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コラム

目標達成を助ける心的対比:理想と現実を比べる効果

コラム

私たちは、仕事で成功したい、プロジェクトをやり終えたい、スキルを向上させたいなど、さまざまな目標を持っています。しかし、これらの目標を達成するのは簡単ではありません。多くの人が目標を立てては途中で挫折し、また新たな目標を立てるという経験をしていることでしょう。

こうした状況で注目されているのが「心的対比」(メンタル・コントラスト)というテクニックです。心的対比とは、望ましい未来と今の現実を比べることで、目標達成へのやる気を高める方法です。「こうなりたい」と願うだけではなく、現実に直面する障害を認識し、それを乗り越えるための計画を立てることが重要です。

この心的対比は、健康改善や学業成績の向上、職場におけるパフォーマンス向上など、いろいろな場面で効果を発揮することがわかっています。特に興味深いのは、この方法が自然に行われる場合でも効果があるという点です。

本コラムでは、心的対比がなぜ効果的なのか、どのような場面で役立つのか、そして私たちの行動や考え方にどのような影響を与えるのかを、研究知見をもとに見ていきます。目標達成に悩む人に、新しい視点と実践的なアプローチを提供できればと思います。

心的対比はエネルギーを引き出す

目標を達成するには、それに向けたエネルギーが欠かせませんが、高いモチベーションを保ち続けるのは難しいものです。そこで注目したいのが、心的対比がもたらすエネルギーの変化です。

心的対比は、ただ目標を思い描くだけでなく、それを邪魔する現実の障害も同時に考えることで、目標達成に必要なエネルギーを引き出します。これは、ただ楽観的な未来を想像するだけの方法とは大きく異なります。

ある研究において、心的対比を行った人と、ポジティブな未来だけを想像した人を比較しました[1]。その結果、心的対比を行った人の方が、目標達成への期待が高い場合に、より多くのエネルギーを感じ、実際に行動に変化が見られました。

具体的には、心的対比を行った人は、血圧が上昇するなど身体的なエネルギーが増加し、「やる気が出た」「元気が出た」といった主観的なエネルギー感覚も高まりました。

このエネルギーの変化は、実際の行動にも影響を与えたことがわかっています。例えば、プレゼンテーションのパフォーマンスを評価した実験では、心的対比を行った人の方が、より質の高いプレゼンテーションを行いました。心的対比によって引き出されたエネルギーが、実際の行動の質を向上させたと考えられます。

しかし、心的対比の効果は目標達成への期待によって異なります。期待が高い場合、つまり目標が達成可能だと感じている場合には、心的対比はエネルギーを引き出し、行動を促進します。一方で、期待が低い場合には、エネルギーが低下し、目標達成をあきらめてしまうこともあります。

心的対比は単なる思考法ではなく、私たちの身体的・心理的エネルギーを調整し、目標達成に向けた行動を選択的に促進する力を持っています。心的対比を意識的に行うことで、私たちは自分の目標に対してより効果的にエネルギーを配分し、成功への道筋を作ることができます。

心的対比は健康行動の改善に効果的

健康的な生活習慣を身につけることは、多くの人にとって重要な目標の一つですが、運動を始めたり、食生活を改善したりするのは簡単ではありません。そのような中で、心的対比が健康行動の改善に効果的であることが、さまざまな研究で明らかになっています。

ある研究では、4週間から3か月後の追跡調査でも、心的対比を行ったグループの方が健康行動を維持できていることが確認されました[2]。心的対比の効果は、運動習慣の形成や禁煙、ストレス管理など、さまざまな健康行動に適用できます。

例えば、「毎日ジョギングをする」という目標を立てた場合、心的対比を行うことで、その目標と「仕事で疲れて帰ってくる」「天気が悪い日がある」といった現実の障害を考えることができます。これによって、「職場の近くにジムに通う」「雨の日は室内でストレッチをする」といった具体的な対策を立てやすくなるのです。

ただし、注意が必要です。心的対比は、目標達成への期待が高い場合に特に効果を発揮します。「自分にはできる」という自信がある程度ある場合に、より大きな行動変化につながります。逆に、目標達成への期待が低い場合は、心的対比によって現実の障害が強く意識され、かえって行動を抑制することもあります。

