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コラム

革新か混乱か:創造的逸脱の二つの顔

コラム

組織におけるイノベーションが重要視される中、「創造的逸脱」という概念は注目に値します。創造的逸脱とは、上司の指示を無視して、従業員が独自に新しいアイデアを追求する行動を指します。

本コラムでは、創造的逸脱について研究知見を基に探っていきます。組織のサポート、従業員の達成目標、仕事への使命感、そして倫理的リーダーシップなど、さまざまな要因が創造的逸脱にどう影響するのかを見ていきます。

これらを理解することで、組織がどのようにイノベーションを促進し、従業員の創造性を引き出すことができるのかを検討することができます。創造的逸脱という一見矛盾した概念を通じて、組織と個人の創造性の関係に新たな光を当てましょう。

創造性と創造的逸脱の関係

組織における創造性の大切さは広く認識されていますが、その実現には多くの課題があります。その中で、創造的逸脱という概念に注目が集まっています。従業員が組織の指示に反して新しいアイデアを追求する行動が、実は組織のイノベーションに重要な役割を果たす可能性があるのです[1]

創造的逸脱とは、具体的にどのような行動を指すのでしょうか。例えば、上司から却下されたプロジェクトを密かに進める行動や、組織の規定外の方法で新製品を開発する行動がこれに該当します。一見、組織の秩序を乱すように見えるこれらの行動が、実はイノベーションの源泉となる可能性があります。

研究によると、創造的逸脱は組織内の構造的な緊張を通じて新しいアイデアの探求を促進します。組織の規範や制約が強いほど、それに対する反発として創造的な行動が生まれやすくなるのです。

創造的逸脱はリスクを伴う行動であるため、革新的なアイデアを生み出す可能性が高まります。通常の組織プロセスでは生まれにくい、大胆で斬新なアイデアが、この「逸脱」を通じて生まれることがあります。

創造的逸脱は組織内の非公式なアイデア選択メカニズムとしても機能します。公式なプロセスでは見過ごされがちな革新的なアイデアが、創造的逸脱を通じて組織に認知され、実現される可能性があります。

しかし、創造的逸脱には副作用も伴います。組織の規律を乱す可能性や、リソースの無駄遣いにつながる可能性もあります。組織がどのように創造的逸脱を管理し、そのメリットを最大化しつつデメリットを最小化するかが課題となります。

創造性を促進するためには、自由を与えるだけでなく、適度な制約と柔軟性のバランスが必要であることが示されています。

次のセクションでは、創造的逸脱がもたらす影響の二面性について、詳しく見ていきましょう。

創造的逸脱には二面性がある

創造的逸脱は、組織にとって諸刃の剣となり得ます。創造的逸脱が組織に肯定的な影響と否定的な影響の両方をもたらすことが指摘されています[2]

創造的逸脱の肯定的な影響として、創造的パフォーマンスとイノベーションの向上が挙げられます。創造的パフォーマンスとは、新しいアイデアや解決策が実際に有用であると評価されることを指します。例えば、ある従業員が上司の指示に反して独自の方法で問題解決に取り組み、それが予想以上の成果を上げるような場合です。

イノベーションは、この創造的パフォーマンスがさらに進んだ状態と言えます。新しいアイデアが実際に製品やサービス、プロセスの改善として実現されることを指します。例えば、公式なプロセスを迂回して開発された新製品が、市場で大きな成功を収めることがあるでしょう。

一方で、創造的逸脱には否定的な影響もあります。その一つがリソースの浪費です。従業員が独自に進めたプロジェクトが失敗に終わり、時間や資金が無駄になるケースがこれに当たります。また、上司との関係悪化も問題となり得ます。上司の指示に反する行動は、信頼関係を損ない、チーム全体のパフォーマンスにも悪影響を及ぼします。

創造的逸脱を引き起こす要因として、利他的動機に注目されている点は興味深いところです。組織や同僚のためになると信じて行動することが、創造的逸脱を促進する可能性があるのです。

例えば、ある従業員が組織の将来のためになると信じて、上司の反対を押し切って新しいプロジェクトを進めることが考えられます。この行動は、組織にとって大きな利益をもたらす可能性がある一方で、上司との関係を悪化させるリスクも伴います。

創造的逸脱の結果に対して、何が影響を与えるのでしょうか。例えば、社会的スキルの高い従業員は、創造的逸脱を行っても上手く説明し、周囲の理解を得やすい傾向があります。チーム内の良好なネットワークや、柔軟な組織構造も、創造的逸脱の肯定的な結果を促進する要因となります。

