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コラム

失敗を隠してしまうメカニズム:心理学からの検討(セミナーレポート)

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ビジネスリサーチラボは、20247月にセミナー「失敗を隠してしまうメカニズム:心理学からの検討」を開催しました。

仕事で失敗することは誰にでもあります。しかし、失敗を隠してしまうと、より大きな問題につながることがあります。組織の損失につながるだけでなく、本人にとっても心理的負担をもたらします。失敗を隠す行為自体がストレスになるのです。

一方で、失敗を隠さず、共有することができれば、そこから学ぶこともできます。そこで本セミナーでは、失敗が隠される原因について、個人の心理メカニズムや組織風土の観点から探っていきます。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

「失敗」の観点

まず、「失敗」という観点についてお話しします。失敗と一言で言っても、その内容にはさまざまな側面があります。

例えば、のんびり進めたことで仕事を完遂できなかったり、確認作業を怠って資料に誤った情報を載せてしまったりすることがあります。これらは失敗の一例です。

一方で、同僚を手助けしようとしたことで逆に手間を増やしてしまったり、業務改善のために新しいシステムを導入してみたものの、それをうまく運用できなかったということがあります。こうした「より良くしようとしたが、結果としてうまくいかなかった」というケースも失敗と見なされることがあります。

このように、「失敗」とされる経験にはさまざまな要素が含まれています。心理学の分野で、失敗に関する研究が盛んに行われており、関連するテーマとして学習理論があげられます。これは、失敗からどのように学び適応していくかに焦点を当てたものです。試行錯誤を通じてフィードバックを受けながら、改善を図るプロセスに注目しています。

また、レジリエンスという概念もあります。これは、失敗に直面した際の適応力や回復力に焦点を当てたもので、ポジティブな再評価や、失敗から受けるストレスに対処するための方法などが研究されています。このように、失敗に対してしっかりと向き合い、その経験を活かすことが重要であるとされています。

一方で、本日のテーマは「失敗を隠すこと」に焦点を当てていきます。失敗をしたとき、「どうしよう、何とかしなければ」という気持ちが生じることがあります。その結果、失敗を隠そうとする心理が働くこともあります。本日は、この「失敗を隠そうとする心理」について、二つの観点からお話しします。

一つ目は「個人の要因」です。失敗を経験したときに生じる個人の心理的な現象に注目します。もう一つは「組織環境の要因」で、個人の要因を強めたり、抑えたりするような要因についてお話しします。まずは「個人の要因」に焦点を当て、そのメカニズムについて詳しくお話しします。その後、「組織環境の要因」に移り、対策やアプローチについて考えていきます。

この後、「個人の要因」からお話しを進めていきます。一つ目にリスクやコストをどのように捉えるかについてお話しします。ここでは、「リスク認知」と「サンクコスト効果」というテーマを紹介します。その後、「自己概念維持」と「資源保存理論」を紹介し、自分を守ろうとする心理について考えていきます。

リスクやコストの捉え方

失敗した場合のリスク評価は、純粋に客観的なものではないという点が重要です。たとえば、専門家と一般の人々では、リスクの認識が大きく異なることが知られています。

大きな災害が発生したとき、専門家がリスクについて解説する場面を想像してみてください。専門家はリスクの様々な側面を理解しているため、脅威の度合いを正確に評価できます。しかし、一般の人々はそのような知識を持っていないため、専門家と同じようにリスクを評価することは難しいでしょう。

このように、リスク認知が多次元的な性質を持つことは研究でも示されています。以下に三つの要因を挙げます。

まず、主観的評価です。これは、個人の経験や価値観がリスクの評価に影響を与えるということです。次に、感情的要因です。恐怖や不安、安心感などの感情もリスク認知に影響を及ぼします。最後に、社会的影響です。メディア、職場の同僚、家族など周囲の人々の意見や伝え方も、リスク認知に影響します。

また、リスク認知の特徴も関わってきます。非日常的で劇的なリスクは過大評価され、逆に日常的で馴染みのあるリスクは過小評価される傾向があります。これは普段しないような失敗をしたとき、その恐ろしさや未知性が、将来の不安をより大きくすることにつながります。

