2024年9月2日
弱さを強さに:謙虚なリーダーシップの効果
近年、強いカリスマ性や独断的な決断力とは異なるリーダーシップが求められるようになっています。「謙虚なリーダーシップ」です。
謙虚なリーダーシップとは、リーダーが自分の限界を認識し、他者の意見を尊重して、学ぶ姿勢を持ち続けるリーダーシップのことを指します。このスタイルは一見すると弱々しく見えるかもしれませんが、現代のビジネス環境でなぜ重要視されているのでしょうか。
本コラムでは、謙虚なリーダーシップがもたらす効果について、研究知見を基に考えていきます。従業員のパフォーマンス向上、チームビルディング、プロジェクトの成功率、組織全体の業績に与える影響に注目します。
謙虚なリーダーシップがいかにしてパフォーマンスを高め、組織を成功に導くのか、その具体的な仕組みを探っていきます。
信頼されている感覚が成果につながる
謙虚なリーダーシップが従業員のパフォーマンスに与える影響について検討した研究があります。研究では、謙虚なリーダーシップが従業員の信頼感を高め、それが仕事のパフォーマンスや組織市民行動につながることが分かりました[1]。
まず、謙虚なリーダーシップが従業員の信頼感にどう影響するかを見てみましょう。謙虚なリーダーは、自分の限界を認識し、他者の意見を尊重し、新しいアイデアやフィードバックに対して開かれた態度を持っています。このようなリーダーの下で働く従業員は、自分が信頼されていると感じやすいことが分かりました。
具体的には、リーダーが自分の欠点を認めることで、従業員はリーダーが誠実であり、自分たちの意見を尊重していると感じます。これにより、従業員はリーダーから信頼されていると感じます。仕事の自律性が高い環境では、この効果がより顕著に現れることも検証されました。
次に、この信頼感がどのようにして業務パフォーマンスと組織市民行動に影響するかですが、信頼されていると感じる従業員は、その信頼に応えようとして仕事のパフォーマンスを向上させます。信頼されることで、従業員はモチベーションが上がり、自分の能力を最大限に発揮しようと努力するのです。
また、信頼感が高まると、従業員は組織全体に対しても貢献しようとします。これは、リーダーからの信頼が従業員の組織への帰属意識を高め、組織の目標達成に向けて自発的に行動することを促すためです。
しかし、同僚への組織市民行動には影響が見られませんでした。信頼感が主にリーダーとの関係性に基づくからでしょう。信頼される感覚は、リーダーとの直接的な関係で強く作用し、同僚間の行動には直接的な影響を及ぼさないのです。
謙虚なリーダーシップの重要性を強調する結果です。リーダーが謙虚さを持ち、自分の欠点を認め、部下の意見を尊重することで、従業員の信頼感が高まり、それが業務パフォーマンスや組織市民行動の向上につながるのです。
リーダーは自身の謙虚さを育み、部下との信頼関係を構築することの重要性を認識し、同時に適切な自律性を従業員に与えることで、組織全体のパフォーマンス向上につなげることができるでしょう。
上司と部下の関係を良くしてパフォーマンス向上へ
謙虚なリーダーシップが上司と部下の関係を改善し、それによって従業員の職務パフォーマンスが向上することが示されています[2]。
謙虚なリーダーは、自己評価が正確で、他者の強みを認識し、新しいアイデアやフィードバックに対して開かれています。このようなリーダーの態度は、部下との良好な関係構築に寄与します。リーダーが部下の意見を尊重し、部下の能力や貢献を認識し評価することで、部下は自分が信頼され、尊重されていると感じるようになります。
良好な上司部下関係が構築されると、部下は上司との関係に満足し、仕事に対するモチベーションが高まります。上司との信頼関係が強化されることで、部下は自信を持って業務に取り組み、より高いパフォーマンスを発揮するようになります。さらには情報の共有や協力を促進し、効率的な業務遂行を可能にします。
リーダーが誠実であると認識されている場合、謙虚な行動がより真実味を帯び、部下からの信頼が高まります。謙虚さと誠実さの組み合わせが、最も効果的に上司部下関係を改善し、結果として従業員のパフォーマンスを向上させます。
リーダーは誠実性を維持することの重要性を認識する必要があるでしょう。単に謙虚な態度を示すだけでなく、一貫した行動で高い誠実性を示すことが求められます。偽りの謙虚さは、かえって部下の疑念や軽蔑を招く可能性があります。
組織としては、自己認識を深めるワークショップや、フィードバックを受け入れる姿勢を養うトレーニングなどが有効かもしれません。また、リーダーの評価システムに謙虚さや誠実性の項目を含めることで、これらの重要性を組織全体に浸透させることができるでしょう。
創造的なパフォーマンスへの効果
謙虚なリーダーの態度は、従業員が組織の境界を越えて外部のリソースや情報を積極的に探索することを促進します[3]。
謙虚なリーダーが従業員の意見を尊重し、新しいアイデアを歓迎する姿勢を示すことで、従業員は自信を持って外部との交流や情報収集を行うようになります。また、リーダーが自身の限界を認めることで、従業員は外部の知識や専門性の重要性を認識し、それらを取り入れようとします。
