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コラム

挑戦を恐れないチームのつくり方:リスクと挑戦に関する研究からの検討(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20248月にセミナー「挑戦を恐れないチームのつくり方:リスクと挑戦に関する研究からの検討」を開催しました。

新しいことに挑戦しようとするとき、多くの場合にリスクが伴います。リスクをとることは、挑戦する本人だけでなくチームにも影響を及ぼします。リスクと挑戦には共通点もありますが、その背景にある動機や、そこから得られる学びには違いがあるのです。

このセミナーでは、心理学の知見をもとに、リスク行動と挑戦的行動の違いに焦点を当てます。それぞれの行動の背後にある思考プロセスや動機の違いに注目し、チームにもたらす影響や、挑戦を促す方法について考察します。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

リスク行動と挑戦的行動

最初に「リスク行動」と「挑戦的行動」についてお話しします。これらは似ている部分もあれば、異なる部分もあります。リスク行動は減らしたい一方で、挑戦的行動は増やしたいと考える方が多いのではないでしょうか。このような場合、まずはこの二つの行動を区別する必要があります。研究に基づいた観点から、これらの行動を区別する方法を考えてみましょう。

最初に紹介したいのは認知バイアスです。リスクに対する人々の判断には、さまざまな認知バイアスが影響を与えることが知られています。認知バイアスとは、思考の偏りや、個人の持っている思考の癖のようなものです。この認知バイアスが、リスク行動と挑戦的行動の違いに影響を与えるのです。

一例としてヒューリスティックバイアスを挙げます。これは、複雑で不確実な状況において、人々が自身の経験則に基づくことで思考の偏りが生じることを示しています。例えば、投資家が自分の知識や能力を過大評価し、実際のリスクを過小評価してしまい、より積極的に意思決定を行うことがあるのです。

次にリスクテイクについて考えてみましょう。従来のリスク行動に関する研究では、リスクテイク、つまりリスクを取る行為のネガティブな側面に焦点が当てられてきました。リスクという言葉自体が避けたいものを示すため、ネガティブな側面が強調されてきたのです。しかし近年、ポジティブ心理学の発展とともに、挑戦的で適応的なリスクテイクの重要性が強調されるようになってきました。ここでは特に「ポジティブリスクテイキング」という概念に注目したいと思います。

ポジティブリスクテイキングの研究のなかで、リスクテイクが2種類に分類されています。一つは、ネガティブなリスクテイクと見なされるもので、無謀さや身の危険を伴い、社会的に望ましくない内容を含むものです。もう一つは、ポジティブなリスクテイクと見なされるもので、個人の成長や周囲との関係構築に繋がり、失敗も価値ある経験と見なされ、社会的に受け入れられる内容を含みます。このように2種類のリスクテイクを区別することで、リスク行動と挑戦的行動の違いを理解する手がかりとなります。

ポジティブリスクテイキングは、成功すれば有益な結果をもたらし、失敗しても健康や安全に深刻な影響を与えず、法的にも社会的にも支持される行動を含むという特徴があります。具体的な例として、若手社員にインターンシッププロジェクトを任せることや、新しいシステムを導入することが挙げられます。これらは失敗のリスクもありますが、挑戦した経験そのものが成長に繋がり、成功すれば本人や周囲にも大きな恩恵をもたらす可能性があります。

上記の知見から、リスク行動と挑戦的行動は社会的な望ましさの観点で区別することができます。まず、リスク行動とは、社会や周囲から望まれず、失敗した場合に致命的な結果や悪影響をもたらす行動です。一方、挑戦的行動は、社会や周囲からも望まれる行動であり、失敗が致命的ではなく、改善によってより良い結果に繋がる可能性がある行動です。

リスクテイクについて、もう一つ注目したい点として「価値のフレーミング」があります。同じ行動でも、得られる利益と損失のどちらに注目するかで、意思決定が変わるということです。例えば、人事採用の戦略的変更を行う際、安定していた内定承諾率が戦略を変えることで低下するかもしれないというリスクに注目する場合もあれば、新しいスキルを持った人材を獲得できる可能性に注目する場合もあります。損失と利益の両方に目を向けることで、リスクを正しく評価し、建設的な意思決定を行うことに繋がります。

