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なぜブルシットが通用するのか:でたらめな言葉の威力と対策

コラム

現代の職場では、コミュニケーションの質が組織の成功において重要な役割を果たします。しかし、私たちは日々の業務の中で、時折「ブルシット」と呼ばれる現象に直面することがあります。

「ブルシット」とは、事実や真実よりも、印象や効果を重視した発言のことを指します。これは意図的な嘘ではなく、むしろ真実に対する無関心から生まれる曖昧な表現や主張を意味します。

例えば、部門の会議で「顧客は非常に満足しています」と言っても、その根拠となるデータや、どれだけ満足度が向上したのかを気にしていなければ、ブルシットとなり得ます。

本コラムでは、職場におけるブルシットという現象について考察します。なぜこのような発言が生まれるのか、どのような状況で発生しやすいのか、そしてどのような影響を与えるのかを検討します。より正確で生産的なコミュニケーションを実現するための方法についても考えていきます。

ブルシットを行うとき

ブルシットは日常の中で意外と頻繁に行われています。人々はどのような状況でブルシットを行うのでしょうか。研究によれば、ブルシットは特定の条件下で高まることがわかっています[1]

まず、知識不足がブルシットを引き起こす要因です。あるトピックについて十分な情報や理解がない場合、人は自信を持って確実な情報を提供できません。しかし、何かを言わなければならないプレッシャーがあると、曖昧で根拠のない発言をしてしまうことがあります。

例えば、会議で専門外の話題が出た時、何も言わないと無知と思われるかもしれません。そこで、断片的な知識や推測を基に、もっともらしい意見を述べてしまうことがあります。これがブルシットの例です。

次に、意見を述べる義務感がブルシットを促進します。沈黙が気まずく感じられたり、無能だと思われることを恐れたりします。そのため、十分な知識や確信がなくても何かを発言しなければならないと感じることがあります。このプレッシャーが、根拠のない発言や曖昧な主張を生み出します。

例えば、上司から突然意見を求められたとき、「わかりません」と言うのは難しいと感じるでしょう。十分な根拠がなくても、なんとなくもっともらしい意見を述べてしまうことがあります。

ブルシットが通用しやすい状況もこの行為を促進します。聞き手が無知だったり、批判的な思考をしなかったりする場合、ブルシットは見抜かれにくくなります。このような環境では、ブルシットを行うリスクが低くなるため、人々は気軽にブルシットを行うようになります。

例えば、専門知識のない聴衆にプレゼンテーションを行う場合、技術的な詳細を省略し、曖昧な表現で済ませてしまうことがあります。聴衆が内容を深く理解できないと思われると、正確さよりも印象を重視した表現を選ぶかもしれません。

説明責任の有無もブルシットの頻度に影響を与えます。自分の発言に対して厳しく追及される可能性が低い場合、人は気軽にブルシットを行います。逆に、異なる意見を持つ相手に対して説明責任がある場合、ブルシットは減少します。

例えば、カジュアルな会話の中では、厳密な事実確認なしに噂話を広めてしまうことがあります。しかし、公式な場や専門家の前での発表では、より慎重に言葉を選ぶでしょう。

これらの研究結果は、ブルシットが個人の性格や道徳性の問題に還元できるものではなく、状況に依存することを表しています。知識不足、社会的プレッシャー、説明責任の低さなど、様々な要因がブルシットを促進します。

ブルシットが有効となる条件

ブルシットは、特定の条件下で特に効果を発揮してしまうことがあります[2]。これらの条件を理解することは、ブルシットに騙されやすい理由やそれを防ぐ方法を考える上で重要です。

まず、論理的に弱い主張や根拠の乏しい主張の場合、ブルシットが効果を発揮しやすい傾向があります。説得力が弱い主張であっても、ブルシットを駆使することで、その弱点を隠し、より説得力のあるものに見せかけることができます。

例えば、新製品の売り上げ予測において、具体的なデータや市場分析に基づかない楽観的な見通しを述べる場合を考えてみましょう。「この製品は間違いなくヒットします。市場を席巻するでしょう」といった抽象的で大げさな表現を使うことで、根拠の乏しさを隠すことができます。

