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コラム

自分の能力が信じられない:インポスター現象が及ぼす影響

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インポスター現象は、成功を収めているにもかかわらず、自分の能力や成果を過小評価し、まるで「詐欺師」のように感じてしまうことを指します。本コラムでは、インポスター現象の内容、その影響、対処法などについて、研究知見をもとに解説します。

決して少なくない人が経験するこの現象は、自信の欠如ではありません。自己評価と他者からの評価の不一致から生まれる心理状態です。場合によっては、成功するほど、自分の正体がばれるのではないかという不安に苛まれます。

インポスター現象を理解し、適切に対処することは、個人の成長や組織、社会全体の発展にとって重要です。本コラムを通じて、読者の皆さまがインポスター現象について洞察を得て、自身や周囲の人々のキャリア開発に役立てていただければ幸いです。

インポスター現象とは何か

インポスター現象は、個人が自身の能力や成功を正当に評価できず、自分を「詐欺師」のように感じることです。高い能力を持ち、成功を収めている人が、自分の成功を運や偶然によるものだと考え、無能であると信じ込む傾向があります。

インポスター現象は三つの要素から特徴づけられます[1]

  • フェイク:自己の知性や能力に対する深い疑念。インポスター現象を経験する人は、周囲を騙していると感じ、いつか「正体がばれる」という不安に苛まれます。高評価の仕事でも、自分は運が良かっただけだと考えてしまいます。
  • ラッキー:成功を運や偶然に帰する傾向。努力や能力の結果と認識できず、「たまたま上手くいっただけ」と考えます。昇進やプロジェクトの成功を、自分の実力ではなく周囲の助けや運によるものだと解釈します。
  • ディスカウント:良いパフォーマンスや成果を認めない。高評価を受けても素直に受け入れず、自分の業績を過小評価します。同僚から優れた発表だったと褒められても、「準備が足りなかった」「もっと上手くできたはず」と否定的に考えます。

これらの要素は相互に関連し、インポスター現象を経験する個人の心理状態を形成しています。この現象が単なる自信の欠如や謙遜とは異なる点は重要です。高い能力を持ち、成功を収めているにもかかわらず、自己評価と他者からの評価の間に乖離があります。

研究によると、インポスター現象は様々な職種や年齢層で観察されますが、特に高学歴者や専門職、リーダーシップの立場にある人々に多く見られます。また、女性や少数民族など、社会的にマイノリティとされる集団において顕著に現れます。

インポスター現象を理解し、適切に対処することは、個人の成長と組織の発展にとって重要です。自己認識を改善し、客観的な成功と主観的な自己評価のギャップを埋めることで、個人はより自信を持って能力を発揮し、キャリアを前進させることができるでしょう。

インポスター現象の研究動向

インポスター現象に関する研究は、近年急速に発展しています。特に、この現象がキャリアや職場でのパフォーマンス、メンタルヘルスに与える影響について、多くの注目が集まっています。

最新の研究動向を分析した調査によると、インポスター現象に関する研究は年々増加しており、特に2009年以降と2020年以降に急激な伸びを示しています[2]2003年には35件だった関連出版物が、2009年には128件、2022年には2441件にまで増加しました。

この急増は、職場におけるメンタルヘルスの重要性が認識されるようになったこと、そしてCOVID-19パンデミックによる働き方の変化が、この分野の研究を加速させたことによるものと考えられています。

インポスター現象に関する研究のテーマは多岐にわたりますが、次の5つのクラスターに分類されます。

  • 組織心理:文化、倫理、仕事の満足度、リーダーシップなどが研究されています。インポスター現象が組織文化やリーダーシップスタイルとどのように関連しているかが探求されています。例えば、特定の組織文化がインポスター現象を助長するか、またはリーダーの行動がチームメンバーのインポスター感に影響を与えるかなどが調査されています。
  • ビジネスマネジメント:行動科学、意思決定、起業家精神などが焦点となっています。インポスター現象が経営判断や企業家的行動にどのような影響を与えるかが調査されています。例えば、インポスター現象を経験する経営者がリスクを回避する傾向にあるか、または革新的な意思決定を躊躇するかなどが研究されています。
  • 持続可能なビジネス:企業の社会的責任、持続可能性などとの関連が研究されています。インポスター現象が持続可能な経営実践にどのように影響するかが検討されています。例えば、インポスター現象を経験する経営者が長期的な持続可能性よりも短期的な成果を重視する傾向があるかどうかなどが調査されています。
  • 人事管理とポジティブ心理学:ダイバーシティ、従業員の態度、モチベーションなどが研究対象となっています。インポスター現象がどのように従業員のエンゲージメントや職場のダイバーシティに影響を与えるかが調査されています。例えば、インポスター現象が従業員の職務満足度やワークライフバランスにどのような影響を与えるか、また、多様性のある職場環境がインポスター現象の発生にどのように影響するかなどが研究されています。
  • 組織変革マネジメント:変革マネジメント、組織行動などが研究されています。インポスター現象が組織の変革プロセスにどのような影響を与えるかが探求されています。例えば、インポスター現象を経験する従業員が組織の変革にどのように適応するか、または変革のプロセスがインポスター感をどのように増幅または軽減するかなどが調査されています。

