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コラム

創造的逸脱の力学:その要因を探る

コラム

企業が競争力を維持し成長を続けるためにイノベーションが求められています。しかし、組織内で新しいアイデアを生み出し、それを実現するプロセスは必ずしもスムーズには進みません。

そこで、上司や組織の方針に反しつつもアイデアを追求する「創造的逸脱」が重要になります。どのような要因が従業員の創造的逸脱を促進するのか、あるいは抑制するのかを理解することは、マネージャーにとって重要な課題です。

本コラムでは、創造的逸脱の要因に関する研究知見を紹介します。個人の特性や価値観、リーダーシップのスタイル、組織の雰囲気など、様々な観点から創造的逸脱の要因を探ります。本コラムを通じて、読者の皆さんが自身の組織における創造的逸脱の可能性と課題について、新たな視点を得られることを願っています。

遊び心のある人が創造的逸脱を行う

創造的逸脱、すなわち上司の指示に反してでも新しいアイデアを追求する行動は、組織のイノベーションにとって重要です。しかし、どのような従業員がこうした行動を取りやすいのでしょうか。中国における高い技術の企業を対象とした研究によると、「遊び心」のある性格の従業員が創造的逸脱をすることが明らかになりました[1]

遊び心のある人は、仕事に対して楽しみや興味を持って取り組みます。失敗を恐れず、新しいことに挑戦することを楽しむ性格です。この特性が、リーダーに否定されたアイデアをあえて追求するという創造的逸脱につながるのです。

研究では、遊び心のある性格が創造的逸脱に与える影響を、「調和的イノベーションの情熱」と「ポジティブな印象管理の動機」という2つの要因が媒介していることも分かりました。調和的イノベーションの情熱とは、イノベーションに対する強い興味と情熱を持ちつつ、それが他の生活の側面とバランスが取れている状態を指します。ポジティブな印象管理の動機とは、他者に良い印象を与えたいという欲求です。

遊び心のある従業員は、仕事に楽しみを見出し、自発的に新しいアイデアを生み出す情熱を持ちます。この情熱が高まることで、創造的逸脱が促進されるのです。また、遊び心のある従業員は他者に対して良い印象を与えたいという動機が強くなります。この動機は、上司や同僚に良い印象を与えるために創造的なアイデアを追求し続ける行動を促進します。

研究では、従業員の成長ニーズの強さが、ポジティブな印象管理の動機と創造的逸脱の関係を弱めることも明らかになりました。成長ニーズが高い従業員は、他者からの評価よりも自分の成長を重視する傾向があります。そのため、ポジティブな印象を与えたいという動機が創造的逸脱に与える影響が弱まるのです。

職場環境を整備する際に、遊び心を発揮できる雰囲気づくりを考慮に入れても良いのかもしれません。例えば、アイデア創出のためのセッションを遊び心のある形式で行うなど、従業員が楽しみながら創造性を発揮できる機会を設けると良いでしょう。

リスク志向が創造的逸脱を促す

創造的逸脱は、組織のイノベーションを促進するために大事ですが、同時にリスクを伴う行動でもあります。どのような特性を持つ従業員が創造的逸脱をしやすいのでしょうか。リスク志向、他者中心主義、組織コミットメントが創造的逸脱に与える影響が調査されています[2]

研究によると、リスク志向が高い従業員ほど創造的逸脱をする傾向がありました。リスク志向の高い人は、失敗の可能性があっても新しいアイデアを追求する意欲が強いのです。新しい挑戦に積極的に取り組み、失敗を恐れません。上司に否定されたとしても、自分のアイデアを諦めずに追求することができます。

一方、他者中心主義が高い従業員は創造的逸脱に関与しないことが示されました。他者中心主義とは、集団志向が高く、対人関係の調和を重視する価値観を指します。こうした人々はグループの調和を乱す行動を避け、指示に従います。そのため、上司の指示に反するような創造的逸脱をしにくいのです。

