2024年9月6日
重回帰分析の結果を読み解く:組織サーベイを例に
「重回帰分析」という言葉を聞いて、どのようなイメージを持ちますか。統計に馴染みのない方にとっては、少し難解に感じられるかもしれません。
しかし、この分析手法は人事担当者にとって有用なツールです。本コラムでは、重回帰分析の結果をどのように解釈すればよいのか、組織サーベイを例に挙げながら解説します。
重回帰分析とは何か
重回帰分析とは、ある指標(成果指標)と複数の指標(影響指標)との関連性を探る手法です。例えば、「従業員のエンゲージメント」(成果指標)に対して、「給与満足度」「周囲からのサポート」「仕事の自律性」「上司部下関係」(影響指標)などがどのように関連しているかを検討することができます。
重回帰分析の特徴は、複数の影響指標を同時に分析できる点です。そのことによって、どの要因がより強く成果指標と関連しているかを比較することができます。ただし、重要な点として、この分析は因果関係を直接的に示すものではありません。あくまでも変数間の関連性を示すものであることを念頭に置く必要があります。
重回帰分析の結果を読む
ここでは、架空の会社で組織サーベイを実施し、「従業員のエンゲージメント」(成果指標)に対して、「給与満足度」「周囲からのサポート」「仕事の自律性」「上司部下関係」(影響指標)がどのように関連しているかを分析した結果を例に説明します。
重回帰分析の結果は、以下のような図で示すことが多いです。その中では、後述する決定係数と標準化偏回帰係数、そしてp値の情報が記載され、回帰係数と偏回帰係数は書かれないことが多いです。
決定係数(R2)
まず注目すると良いのは「決定係数」(R2)です。これは、成果指標の変動がどの程度影響指標によって説明できるかを示す指標です。0から1の間の値をとり、1に近いほど説明力が高いことを意味します。
例:R2 = 0.25 |
この場合、「従業員のエンゲージメント」の変動の25%が、今回選んだ4つの影響指標で説明できることを示しています(ただし、これは相関関係を示すものであり、因果関係を直接示すものではありません)。言い換えれば、残りの75%は他の要因や未説明の要因によるものと考えられます[1]。
これが具体的に何を意味するのか、もう少し詳しく説明しましょう。
例えば、従業員100人のエンゲージメントスコアを0-100点で測定したとします。その結果、最も高い人は90点、最も低い人は30点で、平均は60点だったとしましょう。この点数の違い(変動)の25%が、今回分析した4つの要因(給与満足度、周囲からのサポート、仕事の自律性、上司部下関係)で説明できるということです。
要するに、従業員のエンゲージメントの高低に違いが生まれる理由の4分の1は、この4つの要因で説明できるということです。例えば、その人は周囲からのサポートが充実していて、仕事の自律性も高いから、という具合です。
一方で、残りの75%は今回分析した4つの要因では説明できません。これは他の要因(例えば、仕事の内容そのものへの興味や、会社の将来性への期待など)や、個人の性格、その時々の気分といった要因が関係している可能性があります。
R2の値を解釈する際は、慎重さが求められます。この例における0.25という値は、人間の行動や態度を扱う領域では決して低い値ではありません。人間の心理や行動は複雑で、多くの要因が絡み合っているため、すべてを完ぺきに説明することは困難だからです。
回帰係数と偏回帰係数
次に「回帰係数」に注目します。回帰係数は、影響指標と成果指標の関係を示す「傾き」を表します。影響指標の値が1ポイント変化したときに、成果指標がどれだけ変化するかを示しています。
例えば、「周囲からのサポート」の回帰係数が4だった場合、周囲からのサポート得点が1ポイント増加すると、エンゲージメント得点は4ポイント増加すると予測されます。
具体例を挙げると、「周囲からのサポート」を1-5点のスケールで測定し、「エンゲージメント」を0-100点のスケールで測定したとします。回帰係数が4の場合、「周囲からのサポート」が1点上がると(例えば3点から4点に)、「エンゲージメント」は4点上がると予測されます。
この結果を見ると、同僚や上司からのサポートが少し良くなると、従業員のエンゲージメントも向上する可能性があることがわかります。
ただし、単純な回帰係数では他の影響指標の影響を考慮していません。そこで用いられるのが「偏回帰係数」です。偏回帰係数は、他の影響指標の効果を統制した上で、ある特定の影響指標と成果指標の関連を示します。
統制とは、他の要因の影響を取り除くことを意味します。例えば、「周囲からのサポート」の偏回帰係数を見る場合、「給与満足度」「仕事の自律性」「上司部下関係」の影響を取り除いた上で、「周囲からのサポート」とエンゲージメントの関連を見ているのです。