メカニズムの違い

リスク行動と挑戦的行動について、メカニズムの違いに関する知見をご紹介します。まず、感情と認識に注目した知見です。思春期のリスク行動についての研究が、神経科学と行動科学の両面からの検討を行っています。この研究では、リスク行動が単に不合理な行動や無知から生じるものではなく、感情と認識のバランスが大きく関与していることが示されています。具体的には、脳のネットワークが関連することが示されています。リスク行動は感情を処理する脳のネットワークが優位に働くことで生じやすく、一方、挑戦的行動は思考を制御する脳のネットワークが成熟した際に行われやすいことが示されています。

さらに、発達と環境にも注目する必要があります。若年期にはリスク行動が多く見られる一方で、成人期に近づくにつれて挑戦的行動が増える傾向があります。このような変化には脳のネットワークの発達が関わっていると考えられます。また、環境の要因として、リスク行動が周囲の仲間から影響を受けて促進されることも示されています。例えば、周囲の仲間との間で競争性や同調性が強まっているときに、仲間がリスク行動を取るのを見た際に、利得のために我先にと同じリスク行動を取ってしまうことも考えられます。

これらの知見を踏まえて、リスク行動を抑えるアプローチについて考えてみましょう。発達や環境の要因が関与しており、個人に対する教育的な介入だけではリスク行動を減少させるのが難しい側面があります。したがって、リスク行動を抑制するためには、個人の周囲の環境にも配慮したアプローチが重要です。

もう一つ注目したいのはリスクのドメイン(領域)です。リスクテイキングには、さまざまなドメインが想定されています。例えば、ある人が金融リスクには非常に慎重であっても、レクリエーションのリスクについては積極的に取ることがあります。このように、同じ個人でもドメインごとにリスクの捉え方が異なることがわかります。

したがって、リスク認識は一律ではなく、ドメインごとに考える必要があります。リスク行動を抑えて挑戦的行動を促すには、まずその意思決定の場面で問題となっている状況のドメインを明確にし、そのドメインに対する個人のリスク認識を確認することが重要です。それらの情報に基づくことで、リスク行動を抑え挑戦的行動を促すための適切なアプローチを考えることができます。

リスク認識とリスク行動の関連についても触れておきましょう。リスクの認識が高いほど、リスク行動は減少する傾向があります。これは、リスク行動がリスクを正しく認識していない場合に発生しやすいことを示唆しています。逆に言えば、リスクを正しく認識することで、リスク行動を回避できる可能性が高まるということです。

リスクテイキングに関する決定要因としては、リスク選好、リスク認識、そして期待される利益と損失の評価が組み合わさって意思決定が行われるとされています。これを言い換えると、誰が、いつ、どんな場面で意思決定を行うのかによって、意思決定の内容が変わるということです。このことからも、先述のドメインごとにリスク認識を考えることの重要性が見えてきます。

リスク管理においては、すべてのリスクを一括りにせず、ドメインごとに異なるリスク認識に対応した戦略を立てることが求められます。さらに、個人に対するアプローチでは、各ドメインにおけるリスク認識を確認し、その情報に基づいてパーソナライズされた支援を行うことが、より効果的であると考えられます。

リスク行動を抑える

ここからは、リスク行動を抑制することに関連したお話を進めていきます。まずは、感情と熟慮に注目してみましょう。リスクを伴う意思決定の場面で、感情的な反応を引き起こすと、リスク行動が促されやすいことが研究で示されています。一方、同じリスクを伴う意思決定の場面でも、熟慮的な反応を引き起こすと、リスク行動が抑えられることがわかっています。

このように、熟慮的、つまりよく考えるプロセスが含まれている状況では、リスク行動が抑制されるのです。熟慮するということは思考の制御とも関連しており、リスクについてよく考えた結果、「これはリスクが高いからやめておこう」と判断することで、無謀なリスクを回避できると考えられます。この観点から、リスク行動と挑戦的行動の区別を考えてみましょう。

まず、リスク行動は、感情的な高まりによって促進されやすいという側面があります。感情的な高まりにより、目の前の報酬や直感的に良さそうだと感じることに惹かれ、短期的な利益に走ってしまうことがあります。このような状況では、思考の整理、つまり我慢や冷静さが欠けており、衝動的に判断してしまう傾向があります。