そのため、健康行動の改善に心的対比を活用する際は、まず自分の目標に対する期待や自信を確認することが大切です。期待が低い場合は、小さな、達成可能な目標から始めて、自信を積み重ねていくことが効果的でしょう。

心的対比は健康行動の改善において有効なツールとなり得ます。日々の生活の中で心的対比を意識的に行うことで、より健康的なライフスタイルに一歩ずつ近づくことができます。

未来の希望を想像するより有効

目標達成の方法として、ポジティブシンキングや願望実現法など、明るい未来を想像することが重要だと強調されることがあります。確かに、希望に満ちた未来を思い描くことは、私たちに前向きな気持ちをもたらし、モチベーションを高めるきっかけになるかもしれません。しかし、未来の希望を想像するよりも、心的対比の方が効果的であることが示されています。

ある研究では、ダイエットを希望する学生を対象に、心的対比を行うグループと、ポジティブな未来を想像するグループ(「メンタル・インダルジェンス」と呼ばれます)、そして特に指示を与えないグループに分けて比較しました[3]

その結果、心的対比を行ったグループは、2週間後の調査で、カロリー摂取量が減少し、高カロリー食品の摂取が減り、さらに身体活動が増加したと報告しました。一方、ポジティブな未来だけを想像したグループや、特に指示を受けなかったグループでは、このような顕著な変化は見られませんでした。

なぜこのような違いが生まれたのでしょうか。3つの理由を挙げることができます。

  • 心的対比を行うことで、参加者は目標(健康的な体重)と現実の障害(甘い物への誘惑、運動する時間の不足など)を同時に考えることができました。これにより、単に「痩せたい」と願うだけでなく、具体的な行動計画(例:甘い物を控える、毎日30分歩くなど)を立てることができました。
  • ポジティブな未来だけを想像すると、一時的には気分が高揚しますが、その効果は長続きしません。一方、心的対比では、目標と現実のギャップを認識することで、持続的なモチベーションが生まれます。
  • 心的対比を行うことで、目標達成の過程で直面する可能性のある障害を事前に認識し、それに対する準備をすることができます。実際に障害に遭遇したときに、効果的に対処できる可能性が高まります。

このように、心的対比は単に未来の希望を想像するよりも、具体的で実効性のある行動変化をもたらす可能性があります。

自発的に行う心的対比も有効

心的対比の効果は、実験室で指示された条件下だけでなく、日常生活で自発的に行われる場合にも有効であることが分かっています。これは、心的対比が実践的で汎用性の高い自己調整の方法であることを示す重要な発見です。

学生に重要な対人関係や職業的・学業的な願望について自由に考えさせ、その後の行動や達成度を調査しました[4]。自然に心的対比を行った学生は、目標達成に向けてより多くの努力をし、実際のパフォーマンスも向上する傾向が見られました。

具体的には、自発的に心的対比を行った学生は次のような特徴を示しました。

  • 心的対比を行った学生は、自分の目標に対してより強いコミットメントを示しました。これは、目標と現実のギャップを明確に認識することで、その目標に向けた行動の必要性をより強く感じたためだと考えられます。
  • 心的対比はすべての目標に対して同じ効果をもたらすわけではありません。達成への期待が高い目標にはより多くの努力をし、一方で、期待が低い目標には、むしろ目標追求を控える傾向が見られました。これは、限られたリソース(時間やエネルギー)を効率的に配分するための合理的な反応です。
  • 自発的に心的対比を行った学生は、実際のパフォーマンスも向上しました。例えば、大学院入学のためのエッセイを書く際、心的対比を行った学生の方が、より質の高いエッセイを書くことができました。目標と現実のギャップを認識することで、より具体的で効果的な準備行動につながったためだと考えられます。
  • 心的対比を自発的に行う人々は、目標達成の過程で直面する可能性のある障害をより早く、より正確に認識しました。例えば、チェスの実験では、心的対比を行った子どもたちが、自分の駒が障害になる可能性をより早く認識し、それに対処する能力が向上しました。

これらの結果は、心的対比が日常生活で自然に行われる場合でも、目標達成に向けた行動を効果的に調整する作用があることを示しています。特別な訓練や指示がなくても、私たちはこの戦略を活用し、目標達成の可能性を高めているのです。

