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コラム

仕事から「離れる」:心理的ディタッチメントの影響

コラム

仕事と生活のバランスを保つことが多くの人にとって課題となっています。特に情報技術の進化により、いつでもどこでも仕事ができる環境が整っているため、仕事から気持ちを離すのが難しいと言われています。こうした背景から「心理的ディタッチメント」という考え方が注目されています。

心理的ディタッチメントとは、仕事時間外に仕事に関することを考えたり行ったりせず、心の中で仕事から距離を置くことを意味します。最近の研究で、この考え方が従業員の幸福感や仕事のパフォーマンスに影響を与えることが明らかになってきました。

本コラムでは、心理的ディタッチメントの意義について説明します。心理的ディタッチメントが従業員の健康やパフォーマンスにどのような影響を与えるのか、そしてどのように効果的に実践できるのかを探ります。

本コラムを通じて、読者の皆さんが仕事と生活のバランスを見つけるためのヒントを得られることを願っています。

心理的ディタッチメントが消耗を防ぐ

心理的ディタッチメントが従業員の消耗を防ぐ効果について見てみましょう。ここでは、ある研究結果を紹介します。研究では、仕事の要求度と仕事時間外の心理的ディタッチメントが、従業員の心理的健康および仕事への関与にどのように影響するかを調査しました[1]

研究者たちは、高い仕事の要求度と低い心理的ディタッチメントが健康の悪化と低い仕事への関与を引き起こすと仮定し、心理的ディタッチメントがその負の影響を緩和するかどうかを探りました。研究では、例えば、次の仮説が立てられました。

  • 高い仕事の要求度が心理的健康に悪影響を与える
  • 高い仕事の要求度が仕事への関与を低下させる
  • 仕事時間外の心理的ディタッチメントが感情的消耗を予測する
  • 心理的ディタッチメントが、高い仕事の要求度が健康に与える負の影響を緩和する
  • 心理的ディタッチメントが、高い仕事の要求度が仕事への関与に与える負の影響を緩和する

研究者たちは、これらの仮説を検証するために調査を行い、仕事の要求度、心理的ディタッチメント、感情的消耗、心身の不調、そして仕事への関与を測定しました。

調査の結果、いくつかの発見がありました。まず、高い仕事の要求度が感情的消耗を予測するという仮説が支持されました。仕事の要求が高いと従業員が感情的に疲れやすくなることを表しています。また、低い心理的ディタッチメントが感情的消耗を予測するという仮説も支持されました。仕事時間外でも仕事のことを考え続けると、心身が休まらず感情的な消耗が増します。

さらに、高い仕事の要求度が心身の不調を予測するという仮説も支持されました。仕事の要求が高すぎると頭痛や胃痛、めまいなどの身体的不調を感じやすくなるということです。一方で、低い心理的ディタッチメントが精神身体的な不調を予測するという仮説は支持されませんでした。心理的切り替えの低さが直接的に身体的不調につながるわけではありません。

心理的ディタッチメントが、高い仕事の要求度が心身の不調に与える負の影響を緩和するという仮説は支持されました。心理的な切り替えがうまくいくと、仕事の要求度が高くても身体的不調を防ぐことができることを意味します。

高い仕事の要求度が仕事のエンゲージメントの低下を予測するという仮説も支持されました。仕事の要求度が高すぎると従業員の仕事への関与やモチベーションが低下します。

この結果から、心理的ディタッチメントの重要性が明らかになりました。仕事外の時間に心理的に仕事から離れることが、感情的消耗を防ぎ健康を保つために有効であることが確認されたのです。心理的ディタッチメントが欠如すると感情的消耗が増加する傾向が見られました。

高い仕事の要求度がある場合、仕事外の時間に仕事から心理的に離れることが推奨されます。仕事とプライベートの境界を分離する儀式や、完全な注意と意識を必要とするオフジョブ活動に従事することがあり得ます。

仕事の要求がストレスを高めることを緩和

心理的ディタッチメントには、仕事の要求がストレスを高めることを緩和する効果があります。ある研究チームがこの点について調査を行いました。職場におけるセルフコントロール要求と心理的ストレスの関係において、心理的ディタッチメントがどのように影響を与えるかを調べました[2]