創造的逸脱は単純に「良い」か「悪い」かで判断できるものではなく、さまざまな要因が絡み合って結果が決まります。組織にとっては、この複雑性を理解ることが出発点となります。

では、組織はどのように創造的逸脱と向き合うべきでしょうか。次のセクションでは、創造的逸脱が避けられない状況について考察していきます。

創造的逸脱するしかない場合も

組織の中には、従業員が創造的逸脱を行わざるを得ない状況が存在します。プロフェッショナルサービスファームを例に、このような状況について考えてみましょう[3]

プロフェッショナルサービスファームでは、従業員の自律性が重視される一方で、創造的な活動に関する明確なガイドラインが存在しないことが少なくありません。従業員は自由に仕事を進められる反面、新しいアイデアをどのように実現すればよいのかの指針がない状態に置かれています。

このような環境では、従業員が創造的逸脱を行う可能性が高まります。例えば、クライアントの要求に応えるために、組織の標準的なプロセスを無視して独自の方法で問題解決に当たることが考えられます。

さらに、組織内の「機能的固定観念」が創造的逸脱を促進する要因になることが指摘されています。機能的固定観念とは、リソース(時間、資金、人材など)を特定の方法でのみ使用するという偏った考え方を指します。

例えば、組織が効率性や短期的な成果を過度に重視するあまり、長期的な視点や革新的なアイデアに対するリソース配分が制限されるような状況です。このような環境下では、従業員は自分のアイデアを実現するために、公式なプロセスを迂回して行動せざるを得ません。

特に考えさせられるのは、公式なプロセスでは見過ごされがちなアイデアが、創造的逸脱を通じて実現される可能性がある点です。例えば、ある従業員が組織の承認を得ずに独自に進めたプロジェクトが予想以上の成果を上げ、結果的に組織全体に採用されることがあります。「成功した逸脱」は、組織の革新を促進します。

次のセクションでは、組織のイノベーションサポートが創造的逸脱にどのような影響を与えるのかについて検討します。

イノベーションへのサポートがある場合

組織がイノベーションをサポートする姿勢を明確に示している場合、創造的逸脱の発生パターンはどのように変化するのでしょうか。この点について興味深い洞察が得られています[4]

組織のイノベーションサポートが高いほど、創造的な逸脱の傾向が低下することが示されています。これは一見、直感に反するように思えるかもしれません。しかし、よく考えてみると理にかなっています。

組織がイノベーションを積極的にサポートする環境では、従業員は新しいアイデアを追求するための公式なチャネルや資源を得やすくなります。例えば、アイデアを提案するための定期的なミーティングが設けられたり、革新的なプロジェクトに対して特別な予算が割り当てられたりするような環境です。従業員は「逸脱」せずとも、自分のアイデアを追求することができます。

研究では、従業員の個人的な特性、特に「熟達達成目標」が、この関係に影響を与えることが明らかになっています。

ここにおける熟達達成目標は、新しい知識やスキルを習得し、自分の能力を最大限に発揮しようとする動機を指します。熟達達成目標が高い従業員ほど、創造的な逸脱の傾向が高まります。

組織がイノベーションをサポートしていても、強い学習意欲を持つ従業員は、既存の枠組みを超えて独自の方法でアイデアを追求するのです。例えば、公式なイノベーションプログラムがあっても、それとは別に独自のプロジェクトを進めるような行動があり得ます。

組織のイノベーションサポートと従業員の熟達達成目標の相互作用は注目すべきでしょう。研究によると、組織のサポートが高い場合、熟達達成目標の影響が特に顕著になることが示されています。

これは、イノベーションをサポートする組織環境が、高い熟達達成目標を持つ従業員の創造性をさらに引き出す効果があることを示唆しています。イノベーションをサポートする組織環境が、高い熟達達成目標を持つ従業員の創造性をさらに引き出す効果があります。

例えば、組織が提供する革新的なプロジェクトの機会を、熟達達成目標の高い従業員がより積極的に活用し、さらに独自のアイデアを追加して発展させることが想定されます。

イノベーションをサポートする環境を整えることはもちろん、従業員の個人的な特性や動機づけを理解し、それに合わせたサポートを提供することが重要です。

例えば、熟達達成目標の高い従業員に対しては、より挑戦的なプロジェクトや自由度の高い機会を提供することで、その創造性を引き出すことができるかもしれません。一方で、そのような従業員の「逸脱」行動にも一定の理解を示すことが求められるでしょう。

