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コラム

インポスター現象の実態と克服法:成功の裏側にある自己懐疑を緩和する

コラム

本コラムでは、成功者が抱える「インポスター現象」について説明します。インポスター現象とは、高い評価を受けていても「自分には本当は能力がない」と感じる心理状態を指します。これはただの自信のなさや謙虚さとは違い、個人の成長や幸福感、そして時には組織全体のパフォーマンスにも影響を与える問題です。

研究によると、インポスター現象は適切な理解と対策で軽減できることがわかってきました。本コラムでは、自己評価への影響、企業業績との関係、性別による違いの有無など、様々な側面を検討します。

さらに、コーチングの効果や自己効力感の重要性など、インポスター現象を軽減するための方法も見ていきます。

特筆すべきは、インポスター現象が成功すればするほど強くなることがあるという点です。高い業績を上げている人ほど、この現象に苦しんでいる可能性があります。本コラムを通じて、読者の皆さんがこの現象について理解を深め、より健全で生産的な職場環境を作る一助となることを願っています。

パフォーマンスの自己評価を下げる

インポスター現象は、個人の自己評価に影響を与えます。特に、自分のパフォーマンスの評価に関して影響があります。

インポスター現象が強い人は、自分のパフォーマンスを過小評価することが明らかになっています[1]。この傾向は、実際の課題を遂行中や課題終了後の評価において見られます。

実験において、参加者に論理的問題を解決するタスクが与えられました。インポスター現象が強い参加者は、タスク中に自分のパフォーマンスをより否定的に評価しました。問題を解いている最中に「自分はうまくできていない」と感じやすいのです。

さらに、客観的な評価や他者との比較評価においても同様の傾向が見られました。インポスター現象が強い人は、実際の成績や他の参加者との比較において、自分のパフォーマンスを過小評価していました。たとえ同じ成績であっても、インポスター現象が強い人は「自分の成績は平均以下だ」と考えやすいということです。

こうした自己評価の偏りは、謙遜や慎重さからくるものではありません。研究結果は、この偏りが抑うつや自尊心の低さとは独立して存在することを示しています。インポスター現象は別の心理的メカニズムに根ざしています。

では、なぜ自己評価の偏りが生じるのでしょうか。一つの説明として、インポスター現象を持つ人は、自分の成功を外部要因(運や他人の助け)に帰属させやすく、失敗を内部要因(自分の能力の欠如)に帰属させやすい傾向があります。この帰属スタイルが、パフォーマンスの過小評価につながっているのかもしれません。

また、インポスター現象が強い人は、失敗への恐れが強いため、自己防衛的に低い期待値を設定している可能性もあります。「どうせうまくいかない」と最初から思い込むことで、失敗した際のショックを和らげようとしていることも考えられます。

自己評価の偏りは、個人の自信や動機づけに影響を与えかねません。自分のパフォーマンスを常に低く評価することで、新しい挑戦を避けたり、昇進の機会を逃したりする可能性があります。また、周囲からの評価や賞賛を素直に受け入れられないことで、人間関係にも影響を及ぼす可能性があります。

企業業績に悪影響を与える条件も

インポスター現象は組織全体の業績にどのような影響を与えるのでしょうか。特に、企業のトップマネージャーがインポスター現象を経験した場合、その影響は無視できないものになるかもしれません。

トップマネージャーのインポスター現象が企業の業績に与える影響について調査が行われています[2]。企業の業績を測る指標として総資産利益率(ROA)が用いられました。

インポスター現象と企業業績の関係は単純なものではありませんでした。全体的には、トップマネージャーのインポスター現象が企業の業績に直接的な影響を与えるという証拠は見られませんでした。インポスター現象を経験しているからといって、必ずしも企業の業績が悪化するわけではないのです。

しかし、より詳細な分析を行うと、特定の条件下では、インポスター現象が企業業績に悪影響を与えることが明らかになりました。特に注目すべきは、女性のトップマネージャーの場合です。女性のトップマネージャーがインポスター現象を強く経験している場合、企業の業績が低下する傾向が見られました。

なぜ女性のトップマネージャーの場合にのみ、インポスター現象が企業業績に悪影響を与えるのでしょうか。研究者たちは、いくつかの可能性を示唆しています。

一つの説明は、社会的および文化的なプレッシャーの影響です。女性のトップマネージャーは、しばしば「ガラスの崖」と呼ばれる状況に直面します。これは、リスクの高い、失敗の可能性が高いポジションに就きやすいことを指します。このような状況下で、インポスター現象を経験することは、より大きなストレスと不安を引き起こし、結果として業績に悪影響を与える可能性があります。

また、女性のトップマネージャーはジレンマに直面することがあります。リーダーシップを発揮すれば「攻撃的」と見なされ、協調的であれば「弱い」と見なされるというものです。このような状況で、インポスター現象を経験することは、自信を失わせ、効果的な意思決定を妨げます。