対照的に、挑戦的行動は、熟慮的で冷静な状況下で選択されるものと考えられます。よく考えることで、その場の影響だけでなく、長期的な利益や、周囲の人々にどんな影響を与えるかも考慮した上での意思決定が行われているということです。こうしたことを踏まえると、冷静に考える状況を作り出すことで、短絡的なリスク行動を防ぎ、挑戦的行動を促すことができると考えられます。

また、エスカレーションについても触れたいと思います。ここで言うエスカレーションとは、不合理な行動が継続されることを指します。例えば、失敗の見込みが強くなっているプロジェクトに対して、ネガティブなフィードバックを受けながらも、資源を投入し続けるような状況です。周囲からの「やめた方がいい」という忠告に耳を貸さず、「大丈夫だ」と思い込んで継続してしまうことがあります。これにより、リスク行動が続き、問題が深刻化する懸念があります。

このエスカレーションには、二つの認知バイアスが関与していると考えられます。一つは選択的知覚で、自分の期待や過去の経験に基づいて情報を選別し、偏った見方をしてしまうことです。もう一つはコントロールの錯覚で、実際にはほとんど自分の手に負えなくなっている状況にもかかわらず、継続すれば成功できると過大評価してしまうことです。

これらのバイアスが意思決定場面における問題認識を低下させ、正しいリスク認識ができなくなってしまうのです。したがって、正しいリスク認識ができるような対策を講じることが必要です。

対策案としては、まず短絡的な判断に陥らないために、熟慮するプロセスを意思決定に組み込むことが考えられます。例えば、周囲から反対意見を求めたり、複数人の意見を比較することが有効です。意思決定を行う際に、「自分はこうしようと思うが、他の考え方はないか」とチームに問いかけることで、感情的な反応を一度落ち着かせ、偏った視点を修正するチャンスが生まれます。

次に、認知バイアスへの対策として、バイアスの影響を理解し、それを最小限に抑える方法を考えることが重要です。例えば、異なるバックグラウンドを持つメンバーが集まることで、互いの偏った見方や知識を補い合い、より客観的な意思決定ができるようになります。

さらに、リーダーや意思決定者が過剰な自己信頼を持っていないかをチェックする体制を整えることも大切です。進行中のプロジェクトや意思決定の過程を定期的かつ客観的に評価することで、リスクの過小評価を防ぎ、建設的な意思決定に繋がる可能性が高まります。

これらの対策を通じて、リスク行動を抑制し、より良い意思決定を促すことができると考えられます。

挑戦を恐れないチームのつくり方

最後は、挑戦を恐れないチームのつくり方について、挑戦的行動を促す方法に注目してお話ししたいと思います。

まず、偶発的な学習への影響についてです。リスクテイキングが偶発的な学習にどのような影響を与えるかを調べた研究があります。この研究では、報酬を伴うギャンブル課題が使用され、その過程で無関係な画像が提示されました。このギャンブルとは直接関係のない画像が記憶されるかどうかを、課題後にテストしました。その結果、ギャンブルで勝利した直後の画像が、よりよく記憶されていたことがわかりました。

この知見からは、リスクを取って成功した際に、記憶や学習が促進される可能性が示唆されます。リスクテイク後の学習の促進に注目すると、挑戦的行動に対して即時のポジティブフィードバックを行うことが有効だと考えられます。例えば、チームメンバーがお互いに、メンバーが行った挑戦的行動に対して、その挑戦のポジティブな点を即座に称賛するということです。挑戦が成功し、それがメンバーからも肯定されることで、更なる挑戦意欲が高まります。挑戦的行動からの学習が促進されるとともに、メンバーからの肯定的な反応が自己効力感を高め、チーム内の信頼関係を強化する効果も期待できます。

このようなポジティブな影響に関連して、心理的安全性にも注目する必要があります。心理的安全性とは、自分の意見や感情を自由に表現できると感じられることを指し、心理的安全性が高い環境では、自分の振舞いが周囲に受け入れられると感じられ、批判されることへの心配も感じません。

心理的安全性が高い職場環境では、従業員はより積極的に新しいアイディアを出し、リスクを伴う挑戦的なプロジェクトにも取り組む傾向があります。つまり、心理的安全性が高まることで、挑戦的行動を行いやすくなるのです。

