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コラム

リーダーの謙虚さが従業員を変える:幸福感からレジリエンスまで

コラム

職場環境や働き方に対する関心が高まっています。その中で、「謙虚なリーダーシップ」という考え方が一部で話題になっています。

謙虚なリーダーシップとは、リーダーが自分の限界や弱点を認識し、部下の意見や貢献を評価して、学ぶ姿勢を持つことです。表面的には、リーダーが謙虚であることは弱さの表れと思われるかもしれません。しかし、謙虚なリーダーシップは組織に多くの良い影響をもたらすことが示されています。

従来のリーダーシップ論では、カリスマ性やビジョン、決断力などが重視されてきました。しかし、複雑化する現代社会において、一人のリーダーが全てを理解し指示することは困難です。そこで注目されているのが、謙虚なリーダーシップです。

謙虚なリーダーは、自分の知識や能力の限界を認識し、部下や同僚の意見に耳を傾けます。また、失敗を恐れずに新しいアイデアを取り入れ、組織全体の成長を促進します。このようなリーダーシップスタイルは、従業員の自主性や創造性を引き出し、組織の適応力を高める可能性があります。

本コラムでは、謙虚なリーダーシップが従業員と組織にもたらす効果について見ていきます。リーダーの謙虚さが、いかに職場を豊かにし、従業員の幸福度を高めるかを探っていきましょう。また、謙虚なリーダーシップの実践における注意点についても触れていきます。

謙虚なリーダーシップの利点

謙虚なリーダーシップがもたらす具体的な効果について見ていきましょう。2022年に発表されたメタ分析の結果、謙虚なリーダーシップが組織にさまざまなポジティブな影響を与えることが分かりました[1]

53件の独立した研究から得られたデータを統合し、16534名を対象に分析を行ったところ、謙虚なリーダーシップは従業員の情緒的コミットメント、情緒的信頼、創造性、エンゲージメント、仕事の満足度など、多くの側面に良い影響を与えることが分かりました。

例えば、謙虚なリーダーの下で働く従業員は、組織に対して強い愛着や忠誠心を持ちます。謙虚なリーダーは従業員の意見を尊重し、その貢献を評価します。そのため、従業員は自分の存在価値を強く感じ、組織に対する愛着が深まるのです。

また、謙虚なリーダーは従業員からの強い信頼を獲得します。謙虚なリーダーは自己中心的な行動を避け、誠実に対応するため、従業員はリーダーの意図や行動に疑念を抱きにくくなり、高い信頼関係が築かれます。

謙虚なリーダーの下で働く従業員は、より創造的になることも明らかになりました。謙虚なリーダーは失敗を恐れずに挑戦する姿勢を奨励し、従業員が自由に発想できる環境を作ります。従業員は新しいアイデアを生み出しやすくなり、創造性が向上します。

さらに、謙虚なリーダーの下で働く従業員が、仕事に対して高い熱意や没頭度を示すことが見えてきました。謙虚なリーダーは従業員の貢献を認め、支援するため、従業員は仕事に対して積極的に取り組むようになり、エンゲージメントが向上します。

仕事の満足度とも高い関連が認められています。これは、謙虚なリーダーの下で働く従業員が、自分の仕事に対して高い満足感を抱くことを示しています。謙虚なリーダーは従業員の意見を取り入れ、働きやすい環境を整えるため、従業員は仕事環境や業務内容に対して肯定的な感情を持ちやすくなります。

組織にとって有益な役割外行動を促す

謙虚なリーダーシップは、従業員の組織市民行動を促進する効果があることが分かっています。組織市民行動とは、従業員が自発的に行う、組織にとって有益な行動を指します。例えば、同僚を助けたり、組織のイメージ向上に貢献したりする行動が含まれます。

謙虚なリーダーシップが組織市民行動に与える影響とそのメカニズムが詳しく調査されています[2]。研究では、中国の複数の企業に勤務する260名の従業員を対象にアンケート調査を行いました。

その結果、謙虚なリーダーシップが組織市民行動に直接的にポジティブな影響を与えることが確認されました。謙虚なリーダーは部下の強みを認め、自律性を提供し、仕事の意義を認識させます。従業員は自分の仕事に価値を感じ、組織に対して積極的に貢献しようとします。

この研究は、謙虚なリーダーシップが組織市民行動に与える影響のメカニズムをより詳細に解明しています。研究チームは、「強みの活用」と「ジョブクラフティング」という2つの要因に注目しました。