ダイバーシティとインクルージョンの観点から見ると、女性リーダーがインポスター現象を経験した際のサポート体制を整えることが重要であることがわかります。

インポスター現象が企業業績に与える影響は複雑で、単純な関係ではありません。しかし、特定の条件下では実際に業績に悪影響を与える可能性があることが明らかになりました。組織として、この問題に適切に対処することは、個人のウェルビーイングを向上させるだけでなく、企業全体の業績向上にもつながる可能性があります。

印象管理に基づくインポスターもある

最近の研究では、インポスター現象にも異なるタイプがあることが明らかになってきました。注目すべきは、「真のインポスター」と「戦略的インポスター」という2つのタイプの存在です[3]

「真のインポスター」は、従来のインポスター現象の定義に当てはまる人々です。これらの人々は、自己評価が低く、自己疑念が強いという特徴を持ちます。自分の成功を内在化できず、「自分は詐欺師だ」と感じています。

一方、「戦略的インポスター」は、これまでのインポスター現象の理解を覆す新しい概念です。自己疑念にそれほど影響されず、むしろ意図的に自己表現を行っています。インポスター的な振る舞いを戦略的に用いているのです。

「戦略的インポスター」は、自己評価が比較的高く、ストレスも低いという特徴があります。それゆえに、インポスター現象の否定的な側面からは比較的自由です。なぜ、あえてインポスター的な振る舞いをするのでしょうか。

「戦略的インポスター」は、自分の能力や成果を過小評価することで、他人の期待を低く保とうとしているのかもしれません。実際の成果が期待を上回った場合、より高い評価を得られる可能性があります。

また、「戦略的インポスター」の行動は、謙虚さの表現としても解釈できます。多くの文化圏で、過度な自信や自慢は好ましくないとされています。自分の能力や成果を控えめに表現することで、社会的に望ましい印象を与えようとしている可能性もあります。

「戦略的インポスター」の存在は、インポスター現象の理解に新たな視点をもたらします。従来、インポスター現象はネガティブな影響を及ぼすと考えられていましたが、実際にはそうではない可能性があります。

とはいえ、「戦略的インポスター」の行動が組織にどのような影響を与えるかについて考える必要があるでしょう。短期的には効果的な印象管理戦略かもしれませんが、長期的には組織内のコミュニケーションや信頼関係に悪影響を及ぼし得ます。

コーチングによって低下できる

インポスター現象は複雑で根深い問題ですが、適切な介入によって軽減できることが明らかになっています[4]。特に、コーチングがインポスター現象の軽減に効果的です。

コーチング、トレーニング、そして対照群の3つのグループに分けて、インポスター現象の軽減効果を比較しました。その結果、コーチングを受けたグループが最も顕著なインポスター現象の減少を示しました。この効果は時間が経過しても持続していました。

コーチングが効果的であった理由として、コーチングは個別化されたアプローチを取ることができる点が挙げられます。インポスター現象は個人によって異なる形で現れるため、一人一人の状況に合わせたサポートが可能なコーチングは有効です。

ある人にとってはキャリア管理のスキルを向上させることが重要かもしれません。別の人にとっては、自己効力感を高めることが優先課題かもしれません。コーチングでは、これらの個別のニーズに応じたアプローチを取ることができます。

また、コーチングは目標設定と達成のプロセスを重視します。研究結果によると、コーチングを受けたグループは目標達成度が高く、その効果が持続していました。目標を達成する経験を積み重ねることで、自己効力感が高まり、インポスター感情が軽減される可能性があります。

さらに、コーチングは否定的評価への恐怖を軽減するのに効果的です。研究では、否定的評価に対する恐れの減少がインポスター現象の低下に有意な影響を与えていることが明らかになりました。

一方で、トレーニングも一定の効果を示しました。特に、知識の習得においてはトレーニングがコーチングよりも優れていました。しかし、インポスター現象の軽減や目標達成においては、コーチングの方が効果的でした。

自己効力感がインポスター現象の要因に

自己効力感がインポスター現象の主要な予測因子であることが明らかになっています。自己効力感とは、特定の課題を遂行する能力に対する個人の信念のことを指します。「自分にはこのタスクを成功させる能力がある」と信じる程度のことです。

インポスター現象と様々な個人特性との関連性を調査した結果、自己効力感がインポスター現象を予測する重要な要因の一つであることが分かりました[5]。自己効力感が低いほど、インポスター現象を経験する可能性が高くなるのです。

自己効力感が低い人は、自分の能力や実績を過小評価します。例えば、プロジェクトが成功しても、それを自分の能力のおかげだとは考えず、運や他人の助けによるものだと考えがちです。これは、インポスター現象の特徴と一致します。

自己効力感の低さは、新しい挑戦を避けることにつながります。自分には能力がないと信じているため、難しい課題に取り組むことを恐れます。これも、インポスター現象を持つ人々によく見られる特徴です。