心理的安全性が挑戦を促す理由として、新しいアイディアや行動を試みる際に、失敗のリスクが軽減されることが挙げられます。失敗しても周囲から批判されないという安心感があり、失敗を共有してサポートを得ることで、改善につなげることができるためです。結果として、挑戦的行動に対するリスクが低く感じられるようになり、より積極的な挑戦を促すことができます。

さらに、学習と成長への影響にも触れておきます。挑戦的行動は、本人や周囲にとって学習や成長の機会を提供するものであり、心理的安全性が高い環境では、失敗やエラーを共有し、そこから学ぶ文化が醸成されます。これにより、挑戦的行動が促進され、チーム全体として挑戦的行動の割合が増えることが期待できます。

これに関連して、基本的な心理的欲求についても考えたいと思います。自立性、有能感、関係性という三つの基本的な心理的欲求が満たされることで、個人はより挑戦的な課題に自発的に取り組むようになります。

自立性とは、自分の行動や意思決定を自分で決めているという感覚、有能感とは、自分がうまくやれているという感覚、関係性とは、周囲とのつながりや支えられているという感覚を指します。これらを高めることで、持続的な挑戦的行動が促進されると考えられます。そこで、これらの欲求を高めるためのアプローチを考えてみましょう。

まず、自立性を尊重するために、従業員が自律的に意思決定を行える環境を整えることが挙げられます。実際にプロジェクトを任せることで、自分が決定権を持つという意識を育むことができます。また、有能感を高めるためには、フィードバックを提供することが重要です。例えば、同僚間でポジティブなフィードバックを行い、挑戦的行動の結果を評価することで、有能感を高めることができます。関係性の強化の面では、サポートし合う関係を築き、心理的に安全な環境を作ることが重要です。チームビルディングや頻繁なコミュニケーションを通じて、信頼感と情報共有を促進することが、挑戦を恐れないチーム作りに寄与するでしょう。

最後に、リスク行動が周囲に及ぼす影響についても注意しておきましょう。他者のリスク行動を目撃すると、その目撃者自身が同様のリスク行動を取る可能性が高まることが知られています。例えば、誰かがリスク行動を取っても問題がなかったのを見た場合、「自分もやっても大丈夫だろう」と思うことがあります。この「大丈夫だろう」という判断には二つの側面があります。一つは、リスクがあまり大きくないものと見なすこと、もう一つは、たとえその行動が社会的に望ましくないものであっても、他人がやっているから自分もやっていいだろうと考えてしまうことです。

このように、他者のリスク行動が目撃者に与える影響については注意が必要です。無謀なリスク行動を放置することで、それが組織全体に広がり、やがてそれが当たり前のこととして受け入れられてしまう可能性があります。これは組織の風土にも悪影響を及ぼす恐れがあります。

これに対するアプローチとして、安全で健全なリスク認識を組織やチーム内で共有する仕組みを整えることが考えられます。問題のあるリスク行動が発生した場合には、速やかに対処することを心掛けていただければ幸いです。

QA

Q:一般にリスクが認識されやすい場面はありますか。

例えば、お金が関わる場面や他者と関わる場面はリスクも注目されやすいと考えられます。お金の損得や、他者との関わり方については日常的にも考えることが多く、そうした場面については過去に経験したリスクを思い出し、参考にすることができるためです。

Q:リーダーが挑戦を促進するために取るべき具体的な行動はありますか。

まず、リーダーという立場にある人は、自分の行動が周囲に影響を与えるということを強く認識することが大切です。そのうえで、メンバーの挑戦をしっかりと受け止める土壌があることを示すことが重要です。メンバーが意思決定を行う際の心配や不安が軽減され、挑戦がしやすくなると考えられます。

Q:リスクを恐れるチームメンバーを挑戦に向かわせる方法はありますか。

まず、そのメンバーがどのようなリスク認識を持っているのかを明らかにすることが重要です。メンバーが抱えるリスク認識について、意思決定の結果そのもののリスクを恐れているのか、自身の振舞いに対する職場での評価やメンバーからの反応を恐れているのかによって、適切なアプローチが異なるためです。第一歩として、本人がどんなリスクを感じているのか、しっかりとヒアリングしてみるのはいかがでしょうか。


登壇者

藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。

 

 

 

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