目標達成が可能になるかもしれません。各メンバーにプロジェクトの成功が自身のキャリアにどのような影響を与えるかを考えてもらい(望ましい未来)、同時に現在の課題や障害を明確にする(現実の障害)ことで、良質な行動計画を立てることができるでしょう。
緊急の課題に対しては心的対比を用いる
目標達成において、時間的な制約や緊急性は避けて通れません。では、行動を起こす必要が高い場合、人々はどのように対応するのでしょうか。研究者たちは、緊急性の高い状況において心的対比が自然に使用されるかどうかを調査しました[5]。
まず、行動をすぐに起こす計画を立てる場合に、心的対比がどの程度使用されるかが調べられました。参加者に対人関係の願望を挙げてもらい、その実現のための計画の即時性を評価しました。結果として、即座に行動を起こす計画を立てた参加者は、より多く心的対比を使用しました。
例えば、「友人との関係を修復したい」という願望を持つ参加者が「来週までに友人に謝る」という即時性の高い計画を立てた場合、「友好的な関係の回復」という望ましい未来と「現在の関係の冷え込み」という現実の障害を対比させて考えるということです。
次に、行動の緊急性が心的対比の使用に与える影響が実験的に検証されました。参加者に、大学の卒業論文を2か月以内(高緊急性)または2年以内(低緊急性)に登録する状況を想像してもらいました。結果、高緊急性条件の参加者は、低緊急性条件の参加者よりも心的対比を使用する割合が高かったのです。
時間的制約が厳しい状況下では、目標達成のための障害を認識し、それを克服するための計画を立てる必要性が高まるためだと考えられます。例えば、「2か月以内に卒業論文を提出する」という高緊急性の状況では、「論文完成による達成感」という望ましい未来と「現在の研究の遅れ」という現実の障害を対比させて考える必要があるということです。
さらに、願望を達成するための行動の機会を提供することで、心的対比の使用が促進されるかどうかも調査されました。参加者に重要な対人願望を挙げてもらい、その願望を達成するための実用的な行動または非実用的な行動を提供しました。実用的な行動を提供された参加者は、心的対比を使用する可能性が高いことがわかりました。
これらの研究結果は、心的対比が高い要求度に応じて戦略的に使用される自己調整のリソースとして機能することを表しています。緊急性が高い状況や、行動機会が提供された場合に、人々は自然と心的対比を用いて目標達成に向けた計画を立てます。
職場において重要なプロジェクトの締め切りが迫っている場合、チームメンバーに意識的に心的対比を行うよう促すことで、より効果的な計画立案と実行が可能になるかもしれません。「プロジェクト成功後の状況」を想像させると同時に「現在の進捗状況の問題点」を明確にさせることがより良い結果をもたらすでしょう。
以上、本コラムでは心的対比とその要因について、様々な角度から検討してきました。心的対比は、ポジティブ・フィードバックの活用、援助へのコミットメント、自己調整能力、責任感、そして緊急性の高い状況下での目標達成において、重要な役割を果たすことが明らかになりました。
脚注
[1] Oettingen, G., Marquardt, M. K., and Gollwitzer, P. M. (2012). Mental contrasting turns positive feedback on creative potential into successful performance. Journal of Experimental Social Psychology, 48(5), 990-996.
[2] Oettingen, G., Stephens, E. J., Mayer, D., and Brinkmann, B. (2010). Mental contrasting and the self-regulation of helping relations. Social Cognition, 28(4), 490-508.
[3] Sevincer, A. T., Mehl, P. J., and Oettingen, G. (2017). Well self-regulated people use mental contrasting. Social Psychology, 48(4), 238-246.
[4] Sevincer, A. T., Musik, T., Degener, A., Greinert, A., and Oettingen, G. (2020). Taking responsibility for others and use of mental contrasting. Personality and Social Psychology Bulletin, 46(8), 1219-1233.
[5] Sevincer, A. T., Tessmann, P., and Oettingen, G. (2018). Demand to act and use of mental contrasting. European Journal of Psychological Assessment, 34(5), 305-312.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。