さらに、自己効力感の低さは、失敗に対する恐れを増大させます。失敗すると自分の無能さが露呈すると考え、プレッシャーを感じてしまいます。これは、インポスター現象における「詐欺師として暴露される恐れ」と密接に関連しています。

この研究では自己効力感がインポスター現象に与える影響は、抑うつや自尊心とは独立していることが実証されました。抑うつ傾向や自尊心の低さとは別に、自己効力感の低さがインポスター現象を引き起こす可能性があります。

インポスター現象を軽減するためには、具体的な課題に対する自己効力感を高めることが重要だということです。どのようにして自己効力感を高めることができるでしょうか。例えば、次のような方法があります。

  • 達成可能な小さな目標を設定し、それを達成していくことで、自己効力感を徐々に高める
  • 自分と似た立場の人が成功する姿を観察することで、「自分にもできるかもしれない」という感覚を得ることができる
  • 他者からの肯定的なフィードバックを受け入れ、それを自分の能力の証拠として認識する練習をする
  • ストレス管理やリラクセーション技法を学び、不安や緊張を和らげることで、自己効力感を高めることができる

また、先ほど述べたコーチングも、自己効力感を高める効果的な方法の一つです。コーチングでは、クライアントの強みに焦点を当て、成功体験を積み重ねることで、自己効力感を高めることができます。

性別の差異がないという研究も

インポスター現象について語る際、しばしば取り上げられるのが性別との関係です。従来、インポスター現象は女性に多く見られる傾向だと考えられてきました。しかし、最近の研究では、この見方に疑問を投げかける結果も出ています。

管理職を務めるプロフェッショナルを対象に、インポスター現象の性別差を調査しました[6]。この研究ではインポスター現象に性別による有意な差異は見られませんでした。男性と女性が同程度にインポスター現象を経験していたのです。

このような結果が出た理由として、いくつかの可能性が考えられます。初めに、社会の変化が影響している可能性です。近年、ジェンダー意識が高まり、職場での男女の役割の違いが徐々に縮小してきつつあります。女性が特にインポスター現象を感じやすいという状況が変化してきたのかもしれません。

他方で、調査対象が管理職に限定されていたことも重要です。管理職についている女性は、一般的な女性と比較して、より高い自己効力感や目標指向性を持っている可能性があります。そのため、インポスター現象の経験頻度が男性と同程度になったのかもしれません。

男性のインポスター現象に対する認識が変化してきた可能性もあります。従来、男性は弱さや不安を表現することを避ける傾向がありましたが、自分の感情をより正直に表現するようになってきました。男性のインポスター現象がより可視化されるようになったのかもしれません。

しかし、ここで注意すべき点があります。インポスター現象の経験頻度に性差が見られなかったからといって、その影響の現れ方に差がないわけではありません。先に見たように、女性のトップマネージャーがインポスター現象を経験した場合、企業の業績に悪影響を与える可能性があります。

なお、性別によってインポスター現象の経験頻度に差がないという知見は、次のような示唆を与えます。

  • インポスター現象への対策は、性別に関わらず全ての従業員を対象とすべきでしょう。特定の性別だけを対象とするプログラムは、問題の一部しか解決できない可能性があります。
  • インポスター現象の影響の現れ方には個人差や状況差があります。画一的な対応ではなく、また、性別に基づく固定観念を避け、個々の状況に応じたサポートが必要です。

インポスター現象は個人の問題であると同時に、組織や社会全体の問題でもあります。性別や属性にかかわらず、全ての人がその能力や成果を正当に評価され、自信を持って活躍できる環境を作ることが重要です。

 脚注

[1] Gadsby, S., and Hohwy, J. (2024). Negative performance evaluation in the imposter phenomenon. Current Psychology, 43(10), 9300-9308.

[2] Guedes, M. J. (2023). Can top managers’ impostor feelings affect performance?. Journal of Strategy and Management, 17(1), 188-204.

[3] Leonhardt, M., Bechtoldt, M. N., and Rohrmann, S. (2017). All impostors aren’t alike? Differentiating the impostor phenomenon. Frontiers in Psychology, 8, 1505.

[4] Zanchetta, M., Junker, S., Wolf, A. M., and Traut-Mattausch, E. (2020). Overcoming the fear that haunts your success? The effectiveness of interventions for reducing the impostor phenomenon. Frontiers in Psychology, 11, 405.

[5] Vergauwe, J., Wille, B., Feys, M., De Fruyt, F., and Anseel, F. (2015). Fear of being exposed: The trait-relatedness of the impostor phenomenon and its relevance in the work context. Journal of Business and Psychology, 30(4), 565-581.

[6] Rohrmann, S., Bechtoldt, M. N., and Leonhardt, M. (2016). Validation of the impostor phenomenon among managers. Frontiers in Psychology, 7, 821.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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