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コラム

喜びを増幅させる:セイバリングで生活を豊かにする方法

コラム

私たちは日々の職業生活で、さまざまな出来事に出会います。中には喜びや幸せを感じる瞬間もあれば、ストレスや不安を感じる場面もあります。ポジティブな経験を深く味わい楽しむことができれば、幸福感や生活の質は向上するでしょう。

この「ポジティブな経験を味わう」という行為は、「セイバリング」と呼ばれています。セイバリングとは、ポジティブな出来事から得られる喜びや満足感を意識的に高め、延長することです。

セイバリングが私たちの幸福感や心の健康に影響を与えることが明らかになっています。本コラムでは、セイバリングとその影響要因について研究知見をもとに見ていきます。セイバリングをどのように実践するか、どのような環境や状況がセイバリングを促進または抑制するのかを理解することで、私たちの職業生活をより豊かにするヒントが得られるでしょう。

セイバリングは対処行動の一つ

職業生活には、喜びや楽しみだけでなく、ストレスや困難も存在します。こうした状況で、どのように心の健康を維持し、幸福感を高めるかが課題です。そこで注目したいのがセイバリングです。

セイバリングとは、ポジティブな出来事や感情体験を意識的に楽しみ、その喜びを増幅させることを指します。例えば、美しい夕日を見て感動した時、その瞬間をじっくりと味わい、その美しさを心に刻む行為がセイバリングです。

セイバリングがストレスに対する心理的適応に重要な役割を果たすことを明らかにした研究があります[1]。研究では、300名の成人を対象に、ストレスフルな出来事に対する心理的適応を測定しました。

結果、セイバリングは対処リソースとしてではなく、対処反応として機能することがわかりました。セイバリングは事前に準備された能力ではなく、ストレスフルな状況に直面した時に行う具体的な行動や思考なのです。

セイバリングはポジティブな感情を促進する対処戦略と関連があることが示されました。具体的には、セイバリングを行うことでポジティブな感情が増幅され、抑うつが減少し、生活満足度が向上しました。

ストレスフルな状況に直面した時、ポジティブな経験に注目し、それを意識的に味わうことで、ストレスの影響を軽減し、心理的な健康を維持することができます。

例えば、仕事で大きなプロジェクトを抱えてストレスを感じている時、休憩時間に同僚と楽しく会話をする機会があったとします。その会話を単なる息抜きとして流すのではなく、その瞬間の楽しさや和やかな雰囲気を意識的に味わい、その感覚を心に留めておくことがセイバリングです。ストレスは避けられないものですが、セイバリングを意識的に実践することで、私たちはより効果的にストレスに対処し、幸福感を高めることができます。

セイバリングの効果と要因

セイバリングは、ポジティブな経験を意識的に楽しみ、その喜びを増幅させます。セイバリングには、私たちの心の健康や幸福感に様々な効果があることが研究で検証されています。ここでは、セイバリングの効果とそれに影響を与える要因について見ていきましょう。

セイバリングの意味、構造、プロセス、測定方法、幸福感への影響について論じられています[2]。研究によると、時間的な観点からセイバリングは3つに分類されます。

  • 回想(reminiscing):過去の積極的な出来事を思い出す
  • 現在のセイバリング(savoring the moment):現在の積極的な体験を感受する
  • 予期(anticipating):未来の積極的な出来事を期待する

セイバリングの効果は多岐にわたります。これまでの研究結果によると、セイバリングは幸福感、自尊心、ウェルビーイングの向上に寄与し、抑うつの減少や人生の意味の向上にもつながることが明らかになっています。

例えば、美味しい料理を食べる時、その味わいをじっくりと感じ取り、食事の楽しさを意識的に感じることで、その瞬間の幸福感が高まります。また、過去の楽しかった思い出を振り返り、その時の喜びを再体験することで現在の気分を向上させることができます。さらに、将来の楽しみな出来事を想像し、その期待感を楽しむこともセイバリングの一つです。