ここで特に注目していただきたいのは、リスクが単なる客観的事実ではなく、個人の主観に大きく影響される点です。周囲にはささいなことに見えるリスクでも、本人にとっては非常に大きなリスクと感じられる可能性があります。

たとえば、何か失敗をしたとき、その失敗が自分のキャリアに致命的な影響を与えるのではないかと心配することがあるでしょう。このような場合、過去の経験や周囲から聞いた話を手がかりにして、将来何が起こるかを想像します。職場で同じような失敗があった場合、その後の出来事が手がかりとなりますし、そうした場での周囲の反応も参考になります。

こうした手がかりを基に、リスクを主観的に評価し、それが大きなリスクと捉えられた場合、失敗を報告することを避け、隠そうとすることがあります。さらに、失敗を挽回しようとすることも考えられますが、ここで注意が必要です。

この点に関して、「サンクコスト効果」についてお話しします。これは「埋没費用効果」とも呼ばれ、過去に投資したお金や努力、時間などが回収不可能であっても、それを無駄にしたくないという心理が働き、その結果として非合理的な意思決定を行ってしまうことを指します。

たとえば、すでに多額の投資をしたプロジェクトが失敗の兆候を見せても、それまでの投資を無駄にしたくないと考え、プロジェクトを継続してしまうことが挙げられます。また、新規導入したシステムが期待通りに機能していないことが明らかになっても、導入にかけた費用がもったいないと感じ、そのシステムを使い続けてしまうことも同様です。

このように、挽回しようとする際に、サンクコスト効果によってさらに問題を悪化させることが起きてしまうのです。サンクコスト効果の心理的要因としては、失敗を認めたくないという気持ちが挙げられます。また、失敗を隠していること自体がストレスとなり、その状態が続くことで状況はさらに悪化してしまう可能性もあります。

失敗を隠したまま挽回しようとすると、他人に相談しづらくなり、自分だけで問題を解決しようとする結果、状況がさらに悪化してしまうということも懸念されます。

自分を守ろうとする心理

失敗を隠す行動には、自己イメージの管理も深く関わっています。自己イメージを維持しようとする傾向が強いと、自己イメージを悪化させる失敗は隠そうとすることが考えられます。このような心理については「自己概念維持理論」が説明しています。人は他者からどう認識されているかを意識し、それに基づいて自分のイメージを維持しようとする傾向を持つのです。

この傾向は誰にでもあるものですが、強弱の差があります。自己概念を維持しようとする気持ちが強い場合、他者や自分自身を欺き、現実を歪めて捉えることもあります。

例えば、失敗に対して「大したことではないので報告は必要ない」、この失敗は「私の責任ではない」といった具合に、現実を自分に都合よく捉えることが考えられます。さらに、失敗を隠していることについて、「一時的に報告を延期しているだけ」といった言い訳が生じることもあります。

こうした行動は、業務上のリスクを増大させる可能性があります。失敗を放置することで状況が悪化し、自分のイメージを優先するあまり、会社や業務にリスクをもたらすことになります。

日常的にこうした反応が続くと、自己イメージを守るために手段を選ばなくなり、不正行為にまで発展する可能性があるのです。

これに対して、一つの対策の指針として道徳性というテーマが挙げられます。ある研究で、数学の問題を解かせ、その正解数を自己申告させるという実験が行われました。その際、モラルや規範を思い出させるような手続きを行うと、不正行為が減少するという結果が得られています。つまり、道徳性を喚起することで正しい報告が増えたのです。失敗についての責任を放棄することや不正行為を防ぐことにも役立つと考えられます。

また、「資源保存理論」も参考になります。この理論では、人は価値があると認識する資源を守ろうとする傾向があるとされています。資源には、物理的なものだけでなく、情報や知識も含まれます。この視点で見ると、失敗に関する情報も資源と見なされ、その価値を守ろうとして隠す行動が生じる可能性があります。

さらに、リスク認知が高い人は、危機的な状況を過大に評価し、自分の資源を守るために情報を隠そうとする傾向が強まります。これにより、職場内での自分の地位を守ろうとする動機が高まり、不利な情報を隠し、有利な情報だけを提示するような行動が促されることが考えられます。

