2024年8月15日
日々の体験を深く味わう:セイバリングの効果
毎日の生活の中で、幸せを感じる瞬間を逃していませんか。忙しさに追われ、ふと立ち止まる余裕がないと感じることはありませんか。そんな時に、「セイバリング」(savoring)という考え方が役立つかもしれません。
セイバリングとは、日常の中の良い経験や出来事を意識的に味わうことです。美味しい食事、綺麗な景色、友人との会話。こういった日々の小さな喜びに注目し、十分に味わうのです。
近年の研究によると、このシンプルな習慣が私たちの幸福感に影響を与えることがわかってきました。ストレスの軽減や人間関係の改善、さらには全体的な生活満足度の向上にもつながる可能性があります。
本コラムでは、セイバリングに関する研究を紹介しながら、職場でどのように取り入れられるか、そしてどのような効果が期待できるかを考えます。
セイバリングでストレスが低減する
日常にはさまざまなストレスがあります。特に他者から評価される場面はストレス要因です。例えば、プレゼンテーションや面接、テストなどにおいて、評価を意識するあまり強い不安やプレッシャーを感じることがあります。
社会的評価によるストレスに対して、セイバリングが効果的な対処法になる可能性が、最近の研究で明らかになっています。アメリカ南東部の大学の学生145名を対象にした実験では、社会的評価によるストレスを与えた後、異なるタイプのセイバリング介入を行い、その効果を比較しました[1]。
まず、全参加者に短いプレゼンテーションを準備して発表させ、他の参加者や研究者から評価される状況を設定しました。その後、4つのグループに分け、それぞれ異なる介入を行いました。
1つ目のグループは、現在の瞬間に集中して楽しむ方法を学びました。2つ目のグループは、リラックスできる場所や幸福な経験を視覚化する練習をしました。3つ目のグループは、過去のポジティブな出来事を思い出し、その感情を再体験する方法を学びました。そして4つ目のグループは、特別な介入を受けませんでした。
実験の結果、1つ目のグループが最も高いポジティブ感情を報告しました。現在の瞬間に集中し、それを楽しむセイバリングが社会的評価によるストレスを効果的に軽減することを表しています。
現在の瞬間に集中することで過去の後悔や未来の不安から解放され、ストレスが軽減されます。また、現在の瞬間を深く感じ取ることで感覚が強化され、ポジティブな側面に注目しやすくなります。
ポジティブな仕事体験が幸福感をもたらす
セイバリングの効果は日常生活だけでなく、職場にも及びます。仕事におけるセイバリングは、どのように私たちの幸福感に影響するのでしょうか。
仕事は人生の多くの時間を占めるため、仕事体験は私たちの幸福感に大きな影響を与えます。ポジティブな仕事体験を上手に活用することで、より高い幸福感を得られる可能性があります。セイバリングを通じて仕事でのポジティブな体験を味わうことが、従業員の幸福感に重要な役割を果たすことが明らかになっています。
研究者たちは、日常的なポジティブな仕事経験が従業員の心理的・感情的状態にどのような影響を与えるかを調査しました[2]。その結果、ポジティブな仕事経験を「味わう」ことで、その効果がさらに増幅されることがわかりました。例えば、プロジェクトが成功したときや、同僚から称賛を受けたときなど、仕事の中の小さな喜びを意識的に味わうことで、より強い幸福感を得られるのです。
セイバリングには、「味わい」や反省のプロセスが含まれます。良い出来事を経験するだけでなく、それを意識的に振り返り、その意味や価値を考えることを意味します。例えば、難しい仕事を成し遂げたあとに、その過程で学んだことや成長した点を振り返ることで、達成感以上の満足感を得ることができます。
ポジティブな仕事体験を他者と共有することの重要性も指摘されています。良い出来事を同僚や上司と共有することで、人間関係を通じて幸福感を高める効果があります。例えば、チームで成功を祝うことで、個人の喜びがチーム全体の喜びとなり、大きな幸福感に包まれます。
研究では、ポジティブな仕事経験を味わうことが、長期的な幸福感の促進につながることも示されています。日々の小さなポジティブ体験を積み重ねていくことで、仕事全体に対する満足度が高まり、結果として長期的な幸福感が向上します。
組織としては、従業員がポジティブな経験を味わい、共有できる機会を積極的に提供することで、従業員の幸福感と組織の成果を同時に高められる可能性があります。例えば、定期的に成功事例を共有する場を設けたり、チームの達成を祝う機会を増やしたりすることが効果的かもしれません。
現在を味わう行動がワークライフバランスに
仕事と私生活のバランスを取ることは、現代社会において大きな課題となっています。セイバリングは、このワークライフバランスの改善にも一役買うかもしれません。