セイバリングの効果を高めるためには、様々な戦略があります。例えば、他者と共有する、没頭する、行動で表現する、感覚を鋭くする、記憶を構築する、自己を励ます、幸運を数える、楽しさを減らす考えを避けるなどです。これらの戦略を意識的に用いることで、ポジティブな経験をより深く、より長く楽しむことができます。

しかし、セイバリングの能力は個人差があり、様々な要因によって影響を受けます。例えば、個人の性格特性や環境要因がセイバリング能力に影響を与えることがわかっています。高い自尊心を持つ人は積極的な出来事を多くセイバリングする一方で、低い自尊心を持つ人は積極的な感情を抑制します。

文化的な背景もセイバリングの方法や重要性に影響を与えます。例えば、東洋文化では人間関係や達成感から楽しさを得ることが多く、西洋文化ではレジャーや娯楽活動から楽しさを得る傾向があります。

セイバリングは日常生活の中で実践できる心理的プロセスです。美しい景色を見たとき、その美しさをじっくりと味わう。友人との楽しい会話の中でその瞬間の喜びを意識的に感じ取る。将来の楽しみなイベントを想像し、その期待感を楽しむ。小さな実践を積み重ねることで、私たちはより多くの喜びや満足感を得ることができます。

不確実性を感じるとセイバリングを行う

職業生活は予測不可能な要素に満ちています。不確実性はストレスや不安の源になることが多いのですが、心理的な反応に影響を与えることがあります。

不確実性がセイバリング、つまりポジティブな経験を意識的に楽しむ行為を促進するという研究があります[3]。研究では、3つの異なる実験を通じて、不確実性とセイバリングの関係を探りました。

まず、大規模な体験サンプリング研究では、6680名の参加者を対象に、日常生活における不確実性の知覚がその後のセイバリングにどう影響するかを調査しました。参加者はスマートフォンを使用して、特定の瞬間における世界の混沌さや予測不可能性、現在の瞬間をどれだけ味わっているか、そして現在の幸福感について回答しました。

不確実性の知覚は、その瞬間のセイバリングとは負の関連がありましたが、後のセイバリングとは正の関連がありました。不確実性を強く感じた直後にはその瞬間を楽しむことが難しいかもしれませんが、その後の時間においてはむしろセイバリングが増加する傾向があります。

例えば、突然の予定変更で不確実性を感じた直後は混乱するかもしれませんが、その後の時間ではその状況を受け入れ、目の前の瞬間をより意識的に楽しもうとするのです。

ただし、この効果の持続時間は比較的短く、時間が経つにつれて弱まることもわかりました。これは、不確実性がセイバリングに与える影響が一時的なものであり、長期的には他の要因がより重要になることを表しています。

次に、研究チームは397名の参加者を対象に、不確実性、確実性、対照条件の映画を視聴させる実験を行いました。この実験では、不確実性を感じさせる映画を見た参加者が、他の条件の参加者よりもセイバリングの意図が高まることが明らかになりました。不確実な未来を描いた映画を見た後、参加者はより強く現在の瞬間を楽しもうとしました。

最後に、201名の参加者を対象としたフィールド実験では、忙しい通りを歩く人々に不確実性または確実性を誘発するチラシを配布し、その後の行動を観察しました。不確実性のチラシを受け取った参加者は、確実性のチラシを受け取った参加者よりもバラの花束の香りを嗅ぐ行動を取りました。これは、不確実性を感じた人々が目の前の小さな喜び(この場合はバラの香り)をより楽しもうとすることを示しています。

これらの研究結果は、不確実性が私たちの心理状態に与える影響について視点を提供しています。不確実性を感じることで私たちは現在の瞬間により注目し、日常の小さな喜びをより意識的に味わおうとします。

不確実性を単にネガティブなものとして捉えるのではなく、それをセイバリングの機会として活用することができるかもしれません。例えば、不確実な状況に直面した際に意識的に周囲のポジティブな要素に注目し、それを味わう時間を設けることで、ストレスや不安を軽減できる可能性があります。