境界を越える行動を通じて、従業員は新しい知識や視点を獲得し、それらを既存の知識と組み合わせることで、革新的なアイデアや解決策を生み出すことができます。外部との交流は従業員の視野を広げ、創造的思考を刺激します。異なる分野や組織の知見を取り入れることで、従来の枠組みにとらわれないアプローチが可能にもなります。
従業員の伝統主義的な価値観が、謙虚なリーダーシップの効果を強化する点は注目に値します。伝統主義的な価値観を持つ従業員は、リーダーの権威を尊重し、その指示に従う傾向が強いのですが、この研究では、そのような従業員が謙虚なリーダーシップに対してより強く反応することが示されました。
伝統主義的な価値観を持つ従業員は、リーダーの行動を模範として捉えます。謙虚なリーダーが境界を越える行動の重要性を示すことで、これらの従業員はそれを「正しい」行動として取り入れようとします。
また、伝統主義的な文化では、調和と相互尊重が重視されます。謙虚なリーダーシップはこれらの価値観と合致するため、伝統主義的な従業員にとってより受け入れやすく、影響力が強くなります。
さらに、伝統主義的な従業員は、リーダーからの承認や評価を重視します。謙虚なリーダーが従業員の意見や貢献を評価することで、従業員はより境界を越える行動を取り、創造的なパフォーマンスを発揮しようとします。
この研究の面白さは、謙虚なリーダーシップが従業員の創造的パフォーマンスにどのように影響を与えるか、そのメカニズムを解明した点にあります。特に、境界を越える行動が謙虚なリーダーシップの効果を媒介すること、そして従業員の伝統主義的な価値観がその効果を強化することを示した点は、リーダーシップの考え方に新たな視点を提供しています。
目標の明確化によってプロジェクトを成功に導く
謙虚なリーダーシップはプロジェクトの成功にも影響を与えます[4]。謙虚なリーダーはチームメンバーの意見を積極的に求め、それらを目標設定に反映させます。また、自身の知識や経験の限界を認識しているため、多様な視点を取り入れることの重要性を理解しています。プロジェクトの目標がより現実的なものとなり、チーム全体に共有されやすくなります。
謙虚なリーダーは目標設定後もフィードバックを求め、必要に応じて目標を調整する柔軟性を持っています。プロジェクトの進行中に発生する予期せぬ問題や変化に対しても、適切に対応することができます。
明確な目標は、チームメンバーに方向性と焦点を与えます。各メンバーが何を目指すべきかを理解することで、効率的に作業を進めることができます。明確な目標は進捗の測定も容易にし、必要に応じて軌道修正を行えるようになります。
明確な目標はチームの結束力を高めることにもつながります。共通の目標に向かって協力することで、チームの一体感が醸成され、メンバー間の協力が促進されます。これらの要因が相まって、プロジェクトの成功確率が高まります。
組織文化がこの関係を調整する点は興味深いところです。支援的な組織文化、すなわち、従業員の成長や協力を重視する文化では、謙虚なリーダーシップの効果がより強く現れました。
支援的な文化では、リーダーの謙虚な行動がより自然に受け入れられ、評価されます。チームメンバーはリーダーの謙虚な姿勢を模範として捉え、自らも同様の行動を取ろうとするでしょう。
また、支援的な文化では、オープンなコミュニケーションや協力が奨励されています。これは謙虚なリーダーシップのスタイルと相性が良く、リーダーの行動がより効果的に機能する環境になります。
この研究に基づけば、プロジェクトマネージャーは謙虚さを示すことの重要性を認識し、チームメンバーの意見を積極的に求め、目標設定プロセスに反映させるべきでしょう。同時に、組織として支援的な文化を醸成することが重要です。例えば、オープンなコミュニケーションを奨励したり、失敗を学習の機会として捉える姿勢を評価したりすることで、謙虚なリーダーシップがより効果的に機能する環境を整えることができます。
現代のビジネス環境において、プロジェクトの複雑性が増し、不確実性が高まる中で、価値のある知見です。謙虚なリーダーシップが、目標の明確化を通じてプロジェクトの成功確率を高めることが示されたことは、多くの組織にとって意味を持ちます。
トップマネジメントチームでも効果的
謙虚なリーダーシップは、一般の従業員やプロジェクトチームだけでなく、トップマネジメントチームでも有効です[5]。謙虚なCEOはトップマネジメントチームの意見を求め、それぞれの専門性を尊重します。チーム内でオープンな議論が生まれ、質の高い意思決定が可能になります。
研究によると、謙虚なCEOが率いる企業では、トップマネジメントチームにおいてCEOと他のメンバー間の給与格差が小さいことが示されました。謙虚なCEOが自分を特別視せず、チーム全体の貢献を重視する姿勢の表れと言えます。
報酬格差が小さいことは、トップマネジメントチームの統合にも正の影響を与えます。給与の公平性が保たれることで、メンバー間の信頼関係が強化され、協力的な雰囲気が醸成されます。情報共有がさらに促進され、チームとしての一体感が高まります。
