2024年9月5日
集中力の敵か、アイデアの源か:マインドワンダリングの活用法
電車の中で気づいたら、降りる駅を通り過ぎてしまっていたことはありませんか。私たちの心はしばしば目の前の作業から離れて、思いもよらない方向へと飛んでいくことがあります。この現象は「マインドワンダリング」と呼ばれます。
マインドワンダリングを注意散漫や集中力の欠如と考える人もいるかもしれません。しかし、研究によって、この現象が認知機能において重要な役割を果たしていることがわかってきました。
マインドワンダリングは創造性の源となる一方で、時にはパフォーマンスの低下を招き、精神的健康にも影響を与えます。こうした特性は、私たちの職業生活に思いがけない影響をもたらしています。
本コラムでは、研究知見をもとに、マインドワンダリングのさまざまな側面について探ります。その仕組みや影響、そして上手な付き合い方まで、心の「さまよい」の世界を一緒に見ていきましょう。
創造性を高めるが精神的健康には悪影響
研究によれば、マインドワンダリングは私たちの創造性を高める一方で、精神的健康に悪影響を及ぼすことがあります。この一見矛盾する関係について詳しく見ていきます。
865人の大学生を対象に、マインドワンダリングの頻度、創造性の一指標としての発散的思考能力、そして精神的健康指標を測定しました[1]。発散的思考能力は、一般的な物体の珍しい使い方を考えるテストで評価されました。
結果、マインドワンダリングの頻度が高い人ほど発散的思考能力も高い傾向が見られました。心があちこちさまよう人ほど、創造的なアイデアを生み出す能力が高いということです。これは、マインドワンダリングが異なる概念や情報を結びつけ、新しいアイデアを生み出す機会を提供するからと考えられています。
しかし同時に、マインドワンダリングの頻度が高い人は、抑うつ症状や統合失調型パーソナリティなどの精神的健康リスクも高いことが分かりました。
抑うつ症状がある人はネガティブな考えや反芻的な思考に陥りやすく、心が現在のタスクから離れがちになります。また、統合失調型パーソナリティの特徴を持つ人々は、現実世界から切り離された感覚や奇妙な思考を経験しやすいため、マインドワンダリングの頻度が高くなります。
これらの結果は、マインドワンダリングが創造性と精神的健康の両方に関連していることを示唆しています。新しいアイデアを生み出す一方で、ネガティブな思考にとらわれやすくなるリスクもあるのです。
多くの研究によればパフォーマンス低下に
多くの研究を通じて、マインドワンダリングはパフォーマンス低下につながることが示されています。
研究グループが行ったメタ分析(多数の研究結果を統合して分析する手法)では、88の研究からデータを収集し、マインドワンダリングとパフォーマンスの関係を調べました[2]。この分析では、成人を対象とし、様々なタスクにおけるマインドワンダリングの頻度とその結果としてのパフォーマンスを対象にしています。
結果は明確でした。マインドワンダリングの増加は、一般的にパフォーマンスの低下と関連していました。心がさまよう頻度が高くなるほど、課題の成績が下がっていたのです。逆に、タスク関連思考(課題に集中している状態)の増加は、パフォーマンスの向上と関連していました。
この関係性は、認知資源理論と実行制御理論という二つの理論的枠組みによって説明されています。認知資源理論によると、個人の注意資源と課題要求の違いによってタスク遂行能力のばらつきが説明されます。認知資源が多い人はタスク関連思考を維持しやすく、少ない人はマインドワンダリングしやすいとされます。
一方、実行制御理論は、目標達成のために注意資源をどう配分するかを説明します。この理論では、マインドワンダリングは主要なタスクからの注意の逸脱として理解されます。マインドワンダリングによって、タスクに割り当てられるべき注意資源が減少し、結果としてパフォーマンスが低下するというわけです。
さらに、この研究では、タスクの複雑さと時間がマインドワンダリングの頻度とパフォーマンスの関係に影響を与えることが明らかになりました。
タスクが単純であったり、長時間続いたりする場合、マインドワンダリングの頻度が増加しました。単調な作業や長時間の集中を要する作業では、心が迷いやすくなります。特に、タスクの時間が長いほど、認知資源の少ない人のマインドワンダリングとパフォーマンスの負の関係が強まりました。
長時間の単調な作業では、定期的に休憩を取ることでマインドワンダリングを減らし、パフォーマンスを維持できる可能性があります。また、タスクを適度に複雑にすることで、注意を持続させやすくなるかもしれません。
ワーキングメモリが高いとマインドワンダリングは低い
マインドワンダリングとワーキングメモリ(作業記憶)の関係は、認知心理学の分野で注目されています。研究結果によると、ワーキングメモリ容量が高い人ほど、マインドワンダリングの頻度が低いという関係性が明らかになっています[3]。
ワーキングメモリとは、情報を一時的に保持し、操作する能力のことです。例えば、電話番号を聞いてすぐにダイヤルする時や、複雑な計算を頭の中で行う時に使われます。ワーキングメモリ容量が大きい人は、より多くの情報を一時的に記憶し、操作する能力が高いとされています。
ある研究において、参加者に持続的注意を要する課題を行ってもらい、その間のマインドワンダリングの頻度を測定しました。同時に、操作スパン課題や読解スパン課題などを用いて、参加者のワーキングメモリ容量も測定しました。
そうしたところ、ワーキングメモリ容量が大きい参加者ほど、タスク中の自発的なマインドワンダリングの頻度が低いことが分かりました。ワーキングメモリ能力が高い人は、タスクに集中し続けやすく、心が勝手にさまよう頻度が少なかったのです。