組織コミットメントについても、高い従業員ほど創造的逸脱をしないことが確認されました。組織コミットメントとは、従業員が組織に対して持つ感情的な愛着や一体感を意味します。高い組織コミットメントを持つ人は、組織の利益を優先し、上司の指示に反する行動を取ることが少ないのです。

これらの個人特性のうち、リスク志向が創造的逸脱に対して最も強い影響を持っていました。リスクを取る傾向は、他者中心主義や組織コミットメントよりも強力な影響を持つのです。

組織がイノベーションを促進するためには、個人特性を考慮した人材マネジメントが求められます。リスク志向の高い従業員を適切に活用することが、組織の創造性を高める鍵となります。新しいアイデアを追求する意欲を、組織の目標に沿った形で活かすことが重要です。

一方で、他者中心主義の高い従業員や組織コミットメントの高い従業員は、創造的逸脱をしにくい傾向がありますが、これは必ずしもマイナスではありません。組織の安定性や一貫性を維持する上で重要な役割を果たす可能性があります。

倫理的リーダーシップが創造的逸脱を高める

続いて、どのようなリーダーシップが従業員の創造的逸脱を促進するのかを見ていきましょう。倫理的リーダーシップが従業員の創造的逸脱に与える影響が検討されています[3]

倫理的リーダーシップは従業員の創造的逸脱に正の影響を与えることが明らかになりました。倫理的リーダーシップとは、公正さや誠実さを重視し、部下に対して信頼と支持を提供するスタイルを指します。このようなリーダーシップの下では、従業員は新しいアイデアを追求することが奨励され、その結果として上司の指示に反してでも革新的な行動を取るのです。

研究では倫理的リーダーシップが創造的逸脱に与える影響を、職務自律性が媒介していることも明らかになりました。倫理的リーダーシップは従業員の職務自律性を高め、結果として創造的逸脱を促進するのです。

職務自律性とは、従業員が仕事の進め方や意思決定において裁量を持つことを指します。倫理的なリーダーは、従業員に信頼と尊重を示し、その意見や判断を尊重します。従業員は自分の仕事に対してより大きな責任感と自信を持つようになり、職務自律性が高まります。

職務自律性が高まると、従業員は自分の仕事に対してコントロールを持ち、自主的に新しいアプローチやアイデアを試すことができます。自律性の高い環境では、従業員は失敗を恐れずに革新的な行動を取ることができるため、創造的逸脱が促進されます。

組織は、倫理的リーダーシップを重視し、リーダー育成にその要素を取り入れることができます。公正さ、誠実さ、信頼性などの価値観を育むことが重要です。また、従業員に対して、仕事の進め方や意思決定において一定の裁量を与えることも有効でしょう。

リーダーのマインドフルネスも促進要因

創造的逸脱の促進要因として、リーダーのマインドフルネスも挙げられます。中国の製造業の研究開発組織を対象とした調査によると、上位リーダーのマインドフルネスが、中位リーダーを通じて従業員の創造的逸脱に影響を与えることが分かりました[4]

マインドフルネスとは、現在の瞬間に意識を向け、評価や判断をせずに経験を受け入れる心の状態を指します。研究では、上位リーダーのマインドフルネスが中位リーダーのマインドフルネスを高め、それが従業員の創造的逸脱を促進するという「トリクルダウン効果」が確認されました。

上位リーダーがマインドフルネスを実践すると、その行動や態度が中位リーダーの観察と模倣によって影響を受けます。上位リーダーが現在の瞬間に集中し、非判断的な態度を示すことで、中位リーダーも同様のマインドフルネスの姿勢を取るようになるのです。

中位リーダーがマインドフルネスを実践すると、その影響を受けた従業員が組織の規則や常識にとらわれず、革新的で独自のアイデアを提案する行動をとるようになります。マインドフルなリーダーは、環境に対して開かれ、従業員のニーズや感情に敏感になります。このようなリーダーの態度は、従業員が安全に革新的なアイデアを提案できる環境を作り出し、創造的逸脱を引き出します。