自然の中を散歩するとセイバリングが促進

職業生活は忙しさやストレスに満ちています。そんな中で少し休養をとり、自然の中を散歩することは、心身をリフレッシュさせる効果的です。しかし、自然環境がもたらす恩恵はそれだけではありません。研究によると、自然の中を散歩することはセイバリングを促進することが明らかになっています。

自然環境が心の健康に及ぼす影響が調査されています。60名の大学生を対象に、7日間にわたる実験を行いました[4]。参加者は自然環境または都市環境で20分間のウォーキングを行い、毎日体験の味わい方や感情について報告しました。

研究の結果、自然環境での散歩がセイバリングのスコアを向上させ、ポジティブ感情の増加につながることがわかりました。自然環境で過ごした参加者は、都市環境の参加者に比べて有意に高いポジティブ感情を報告しました。

セイバリングの中でも特に、経験的吸収、感覚知覚の鋭化、他者との共有の3つの要素がポジティブ感情に強い影響を与えていることが見えてきました。

  • 経験的吸収:自然の中での体験に没頭し、完全にその瞬間に集中することです。例えば、森の中を歩きながら、木々のざわめきや鳥のさえずりに耳を傾け、周囲の景色に心を奪われる体験です。この没頭感が、日常のストレスや不安から解放され、心地よい感情を強く感じることにつながります。
  • 感覚知覚の鋭化:自然の景色、音、匂いなどに対する感覚が鋭くなることです。例えば、草の香りや土の匂い、風の肌触りなど、普段は気づかないような微細な感覚に注意を向けることで、体験がより豊かで深いものになります。感覚の鋭敏化が、幸福感の増加に寄与します。
  • 他者との共有:自然の体験を他者と共有することで、共感や絆が深まり、社会的なサポート感が増します。例えば、友人と一緒に散歩しながら美しい景色について語り合ったり、家族と自然の中でピクニックをしたりすることで、ポジティブな感情がさらに増幅されます。

人間が自然環境で幸福感を感じやすいのは、進化の過程で形成された適応的な反応である可能性が示唆されています。これは「生物フィリア」と呼ばれます。生物フィリアとは、人間が自然や生物とつながりを持ちたいという本能的な欲求を持っているという考え方です。

私たちの祖先は長い間、自然環境の中で生活してきました。そのため、自然の中にいることが安全や豊かさを示すサインとなり、それが幸福感や安心感につながっていたと考えられます。現代社会においても、この本能的な反応が残っており、それが自然環境でのセイバリングの促進につながっているのかもしれません。

例えば、定期的に自然の中で散歩をする時間を設けることでポジティブな感情を増幅させ、ストレス解消にもつながる可能性があります。都市部に住んでいる場合でも、近くの公園や緑地を利用することで同様の効果が得られる可能性もあります。

お金を見るとセイバリングは抑制

経済的な豊かさは多くの人々にとって幸福の一要素と考えられていますが、お金と幸福感の関係は単純ではありません。特に興味深いのは、お金が私たちのセイバリングに与える影響です。

お金が人々の日常のポジティブな感情や体験を味わうことにどのように影響を与えるかを調査した研究を取り上げます[5]。富裕層の人々ほどセイバリングが低いという結果を報告した研究です。

研究では、成人労働者を対象に二つの実験を行いました。最初の実験では、参加者をランダムに「お金のプライム条件」と「コントロール条件」に割り当てました。お金のプライム条件の参加者にはお金の写真を見せ、コントロール条件の参加者にはぼやけた認識できない写真を見せました。その後、参加者のセイバリングや幸福感を測定しました。

結果的に、現在の富がポジティブな感情の味わいを低下させることが示されました。お金のプライム条件の参加者はコントロール群よりもセイバリングスコアが低いことがわかりました。お金を連想させるだけで日常のポジティブな感情や体験を楽しむ能力が低下するのです。大きな経済的価値に慣れてしまうことで、小さな喜びの価値が相対的に低く感じられてしまうためと考えられます。

セイバリングが幸福感を正に予測し、富が味わいと負の関係にあるため、セイバリングが富と幸福感の関係を抑制する可能性があることが示唆されました。お金持ちだからといって必ずしも幸せとは限らず、セイバリングの低下によって幸福感が抑制される可能性があります。

