2024年9月17日
印象管理は諸刃の剣:人間関係を深める力と壊す危険
私たちは日々、他人に良い印象を与えようとしていますが、この「印象管理」という行為は、時に思わぬ結果を招くことがあります。努力した結果が、期待とは逆の印象を与えてしまうことがあるのです。
なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。また、どうすれば効果的に自分を表現できるのでしょうか。本コラムでは、印象管理に関する研究知見を紹介し、このテーマを掘り下げます。
印象管理が失敗する理由、職場における影響、さらには友人に対して行う印象管理など、さまざまな角度から考察していきます。
印象管理の複雑なメカニズムを理解することで、より自然で効果的なコミュニケーションの方法が見えてくるかもしれません。
実はうまくいっていない側面も
私たちは他人に良い印象を与えようとしていますが、その努力が必ずしも望んだ結果をもたらすとは限りません。むしろ、印象管理が失敗することも少なくありません。なぜ、そうなるのでしょうか。
印象管理の失敗には、二つの要因があると指摘する研究があります[1]。一つは「視点取得の失敗」、もう一つは「ナルシシズム」です。
視点取得(パースペクティブ・テイキング)とは、他人の立場に立って物事を考えることです。自分の行動が相手にどう映るかを予測できないことはよくあります。例えば、自分の成功談を語って良い印象を与えようとしても、相手には自慢話に聞こえるかもしれません。これは、相手の視点に立って考えることができていないからです。
人々が自分の行動を評価するとき、他人が評価する場合よりも好意的に判断する傾向があります。私たちは自分の行動が相手に与える印象を過大評価しがちです。この「錯覚」が、印象管理の失敗につながることがあります。
ナルシシズムも印象管理の失敗の一因です。ナルシシズムとは、自分に対する過度の愛着や重要感のことを指します。ナルシシスト傾向が強い人は、自分の能力や魅力を誇張して表現しがちです。例えば、会議で自分の意見を主張する際、他の参加者にどう受け取られるかを考えずに振る舞うかもしれません。結果として「自己中心的な人」という印象を与えてしまいます。
印象管理の失敗は、具体的にどのような形で現れるのでしょうか。
- 自分の成功や能力を過度に強調することで、かえって相手に不快感を与える
- 「私なんて大したことない」と言いながら、実際には自分の業績を誇示しようとする。不誠実さとして受け取られる
- 言動に一貫性がなく、状況によって態度を変える。信頼性を損なう結果になる
- 相手を褒めているようで、実は自分の優位性を示そうとする。例えば、「あなたの報告書、私が手直しすることでずっと良くなったね」という発言など
これらの行動は、本人は良い印象を与えようとしているにもかかわらず、逆効果になってしまいます。
印象管理の失敗は、私たちの職業生活に影響を与えます。良い印象を与えようとして失敗すると、周囲との関係性を損なったり、自分の評価を下げたりすることになりかねません。
しかし、このような失敗は避けられないものではありません。他者の視点に立って考え、自己中心的な思考を避けることで、より効果的な印象管理が可能になります。相手の反応を注意深く観察し、自分の行動が与える印象を評価する習慣をつけることが大切です。
また、完ぺきな印象管理を目指すのではなく、自然体で接することも大事です。過度に印象を操作しようとするよりも、誠実さと一貫性を持って行動することで、長期的には良い人間関係を築くことができるでしょう。
自我枯渇が起こり、逸脱行動につながる
印象管理は、職業生活の中でよく行われる行為です。職場では、上司や同僚に良い印象を与えようとすることが多いのですが、この努力が思わぬ結果を招くことがあります。具体的には、印象管理が「自我枯渇」を引き起こし、それが逸脱行動につながる可能性があります[2]。
自我枯渇とは、自制心や意志力が一時的に低下する状態を指します。私たちの自制心は限りある資源であり、それを使い果たすと、その後の行動をコントロールすることが難しくなります。印象管理は、この自制心を大量に消費する行為の一つなのです。
中国のソフトウェア企業で行われた研究では、従業員が上司に対して行う「ご機嫌取り」や「自己宣伝」といった印象管理が、自我枯渇を引き起こすことが明らかになりました。例えば、上司の機嫌を損ねないように気を遣ったり、自分の業績を積極的にアピールしたりすることは、疲れる作業なのです。
自我枯渇が起こると、従業員は職場での規則違反や非生産的な行動、すなわち「逸脱行動」を取りやすくなります。例えば、仕事をサボったり、会社の備品を私的に使用したり、同僚に対して失礼な態度を取ったりするなどの行動が増える可能性があります。