さらに、上司部下関係の質が、マインドフルネスの影響を調整することも明らかになりました。上司部下関係の質が高い場合、上位リーダーのマインドフルネスが中位リーダーのマインドフルネスに与える影響が強まります。

上位リーダーのマインドフルネスが中位リーダーを通じて従業員に影響を与えるという知見は、組織全体の変革を進める上で重要です。トップダウンのアプローチが効果的に機能することを示唆しています。

権威主義的リーダーシップと創造的逸脱は逆U

権威主義的リーダーシップと創造的逸脱の関係は、これまでの研究とは異なる結果を示しています[5]。権威主義的リーダーシップとは、リーダーが強い権力を持ち、部下に対して厳格な指示や統制を行うスタイルです。

研究者たちは、中国の5つの省にある高技術企業の研究開発チーム82チーム、433名のメンバーを対象に2段階のアンケート調査を実施しました。その結果、権威主義的リーダーシップと従業員の創造的逸脱の間には、逆U字型の関係があることが明らかになりました。

権威主義的リーダーシップのレベルが低い場合と高い場合には創造的逸脱行動が抑制され、中程度の場合に最も創造的逸脱行動が促進されるという結果が示されました。

  • 権威主義的リーダーシップが低い場合、チームに明確な方向性や秩序が欠けるため、創造的逸脱行動が抑制されます。
  • 中程度の権威主義的リーダーシップの場合、適度な秩序と自由のバランスが取れ、創造的逸脱行動が最も促進されます。
  • 権威主義的リーダーシップが高い場合、リーダーの厳格な指示や統制が部下の創造性を抑制し、創造的逸脱行動が減少します。

創造性と安定性のバランスをとる

本コラムでは、組織におけるイノベーションを推進する「創造的逸脱」について、その要因を検討しました。個人の特性、リーダーシップのスタイル、組織の雰囲気など、いくつかの観点から探りました。

これらの知見は、組織がイノベーションを促進し、競争力を維持するために重要な示唆を提供します。例えば、遊び心やリスクを好む従業員をうまく活用することで、組織の創造性を高めることが可能かもしれません。倫理的なリーダーシップやマインドフルなリーダーシップを醸成することで、従業員が創造的逸脱を行いやすい環境を整えることができます。

一方で、創造的逸脱を促進することだけが組織にとって最良の戦略とは限りません。他者中心の考えや組織への愛着を持つ従業員は、創造的逸脱をしにくいものの、組織の安定性や一貫性を保つ上で重要な役割を果たします。権威主義的リーダーシップと創造的逸脱の関係が逆U字型を描くという発見は、適度な秩序と自由のバランスが重要であることを示しています。

組織にとって重要なのは、イノベーションを追求しつつ、組織の安定性も維持するという、一見相反する2つのバランスを取ることでしょう。本コラムが、読者の皆さんにとって、自身の組織における創造的逸脱の可能性と課題について考える一助となれば幸いです。

脚注

[1] Liu, Q., Zhao, Z., Liu, Y., Guo, Y., He, Y., and Wang, H. (2022). Influence mechanism of employee playfulness personality on employee creative deviance. Frontiers in Psychology, 13, 821285.

[2] Tenzer, H., and Yang, P. (2019). Personality, values, or attitudes? Individual-level antecedents to creative deviance. International Journal of Innovation Management, 23(02), 1950009.

[3] Liu, X., Baranchenko, Y., An, F., Lin, Z., and Ma, J. (2020). The impact of ethical leadership on employee creative deviance: The mediating role of job autonomy. *Leadership and Organization Development Journal, 42*(2), 219-232.

[4] Chen, J., Peng, W., and Han, L. (2023). The trickle-down effect of leader mindfulness on employee creative deviance behavior: A moderated mediation model. Social Behavior and Personality: an international journal, 51(9), 1-13.

[5] Xu, J., Li, Y. Z., Zhu, D. Q., and Li, J. Z. (2022). “Lubricant” or “Stumbling Block”?: The Paradoxical Association Between Team Authoritarian Leadership and Creative Deviance. Frontiers in Psychology, 13, 835970.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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