強みの活用とは、従業員が自分の長所や得意分野を仕事に活かすことを意味します。謙虚なリーダーシップは従業員の強みの活用を促進することが分かりました。謙虚なリーダーが部下の成長を促進し、強みの活用をサポートするからです。従業員は自分の強みを認識し、それを仕事に活かすことで、効果的に業務を遂行できるようになります。

ジョブクラフティングとは、従業員が自発的に自分の仕事の内容や方法を変更・改善することです。謙虚なリーダーシップはジョブクラフティングも促進していました。謙虚なリーダーが従業員に自律性と自己効力感を与える結果、従業員は自分の仕事をより良くするために、タスクや役割を自ら調整します。

強みの活用とジョブクラフティングが順次媒介することで、組織市民行動に影響を与えることも確認されています。謙虚なリーダーシップは従業員の強みを認識し、それを活用することを奨励します。従業員は自分の得意なスキルや能力を仕事に活かすようになります。

強みを活用することで自信を得た従業員は、自分の仕事をより良くするために積極的に行動するようになります。これがジョブクラフティングにつながります。自分の仕事を自発的に改善する中で、組織全体にも目を向けるようになり、組織市民行動が促進されるのです。

この研究は、謙虚なリーダーシップが単に組織市民行動を促進するだけでなく、従業員の成長と自己実現を通じて組織市民行動を高めることを表しています。謙虚なリーダーシップは従業員の内発的動機づけを高め、それが組織にとって有益な行動につながるという、ポジティブな循環を生み出し得ます。

仕事に対する幸福感が高まる

謙虚なリーダーシップは、従業員の仕事に対する幸福感を高める効果があります。中国の中小企業12社の221人のチームメンバーを対象に、謙虚なリーダーシップが従業員の幸福感に与える影響が調査されました[3]

この研究の特徴は、謙虚なリーダーシップが幸福感に与える影響を、「心理的安全性」と「失敗管理風土」という2つの要因に注目して分析した点にあります。

心理的安全性は、職場で自分の意見を自由に表明し、ミスを恐れずに行動できると感じることです。謙虚なリーダーシップは従業員の心理的安全性を高め、それを通じて幸福感を向上させることが明らかになりました。

謙虚なリーダーは自分のミスや限界を認め、部下の意見を尊重します。従業員は失敗を恐れずに意見を表明できるようになり、心理的安全性が高まります。この高い心理的安全性が、従業員の自己表現やイノベーションを促進し、結果として幸福感が向上します。

一方、失敗管理風土とは、組織における失敗に対する共通の実践や信念を指します。具体的には、失敗を学びの機会と捉え、オープンに話し合うことを奨励する雰囲気のことです。研究の結果、謙虚なリーダーシップは失敗管理風土を高め、それを通じても幸福感を向上させることが分かりました。

謙虚なリーダーは失敗を批判するのではなく、学びの機会として捉えます。これによって、組織内で失敗について話し合う文化が醸成されます。従業員は失敗を恐れずに業務に取り組むことができ、結果としてストレスが軽減され、仕事に対する満足度が向上します。

さらに、失敗管理風土が謙虚なリーダーシップと心理的安全性の関係を調整することも明らかになりました。失敗管理風土が高い場合、謙虚なリーダーシップが心理的安全性に与えるポジティブな影響がより強くなるのです。

失敗をオープンに話し合い、学びの機会として捉える組織では、リーダーの謙虚な態度がより効果的に心理的安全性を高めます。従業員は失敗を共有しやすくなり、リーダーの支援を受けやすくなるため、心理的安全性がさらに向上するのです。

レジリエンスを高める効果がある

謙虚なリーダーシップが従業員のレジリエンスを高めるメカニズムが検討されています[4]。研究では、「仕事に関連する促進焦点」と「内部者アイデンティティ」という2つの要因に注目しました。前者は、目標達成に向けた取り組みの姿勢、後者は、組織内での自分の地位に対する認識を意味します。

研究の結果、謙虚なリーダーシップは従業員の促進焦点と内部者アイデンティティを高め、それを通じてレジリエンスを向上させることが明らかになりました。

なぜこのような結果が得られたのでしょうか。まず、促進焦点について考えてみましょう。謙虚なリーダーは従業員に成長の機会やチャレンジを提供することで、従業員は目標達成に向けた意欲や取り組みが強くなります。目標に向かって努力する姿勢が強まることで、困難な状況に直面してもそれを乗り越えようとする力、すなわちレジリエンスが高まります。