仕事と家庭生活のバランスを取ることは、多くの人々が直面している課題です。ワークライフバランスがとれないと、ストレスや不満が増し、健康や幸福感に悪影響を及ぼします。そうした中、セイバリングがワークライフバランスの改善に役立つ可能性が明らかになっています。
ここで注目するのはワーク・ファミリーコンフリクト(仕事と家庭の葛藤)です。これは、仕事と家庭生活の両立が難しくなることで生じるストレスや葛藤を指します。例えば、仕事の締め切りに追われて家族との時間が取れない、あるいは子育ての負担が大きくて仕事に集中できないといった状況です。この葛藤を軽減することが、ワークライフバランスの改善につながります。
研究者たちは、セイバリングがワーク・ファミリーコンフリクトに与える影響を調べるため、354組の共働きパートナーを対象に調査を行いました[3]。研究では、セイバリングを増幅と減衰の2種類に分類しています。増幅セイバリングは、ポジティブな感情を強化する行動を指し、減衰セイバリングは、ポジティブな感情を抑制する行動を指します。
調査の結果、増幅サボリングを行う人は、ワーク・ファミリーコンフリクトのレベルが低いことがわかりました。とりわけ、現在の瞬間を味わうセイバリングが、ワーク・ファミリーコンフリクトの軽減に効果的であることがわかりました。
仕事と家庭の両立に悩む人々は、過去の失敗を後悔したり、将来の課題を心配したりしがちです。しかし、今この瞬間に意識を向けることで、そうした心配から解放され、目の前の状況に対処できるようになります。
また、現在の瞬間を味わうことで、日常の中の小さな喜びや幸せに気づきやすくなります。仕事と家庭の両立に追われる中でも、同僚との良好な関係や成果など、ポジティブな側面に目を向けることができるようになります。ストレスフルな状況でも心の余裕を保ちやすくなり、ワーク・ファミリーコンフリクトが軽減されると考えられます。
他方で、過去を振り返るセイバリングや未来を楽しみにするセイバリングは、ワーク・ファミリーコンフリクトの軽減という意味ではあまり効果がないことも明らかになりました。過去や未来に意識を向けることで、現在の問題に対処する能力が低下する可能性があるためかもしれません。
ワークライフバランス対策は、主に時間管理や業務効率化に焦点を当てるだけではなく、セイバリングという心理的アプローチを取り入れることで、より効果的にワーク・ファミリーコンフリクトを軽減できる可能性があります。
様々なセイバリングが良好な結果に
セイバリングと一口に言っても、実際には様々な方法があります。それぞれの戦略が持つ独自の効果を理解することで、より効果的にセイバリングを実践できるでしょう。
様々な種類のセイバリングがそれぞれ異なる効果を持つことが見えてきました。ここでは、282名の参加者を対象に行われた研究を基に、様々なセイバリング戦略とその効果について確認しましょう。
研究者たちは、セイバリングを「味わい戦略」と「抑制戦略」の2つに分類しました[4]。味わい戦略は、ポジティブな感情を増幅させる方法を指し、抑制戦略は逆にポジティブな感情を抑える方法を指します。
味わい戦略には、次のようなものがあります。
- 喜びや幸せを言葉や行動で表現すること
- 今この瞬間の体験に意識を向けること
- ポジティブな体験を他の人と共有すること
- 過去の良い思い出を振り返ること
一方、抑制戦略には次のようなものがあります。
- 喜びや幸せを表に出さないようにすること
- ポジティブな体験から意識をそらすこと
- ポジティブな状況の中でも欠点を見つけること
- 良い出来事の後に悪いことが起こると考えること
これらの戦略が幸福感にどのような影響を与えるかを調査しました。具体的には、ポジティブ感情、生活満足度、全体的な幸福感について評価を行いました。
味わい戦略の中でも特に「現在に集中すること」と「ポジティブな出来事を思い出すこと」が、ポジティブ感情を増加させることがわかりました。現在に集中することで、今この瞬間の喜びや幸せをより深く感じ取ることができます。過去のポジティブな出来事を思い出すことで、その時の幸せな感情を再体験し、現在のポジティブ感情を強化することができます。
抑制戦略の中でも「注意を逸らすこと」は、ポジティブ感情を減少させました。ポジティブな体験から意識をそらすことで、その体験から得られる喜びや幸せを十分に味わえなくなってしまうのです。
生活満足度に関しては、「他者と共有すること」が特に効果的でした。ポジティブな体験を他の人と共有することで、その喜びが倍増し、人間関係も深まります。これによって、全体的な生活満足度が向上するのです。