なぜこのような関係が見られるのでしょうか。一つの説明として、ワーキングメモリ容量が大きい人は、情報を保持しながら集中力を維持する能力が高いため、タスクに集中し続けやすくなることが挙げられます。外部の刺激や内部の思考によって気が散りにくく、自発的なマインドワンダリングの頻度が低くなります。
ワーキングメモリ容量が大きい人は、タスクに関連しない思考や刺激を効果的に抑制する能力も高い可能性があります。マインドワンダリングを引き起こすような思考や刺激が生じても、それを抑え込み、タスクに注意を戻す能力が高いのかもしれません。
退屈な作業では意図的なマインドワンダリングが起きる
マインドワンダリングは、必ずしも無意識的に起こるものばかりではありません。特に退屈な作業や動機づけの低いタスクにおいては、意図的にマインドワンダリングを行うことが研究によって示されています[4]。
ある研究では、参加者に「メトロノーム応答課題」という持続注意課題を行ってもらいました。この課題では、参加者は周期的なメトロノーム音に合わせてキーを押す必要があります。この課題は非常に退屈で、動機づけを維持するのが難しいタスクです。
研究者たちは、課題中に定期的に思考プローブを挿入し、参加者の現在の思考状態を報告してもらいました。多くの参加者が意図的にマインドワンダリングを行っていたことが分かりました。
退屈な作業で意図的なマインドワンダリングが起こる理由として、退屈さや動機づけの低さが考えられます。課題に対する興味や意欲が低い場合、人は意図的に注意をそらし、より興味のある思考や空想に逃避しようとします。不快な状況や退屈さから逃れるための心理的メカニズムと考えることができます。
また、単調な作業は認知的な負荷が低いため、余剰の認知資源が生じやすくなります。この余剰資源を利用して、人は意図的に他のことを考えたり、空想したりすることができます。
この研究では参加者のモチベーションと意図的マインドワンダリングの関係も調べられました。その結果、課題遂行への意欲が低いと報告した参加者ほど、意図的なマインドワンダリングが多いことが分かりました。タスクに対する動機づけが低いほど、意図的に心をさまよわせるという結果です。
単調で退屈な作業を長時間続けることは、意図的なマインドワンダリングを誘発し、結果としてパフォーマンスの低下につながる可能性があります。したがって、適度な挑戦や変化を含むタスク設計や、定期的な休憩の導入が重要かもしれません。
加えて、タスクに対する意欲や興味を高めることで、意図的なマインドワンダリングを減らし、集中力を維持できる可能性があります。これは、職場における動機づけ戦略の重要性を裏付けるものと言えるでしょう。
動機づけを高めれば減らすことが可能
マインドワンダリングは一見すると制御不能な現象に思えるかもしれませんが、動機づけを高めることで、その頻度を減らすことが可能です。
参加者に持続注意課題を与え、動機づけを操作することでマインドワンダリングの割合がどのように変化するかを評価した研究があります[5]。参加者は2つのグループに分けられました。一方のグループには標準的な指示が与えられ、もう一方のグループには課題の成績が一定レベルを超えれば早く実験を終了できるという動機づけを与える指示が与えられました。
結果的に、動機づけを高めることで、意図的および非意図的なマインドワンダリングの割合が有意に低いことがわかりました。具体的には、標準的な指示を受けたグループでは67%のマインドワンダリング率だったのに対し、高い動機づけを与えられたグループでは49%でした。
動機づけが高まると、参加者は課題に対する関心と集中力が増し、心がさまよいにくくなります。高い動機づけは、課題を成功させるために意識的に努力する姿勢を生み出し、意図的なマインドワンダリングを避けるよう促します。
動機づけの向上が非意図的なマインドワンダリングも減少させた点は、全体的な集中力の向上によって、無意識的に注意がそれることも抑制される可能性を示しています。
なお、動機づけの向上は、マインドワンダリングの減少だけでなく、パフォーマンスの向上にもつながりました。高い動機づけを与えられた参加者は、課題中の反応のばらつきが小さくなり、キーを押すタイミングがより一貫性を持つようになりました。音に対する反応を忘れてしまう省略の誤りも少なくなりました。
ただし、研究においては、動機づけ条件の参加者でも一部意図的なマインドワンダリングが存在していました。これは、高い動機づけがあっても、完全にマインドワンダリングを排除することは難しいことを意味しています。
メンタルコントラストが行動変容につなげる
マインドワンダリングを効果的に活用し、行動変容につなげる手法として注目されているのが「メンタルコントラスト」です。この手法は、単なるポジティブシンキングとは異なり、望む未来と現実の障害を対比させることで、具体的な行動を促進する効果があります。
メンタルコントラストは、2つのステップで構成されています。
- まず、達成したい目標や理想の未来を想像する
- 次に、その未来を実現するために乗り越えるべき現実や障害を想像する
このプロセスにより、未来と現実の間の関連性が強まり、行動変容が促進されます。研究では、メンタルコントラストを用いることで、ポジティブな空想が効果的な行動変容に変換されることが示されています[6]。
例えば、参加者にメンタルコントラストを教え、その後の行動変容を観察しました。結果、メンタルコントラストを用いた参加者は、目標達成に向けた行動をより多く取るようになりました。
メンタルコントラストは認知的に要求の高いプロセスであり、未来と現実の関連性を強化します。理想の未来を思い描くだけでなく、現実の障害をイメージすることで、目標達成に必要な行動がより明確になります。
メンタルコントラストは、マインドワンダリングを建設的に活用する方法とも言えます。普段何気なく行っているマインドワンダリングを、目的を持った思考プロセスに変換することで、問題解決や目標達成に役立てることができます。