なぜ、印象管理が自我枯渇を引き起こすのでしょうか。それは、印象管理が本来の自分とは異なる行動をとることを要求するからです。例えば、実際は批判的な意見を持っていても、上司の前では同意するふりをするといった行動は、大きな精神的エネルギーを必要とします。自分の本当の感情を抑えて、笑顔で接することも、自制心を消耗させます。
この研究では「政治的スキル」の高さが、印象管理による自我枯渇の影響を和らげることも分かりました。政治的スキルとは、他者の感情や行動を上手く察知し、それに効果的に対応する能力のことです。政治的スキルが高い従業員は、印象管理をより効率的に行うことができるため、自我枯渇の影響を受けにくいのでしょう。
例えば、政治的スキルの高い従業員は、上司の気分や状況を読み取り、効果的なタイミングで印象管理を行うことができます。自然な形で自己宣伝を行うなど、あからさまな印象操作を避けることで、自制心の消耗を最小限に抑えることができます。
マネージャーは従業員の印象管理行動が持つ負の側面を理解し、過度の印象管理を要求しない職場環境を作ることが求められます。オープンで誠実なコミュニケーションを奨励し、従業員が自然体で仕事ができる雰囲気を作ることが、長期的には組織にとって有益でしょう。
印象管理は避けられない社会的行動ですが、それが持つ負の側面にも注意を払わなければなりません。自我枯渇を引き起こし、逸脱行動につながる可能性があることを認識し、より健全で持続可能な方法で他者と関わりましょう。
印象管理が失敗する理由とは
他にも印象管理の失敗する理由があります。「対人的動機」と「心理内動機」です[3]。
対人的動機とは、他人から好かれたり、尊敬されたりすることを目的とした動機のことです。例えば、相手に褒め言葉をかけて好印象を与えようとする行為がこれに当たります。しかし、この動機が強すぎると、かえって相手に不自然さや不誠実さを感じさせてしまうことがあります。
例えば、上司に対して必要以上に褒め言葉を連発する部下がいるとします。この部下は上司に好印象を与えようとしていますが、上司には「ごますり」に見えてしまうかもしれません。結果として、部下の印象管理は失敗し、逆効果になってしまいます。
心理内動機とは、自分の感情や認知状態を他人に投影し、相手の反応を誤って予測してしまうことを指します。自分が感じていることや考えていることを、相手も同じように感じたり考えたりしているはずだと思い込んでしまうのです。
例えば、自分が達成した成果について話すとき、「自分はこの成果を誇りに思っているから、相手もきっと喜んで聞いてくれるはず」と考えることがあります。しかし、実際には相手はその話を自慢話として受け取り、不快に感じるかもしれません。このように、自分の感情を相手に投影することで、印象管理が失敗することがあります。
印象管理が失敗する根本的な理由は、私たちが「好かれたい」と「尊敬されたい」という、相反する欲求を同時に満たそうとすることにあります。好かれたいがために謙虚に振る舞うと、能力や成果をアピールできず、尊敬を得ることが難しくなります。逆に、尊敬されたいがために自己宣伝をすると、自己中心的だと思われ、好かれにくくなります。
印象管理の効果は上司次第
印象管理は、特に職場において重要な役割を果たしますが、その効果は必ずしも一様ではありません。印象管理の成否は、上司がそれをどのように受け取るかに左右されます。この点について、中国の大手国有企業で行われた研究があります[4]。
研究では、従業員の雇用不安と印象管理の関係、そしてそれらが業績評価にどのような影響を与えるかが調査されました。
まず、雇用不安を感じている従業員は、より積極的に印象管理を行うことが分かりました。これは理解しやすい結果です。自分の立場が不安定だと感じれば、上司に良い印象を与えようと努力するのは自然なことです。例えば、上司の前では特に熱心に働いたり、自分の成果を積極的にアピールしたりするかもしれません。
しかし、興味深いのは、この印象管理が必ずしも望んだ結果をもたらすとは限らない点です。研究では、上司の好感度が高い場合、印象管理は雇用不安を軽減する効果があることが検証されました。上司に好かれている従業員が印象管理を行うと、自分の立場がより安定したと感じられます。
ところが、業績評価に関しては、結果が一致しませんでした。上司に好かれていても、それが必ずしも高い業績評価につながるわけではないのです。一般的に、上司に好かれていれば高い評価を得やすいと考えがちですが、実際にはそう単純ではないようです。
何が業績評価を左右するのでしょうか。研究によると、重要なのは上司が従業員の印象管理をどのように解釈するかです。特に、上司がその行動を「利他的な動機」によるものだと捉えた場合、従業員はより高い業績評価を受けることが分かりました。
「利他的な動機」とは、組織や他のメンバーの利益を考えて行動することを意味します。例えば、チームの目標達成のために熱心に働く、同僚を助ける、会社の評判を高める行動などが該当します。上司がこのような動機を従業員の行動に見出した場合、その従業員をより高く評価する傾向があるのです。
