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コラム

なぜ私たちは自分への批判を思い出せないのか:記憶無視のメカニズム

コラム

仕事をしていると、いろいろな人からフィードバックを受け取ります。同僚の励ましや上司の叱責、会議でのコメントなど、良いものも悪いものも含めて、他人からの評価は私たちの自己認識に影響します。しかし、これらのフィードバックをすべて同じように受け止めて記憶しているわけではありません。

人は自分に関するネガティブな情報を選んで思い出しにくいことが分かっています。この現象は「記憶無視」と呼ばれます。本コラムでは、記憶無視について解説します。

なぜ私たちは自分に関するネガティブな情報を忘れやすいのでしょうか。それはどんな状況で起こり、どんな影響をもたらすのか。また、この効果は常に同じように現れるのか、それとも状況によって変わるのか。これらの疑問に答えることで、記憶と自己認識の複雑な関係を探ります。

記憶無視を理解することは、自分自身の心理プロセスを知るために重要ですし、他者とのコミュニケーションや自己成長にも役立ちます。自分を深く理解し、より良い人間関係を築くためのヒントが隠されているかもしれません。

自分を脅かすフィードバックは思い出しにくい

私たちは日々、自分に関するさまざまな情報を受け取ります。先輩からの称賛、同僚からの批判、チャットでの反応など、良いものも悪いものも含めて、他者からの評価は不可避です。しかし、これらの情報をすべて同じように記憶していません。

人は自分に関するネガティブな情報を思い出しにくいことが明らかになっています。この現象は「記憶無視効果」と呼ばれ、自分を守るための仕組みとして機能しています。

研究において、参加者に自分自身や他人に関する肯定的・否定的なフィードバックを読ませた後、予告なしにそのフィードバックを思い出すよう求めました[1]。その結果、自分に関するネガティブなフィードバックが他の種類のフィードバックよりも思い出されにくいことが分かりました。

例えば、「あなたは信頼できない」というフィードバックは、「あなたは信頼できる」というフィードバックや、「彼は信頼できない」という他人に関するフィードバックよりも、思い出されにくいのです。自分を脅かす情報が自分を守るために浅く処理されるためだと考えられています。

この効果は自分に関する周辺的なネガティブ情報には見られません。例えば、「あなたは整理整頓が苦手だ」というフィードバックは、それほど記憶から無視されません。これは、その情報が自己概念にとってそれほど脅威とならないためだと解釈できます。

他方で、認識タスクでは、自分を脅かすフィードバックも他のフィードバックと同様に記憶されることが見えてきました。記憶無視の効果は情報を自発的に思い出す場面で現れ、適切な手がかりがあれば記憶にアクセスできるということです。

修正困難な否定的フィードバックが記憶無視に

記憶無視についてさらに理解を深めるため、研究チームはフィードバックの内容がどのように記憶無視に影響するかを調査しました[2]。特に、フィードバックが修正可能な特性に関するものか、修正不可能な特性に関するものかという点に注目しています。

研究では、参加者に自分自身や他者(「クリス」という架空の人物)に関する様々なフィードバックを読ませ、その後、それらのフィードバックをどの程度思い出せるかをテストしました。フィードバックには、修正可能な特性(例:「努力家である」)と修正困難な特性(例:「知的である」)に関するものが含まれていました。

結果的に、修正困難な特性に関するネガティブなフィードバックは、他の種類のフィードバックよりも思い出されにくいことが分かりました。一方、修正可能な特性に関するネガティブなフィードバックは、それほど記憶から排除されませんでした。

例えば、「あなたは知性に欠ける」というフィードバックは、「あなたは努力不足だ」というフィードバックよりも思い出されにくいのです。知性は一般的に修正が難しい特性であるのに対し、努力は改善可能な特性です。

この差が生じる理由について、研究者たちは、修正困難な特性に関するネガティブなフィードバックが自己概念により大きな脅威をもたらすためだと考えています。「努力不足」というフィードバックであれば、「もっと頑張ればよい」と解釈できます。しかし、「知性に欠ける」というフィードバックは、自分の根本的な能力に対する否定であり、簡単には変えられないものだと認識されます。