逆に、「ネガティブな詳細に集中すること」や「ネガティブな反芻」は、生活満足度を低下させました。良い出来事の中でもネガティブな側面に目を向けたり、過去の失敗を繰り返し考えたりすることで、全体的な満足感が損なわれてしまいます。
研究では様々な戦略を使うことが全体的な幸福感を高めることも示されました。特定の戦略に固執せず、状況に応じて多様な戦略を使用することが、持続的な幸福感を得るためには重要だということです。
例えば、仕事で成功を収めた時には、その瞬間の喜びを深く味わい(現在に集中する)、同僚と成功を祝う(他者と共有する)、そして後日その成功を思い出して喜びを再体験する(ポジティブな出来事を思い出す)といったように、複数の戦略を組み合わせることで、より長期的で強い幸福感を得ることができます。
セイバリングで喚起された感情は持続する
セイバリングの即時的な効果については理解できました。しかし、その効果はどのくらい持続するのでしょうか。ここでは、セイバリングの長期的な影響に焦点を当てます。
セイバリングが私たちの感情に与える影響は、一時的なものにとどまらず、長期的に持続する可能性があります。この点を明らかにするために、49人の参加者を対象に研究が行われました[5]。研究では、セイバリングがポジティブな感情をどのように増幅し、その効果がどのくらい持続するかを調査しました。
実験において、参加者にポジティブな画像(楽しい、幸せな場面を描いたもの)とニュートラルな画像(感情的に中立的なもの)を見せ、それぞれの画像に対して「セイバリング」と「単なる視聴」という2つの条件で反応を測定しました。
セイバリング条件では、参加者にポジティブな画像を意識的に楽しみ、その快適な感情を意図的に増幅させるよう指示しました。例えば、画像の中の幸せな瞬間を味わい、その喜びを十分に感じ取るよう促しました。一方、単なる視聴条件では、特別な指示なしに画像を見てもらいました。
研究者たちは、参加者の主観的な感情評価(画像の快適さと覚醒度)と、画像に誘発される遅発性陽性電位(LPP)を測定しました。LPPは、感情を伴う刺激に対する脳の反応を示す指標です。簡単に言えば、「脳が感情的な情報をどれだけ強く処理しているか」を測る方法です。感情が強く引き起こされるほど、LPPの値は大きくなります。
結果、セイバリングを行った場合、画像の快適さと覚醒感が増加することが確認されました。同じ画像を見ても、セイバリングを行うことで、より強いポジティブな感情が喚起されるのです。セイバリングがポジティブな体験を増幅する効果を持つことを示しています。
さらに、LPPの増加も観察されました。セイバリングは単に主観的な感情だけでなく、脳の反応レベルでも感情処理に影響を与えています。
しかし、この研究の最も重要な発見は、セイバリングの効果が時間を超えて持続するという点です。研究者たちは、最初に画像をセイバリングまたは視聴した後、約20分後に同じ画像を再度視聴してもらいました。この時、セイバリングの指示は出されませんでした。
すると、以前にセイバリングされた画像は、後の画像視聴タスクでも高い評価を維持していました。一度セイバリングを通じて深く味わった体験は、時間が経過しても強いポジティブな感情を喚起し続けることがわかりました。
セイバリングを通じて感じたポジティブな感情は、その体験に関連する記憶と強く結びつきます。そのため、後にその体験を思い出したり、類似の状況に遭遇したりした際に、以前感じたポジティブな感情が再び喚起されやすくなるのです。
セイバリングによって脳の感情処理のパターンが変化し、その変化が持続する可能性も考えられます。LPPの増加が示すように、セイバリングは脳の感情処理に影響を与えます。この変化が一時的なものではなく、ある程度持続することで、同じ刺激に対してより強いポジティブな反応が継続的に引き起こされるのかもしれません。
仕事において、特別な出来事や達成を体験したとき、その瞬間を意識的に深く味わうことで、その喜びや満足感をより長く持続させることができるかもしれません。大切な瞬間をセイバリングすることで、その思い出がより長く、より強くポジティブな影響を与え続ける可能性があります。
ポジティブな出来事を増やす効果もある
これまで、セイバリングがポジティブな感情を増幅し、その効果が持続することを見てきました。しかし、セイバリングの効果はそれだけにとどまりません。セイバリングを実践することで、実際にポジティブな出来事自体を増やすことができます。
この現象を調査するため、研究者たちは2つのコミュニティベースの縦断的調査を行いました[6]。一つ目の調査では319名、二つ目の調査では755名の参加者を対象に、3ヶ月間にわたってデータを収集しました。
研究では、セイバリングを増幅と減衰の2種類に分類しています。増幅セイバリングは、ポジティブな感情を意図的に強化する行動を指します。減衰セイバリングは、ポジティブな感情を抑制する行動を指します。