このような動機が強まるのは、競争的な環境である場合が多いです。したがって、職場の環境や風土がこの行動に影響を与えることが考えられます。

対策としては、失敗が他者に知られることがリスクではないと感じられる環境を整えることが重要です。また、知識を共有する文化を促進することも必要です。上司が知識を隠すと、部下も同様の行動を取る傾向があるという研究もあります。このような風土が職場にあると、失敗を隠す行動が常態化することも考えられます。

これに関して、次のパートでは組織環境の要因についてお話しします。組織の風土や規範の明確さ、心理的契約違反や心理的安全性、上司との関係性などが、失敗を報告することを促す環境を作る上で重要な要素となります。これらの要因を考慮し、リスク認知や自己防衛の気持ちが過度に高まらないようにすることが大切です。

風土や規範の影響

「失敗を隠す」という行動には、他者からの評価やイメージを気にする動機、他の従業員より劣っていると思われたくないといった動機も影響していると考えられます。これらの動機は、多くの人が持つものであり、その強さには個人差があります。しかし、こうした動機に加えて、その人が仕事をしている周囲の環境も大きな影響を与えると考えられます。

例えば、職場で意図的に知識や情報を隠す傾向のある人は、職場の問題に気づいても発言しないことが多いという研究結果があります。また、組織が従業員との約束や期待を守らないと感じた場合、特に「心理的契約違反」と呼ばれる状況が生じると、自分の知識を隠し、職場の問題について沈黙する傾向が強くなると言われています。

ここで、心理的契約違反がもたらす負のサイクルに注意してほしいと思います。例えば、従業員が失敗を報告した際に、その失敗を受け入れてもらえるという暗黙の期待を持っていたにもかかわらず、非難や厳しい反応を受けた場合、組織への信頼が失われます。この信頼感の喪失は、自己防衛的な行動を強め、失敗を隠す方向へと思考が傾きやすくなります。そうすると、知識や情報の共有も減少し、結果として周囲からの信頼も失われ、さらに自己防衛的な態度が強まることになります。このような負のサイクルが懸念されるのです。

このような職場環境で、失敗に対して厳しく咎められると、否定的な評価や罰への恐れが従業員に重くのしかかり、自己防衛的な行動や失敗を隠す傾向が強まると考えられます。したがって、職場環境が従業員の行動にどのように影響を与えるかを考慮し、個人の心理だけでなく、周囲の環境にもアプローチすることが必要です。

これに関して「心理的安全性」というテーマを挙げたいと思います。心理的安全性とは、自分の意見や感情を自由に表現できると感じられる環境を指します。安心して意見を言える環境を整えることで、従業員の不安やリスク認知を低減し、自己防衛的な反応を抑えることができます。

心理的安全性を高めるためには、失敗を責めずに学びの機会として捉える、フィードバックを通じて改善点を共有するなどの取り組みが有効です。これにより、信頼関係が築かれ、心理的安全性が向上し、従業員の不安が軽減されると考えられます。

また、報告することを仕事の一環と捉えることで、失敗を隠すことが報告義務を怠る行為と見なされるようになります。組織の規範が曖昧な場合、従業員は失敗を隠す傾向が強くなる可能性があります。自己防衛的な考え方が強まると、失敗を認めることが困難になるのです。組織の規範やルールを明確にし、従業員に浸透させることで、報告がしやすくなるでしょう。

職場での沈黙に関する研究も重要です。特に上司や同僚に対して意見を述べることへの恐れや、提案に対する批判的な反応が想像されると、職場で提案することが難しくなります。この「沈黙」は、失敗を隠す行動とも強く結びついています。恐怖や不安の存在が自主的な行動を控える傾向につながるのです。

このような恐怖に基づく沈黙を克服する方法として、「発言効力感」を高めることが有効です。発言効力感とは、自分の意見が組織に受け入れられたり、影響を与えたりする力を持っていると感じることを指します。例えば、同僚との間で業務に関して相互に教え合う関係性を持つことで、自分の意見を相手が受け止めてくれる、頼りにしてもらえるといった感覚を経験し、発言効力感が高まります。

また、発言効力感を高めるためには、組織が従業員をサポートしていると感じられる環境作りも重要です。これにより、従業員が恐怖を感じることなく、積極的に意見を述べられる雰囲気を作りたいところです。