続いて、個人の仕事に対する強い使命感や目的意識が、創造的逸脱にどのような影響を与えるのかを確認します。

キャリアコーリングの有効性

自分の仕事に対して強い使命感や目的意識を持つことは、創造的逸脱にどのような影響を与えるのでしょうか。「キャリアコーリング」という概念に注目すると、この問いに対するヒントが得られます[5]

キャリアコーリングとは、人が自分の仕事に対して強い使命感や目的意識を持ち、その仕事が自分の人生の重要な部分であると感じている状態を指します。研究によると、キャリアコーリングが高い従業員ほど、創造的逸脱を取ることが実証されています。

これは興味深い発見です。なぜなら、強い使命感を持つ従業員は、場合によっては、組織の規範や上司の指示に忠実に従うと考えられているからです。

しかし、実際にはその逆の現象が起きています。キャリアコーリングが高い従業員は、自分の仕事の重要性を強く認識しているがゆえに、組織の規範や上司の指示よりも、自分が正しいと信じる方向性を追求します。

例えば、ある研究者が自分の研究テーマに強い使命感を持っている場合、組織の方針や予算の制約に反してでも、その研究を続けようとするかもしれません。または、製品開発者が顧客にとって本当に価値のある製品を作ることに強い使命感を持っている場合、会社の短期的な方針に反してでも、長期的な視点で製品開発を進めようとするかもしれません。

加えて、創造性がキャリアコーリングと創造的逸脱の関係を媒介していることもわかりました。キャリアコーリングが高い従業員は創造性も高くなり、その結果として創造的逸脱を取ります。

キャリアコーリングの高い従業員は、組織にとって貴重な人材である可能性が高いと言えるでしょう。仕事に対して強い使命感を持ち、創造性も高い傾向があります。

しかし同時に、そのような人材は組織の規範に反する行動を取る可能性もあります。そこで重要になるのが、「倫理的リーダーシップ」の役割です。

研究によると、倫理的リーダーシップが高い環境では、キャリアコーリングが創造性および創造的逸脱に与える影響がより強くなります。倫理的リーダーシップとは、リーダーが従業員に対して公正で誠実な態度を持ち、倫理的な行動を奨励するスタイルを指します。

例えば、従業員の新しいアイデアに耳を傾け、それが組織の方針と異なる場合でも、その意図や価値を理解しようとするリーダーの姿勢や、失敗を恐れずに新しい挑戦を奨励し、その結果を公正に評価するような態度も、倫理的リーダーシップの一例です。

そのようなリーダーの下で、キャリアコーリングの高い従業員は、自分のアイデアや信念をより自由に表現し、追求することができます。その結果、創造性がさらに高まり、組織にとって価値のある創造的逸脱につながる可能性が高まります。

キャリアコーリングの高い従業員の創造性と使命感を活かしつつ、組織全体の利益につなげる方法を模索することが、組織にとって重要です。

これまでの議論を通じて、創造的逸脱という一見矛盾した概念が、実は組織のイノベーションの源泉となる可能性があることが見えてきました。

創造的逸脱を単に抑制すべき問題行動としてではなく、組織のイノベーション能力を高める可能性のある行動として捉え直す必要があるでしょう。創造的逸脱は、組織にとって諸刃の剣となり得ますが、適切に活用されれば、組織のイノベーション能力を向上させるのです。

脚注

[1] Mainemelis, C. (2010). Stealing fire: Creative deviance in the evolution of new ideas. Academy of Management Review, 35(4), 558-578.

[2] Shukla, J., and Kark, R. (2020). Now you do it, now you don’t: The mixed blessing of creative deviance as a prosocial behavior. Frontiers in Psychology, 11, 313.

[3] Sarpong, D., Appiah, G., Bi, J., and Botchie, D. (2018). In direct breach of managerial edicts: a practice approach to creative deviance in professional service firms. R&D Management, 48(5), 580-590.

[4] Tenzer, H., and Yang, P. (2020). The impact of organizational support and individual achievement orientation on creative deviance. International Journal of Innovation Management, 24(2), 2050020.

[5] Liu, X., and Xu, Y. (2022). The influence of the career calling on the employees’ creative deviance. Frontiers in Psychology, 13, 1069140.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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