一方で、強い根拠や十分な証拠に基づいた主張の場合、ブルシットは逆効果になる可能性があります。具体的で説得力のある情報があるにもかかわらず、それを曖昧な表現で覆い隠してしまうと、かえって信頼性を損なうからです。

次に、情報源の魅力もブルシットの効果に影響を与えます。魅力的な情報源、例えば知名度の高い人物や権威のある立場の人が発するブルシットは、受け入れられやすいものです。これは、人々が情報の内容よりも、誰がそれを言っているかに注目するためです。

例えば、有名な経営者が「成功の秘訣は朝5時に起きることだ」と言えば、その根拠が薄弱であっても、多くの人がその言葉を信じてしまうかもしれません。情報源の魅力や権威が、言葉の内容の曖昧さを覆い隠します。

受け手の情報処理の仕方もブルシットの効果に影響を与えます。人々が情報を表面的に処理する場合、ブルシットは強い効果を発揮します。深く考えずに情報を受け取ることで、その内容の曖昧さや根拠の乏しさに気づきにくくなるためです。

例えば、忙しい日常の中で、ニュースの見出しだけを読んで内容を判断することがあります。このような表面的な情報処理は、センセーショナルな見出しや印象的なフレーズを用いたブルシットの温床となりやすいと言えます。

一方で、人々が情報を深く処理する場合、すなわち批判的に考え、根拠を求める場合、ブルシットの効果は減少します。深い情報処理は、ブルシットに含まれる曖昧さや矛盾を明らかにする可能性が高いからです。

情報の提示方法もブルシットの受容性に影響を与えます。例えば、読みにくいフォントで提示された情報は、読みやすいフォントで提示された情報よりも、批判的思考を促進します。読みにくさが情報処理に対する注意を喚起し、深い分析を促すためだと考えられています。

ブルシットが深遠に聞こえる状況

ブルシットが深遠に聞こえる状況について、興味深い知見が提供されています。特に、個人が意味を求める動機や社会的な状況が、ブルシットの受容性にどのように影響するかが明らかになっています[3]

まず、象徴的意味の脅威がブルシットの受容性を高めることがわかっています。人々が世界の秩序や一貫性が脅かされていると感じると、無意味な情報でさえも深遠に感じます。

例えば、大きな社会変動や個人的な危機に直面したとき、人々は不安や不確実性を感じます。このような状況下では、「すべては宇宙の計画の一部です」といった抽象的で曖昧な言葉が、通常よりも深い意味を持つように感じられることがあります。不安定な状況下で意味や秩序を求める心理的ニーズが高まるためです。

社会的排除の経験もブルシットの受容性を高める要因となります。他者から排除されたり、孤立感を覚えたりすると、人々は自己尊重や帰属感に対する脅威を感じます。このような状態では、ブルシットに対して敏感になります。

例えば、新しい環境に馴染めず孤独を感じている人が、「あなたの魂は特別な輝きを放っている」といった抽象的な褒め言葉を深く受け止めてしまうことがあります。社会的つながりを求める心理が、曖昧な言葉にも意味を見出そうとします。

一方で、認知的な要因もブルシットの受容性に影響を与えます。特に、情報の処理のしやすさが重要な役割を果たします。興味深いことに、情報が難解に提示されることで、かえって批判的思考が活性化される場合があります。

例えば、簡単に理解できる言葉で書かれたブルシットは、そのまま受け入れられますが、難解な専門用語や複雑な構文で書かれた場合、人々はその内容をより慎重に吟味しようとします。難解さが注意を喚起し、より深い思考を促すからです。

危機的状況や大きな変化の時期には、人々がブルシットに惑わされやすくなります。このような時期には、特に注意深くコミュニケーションを行い、明確で具体的な情報を提供することが重要です。また、社会的なつながりを強化し、個人が孤立感を感じないような環境づくりも、ブルシットの影響を軽減する上で効果的でしょう。

情報の提示方法についても工夫の余地があります。重要な情報を伝える際には、単に分かりやすく伝えるだけでなく、適度な難解さを含めることで、受け手の批判的思考を促進することができるかもしれません。

ブルシットへの対策

ブルシットは現代社会において深刻な問題となっていますが、幸いにも、これに対処するための方法が探索されています。特に職場におけるブルシットへの対策について、興味深い知見が得られています[4]