上司の影響

先述のとおり、職場で感じる恐怖がリスク認知を高め、防御的な反応を引き起こす可能性があります。これに対しては、組織や職場の心理的安全性を高めることで抑えることができると考えられます。

ただし、組織や職場全体が影響するとはいえ、実際には特定の他者、特に直属の上司の行動が大きな影響を与えることも考えられます。上司と部下の関係において、上司の反応が部下の学習にどのように影響を与えるかについては、研究でも示されています。

経験学習理論では、学習をパフォーマンス向上のための自己指導的な努力と捉えています。この理論では、失敗から学ぶためにはまず原因を反省し、再発防止のための取り組みが重要だとされています。

そこで、失敗から学習し改善するためには、上司の行動が大きく影響すると考えられます。上司の行動には、学習を妨げるものと促進するものがあるのです。

まず、学習を妨げる上司の行動の例として、失敗に対して不寛容であることが挙げられます。厳しい批判や恐怖を与えるような態度は、部下が失敗を共有することをためらわせる可能性があります。また、改善のための指導や必要な情報を提供しないことも問題です。さらに、荒い言葉遣いや冷たい態度などは、失敗の報告に限らず部下とのコミュニケーションを阻害します。こうした学習を妨げる上司の行動は、部下が報告する意欲を失わせる可能性があります。

一方で、学習を促進する上司の行動としては、タイムリーなフィードバックの提供や、問題が発生した際にすぐに対応する姿勢が挙げられます。また、チームに対して定期的に顔を見せ、質問やアドバイスを受けやすい環境を作ることも重要です。具体的な改善策やその理由を含む詳細なフィードバックを提供することや、失敗についての反省会を行い、改善策を共有することも効果的です。このような上司の行動があると、部下は失敗を報告しやすくなり、それを改善の機会として前向きに捉えることができるのです。

もし、フィードバックが批判的で攻撃的であれば、部下は失敗を認めることを避け、恐怖や羞恥心が増し、防御的な態度を取るようになるかもしれません。一方で、建設的で支援的なフィードバックを行うことで、部下は失敗を学習の機会として捉え、その原因を見つけて改善しようとする姿勢が生まれます。

また、上司が倫理的な規範やモラルに反する行動を取る場合に、部下は知識を隠蔽する傾向が強まることが研究で示されています。知識を隠す行動として、以下の3つの方法が挙げられます。

  • 無知を装い、求められた情報を知らないふりをする
  • 不正確な情報を提供して相手を誤導する
  • 理由をつけて情報を隠すことを正当化する

こうした行動は職場全体に悪影響を及ぼし、信頼関係を損なう可能性があります。

このように、上司の行動は部下の行動への影響力を持っており、振舞いのモデルとして職場の風土に影響することもあります。上司が部下を支援し、不安を取り除くような関わり方をすることは、部下のリスク認知を下げ、防衛的な態度を避けることにつながります。また、心理的安全性が高い職場の風土づくりとしても重要です。

こうした上司から部下への関わり方については、サーバントリーダーシップというテーマが参考になります。積極的に部下を支援する姿勢は、失敗を隠す行動を抑えるための効果的なアプローチにつながるでしょう。

QA

Q: 他人から見ると明らかに失敗しているのに、本人はそれを失敗と認識しない場合、どう対処したらよいでしょうか。

失敗をどう捉えるかは個人によって異なります。そのため、「失敗かどうか」を議論することは対立を生む可能性があります。こうした状況では、失敗かどうかよりも、どう状況を改善できるかに焦点を当てることが有効です。事実や状況を確認し、次に何をすべきかを前向きに考え話し合うことが大切です。

Q: 失敗について嘘の報告を行うことは、失敗を隠すことと同じと考えてよいでしょうか。

失敗を隠す行為は隠蔽行動や沈黙と似た側面があります。自分のイメージを守ろうとする意識が背景にあるなど、失敗を隠す行動と嘘の報告が同様のメカニズムによって生じることは考えられます。

Q: 閉鎖的な組織で失敗を隠蔽する傾向が強い場合、どう対処すればよいでしょうか?

報告が業務であることを規範として明文化し、職場全体に周知することが重要です。また、報告を恐れるようなリスク認知を高める風土がある場合、心理的安全性を高めるアプローチも効果的です。


登壇者

藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。

 

 

 

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