単に上司に取り入ろうとしたり、自己宣伝に終始したりするのではなく、組織全体の利益を考えた行動を取ることが重要だということです。それが結果的に、自分の評価にもつながります。
利他的な目的のためになされることも
印象管理というと、自己中心的な行動だと思われがちですが、必ずしも利己的な目的だけで行われるわけではありません。他者を助けるため、つまり利他的な目的で行われることもあります。
この現象を明らかにした研究があります。人々が友人のアイデンティティに関する情報を戦略的に調整することで、友人に利益をもたらす印象管理を行うことを提示しました[5]。具体的には、次のような状況で友人のための印象管理が行われます。
- 研究参加者は、魅力的な異性に対して友人を一貫してポジティブに描写しました。例えば、相手が外向的な人を好む場合は友人を外向的に、内向的な人を好む場合は内向的に描写するなどです。これは、友人にとって良い印象を与え、恋愛のチャンスを増やすための戦略だと考えられます。
- 友人が重要な面接を控えている場合、参加者は友人をよりポジティブに描写しました。例えば、友人の認知能力を特に高く評価したり、友人のパフォーマンスが劣っている場合でも、その原因を外的要因に帰属させたりしました。これは、友人の成功を助けるための戦略だと考えられます。
これらの行動は、友人に利益をもたらすことを目的とした印象管理と言えます。印象管理は自分のためだけでなく、親しい他者のためにも行われるのです。友人のために印象管理を行う理由はいくつか考えられます。
- 友人のために印象管理を行うことで、その友人との関係がより強固になる可能性がある
- 友人の成功や幸福は、間接的に自分にも利益をもたらす。例えば、友人が良い仕事を得れば、自分のネットワークも広がる可能性がある
- 親しい友人の幸せを願う気持ちから、自然と友人のための印象管理を行うことがある。これは人間の共感能力や思いやりの表れと言える
印象管理は、自己利益のためだけでなく、他者を助けるために行われることもあるという事実は、人間関係の複雑さと豊かさを示しています。私たちは他者の幸福や成功を願い、それを助けようとする存在でもあります。
とはいえ、印象管理には常に誠実さとのバランスが求められます。他者を助けたいという善意から始まったとしても、過度の情報操作は信頼関係を損ないかねません。また、現実とかけ離れた印象を与えることは、長期的には問題を引き起こす可能性があります。
脚注
[1] Steinmetz, J., Sezer, O., and Sedikides, C. (2017). Impression mismanagement: People as inept self‐presenters. Social and Personality Psychology Compass, 11(6), e12321.
[2] Klotz, A. C., He, W., Yam, K. C., Bolino, M. C., Wei, W., and Houston III, L. (2018). Good actors but bad apples: Deviant consequences of daily impression management at work. Journal of Applied Psychology, 103(10), 1145-1154.
[3] Sezer, O. (2022). Impression (mis) management: When what you say is not what they hear. Current Opinion in Psychology, 44, 31-37.
[4] Huang, G. H., Zhao, H. H., Niu, X. Y., Ashford, S. J., and Lee, C. (2013). Reducing job insecurity and increasing performance ratings: Does impression management matter? Journal of Applied Psychology, 98(5), 852-862.
[5] Schlenker, B. R., and Britt, T. W. (1999). Beneficial impression management: Strategically controlling information to help friends. Journal of Personality and Social Psychology, 76(4), 559-573.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。