謙虚なCEOが率いる企業では、トップマネジメントチームが探索と活用の両立戦略を採用する可能性が高いことも明らかになりました。探索戦略は新しい機会やイノベーションを追求する活動、活用戦略は既存のリソースや能力を最大限に活用する活動を指します。両者をバランスよく追求することは、長期的な企業の成功にとって重要です。
謙虚なCEOは自分の限界を認識しているため、新しいアイデアや外部の知見を取り入れようとします。これが探索活動を促進します。同時に、自社の強みや既存のリソースの重要性も認識しているため、それらを効果的に活用することも重視します。
これらの要因によって、謙虚なCEOが率いる企業では、全体的なパフォーマンスが向上します。具体的には、財務的なパフォーマンスだけでなく、イノベーション、従業員満足度、顧客満足度などの多面的な指標で良好な結果が得られています。
従来、CEOには強いカリスマ性や断固たる決断力が求められると考えられてきましたが、この研究は異なる視点を提供しています。謙虚さという一見弱々しく見える特性が、実は企業の長期的な成功にとって大事なのです。
謙虚なリーダーシップが、従業員の満足度や一般的なパフォーマンスだけでなく、企業の戦略的な方向性や長期的な成功にも影響を与えることが示されたことは、多くの企業にとって意味を持つでしょう。
以上のように、謙虚なリーダーシップは、従業員の信頼感や創造的パフォーマンスを高め、プロジェクトの成功確率を向上させ、さらにはトップマネジメントチームの機能を促進することで、組織全体のパフォーマンスを向上させる力を持っています。
急速な技術革新やグローバル化の進展により、一人のリーダーがすべての答えを持つことはもはや不可能です。多様な視点を取り入れ、チームの知恵を結集させる能力が求められています。謙虚なリーダーシップは、まさにこの要求に応えるものだといえるでしょう。
しかし、謙虚なリーダーシップを実践することは、決して容易ではありません。特に、強いリーダーシップや迅速な意思決定が求められる場面では、謙虚さを保つことが難しい場合もあるでしょう。また、文化的背景によっては、謙虚さが弱さの表れとして誤解される可能性もあります。
したがって、謙虚なリーダーシップの価値を明確に認識し、それを育成・支援するシステムを構築することが求められます。例えば、リーダーシップ開発において謙虚さを重視したり、評価システムに謙虚さの要素を取り入れたりすることが考えられます。
脚注
[1] Cho, J., Schilpzand, P., Huang, L., and Paterson, T. (2021). How and when humble leadership facilitates employee job performance: The roles of feeling trusted and job autonomy. Journal of Leadership & Organizational Studies, 28(2), 169-184.
[2] Yang, B., Shen, Y., and Ma, C. (2022). Humble leadership benefits employee job performance: the role of supervisor-subordinate Guanxi and perceived leader integrity. Frontiers in Psychology, 13, 936842.
[3] Zheng, Z., and Ahmed, R. I. (2024). Humble leadership and employee creative performance in China: the roles of boundary spanning behavior and traditionality. Personnel Review, 53(1), 193-210.
[4] Ali, M., Li, Z., Durrani, D. K., Shah, A. M., and Khuram, W. (2021). Goal clarity as a link between humble leadership and project success: the interactive effects of organizational culture. Baltic Journal of Management, 16(3), 407-423.
[5] Ou, A. Y., Waldman, D. A., and Peterson, S. J. (2018). Do humble CEOs matter? An examination of CEO humility and firm outcomes. Journal of Management, 44(3), 1147-1173.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。