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コラム

身近な”でたらめ話”の影響:ブルシット研究が明かす実態

コラム

 「ブルシット」という言葉があります。この言葉は一見、ただの悪口のように思えますが、実は社会科学の分野で研究されている概念です。

ブルシットとは、真実や事実を無視し、誤解を招くようなコミュニケーションを指します。日本語では「たわごと」や「でたらめ」といったニュアンスに近いかもしれません。単なる嘘とは異なるものです。

なぜブルシットが注目されるのでしょうか。それは、私たちの社会や組織において、ブルシットが思った以上に影響を与えているからです。SNSの普及やAIの発展により、情報の真偽を見極めるのが難しくなっている現代において、ブルシットの問題はますます深刻になっています。

本コラムでは、ブルシットに関する研究知見を紹介し、この現象が私たちの生活や仕事にどのような影響を与えているのか、そしてどう対応すべきかを考えます。日常におけるブルシットの測定から、組織におけるブルシットの影響、さらにはブルシットが個人や組織に長期的にどんな影響を及ぼすのかまで、幅広い視点からこの問題に迫ります。

日常のブルシットを測定する

私たちの生活の中で、ブルシットはどれほど頻繁に起こっているのでしょうか。この疑問に答えるために、研究者たちは「ブルシット頻度尺度(Bullshitting Frequency Scale: BSF)」という測定方法を開発しました[1]

この尺度は、日常的な状況をもとにした18の質問項目で構成されています。例えば、「十分な知識がない話題について、あたかも詳しいかのように話すことがある」という項目に対して、回答者は自分の行動を5段階で評価します。これにより、個人がどれほどブルシットを行う傾向があるかを数値化できます。

研究の結果、ブルシットの頻度が高い人には、いくつかの特徴があることがわかりました。まず、誠実さや社会的望ましさが低い傾向にあります。自分の言動に対する倫理的な配慮が少ない人ほど、ブルシットを頻繁に行う可能性が高いのです。

認知能力の低さとブルシットの頻度には関連があることもわかりました。これは、知識や理解が不足していると、それを補うためにブルシットが使われる可能性があることを示しています。複雑な話題について十分な知識がない場合、その不足を隠すために、もっともらしい言葉でごまかそうとするのかもしれません。

ブルシットの頻度が高い人は、自分の知識や能力を過剰に主張する傾向も明らかになりました。これは、自己評価が過剰な人ほど、実際の能力以上のことを語ろうとすることを表しています。

しかし、ブルシットは必ずしも悪意から行われるものではありません。研究者たちは、ブルシットを「説得的ブルシット」と「回避的ブルシット」の2種類に分類しています。

説得的ブルシットは、他人を説得したり、自分の印象を良くしたりするために行われるものです。例えば、就職面接で自分の能力を少し誇張して話す場合がこれに当たります。一方、回避的ブルシットは、社会的なコストを避けるために行われます。例えば、難しい質問に対して、はっきりとした回答を避け、あいまいな言葉でごまかす場合です。

これら2種類のブルシットは、異なる心理的特性と関連しています。説得的ブルシットは、知識の誇張と強く結びついています。自分を有能に見せたいという欲求が強い人ほど、この種のブルシットを行うということです。

一方、回避的ブルシットは、社会的に不安定な状況における回避的な反応と関連しています。対人関係でのストレスを避けたい人や、衝突を恐れる人がこの種のブルシットを多用することを示唆しています。

組織のブルシットを測定する

多くの人が日々を過ごす職場でも、ブルシットは存在します。組織の中でブルシットはどのように認識され、どのような影響を及ぼしているのでしょうか。この疑問に答えるために、研究者たちは「組織的ブルシット認識尺度(OBPS: Organizational Bullshit Perception Scale)」という尺度を開発しました[2]

この尺度は、組織内でのブルシットを体系的に理解するために設計されました。組織内のブルシットを「真実に対する配慮」「上司」「ブルシット言語」の3つの因子に分類しています。これらの因子を詳しく見ていくことで、組織内でのブルシットの実態が見えてきます。

まず、「真実に対する配慮」の因子は、組織内での意思決定がどれほど事実や証拠に基づいて行われているかを評価します。この因子が低い場合、組織内で真実が軽視され、感情や個人的な利益に基づいた意思決定が行われている可能性が高いと言えます。

次に、「上司」の因子は、上司がどの程度ブルシットの源となっているかを測定します。この因子が高い場合、上司が自己利益を優先し、真実を歪めたり無視したりすることを意味しています。

最後に、「ブルシット言語」の因子は、組織内で使われる専門用語や略語がどれほどコミュニケーションの妨げになっているかを評価します。例えば、「普通の言葉で説明できることをわざわざ専門用語で話すことで、他者を混乱させる」といった状況が含まれます。この因子が高い場合、組織内のコミュニケーションが不透明で、実質的な意味が失われている可能性があります。