セルフコントロール要求とは、仕事中に感情や行動を制御する必要があることを指し、これがストレスの原因となります。例えば、困難な顧客に対応する際に感情をコントロールしたり、集中力を要する作業を長時間続けたりすることが挙げられます。一方、心理的ディタッチメントは仕事から精神的に距離を置くことを指し、これがストレスの軽減に役立つとされています。

研究の結果、まず、セルフコントロール要求はすべてのストレス指標に対して正の関連があり、心理的ディタッチメントは負の関連を持つことが分かりました。セルフコントロール要求が高いほど従業員のストレスレベルが高くなる一方、心理的ディタッチメントが高いほどストレスレベルが低くなることを表しています。

また、セルフコントロール要求が高い状況でも心理的ディタッチメントが高ければ、ストレス指標の悪影響が軽減されることがわかりました。

セルフコントロール要求が原因で引き起こされる負担を軽減するためには、組織レベルと個人レベルで心理的ディタッチメントを促進する介入が必要であることが示唆されます。

組織レベルの介入としては、労働時間の短縮や仕事量の調整が挙げられます。残業を減らしたり、休憩時間を設けたりすることで従業員が仕事から心理的に離れる機会を増やします。

個人レベルでは、仕事関連のコミュニケーションを控え、仕事と私生活の区別をはっきりさせることができます。仕事用のメールやメッセージを休日や夜間に確認しないようにしたり、仕事と関係のない趣味や活動に時間を割いたりすることです。

内発的動機づけとエンゲージメントの関連を強化

心理的ディタッチメントは、内発的動機づけと仕事へのエンゲージメントの関連を強化する効果があります。心理的ディタッチメントが内発的動機づけと従業員のエンゲージメントの関係にどのように影響するかを調査しています[3]

研究チームは、内発的動機づけが従業員の創造性を介して従業員のエンゲージメントに影響を与えると仮定しました。さらに、心理的ディタッチメントがこの関係に修正を加え、創造性を介した内発的動機づけと従業員のエンゲージメントの間の間接効果も修正されると考えました。

日本の企業で働く従業員を対象にアンケート調査を実施したところ、内発的動機づけは創造性を通じてエンゲージメントに影響を与えることが示されました。仕事に対する個人的な興味や満足感が高いほど、創造的な行動が増え、それが結果として仕事へのエンゲージメントを高めることを意味します。

心理的ディタッチメントが内発的動機づけと創造性の関係を強化することが示されました。仕事から適度に離れる時間を持つことで、内発的動機づけがより効果的に創造性を促進します。例えば、週末に仕事から完全に離れてリフレッシュすることで、月曜日に新鮮な気持ちで仕事に取り組み、より創造的なアイデアを生み出すことができます。

心理的ディタッチメントが内発的動機づけとエンゲージメントの間の間接効果を強化することが示されました。心理的ディタッチメントは、内発的動機づけが創造性を介してエンゲージメントに与える影響を増幅させる役割を果たすのです。

組織としては、従業員が仕事と家庭の時間を明確に分けることを奨励し、支援する必要があります。例えば、勤務時間外の業務連絡を控えたり、休暇取得を促進したりすることが考えられます。従業員自身も仕事以外の活動に取り組み、仕事から心理的に離れる時間を意識的に作ることが重要です。

要求の小さい仕事に取り組むようになる

心理的ディタッチメントは、従業員の仕事の取り組み方にも影響を与えます。特に、心理的ディタッチメントの程度によって、従業員が取り組む仕事の性質が変わる可能性があることが明らかになりました[4]

具体的には、心理的ディタッチメントが低い従業員は、セルフコントロール資源が必要とされない業務に希望以上の時間を割き、逆にセルフコントロール資源が多く必要とされる業務には希望以下の時間を割く傾向があるという仮説を立てました。

研究チームは、19の大学から集められた390人の教員を対象に調査を行いました。その結果、心理的ディタッチメントが低いと、次の週にセルフコントロール資源を多く必要とする業務に割く時間が希望よりも少なくなり、セルフコントロール資源をあまり必要としない業務に割く時間が希望よりも多くなる傾向が確認されました。