ただし、自発的な心的対比の効果も、目標達成への期待によって左右されます。期待が高い場合には、心的対比は目標追求を促進しますが、期待が低い場合には、目標追求を抑制することもあります。

これは一見否定的な効果に思えるかもしれませんが、実は適応的な反応です。達成の見込みが低い目標に過度にリソースを投入するよりも、それを諦めて他の目標に注力する方が、全体としては効率的だからです。

自発的な心的対比を効果的に活用するためには、まず自分の目標に対する期待を適切に評価することが重要です。期待が低い場合は、目標を見直すか、あるいはより小さな、達成可能な目標に分割することで、徐々に自信を積み重ねていく方法が有効でしょう。

また、自発的な心的対比の効果を最大限に引き出すためには、この方法を意識的に活用する機会を増やすことも有効です。例えば、新しい目標を設定したときや、重要な決断を迫られたときに、望ましい未来と現在の現実を意識的に比べてみます。そうすることで、より現実的で具体的な行動計画を立てることができ、目標達成の可能性が高まります。

心的対比が現状を障害に意味づける

心的対比の効果がなぜ生まれるのか、そのメカニズムについて興味深い研究が報告されています。心的対比は、目標と現実を比較するだけでなく、現状を「障害」として意味づける働きがあるというのです。この意味づけが、目標達成に向けた行動を促進する要因となっています。

心的対比が現実の意味をどのように変えるかを調べました[5]。その結果、次のようなプロセスが明らかになりました。

  • 心的対比を行うと、現在の状況が「現状」から「目標達成への障害」として再解釈されます。例えば、「忙しい」という状況が、単なる事実から「運動する時間がない」という具体的な障害として認識されるようになります。
  • 心的対比によって、これらの障害がより重要なものとして認識されるようになります。特に、目標達成への期待が高い場合、これらの障害はより大きな課題として捉えられ、それに対処する必要性が強く感じられるようになります。
  • 心的対比を行った人は、目標達成を妨げる可能性のある要因をより早く、より正確に認識できるようになります。例えば、学業成績の向上を目指す学生が、SNSの過度な使用を「時間の無駄遣い」として素早く認識できるようになります。
  • 現状を障害として意味づけることで、その障害に対処するための行動が促進されます。例えば、「運動する時間がない」という障害に対して、「朝30分早く起きて運動する」といった対策を立てやすくなります。

これまで述べてきたのと同様に、これらのプロセスは、目標達成への期待が高い場合に特に顕著に現れます。「自分にはできる」と思う場合、心的対比によって現状が障害として意味づけられ、それに対処するための行動が促進されます。

一方で、目標達成への期待が低い場合、心的対比は逆の効果をもたらすこともあります。現状が障害として意味づけられても、それを乗り越える自信がないため、目標追求をあきらめてしまいます。

この研究は心的対比が、私たちの現実認識を変えることを示しています。心的対比を意識的に行うことで、目標に対する障害をより明確に認識し、それに対処するための行動を起こすことができます。

もちろん、すべての現状を「障害」として捉えることが必ずしも有益とは限りません。時には現状を受け入れ、目標自体を見直すことも大切です。心的対比は目標達成のための一つの戦略であり、状況に応じて柔軟に活用することが求められます。

脚注

[1] Oettingen, G., Mayer, D., Timur Sevincer, A., Stephens, E. J., Pak, H. J., and Hagenah, M. (2009). Mental contrasting and goal commitment: The mediating role of energization. Personality and Social Psychology Bulletin, 35(5), 608-622.

[2] Cross, A., and Sheffield, D. (2019). Mental contrasting for health behavior change: A systematic review and meta-analysis of effects and moderator variables. Health Psychology Review, 13(2), 209-225.

[3] Johannessen, K. B., Oettingen, G., and Mayer, D. (2012). Mental contrasting of a dieting wish improves self-reported health behaviour. Psychology & Health, 27(2), 43-58.

[4] Sevincer, A. T., and Oettingen, G. (2013). Spontaneous mental contrasting and selective goal pursuit. Personality and Social Psychology Bulletin, 39(9), 1240-1254.

[5] Kappes, A., Wendt, M., Reinelt, T., and Oettingen, G. (2013). Mental contrasting changes the meaning of reality. Journal of Experimental Social Psychology, 49(5), 797-810.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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