ブルシットは職務満足に悪影響

組織内のブルシットは、従業員の職務満足度に影響を与えます。ある研究では、組織内のブルシットと従業員の職務満足度の関係が調査されました[3]。組織が意思決定において真実を無視したり、上司がブルシットを行ったりする場合に、従業員の満足度がどのように変化するかが明らかになりました。

まず、組織が真実を無視する傾向が強いほど、従業員の職務満足度が低下することが確認されました。これは、組織の意思決定プロセスにおいて、事実やデータよりも感情や個人的な利益が優先される状況を指します。例えば、明らかに失敗しそうなプロジェクトでも、上層部の意見を優先して進めるような場合です。

このような状況では、従業員は自分の意見や専門知識が尊重されていないと感じ、仕事への意欲が低下します。組織の方向性に対する不安や、自分の努力が正当に評価されないのではないかという懸念も生じるでしょう。

次に、上司のブルシットが増えるほど、従業員の職務満足度が低下することも明らかになりました。上司のブルシットとは、例えば、上司が自分の立場や利益を守るために真実を歪めたり、無視したりすることを指します。上司が自分のプロジェクトを守るために、実際のデータに反する楽観的な報告を行うような行為が該当します。

このような上司の行動は、部下との信頼関係を損ない、職場の雰囲気を悪化させます。部下は上司の言動に疑問を感じながらも、直接的に異議を唱えることができず、ストレスを抱えることになるでしょう。上司の不誠実な行動を目の当たりにすることで、組織全体への信頼も低下し、仕事へのモチベーションが下がる可能性があります。

他方で、組織内での専門用語や略語の使用(ブルシット言語)が増えると、逆に職務満足度が上がるという予想外の結果も得られました。これは一見矛盾しているように思えますが、専門用語や略語の使用が必ずしもネガティブな影響を与えるわけではないことを意味しています。

一つの可能性として、専門用語や略語の使用が、従業員に組織の一員としての所属感や専門性を感じさせる効果があるのかもしれません。特に、高度な専門性が求められる職場では、こうした言語の使用が逆に仕事への満足感を高める可能性があります。

しかし、この結果については慎重に解釈する必要があります。専門用語や略語の過度な使用は、組織内のコミュニケーションを阻害し、新入社員や部門外の人々を疎外する可能性もあるからです。したがって、適度な使用が職務満足度を高める可能性はあるものの、過剰な使用は逆効果になる可能性があるとも考えられます。

もっともらしい言葉に騙される

ブルシットは、それを行う人にとっても、受け取る人にとっても、思わぬ影響を及ぼします。特に興味深いのは、ブルシットを頻繁に行う人々が、ブルシットに騙されやすいという現象です。これは「You can’t bullshit a bullshitter」(ブルシッターはブルシットに騙されない)という一般的な俗説を覆す発見であり、ブルシットの複雑な性質を示しています。

研究者たちは、ブルシットを頻繁に行う人々が、様々な種類の誤解を招く情報に対してどのように反応するかを調査しました[4]。その結果、説得的なブルシット(他者を説得するためのブルシット)を頻繁に行う人々は、擬似深遠な言説や科学的な偽情報、フェイクニュースといった誤情報に対して特に敏感であることが分かりました。ブルシットを行う人ほど、ブルシットに騙されやすいのです。

このような結果が生じた理由を理解するには、ブルシットを行う人々の心理を考える必要があります。

まず、説得的なブルシットを頻繁に行う人々は、表面的な魅力やもっともらしさに強く引き付けられます。自分自身のブルシットを作り出す際に、深い分析や批判的思考を避け、見かけ上のもっともらしさに依存します。その結果、他人のブルシットに対しても同様のアプローチを取り、表面的な魅力に惹かれやすくなるのです。

例えば、「全宇宙の静けさは永遠の真実を反映している」といった、一見深遠に聞こえるが実際には意味のない言葉(擬似深遠な言説)に対して、ブルシッターは特に弱いことが分かっています。このような言葉の表面的な魅力に惹かれ、その背後にある実質的な意味の欠如を見抜くことができないのです。

ブルシットを頻繁に行う人々は、自分の知識や能力を過大評価する傾向もあります。これは、自分の作り出した情報の質を正確に評価できないことを意味します。その結果、他人のブルシットに対しても同様の甘い評価を適用し、その信憑性を過大評価してしまいます。

研究では認知能力や分析的思考の関与も指摘されています。認知能力が低く、批判的思考が弱い人ほど、ブルシットを生み出し、またそれに騙されやすいということです。深い分析や批判的な評価を行う能力が、ブルシットの生成と受容の両方に影響を与えていることを示唆しています。