研究者たちは、参加者のセイバリングの傾向と、日常におけるポジティブな出来事(アップリフト)の頻度を測定しました。アップリフトとは、日常の中で経験する小さな喜びや幸せな出来事のことを指します。例えば、友人との楽しい会話、美味しい食事、仕事での小さな成功などが含まれます。
研究の結果、増幅セイバリングを行う人は、3ヶ月後により多くのアップリフトを報告することがわかりました。ポジティブな体験を意識的に味わう習慣がある人ほど、時間の経過とともに実際にポジティブな出来事を多く経験するようになります。一方で、減衰セイバリングはアップリフトの頻度の変化と関連がありませんでした。
なぜ増幅サボリングがポジティブな出来事を増やすのでしょうか。研究者たちは、この現象を説明するために「舞台を整える」効果と「良いことに気づく」効果という2つのメカニズムを提案しています。
「舞台を整える」効果とは、セイバリングを通じて個人の対人関係環境がポジティブに変化し、結果としてポジティブな出来事が増加するというものです。例えば、仕事での成功を同僚と共に喜ぶことで、職場の人間関係が良好になり、さらなるポジティブな相互作用が生まれやすくなります。
「良いことに気づく」効果は、セイバリングを実践することで、日常生活のポジティブな側面に注意が向きやすくなり、結果としてより多くのポジティブな出来事を認識できるようになるというものです。例えば、毎日の小さな喜びを意識的に味わう習慣がつくことで、以前は見過ごしていた些細な幸せにも気づけるようになり、結果的にポジティブな体験の報告が増えるのです。
脚注
[1] Klibert, J. J., Sturz, B. R., LeLeux-LaBarge, K., Hatton, A., Smalley, K. B., and Warren, J. C. (2022). Savoring interventions increase positive emotions after a social-evaluative hassle. Frontiers in Psychology, 13, 791040.
[2] Ilies, R., Bono, J. E., and Bakker, A. B. (2024). Crafting well-being: Employees can enhance their own well-being by savoring, reflecting upon, and capitalizing on positive work experiences. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 11(1), 63-91.
[3] Camgoz, S. M. (2014). The role of savoring in work-family conflict. Social Behavior and Personality: An international journal, 42(2), 177-188.
[4] Quoidbach, J., Berry, E. V., Hansenne, M., and Mikolajczak, M. (2010). Positive emotion regulation and well-being: Comparing the impact of eight savoring and dampening strategies. Personality and Individual Differences, 49(5), 368-373.
[5] Wilson, K. A., and MacNamara, A. (2021). Savor the moment: Willful increase in positive emotion and the persistence of this effect across time. Psychophysiology, 58(3), e13754.
[6] Jose, P. E., Bryant, F. B., and Macaskill, E. (2021). Savor now and also reap the rewards later: Amplifying savoring predicts greater uplift frequency over time. The Journal of Positive Psychology, 16(6), 738-748.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。