ブルシットに対処するための重要なステップとして、「C.R.A.P.」フレームワークが提案されています。これは、Comprehend(理解する)、Recognize(認識する)、Act(対処する)、Prevent(予防する)の頭文字を取ったものです。

「理解する」ステップでは、ブルシットの本質を把握します。ブルシットとは単なる嘘ではなく、真実に対する無関心から生まれる曖昧な言説や情報であることを認識する必要があります。

「認識する」ステップでは、実際に組織内で発生しているブルシットを識別します。これには、抽象的で検証不可能な主張や、具体的なデータや証拠が欠如している発言に注目することが含まれます。

「対処する」ステップでは、認識されたブルシットに対して具体的な行動を起こします。これには、証拠や具体例を求めたり、代替案を提示したりすることが含まれます。例えば、「その主張の根拠となるデータはありますか」と質問したり、「別の視点から考えると、このような可能性もあるのではないですか」と提案したりすることができます。

「予防する」ステップでは、将来的にブルシットが発生しないような環境を作ります。これには、批判的思考を奨励する組織文化の醸成や、透明性の高いコミュニケーションの促進が含まれます。

次に、ブルシットが広まりやすい要因についても理解を深める必要があります。研究によると、個人的な利益と確認バイアスがブルシットの受容を促進することがわかっています。ブルシットが自分の利益に合致していたり、既存の信念を支持したりする場合、人々はそれを受け入れやすくなります。

例えば、ある社員が「このプロジェクトは必ず成功する」という話を聞いたとき、プロジェクトの成功が自分の昇進につながると考えれば、その主張を批判的に検討せずに受け入れてしまうかもしれません。

発信者の信頼性もブルシットの拡散に影響を与えます。信頼されている人物や権威のある立場の人がブルシットを発すると、それが広まりやすくなります。例えば、尊敬されている上司が曖昧な根拠に基づいて楽観的な見通しを述べた場合、多くの部下がその見解を疑問視せずに受け入れてしまうかもしれません。

これらの要因を理解した上で、対策を講じることが重要です。具体的には、次のような方法が考えられます。

  • 組織全体で、主張や決定に対して根拠を求めることを習慣化する
  • 社員に対して、情報を批判的に分析するスキルを身につけるための研修を実施する
  • 情報共有のプラットフォームを整備し、意思決定のプロセスを可能な限り透明化する
  • 異なる意見や見方を積極的に求め、議論する文化を作る
  • 情報を発信する際には、その根拠や限界を明確にすることを奨励する
  • ブルシットを指摘したり、質の高い情報提供を評価したりするためのフィードバックの仕組みを導入する
  • 組織のリーダーが率先して証拠に基づく意思決定を行い、自身の発言に対しても批判的な検討を歓迎する姿勢を示す

これらの対策を組織に導入することで、ブルシットの影響を最小限に抑え、より健全で生産的なコミュニケーション環境を築くことができるでしょう。ただし、完全にブルシットをなくすことは困難です。重要なのは、組織のメンバーがブルシットの存在を認識し、それに対処する能力を持つことです。

本コラムでは、ブルシットという現代社会における重要な現象について、多角的に検討してきました。ブルシットが行われる状況、ブルシットが効果を発揮する条件、ブルシットが深遠に聞こえる状況、そしてブルシットへの対策について、研究知見を基に解説しました。

ブルシットは現代社会の避けがたい現象かもしれませんが、それに対する理解を深め、適切に対処する能力を身につけることで、私たちはより良いコミュニケーションを実現することができるでしょう。

 脚注

[1] Petrocelli, J. V. (2018). Antecedents of bullshitting. Journal of Experimental Social Psychology, 76, 249-258.

[2] Petrocelli, J. V. (2021). Bullshitting and persuasion: The persuasiveness of a disregard for the truth. British Journal of Social Psychology, 60(4), 1464-1483.

[3] Brown, M., Keefer, L. A., and McGrew, S. J. (2019). Situational factors influencing receptivity to bullshit. Social Psychological Bulletin, 14(3), 1-24.

[4] McCarthy, I. P., Hannah, D., Pitt, L. F., and McCarthy, J. M. (2020). Confronting indifference toward truth: Dealing with workplace bullshit. Business Horizons, 63(3), 253-263.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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