しかし、全てのブルシットが同じように機能するわけではありません。研究では、説得的なブルシットと回避的なブルシットが異なる影響を持つことも明らかになっています。

回避的なブルシットを行う人々は、むしろ誤情報に対して免疫を持っている可能性があります。社会的な状況を慎重に評価し、リスクを回避するためだと考えられます。全てのブルシットが同じように問題を引き起こすわけではなく、その種類や文脈によって影響が異なるのです。

ブルシットは内的に脆弱化を招く

ブルシットは、短期的には組織や個人にとってプラスの効果をもたらすことがあります。しかし、長期的に見ると、ブルシットは組織を内側から弱体化させる可能性があります[5]。この現象を詳しく見ていきましょう。

まず、ブルシットが組織にもたらす短期的な利点について考えてみましょう。ブルシットは、組織のイメージを向上させたり、従業員の自信を高めたりする効果があることが指摘されています。

例えば、組織が新しいマネジメント手法やトレンドに対応しているかのように見せかけることで、外部のステークホルダーや顧客から「先進的な組織」として認識されることがあります。従業員が自らの役割や成果を過大評価する発言を繰り返すことで、実際の業績以上に自己評価を高め、一時的に生産性が向上することもあるでしょう。

ブルシットは組織の正当性を強化する効果もあります。例えば、新しい規制に「完全に準拠している」と表現することで、当局や投資家からの信頼を得ることができるかもしれません。このように、ブルシットは組織の外部評価を高め、短期的には組織にとって有利に働く場合があります。

しかし、これらの短期的な利点は、長期的には深刻な問題を引き起こしかねません。ブルシットが組織内に蔓延すると、次のような問題が生じ得ます。

  • ブルシットによって見せかけのプロジェクトに資源を投入する一方で、本来重要な業務やが後回しにされることがあります。例えば、新しいITシステムを導入すると言いながら、実際にはその開発や展開がほとんど進んでいないような状況です。資源が本来の業務から逸脱することで、長期的には組織の生産性が低下し、競争力が損なわれます。
  • 組織内でブルシットが蔓延すると、従業員が自分たちの仕事が価値のあるものであるという感覚を失うことがあります。例えば、ミーティングや報告書が形式的なものに過ぎないと感じるようになると、仕事へのモチベーションが低下します。従業員が自分の仕事に誇りを持つことができなくなり、組織への帰属意識が薄れることで、従業員の離職率が上昇します。
  • 組織がブルシットを通じて利害関係者に対して虚偽の情報を提供し続けると、最終的にはその嘘が露呈し、信頼が崩壊することがあります。信頼を失った結果、協力や支援が減少し、組織の存続が危機にさらされる可能性があります。短期的な成功を追求するあまり、長期的な関係を犠牲にする典型的なリスクです。
  • ブルシットが日常的に行われる組織では、誠実さや透明性といった価値観が失われていきます。このような環境では、従業員は真実を語ることよりも、上手くブルシットを行うことに価値を見出すようになるかもしれません。その結果、組織全体の倫理観が低下し、長期的には組織の評判や業績に悪影響を及ぼします。
  • ブルシットが蔓延する組織では、真の問題や課題が隠蔽されやすくなります。組織が直面している課題に取り組む機会が失われ、イノベーションや改善が阻害されます。長期的には、この状況が組織の競争力低下につながる恐れがあります。
  • ブルシットに基づいた情報や報告が組織内で流通すると、正確な情報に基づいた意思決定が困難になります。組織の戦略立案や重要な判断に悪影響を及ぼし、長期的には組織の方向性を誤らせます。

これらの問題は、組織を内側から弱体化させる要因となります。表面的には成功しているように見える組織でも、内部ではこれらの問題が進行し、長期的には深刻な危機に直面し得るということです。

脚注

[1] Littrell, S., Risko, E. F., and Fugelsang, J. A. (2021). The bullshitting frequency scale: Development and psychometric properties. British Journal of Social Psychology, 60(1), 248-270.

[2] Ferreira, C., Hannah, D., McCarthy, I., Pitt, L., and Lord Ferguson, S. (2022). This place is full of it: Towards an organizational bullshit perception scale. Psychological Reports, 125(1), 448-463.

[3] Fallatah, M. (2023). This is bullshit: The relationship between organizational bullshitting and employee job satisfaction. Social Sciences, 12(11), 636.

[4] Littrell, S., Risko, E. F., and Fugelsang, J. A. (2021). ‘You can’t bullshit a bullshitter’(or can you?): Bullshitting frequency predicts receptivity to various types of misleading information. British Journal of Social Psychology, 60(4), 1484-1505.

[5] Spicer, A. (2013). Shooting the shit: The role of bullshit in organisations. M@n@gement, 16(5), 653-666.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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