この「統制」の考え方は難しいので、より具体的に見ていきましょう。例えば、「周囲からのサポート」が高い人は、「仕事の自律性」も高い傾向があるとします。この場合、単純な回帰係数では、「周囲からのサポート」の効果に「仕事の自律性」の効果が含まれてしまい、「周囲からのサポート」単独の効果を正確に把握できません。
偏回帰係数を使うと、「仕事の自律性」が同じレベルの人たちの中で、「周囲からのサポート」がエンゲージメントにどのように関連しているかを見ることができます。「仕事の自律性」の影響を取り除いた上で、「周囲からのサポート」とエンゲージメントの関係を見ているのです。
統制を行うことで、ある要因の純粋な効果を見ることができます[2]。例えば、「周囲からのサポート」と「仕事の自律性」が密接に関連している場合、単純な分析では両者の効果が混ざってしまいます。統制を行うことで、「周囲からのサポート」だけの効果を取り出すことができます。
統制を行わないと、誤った結論を導き出してしまう可能性があります。例えば、「周囲からのサポート」がエンゲージメントに強く関連しているように見えても、実際はその背後にある「仕事の自律性」が本当の要因かもしれません。統制を行うことで、このような誤解を避けることができます。
また、複数の要因の中でどれが最も重要かを判断する際、統制を行うことでより正確な比較ができます。各要因の純粋な効果を見ることで、どの要因により注力すべきかを判断する材料になります。
何より人間の行動や態度は複雑で、多くの要因が絡み合っています。統制を行うことで、これらの複雑な関係性をより深く理解することができます。
このように統制によって、各影響指標の純粋な関連性を評価することができます。ただし、この関連性も、因果関係を示すものではないことに注意が必要です。
標準化偏回帰係数(β)
偏回帰係数を標準化したものが「標準化偏回帰係数」(β)です。先の図において、矢印についている各数値が標準化偏回帰係数になります。この指標によって、測定単位の異なる影響指標間での比較が可能になります。
標準化とは、異なる尺度で測定された変数を共通の尺度に変換することです。例えば、「給与満足度」と「仕事の自律性」を影響指標として偏回帰係数を算出したとします。これら2指標は異なる尺度なため、偏回帰係数をそのまま比較すると、測定単位の違いのために正確な比較ができません。
標準化を行うと、すべての変数が平均0、標準偏差1の尺度に変換されます。これによって、単位の違いに関係なく、各影響指標の相対的な重要性を比較できるようになります。
標準化偏回帰係数は通常-1から1の間の値をとり、絶対値が大きいほどその影響指標が成果指標に強く関連していることを指します[3]。どの影響指標がエンゲージメントにより強く関連しているかを比較できます。
標準化偏回帰係数を比較する際は、次の点に注意しましょう。
- 絶対値の大きさを比較する:標準化偏回帰係数の絶対値が大きいほど、その影響指標の関連が強いと解釈します
- 符号(正/負)に注意する:正の値は正の関連(影響指標が高くなるとエンゲージメントも高くなる)、負の値は負の関連(影響指標が高くなるとエンゲージメントは低くなる)を示します
- 相対的な大きさを見る:他の影響指標と比較して、どの程度大きいか小さいかを見ることで、相対的な重要性を判断します
例:
給与満足度:β=0.08 周囲からのサポート:β=0.30 仕事の自律性:β=0.25 上司部下関係:β=0.10 |
この結果から、「エンゲージメント」に最も強く関連しているのは「周囲からのサポート」(β=0.30)であり、次いで「仕事の自律性」(β=0.25)であることがわかります。
p値
p値は、重回帰分析で示された関連が、統計的に意味があるかどうかを判断するための指標です。先ほどの図にある、各数値の右上についた記号はp値がどの程度かを表すものです。重回帰分析では、主に二つの場面でp値を確認します。
- 重回帰式全体の有意性:これは、選択した影響指標全体が成果指標と有意な関連を持つかどうかを示し、決定係数(R2)の値が有意かを検証しています。通常、分散分析(ANOVA)の結果として示されます。
例:F(4, 195) = 16.25, p < .001 |
この結果は、4つの影響指標全体でエンゲージメントの高低・変動を有意に説明できていることを示しています。
- 個々の影響指標の偏回帰係数の有意性:各影響指標の偏回帰係数が統計的に有意かどうかを示します。どの影響指標が特に重要かを判断できます。
例:
給与満足度:β=0.08, p=0.15 周囲からのサポート:β=0.30, p<0.01 仕事の自律性:β=0.25, p<0.01 上司部下関係:β=0.10, p=0.08 |
この結果によれば、「周囲からのサポート」と「仕事の自律性」が統計的に有意な関連を持っていることがわかります。
一般的に、p < 0.05(5%水準)またはp < 0.01(1%水準)であれば、その関連は統計的に意味があると判断されることが多いと言えます[4]。
p値の解釈に当たっては次の点に注意すると良いでしょう[5]。
- p値が小さいからといって、必ずしもその関連が実践的に重要であるとは限りません。
- サンプルサイズが大きい場合、小さな関連でも統計的に有意になりやすくなります。
結果の解釈と活用
ここまでの結果を総合的に解釈すると、次のようになります。
- 選択した4つの影響指標は、「エンゲージメント」の変動の25%と関連している(R2=0.25)。これは人間の態度を扱う結果としては一定の説明力があると言えるが、他にも重要な要因が存在することを示唆してもいる。
- この決定係数R2、つまり重回帰式全体による成果指標の説明力は統計的に有意である(F(4, 195)=16.25, p<.001)。選択した4つの影響指標全体が、エンゲージメントと有意に関連し説明できていると言える。
- 4つの影響指標の中で、「周囲からのサポート」(β=0.30, p<0.01)が最も強くエンゲージメントと関連している。次いで「仕事の自律性」(β=0.25, p<0.01)が強い関連を示している。
- 「給与満足度」(β=0.08, p=0.15)と「上司部下関係」(β=0.10, p=0.08)は、今回の分析では統計的に有意な関連が認められなかった。
この結果を踏まえ、従業員のエンゲージメントを高めるためには、次の視点が考えられます。
- 周囲からのサポートを強化する施策を検討する。例えば、ヘルプシーキングの促進や、メンタリングの導入などが考えられる
- 仕事の自律性を高める工夫も重要である。従業員に一定の裁量権を与えたり、自己管理型のワークスタイルを推進したりすることが有効かもしれない
- 給与満足度と上司部下関係については、統計的に有意な関連は見られなかった。ただちに、これらが重要ではないと判断するのは早急だが、周囲からのサポートと仕事の自律性に比べると優先順位は低い
- 決定係数(R2)が0.25であることから、今回分析した4つの要因以外にも、エンゲージメントに関連する要因が存在する可能性がある。次回はさらに影響指標を増やすと良い
分析結果だけで決定しない
重回帰分析は、複数の要因が成果指標とどのように関連しているかを分析できる手法です。しかし、その結果を正しく解釈し、適切に活用するためには、分析の前提や限界を理解しておくことが重要です。
本コラムで紹介した解釈の仕方や留意点を踏まえることで、組織サーベイなどの分析結果をより深く理解し、効果的な施策立案につなげることができるでしょう。
統計分析は、人事施策を考える上での「羅針盤」のようなものです。しかし、最終的な判断や施策の決定は、分析結果だけでなく、組織の状況や文化、経営戦略など、様々な要素を総合的に考慮して行う必要があります。
重回帰分析の結果を正しく理解し、それを出発点として様々な角度から検討を重ねることで、効果的で持続可能な人事施策を立案することができます。さらには数字だけでなく、従業員の声に耳を傾け、組織の文脈を十分に考慮しながら、分析結果を活用していくことが求められます。
脚注
[1] より正確には、R2はモデルが選択した変数によって説明できる変動の割合を示すものであり、必ずしも他の75%が完全に無関係な要因に依存しているわけではありません。説明されていない部分には、ランダムな誤差やモデル化されていない複雑な関係も含まれます。
[2] ただし、実際には、モデルに含まれる他の変数に依存した上で効果を見ているため、全ての条件を完全に除去することはできません。また、モデルに含まれなかった重要な変数が存在する可能性もあります。
[3] 絶対値が1に近い場合でも、別の視点で注意が必要です。特に、標準化偏回帰係数が高すぎる場合は、データの問題や多重共線性を疑う必要があります。
[4] この5%や1%という基準はあくまで慣習的なものであり、絶対的な基準ではありません。近年では、この慣習的な基準に頼りすぎることへの批判もなされており、p値だけでなく、効果量(関連の強さ)や実践的な意義なども併せて考慮することが推奨されています。
[5] なお、p値が0.05よりも大きいからといって、その関連が全く存在しないというわけではありません。
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。