週末に仕事のことを考えて休息ができないと、週明けにエネルギーが少なくなり、集中力や継続的な努力を必要とする活動に充てる時間が減りやすくなります。その一方で、比較的エネルギーを使わない活動やルーチン業務に時間を多く割くようになります。

週末に心理的に離脱できないと、セルフコントロール資源が不足します。セルフコントロール資源は、難しいタスクや長期間にわたるプロジェクトに必要なエネルギーです。このため、エネルギーを使わずにできる仕事にシフトする傾向があります。

また、研究では、業務活動の時間配分の不一致が従業員の幸福度に負の影響を与えることも示されました。セルフコントロール資源が必要な活動に、希望するよりも少ない時間を割くと、ストレスや不満が溜まります。一方、セルフコントロール資源があまり求められない活動に希望以上の時間を割くと、他の重要な業務が後回しになり、結果として全体のパフォーマンスが低下します。

自分が望むように時間を使えないと、達成感が得られず、ストレスが溜まります。特に、希望する時間配分と実際の時間配分の差が大きいほど、目標達成の障害となり、幸福度が低下します。

この研究では心理的ディタッチメントが高いと従業員の幸福度が高くなることも確認されました。週末にしっかりと仕事から離れ、リラックスした時間を過ごせると、月曜日からの仕事に対するエネルギーや意欲が回復します。例えば、週末に趣味を楽しんだり、家族と過ごしたりすることで気分がリフレッシュされ、仕事への意欲が高まります。

夜間の心理的ディタッチメントが有効

心理的ディタッチメントは特に夜間に行われる場合に効果的であることがわかっています。研究チームは、夜の心理的ディタッチメントと朝の再接続が1日を通じて仕事への関与を高めると仮定しました[5]。さらに、再接続が午前中の方が午後よりも仕事への参加に強く関連していると予測しました。

この仮説を検証するために、研究チームは167人の従業員を対象に2週間にわたって12回の調査を行いました。そうしたところ、夜の心理的ディタッチメントと朝の再接続は1日を通じて仕事への関与を高めることが確認されました。

夜の心理的ディタッチメントが高いということは、仕事から完全に離れてリラックスする時間が多いことを意味します。例えば、仕事関連のメールやメッセージを確認せず、趣味や家族との時間を楽しむことで心身のエネルギーが回復します。翌日の仕事に対する準備が整い、エンゲージメントが高まるのです。

一方、朝の再接続は、仕事の開始前に仕事に対する気持ちを整える行動を指します。例えば、その日の予定を確認したり、重要なタスクを整理したりすることで仕事に対するモチベーションや集中力が高まります。

この研究では朝の仕事のエンゲージメントが午後よりも高いことが示されました。朝の方がエネルギーや集中力が高く、午後になると仕事の進行に伴いエネルギーが消耗するためです。朝はまだ疲労が少なく、仕事への取り組みがスムーズに進むことが多いため、エンゲージメントが高い状態を保ちやすいのです。

また、朝の再接続が仕事のエンゲージメントに与える影響は午前中の方が午後よりも強いことが確認されました。朝の再接続がその日のスタートをうまく切るための準備となるものの、午後になると、その日の出来事や疲労がエンゲージメントに影響を及ぼすため、朝の再接続の効果が薄れてしまいます。

一方で、夜の心理的ディタッチメントと仕事のエンゲージメントの関係において、時間帯が統計的に有意な調節効果を持つことは確認されませんでした。夜の心理的ディタッチメントの効果が一日の始まりに対しては大きいが、午後になると他の要因(例えば、その日の出来事や疲労)がエンゲージメントに影響を及ぼすためでしょう。

この研究の内容と含意を整理しましょう。

  • 夜間の心理的ディタッチメントが資源の再充電を促し、朝の再接続がエネルギーの動員と注意の集中を助けることで、仕事のエンゲージメントを高めます。
  • 朝の方がエンゲージメントは高く、午後にはエネルギーの消耗が進むため、エンゲージメントが低下します。
  • 個人が朝にどのように仕事に取り組むかが、その日の仕事のエンゲージメントに重要な影響を与えます。
  • 従業員が朝に効果的に再接続できるよう支援することで、仕事のエンゲージメントが向上し、生産性が高まる可能性があります。