これらの研究クラスターは、インポスター現象が個人の心理状態の問題だけではなく、組織全体のパフォーマンスや文化にも大きな影響を与える可能性があることを示しています。

キャリア計画やリーダーシップ意欲の減退

インポスター現象は、個人のキャリア計画やリーダーシップへの意欲に影響を与えることが、学術研究において明らかになりました[3]

インポスター現象は個人のキャリアの楽観主義に負の影響を与えます。キャリアの楽観主義とは、将来のキャリアに対して前向きな期待や希望を持つことを指します。

インポスター現象を経験する人は、自分の成功を一時的なものや運によるものと考えるため、将来的に失敗するのではないかという恐れを抱きやすくなります。その結果、キャリアに対する楽観的な見方が減少し、長期的なキャリア計画を立てることが困難になります。

次に、インポスター現象はキャリアの適応性にも悪影響を与えます。キャリアの適応性とは、新しい状況や変化に対応する能力を指します。インポスター現象を経験する人は、自分の能力に自信がなく、新しい挑戦や変化に対して不安を感じやすいため、キャリアの転換期や新しい役割に適応することが難しくなります。

さらに、インポスター現象はリーダーシップの意欲を減退させます。リーダーシップポジションに就くことは、多くの場合、高い可視性と責任を伴います。インポスター現象を経験する人は、自分がリーダーシップを発揮できる能力があると信じておらず、リーダーとして失敗することを恐れます。そのため、リーダーシップの機会が与えられても、それを避けようとする傾向があります。

また、インポスター現象は、個人の内部市場性(組織内での価値)と外部市場性(他の組織での価値)の認識にも影響を与えます。インポスター現象を感じる人は、自分のスキルや経験を過小評価し、昇進や新しい職を探すことに消極的になります。今の地位は運が良かっただけで、他の組織では通用しない、自分のスキルは特別なものではないといった考えが、キャリアの停滞や機会の喪失につながる可能性があります。

興味深いことに、インポスター現象は可視的なキャリア努力を増加させる一方で、非可視的な努力には影響を与えないことが検証されています。インポスター現象を経験する人は、他人から見える形での努力(例えば、長時間労働)を増やしますが、個人的なスキル開発や学習といった目に見えにくい努力は必ずしも増加しません。自分の能力に対する不安を外部からの評価で補おうとする行動の表れと解釈できます。

これらの影響は、個人のキャリア開発を阻害する可能性があります。長期的なキャリア計画の欠如、新しい機会への適応の困難さ、リーダーシップ役割の回避は、個人の成長を制限し、潜在能力を十分に発揮できない状況を生み出します。

組織からしても、インポスター現象は重要な課題です。有能な従業員がリーダーシップ役割を避けたり、キャリアの停滞を経験したりすることは、組織全体の成長と競争力に影響を与えます。例えば、潜在的に優秀なリーダーが責任ある立場を避けることで、人材育成や後継者計画に支障をきたす可能性もあります。

キャリア成功にマイナスの影響

インポスター現象がキャリア成功にマイナスの影響を与えることは、他の研究でも示されています[4]

インポスター現象は短期的な感情(恥)および職場でのパフォーマンス(創造性と組織市民行動)に影響を与えることが分かっています。恥の感情は、インポスター現象を経験する個人の中核的な感情の一つです。自分の能力や成功に対する疑念は、常に「ばれるのではないか」という恐れを生み出し、それが恥の感情につながります。

恥の感情は、創造性に負の影響を与えます。創造的な活動には、新しいアイデアを提案したり、リスクを取ったりすることが必要ですが、恥の感情はこれらを抑制します。自分のアイデアが批判されることを恐れ、新しい提案を控えるようになるのです。

例えば、革新的なプロジェクトのアイデアを持っていても、「このアイデアは愚かだと思われるかもしれない」という気持ちから、それを提案することができない場合があります。

組織市民行動については、インポスター現象が複雑な影響を与えることが分かっています。組織市民行動は、正式な職務範囲を超えて行われる自主的な行動のことを指します。インポスター現象を経験する個人は、自分の能力や地位に対する不安から、組織市民行動を通じて自分の価値を証明しようとする傾向があります。例えば、同僚を助けたり、追加の仕事を引き受けたりすることで、自分の存在価値を示そうとするのです。