次に、内部者アイデンティティですが、謙虚なリーダーは従業員の貢献を認め、組織内での価値を認識させます。従業員は自分が組織の重要な一員であるという感覚を強め、組織の困難に対しても積極的に対処しようとする姿勢が生まれて、レジリエンスが向上します。

謙虚なリーダーシップを実践することで、従業員の目標達成への意欲を高め、組織への帰属意識を強め、そしてレジリエンスを向上させることができます。特に、変化の激しいビジネス環境において、従業員のレジリエンスを高めることは組織の競争力を維持する上で重要です。

部下の帰属によって効果は異なる

謙虚なリーダーシップは多くの場合、組織にポジティブな影響をもたらします。しかし、謙虚なリーダーシップが必ずしも良い結果をもたらすわけではないことを示す研究もあります[5]

研究では、リーダーの謙虚な行動が部下の心理的権利意識や職場での逸脱行動にどのように影響するかを調査しました。特に注目したのは、部下がリーダーの謙虚さをどのように帰属させるか、要するに、リーダーの謙虚な行動の動機をどのように解釈するかという点です。

結果としては、部下がリーダーの謙虚さを自分本位なものと見なす場合、その謙虚さが部下の心理的権利意識を高め、職場での逸脱行動を増加させることが明らかになりました。

部下がリーダーの謙虚さを自分本位なもの、すなわちリーダー自身の利益のためのものと解釈すると、部下は自分が特別な待遇を受けるべきだと感じる心理的権利意識が高まり、それが職場での逸脱行動につながるのです。

一方で、部下がリーダーの謙虚さを自分本位でないと見なす場合は、逆の効果が得られることも分かりました。この場合、リーダーと部下の関係性が強化され、職場での逸脱行動が減少する傾向が見られたのです。

部下がリーダーの謙虚さを真摯なものと捉えると、リーダーとの信頼関係が強化されます。この強い関係性は部下の職場での行動をポジティブな方向に導き、逸脱行動を抑制します。

謙虚なリーダーシップの効果は単純ではなく、部下の認識によって異なる可能性があります。同じ謙虚な行動であっても、それがどのように解釈されるかによって、異なる結果をもたらすのです。

謙虚なリーダーシップを効果的に実践するためには、謙虚な行動を取るだけでなく、その行動が部下にどのように受け止められるかにも注意を払う必要があります。

以上、本コラムでは、謙虚なリーダーシップが組織にもたらす多様な効果を見てきました。従業員の情緒的コミットメント、創造性、エンゲージメント、仕事の満足度などを高める効果があることが分かりました。また、組織市民行動の促進、従業員の幸福感の向上、レジリエンスの強化など、組織全体にポジティブな影響を与えることも明らかになりました。

しかし同時に、謙虚なリーダーシップの効果は一様ではないことにも注意が必要です。例えば、部下がリーダーの謙虚さをどのように解釈するかによって、その効果が異なる可能性があります。リーダーの謙虚さが自己本位なものと捉えられると、逆効果を生む可能性があるのです。

これらの知見は、現代の組織運営において重要な示唆を与えています。複雑化する社会において、一人のリーダーが全てを把握することはますます困難になっています。謙虚なリーダーシップは、組織の集合知を活用し、変化に適応する力を高めます。

ただし、謙虚なリーダーシップを実践する際は、単に謙虚な態度を示すだけでなく、その真意が従業員に正しく伝わるよう注意を払う必要があります。リーダーの言動の一貫性や、組織文化の醸成も重要になるでしょう。

脚注

[1] Luo, Y., Zhang, Z., Chen, Q., Zhang, K., Wang, Y., and Peng, J. (2022). Humble leadership and its outcomes: A meta-analysis. Frontiers in Psychology, 13, 980322.

[2] Ding, H., Yu, E., Chu, X., Li, Y., and Amin, K. (2020). Humble leadership affects organizational citizenship behavior: The sequential mediating effect of strengths use and job crafting. Frontiers in Psychology, 11, 65.

[3] Zhang, Z., and Song, P. (2020). Multi-level effects of humble leadership on employees’ work well-being: the roles of psychological safety and error management climate. Frontiers in Psychology, 11, 571840.

[4] Zhu, Y., Zhang, S., and Shen, Y. (2019). Humble leadership and employee resilience: Exploring the mediating mechanism of work-related promotion focus and perceived insider identity. Frontiers in Psychology, 10, 673.

[5] Qin, X., Chen, C., Yam, K. C., Huang, M., and Ju, D. (2020). The double-edged sword of leader humility: Investigating when and why leader humility promotes versus inhibits subordinate deviance. Journal of Applied Psychology, 105(7), 693-712.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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