夜間には仕事から完全に離れ、朝には効果的に仕事に再接続する習慣を身につけることが重要でしょう。例えば、夜間は仕事関連のメールやメッセージを確認せず、リラックスできる活動に時間を使うことが推奨されます。朝は、その日の予定を確認し、重要なタスクを整理するなど、仕事に向けた準備を行います。

このように、夜間の心理的ディタッチメントと朝の効果的な再接続は、仕事のエンゲージメントを高め、生産性の向上につながる可能性があります。しかし、ここで注意すべき点があります。心理的ディタッチメントと仕事のパフォーマンスの関係は、必ずしも単純な正の相関ではないことが別の研究で明らかになっています[6]

研究チームは、心理的ディタッチメントと従業員の幸福感や業務パフォーマンスの関係を調査しました。非労働時間における心理的ディタッチメントが従業員の幸福感や業務パフォーマンスにどのような影響を与えるかを探りました。

研究の結果、心理的な距離が大きいほど、従業員の生活満足度が高くなり、感情的な疲労が低くなることが分かりました。仕事から完全に離れてリラックスする時間が多いほど、全体的な生活の満足度が高まり、精神的な疲労が軽減されることを意味します。

しかし、業務パフォーマンスに関しては興味深い結果が得られました。業務遂行能力と積極的な行動は、心理的な距離と曲線的な関係があり、中程度の距離が最も高い業務パフォーマンスと関連していることが分かったのです。

心理的な距離が低すぎると、仕事に対するプレッシャーが常にかかり、疲労やストレスが蓄積しやすくなります。一方、距離が高すぎると、仕事への再適応が難しくなり、パフォーマンスが低下します。中程度の距離は、適度な休息と仕事への再適応のバランスが取れており、最も高い業務遂行能力を発揮できる状態です。

同様に、積極的な行動(問題解決や改善提案、他のメンバーのサポートなど)についても、中程度の心理的距離を保つことで最も高くなることが分かりました。これは、中程度の心理的距離を保つことで、従業員はリフレッシュしつつも、仕事への関心を維持できるためです。仕事に戻った際に積極的な態度で取り組むことができ、自発的に問題解決や改善提案を行う意欲が高まります。

この研究は、心理的ディタッチメントの重要性を改めて強調しつつ、その最適なレベルが存在することを暗示しています。完全に仕事から切り離されるのではなく、適度な距離を保つことが従業員の幸福感と業務パフォーマンスの両方を最大化する鍵となります。

これらの結果を総合すると、心理的ディタッチメントの重要性とその最適なレベルを見つけることの必要性が浮かび上がってきます。夜間に仕事から完全に離れ、朝には効果的に再接続することは重要ですが、同時に、仕事への適度な関心や接点を維持することも大切です。

脚注

[1] Sonnentag, S., Binnewies, C., and Mojza, E. J. (2010). Staying well and engaged when demands are high: The role of psychological detachment. Journal of Applied Psychology, 95(5), 965-976.

[2] Rivkin, W., Diestel, S., and Schmidt, K. H. (2015). Psychological detachment: A moderator in the relationship of self-control demands and job strain. European Journal of Work and Organizational Psychology, 24(3), 376-388.

[3] Ghosh, D., Sekiguchi, T., and Fujimoto, Y. (2020). Psychological detachment: A creativity perspective on the link between intrinsic motivation and employee engagement. Personnel Review, 49(9), 1789-1804.

[4] Wang, X., Li, A., Liu, P., and Rao, M. (2018). The relationship between psychological detachment and employee well-being: The mediating effect of self-discrepant time allocation at work. Frontiers in Psychology, 9, 2426.

[5] Sonnentag, S., and Kuhnel, J. (2016). Coming back to work in the morning: Psychological detachment and reattachment as predictors of work engagement. Journal of Occupational Health Psychology, 21(4), 379-390.

[6] Fritz, C., Yankelevich, M., Zarubin, A., and Barger, P. (2010). Happy, healthy, and productive: The role of detachment from work during nonwork time. Journal of Applied Psychology, 95(5), 977-983.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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