この発見を確認するため、研究チームは二つ目の実験を行いました。実験では、参加者にチョコレートを食べる前にお金の写真または中立的な写真を見せました。その結果、お金のプライム条件の参加者は対照条件の参加者に比べてチョコレートを食べる時間が短く、喜びのレベルも低かったことが見えてきました。

これらの結果は、お金やその連想が私たちの日常の小さな喜びを減少させる可能性があることを表しています。経済的な成功を追求することは決して悪いことではありません。しかし、それが日々の小さな喜びを味わう能力を損なう可能性があることを認識する必要があります。

「お金で幸せは買えない」という古くからの格言があります。確かに、経済的な安定は生活の質を向上させる要素ですが、それだけでは幸福は得られません。日々の小さな喜びを深く味わうことを加えることで、長期的な幸福感につながるのです。

とはいえ、この研究結果をお金が全く重要ではないと解釈するのは誤りです。経済的安定はストレスを軽減し、さまざまな経験の機会を提供するという点で重要です。大切なのは経済的な豊かさと日常の喜びを味わう能力のバランスを取ることです。

SNSへの投稿を促す介入がある

ソーシャル・ネットワーク・サイト(SNS)は私たちの生活に浸透しています。多くの人々がSNSを通じて日々の出来事や感情を共有していますが、SNSの使用がセイバリングにどのような影響を与えるのかについて、興味深い研究結果が出ています。

SNSを活用したセイバリング介入がポジティブな感情を高める効果があるかどうかを検証した研究です[6]。研究では台湾の大学生61名を対象に、3週間にわたるセイバリング介入を行うグループと、対照群にランダムに分け、その効果を比較しました。

セイバリング介入群の参加者には、週に少なくとも3回、20分間好きなことをして楽しむよう求められました。そして、その活動から得られるポジティブな感情に注意を払い、その感情をSNSに投稿するよう指示されました。一方、対照群は何も指示を受けませんでした。

研究の結果、セイバリング介入群のポジティブ感情の平均スコアは、介入前から介入直後、そしてフォローアップにかけて向上しました。一方、対照群では前テストでの平均スコアに対して、ポストテスト、フォローアップテストでは減少しました。

SNSを活用したセイバリング介入がポジティブな感情を増強する効果があることを示す結果です。例えば、美味しい料理を食べたときや友人と楽しい時間を過ごしたときなど、日常の喜びをSNSに投稿することで、その経験をより深く味わい、ポジティブな感情を増幅させることができます。

SNSはコミュニケーションツールだけでなく、私たちのウェルビーイングを向上させる手段としても活用できます。ただし、SNSの過剰使用がもたらす潜在的なネガティブな影響にも注意を払う必要があるでしょう。

脚注

[1] Samios, C., Catania, J., Newton, K., Fulton, T., and Breadman, A. (2020). Stress, savouring, and coping: The role of savouring in psychological adjustment following a stressful life event. Stress and Health, 36(2), 119-130.

[2] Guo, D., Ren, J., Zhang, Z., and Bryant, F. B. (2013). Savoring: Enjoying positive experience with concentrated attention. Advances in Psychological Science, 21(7), 1262-1271.

[3] Gregory, A. L., Quoidbach, J., Haase, C. M., and Piff, P. K. (2023). Be here now: Perceptions of uncertainty enhance savoring. Emotion, 23(1), 30-40.

[4] Sato, I., Jose, P. E., and Conner, T. S. (2017). Savoring mediates the effect of nature on positive affect. International Journal of Wellbeing, 8(1), 18-33.

[5] Quoidbach, J., Dunn, E. W., Petrides, K. V., and Mikolajczak, M. (2010). Money giveth, money taketh away: The dual effect of wealth on happiness. Psychological Science, 21(6), 759-763.

[6] Yu, S. C., Sheldon, K. M., Lan, W. P., & Chen, J. H. (2020). Using social network sites to boost savoring: Positive effects on positive emotions. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(17), 6407.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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