修正困難な特性に関するネガティブなフィードバックは、自己概念に深刻な打撃を与える可能性があります。そのため、私たちは、そうした情報を積極的に記憶から引き出さないようにするのです。自尊心を守り、肯定的な自己イメージを維持するための防衛反応だと考えられます。

一方、修正可能な特性に関するネガティブなフィードバックは、必ずしも自己概念への脅威とはなりません。むしろ、改善の機会として捉えられる可能性があります。このような情報は比較的記憶から引き出しやすく、後の行動改善につながるかもしれません。

例えば、「あなたは頭が悪い」と言われたら、その言葉を思い出すことさえ苦痛であり、無意識のうちにその記憶を抑圧しようとします。一方、「あなたはもっと努力すべきだ」と言われた場合、その言葉を受け入れ、行動の改善につなげようとする可能性があります。

この知見をもとにすれば、部下にフィードバックをする際には、修正可能な特性に焦点を当てることが効果的だとわかります。「あなたは才能がない」というフィードバックよりも、「この点をもっと練習すれば上達するはずだ」というフィードバックの方が、受け入れられやすく、改善につながるでしょう。

私たちは、自分にとって都合の悪い情報、特に自分の根本的な特性に関するネガティブな情報を排除しようとします。これは短期的には自尊心を守る効果がありますが、長期的には自己改善の機会を逃してしまいかねないとも言えます。自己成長を目指す上では、自分が受け取ったフィードバックを意識的に振り返り、重要な情報を見逃さないよう心がけることが大切になりそうです。

情報の否定性が記憶無視をもたらす

記憶無視についてさらに理解を深めるため、情報の否定性と情報の不一致という2つの要因のうち、どちらが記憶無視をもたらす主な決定要因なのかを検証した研究を取り上げましょう[3]

この研究以前は、自分に関する否定的な情報が記憶されにくいのは、その情報が自己概念と不一致であるためだと考えられていました。「自分は良い人間だ」という自己概念を持つ人が「あなたは悪い人だ」というフィードバックを受けた場合、その情報が自己概念と矛盾するために記憶から排除されると考えられていたのです。

しかし、この研究は、そうした考えに疑問を投げかけました。研究者たちは、情報の否定性こそが記憶無視の主な決定要因であることを示しました。

実験では、先ほどのものと同様に、参加者に自分自身や他人に関する様々なフィードバックを読ませ、それらのフィードバックをどの程度思い出せるかを確認しました。フィードバックには、肯定的なものと否定的なものが含まれており、また参加者の自己概念と一致するものと不一致のものが含まれていました。

結果として、参加者は、自分自身に関する否定的なフィードバックを、それが自己概念と一致しているか不一致であるかにかかわらず、他の種類のフィードバックよりも思い出しにくいことが分かりました。

例えば、自分を「信頼できる人間だ」と考えている参加者も、自分を「信頼できない人間だ」と考えている参加者も、「あなたは信頼できない」というフィードバックを同じように思い出しにくかったのです。一方で、「彼は信頼できない」という他人に関する否定的なフィードバックは、比較的よく記憶されていました。

情報の否定性が記憶無視の主な決定要因であることを示唆する結果です。私たちは自分に関する否定的な情報を、それが自己概念と一致しているかどうかにかかわらず、選択的に思い出さない傾向があるのです。

否定的な自己関連情報は、たとえそれが現在の自己概念と一致していたとしても、私たちの自尊心や心理的健康を脅かします。私たちは、そのような情報を積極的に記憶の奥に押し留めておこうとします。

私たちは単に自己概念と矛盾する情報を排除しているわけではなく、自分に関するネガティブな情報全般を選択的に無視します。肯定的な自己イメージを維持し、心理的な健康を守るための適応メカニズムだと言えます。私たちの記憶システムは、単に情報を保存するだけでなく、積極的に情報を選別し、自己を保護する機能を持っています。

想起しにくいだけで忘れるわけではない

これまで見てきたように、記憶無視により、私たちは自分に関するネガティブな情報を思い出しにくくなります。しかし、これは本当にその情報を完全に忘れてしまうことを意味するのでしょうか。自分を脅かす記憶の想起と認識に関する興味深い実験が行われています[4]

研究では、参加者に自分自身または他人に関する肯定的および否定的な行動を含むフィードバックを読ませました。その後、これらのフィードバックを自由に想起するよう求め(想起タスク)、さらにコンピュータ上で以前に見たフィードバックを識別するよう求めました(認識タスク)。