さらに脳磁図を用いた実験も行われています。メンタルコントラストを行っている際の脳活動を測定したところ、未来と現実の関連性を強化する特定の脳領域が活性化されることが確認されました。
なお、メンタルコントラストの効果は、様々な領域で確認されています。例えば、健康行動の改善、学業成績の向上、人間関係の改善などに効果があります。この手法が幅広い分野で応用可能であるということです。
マインドワンダリングの種類で要因は異なる
マインドワンダリングは一様な現象ではなく、その種類によって異なる要因が関与していることが明らかになっています。具体的には、自発的マインドワンダリングと意図的マインドワンダリングという2つの主要なタイプが存在し、それぞれが異なる要因と関連しています。
自発的マインドワンダリングとは、本人の意思とは無関係に自然に起こる思考の逸脱を指します。一方、意図的マインドワンダリングは、本人が意図的にタスクから意識を逸らし、他のことを考えることを指します。
研究では、これら2つのタイプのマインドワンダリングが異なる要因と関連していることが検証されました[7]。
まず、自発的マインドワンダリングは主にワーキングメモリ容量と関連していることが分かりました。ワーキングメモリ容量が大きいほど、タスク中の自発的なマインドワンダリングの頻度が低くなります。ワーキングメモリ容量が大きい人ほど情報を保持しながら集中力を維持する能力が高いため、タスクに集中し続けやすくなります。
また、覚醒度の不足も自発的マインドワンダリングの頻度を高める要因です。覚醒度が低いと、脳の活動が低下し、集中力を維持するのが難しくなって、自発的なマインドワンダリングが増えます。
一方、意図的マインドワンダリングは主に動機づけの欠如によって引き起こされることがわかりました。タスクに対する意欲や興味が低い場合、人は意図的に注意をそらし、より興味のある思考や空想に逃避しようとします。
課題の不快さも意図的マインドワンダリングの増加に寄与していることが見えてきました。タスクが不快であると感じるほど、人は意図的に他のことを考えます。不快な経験から心理的に距離を置こうとする自然な反応と解釈できます。
これらの発見は、マインドワンダリングをコントロールしようとする際に示唆を与えています。例えば、自発的マインドワンダリングを減らしたい場合は、ワーキングメモリ容量を向上させるトレーニングや、適切な覚醒度を維持する方策が効果的でしょう。
一方、意図的マインドワンダリングを減らしたい場合は、タスクに対する動機づけを高めたり、タスクをより魅力的にしたりする工夫が有効かもしれません。
脚注
[1] Yamaoka, A., and Yukawa, S. (2020). Mind wandering in creative problem-solving: Relationships with divergent thinking and mental health. PLoS One, 15(4), e0231946.
[2] Randall, J. G., Oswald, F. L., and Beier, M. E. (2014). Mind-wandering, cognition, and performance: A theory-driven meta-analysis of attention regulation. Psychological Bulletin, 140(6), 1411-1431.
[3] Banks, J. B., and Boals, A. (2017). Understanding the role of mind wandering in stress-related working memory impairments. Cognition and Emotion, 31(5), 1023-1030.
[4] Seli, P., Cheyne, J. A., Xu, M., Purdon, C., and Smilek, D. (2015). Motivation, intentionality, and mind wandering: Implications for assessments of task-unrelated thought. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 41(5), 1417-1425.
[5] Seli, P., Schacter, D. L., Risko, E. F., and Smilek, D. (2019). Increasing participant motivation reduces rates of intentional and unintentional mind wandering. Psychological Research, 83(5), 1057-1069.
[6] Oettingen, G., and Schworer, B. (2013). Mind wandering via mental contrasting as a tool for behavior change. Frontiers in Psychology, 4, 562.
[7] Robison, M. K., and Unsworth, N. (2018). Cognitive and contextual correlates of spontaneous and deliberate mind-wandering. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 44(1), 85-98.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。