インポスター現象は長期的なキャリア成功にも影響を与えます。研究によると、インポスター現象は外的雇用能力(他の組織での雇用可能性)と客観的キャリア成功(昇進、パフォーマンス評価)に負の影響を与えることが実証されています[5]

外的雇用能力に関しては、インポスター現象を経験する個人は自分の能力や経験を過小評価するため、新しい職を探すことに消極的になります。「他の組織では通用しない」「今の成功は運が良かっただけだ」といった思考が、キャリアの可能性を狭めてしまいます。

客観的キャリア成功については、インポスター現象が昇進や高評価の獲得を妨げる可能性があります。自分の能力に自信がないため、昇進の機会を自ら断ったり、重要なプロジェクトのリーダーシップを避けたりすることで、キャリアの進展が遅れます。また、自分の成果を適切にアピールできないことで、実際の能力や貢献が正当に評価されないかもしれません。

さらに、インポスター現象は内的雇用能力(現在の組織内での価値)にも影響を与えます。自分の能力や貢献を過小評価することで、組織内での自分の価値を低く見積もり、結果として昇進や重要な役割を獲得する機会を逃します。

これらの影響は、個人のキャリア満足度や全体的な職務満足度にも波及します。自分の成功を正当に評価できないことで、キャリアの進展に対する満足感が得られにくくなります。また、自分の能力に疑念を抱くことで、日々の仕事に対する満足度も低下し得ます。

文化を問わず抑うつに影響

アジア(香港)と西洋(イギリス)のサンプルを比較し、インポスター現象の文化的差異とその影響が調査されています[6]。この研究は、3波の縦断的デザインを用いて、反芻、失敗反芻、自己卑下という3つの媒介因子の役割を検証しました。

研究結果としては、香港の参加者がイギリスの参加者よりも有意に高いインポスター現象のレベルを報告しました。これは、文化的な価値観や社会的期待の違いが影響している可能性があります。

例えば、香港の文化では、家族の成果への強調や親の管理がより顕著であり、これが自己批判的な社会比較を促進し得ます。また、アジアの文化では謙虚さが美徳とされ、これがインポスター感を強める要因となっているかもしれません。

その一方で、インポスター現象が抑うつに与える影響は、文化的背景に関わらないことが示されています。具体的には、次の3つが、インポスター現象と抑うつ症状の関係を媒介していることが明らかになりました。

  • 反芻:過去の出来事や自分の行動について繰り返し考え続けること。インポスター現象を経験する人は、自分の能力や成功に対する疑念から、過去の失敗や不安を繰り返し考えます。例えば、「あの時のプレゼンで私は本当に能力不足を露呈してしまった」といった考えを何度も繰り返します。
  • 失敗反芻:特に失敗経験に焦点を当てて繰り返し考えること。インポスター現象を経験する人は、成功よりも失敗に注目し、それを過度に分析する傾向があります。例えば、「あのプロジェクトで私がミスをしたせいで、チーム全体の評価が下がってしまった」といった考えにとらわれ続けます。
  • 自己卑下:自分を他人より劣っていると感じ、否定的に評価すること。インポスター現象を経験する人は、自己の能力や価値を過小評価し、他者と比較して自分を低く位置づけます。例えば、「同僚はみな私よりも優秀で、私だけが場違いな存在だ」といった考え方をします。

これらのメカニズムは、文化的背景を問わず、インポスター現象と抑うつ症状の関係を部分的に説明しています。インポスター現象を経験する個人は、これらのパターンを通じて、抑うつが高まるのです。

脚注

[1] LaVelle, J. M., Jones, N. D., and Donaldson, S. I. (2024). Addressing the elephant in the room: Exploring the impostor phenomenon in evaluation. American Journal of Evaluation, 45(2), 186-202.

[2] Demirbas, H., and Altintas, F. C. (2023). Mapping the landscape of impostor phenomenon research in organizational behavior: A bibliometric study between 2003 and 2022. Cumhuriyet Universitesi Iktisadi ve Idari Bilimler Dergisi, 24(4), 560-572.

[3] Neureiter, M., and Traut-Mattausch, E. (2016). An inner barrier to career development: Preconditions of the impostor phenomenon and consequences for career development. Frontiers in Psychology, 7, 48.

[4] Hudson, S., and Gonzalez-Gomez, H. V. (2021). Can impostors thrive at work? The impostor phenomenon’s role in work and career outcomes. Journal of Vocational Behavior, 128, 103601.

[5] Neureiter, M., and Traut-Mattausch, E. (2016). Inspecting the dangers of feeling like a fake: An empirical investigation of the impostor phenomenon in the world of work. Frontiers in Psychology, 7, 1445.

[6] Cheung, J. O. H., and Cheng, C. (2024). Cognitive-behavioral mechanisms underlying impostor phenomenon and depressive symptoms: A cross-cultural analysis. Personality and Individual Differences, 227, 112716.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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