想起タスクでは、これまでの研究と同様に、否定的で中心的な自己を脅かす行動の想起が他の種類のフィードバックよりも劣っていました。参加者は自分自身に関するネガティブなフィードバックを自発的に思い出すことが難しかったということです。

しかし、認識タスクでは異なる結果が得られました。参加者は、自分を脅かすフィードバックを含むすべての種類のフィードバックを同程度に識別することができました。適切な手がかりが与えられれば、自分を脅かす情報も他の情報と同じように認識できます。

この結果は、自分を脅かす情報が完全に忘れ去られるわけではなく、記憶の中に保持されていることを表しています。ただし、その情報は自発的に思い出すことが難しくなっています。言い換えれば、記憶無視は情報の「アクセシビリティ」(どれだけ簡単に思い出せるか)に影響を与えるということです。

私の記憶システムは、自分を脅かす情報を完全に消去してしまうのではなく、その情報へのアクセスを制限することで、自己防衛と情報保持のバランスを取っています。通常の状況では否定的な自己イメージにさらされることを避けつつ、必要な場合にはその情報を利用することができます。

例えば、重要なプレゼンテーションで受けた厳しい批判の内容を、後になって自発的に思い出すことは難しいかもしれません。しかし、同僚がその批判の内容について具体的に言及すれば、「そういえば確かにそう言われた」と思い出すことができます。

自分に関するネガティブなフィードバックが記憶から完全に消えてしまうわけではないという事実は、私たちがそのフィードバックを後で活用できる可能性を表しています。

他者にフィードバックを与える立場にある場合、一度伝えるだけでなく、後で再び言及したり、書面で残したりするなど、相手がその情報にアクセスできるような工夫をすることが効果的かもしれません。

記憶無視のメカニズムとその含意

記憶無視に関する一連の研究は、私たちの心理の複雑さと、ある種の巧妙さを明らかにしています。自分に関するネガティブな情報を選択的に思い出さない傾向は、自尊心を守り、肯定的な自己イメージを維持するための適応メカニズムとして機能しています。しかし同時に、この効果は自己改善の機会を逃す可能性もあります。

本コラムで紹介した主な知見をまとめておきましょう。

  • 自分を脅かすフィードバック、特に中心的で否定的な情報は想起しにくくなる
  • 修正困難な特性に関するネガティブなフィードバックは、修正可能な特性に関するものよりも記憶から排除されやすい
  • 情報の否定性が、記憶無視の主な決定要因となる
  • 自分を脅かす情報は完全に忘れ去られるわけではなく、適切な手がかりがあれば認識することができる

自己成長を目指す際には、自分が受け取ったフィードバックを記録し、定期的に振り返ることで、記憶無視を緩和し、より客観的な自己評価を行うことが有効になるでしょう。逆に、他者にフィードバックを与える際には、相手がその情報を適切に受け止め、記憶できるような方法を考慮することが重要です。

他にも、ネガティブなフィードバックを与える際には、それを修正可能な特性と関連付けたり、具体的な改善策を示したりすることで、受け手がその情報を受け入れやすくなる工夫が求められます。

記憶無視の研究は、人間の記憶が単なる情報の貯蔵庫ではなく、自己防衛と自己改善のバランスを取るためのプロセスであることを示しています。

脚注

[1] Sedikides, C., Green, J. D., Saunders, J., Skowronski, J. J., and Zengel, B. (2016). Mnemic neglect: Selective amnesia of one’s faults. European Review of Social Psychology, 27(1), 1-62.

[2] Green, J. D., Pinter, B., and Sedikides, C. (2005). Mnemic neglect and self‐threat: Trait modifiability moderates self‐protection. European Journal of Social Psychology, 35(2), 225-235.

[3] Sedikides, C., and Green, J. D. (2004). What I don’t recall can’t hurt me: Information negativity versus information inconsistency as determinants of memorial self-defense. Social Cognition, 22(1), 4-29.

[4] Green, J. D., Sedikides, C., and Gregg, A. P. (2008). Forgotten but not gone: The recall and recognition of self-threatening memories. Journal of Experimental Social Psychology, 44(3), 547-561.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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