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コラム

「これは私の仕事だ」:心理的オーナーシップを高める要因とは

コラム

人材マネジメントにおいて従業員の心理的要因が重視されるようになってきました。その中でも「心理的オーナーシップ」という考え方が注目されています。従業員が自分の仕事や組織に対して持つ所有感のことを意味します。

どのような要因が心理的オーナーシップを生み出し、それがどのような結果をもたらすのでしょうか。本コラムでは、心理的オーナーシップの要因について解説します。

職務特性理論との関連、職務の複雑性の影響、低構造の職場環境の重要性、コントロール感の役割、そして心理的オーナーシップの2つのタイプについて順に見ていきます。心理的オーナーシップがもたらす両面的な影響についても触れ、この考え方の深さと実務への示唆を探ります。

職務特性理論との関連

心理的オーナーシップの形成には、職場環境や仕事の特性が影響します。これを理解するために、まず職務特性理論との関連を見ていきましょう[1]

職務特性理論は、仕事の設計が従業員の態度や行動に影響を与えることを説明するモデルです。この理論では、5つの中核的な職務特性が重要とされています。スキル多様性、タスク完結性、タスク重要性、自律性、そしてフィードバックです。

これらの特性と心理的オーナーシップの関係について、研究者たちが整理しています。例えば、スキル多様性が高い仕事では、従業員はより多くの自己投資を行います。様々なスキルを使うことで、仕事に対する愛着や所有感が増します。

タスク完結性も重要です。仕事の全体像が見える状況において、従業員はその仕事に対してより強い所有感を持ちます。自分の仕事が全体の中でどのような役割を果たしているかが明確になると、責任感や愛着が増します。

タスク重要性も心理的オーナーシップに影響を与えます。自分の仕事が他人の生活や幸福に影響を与えていると感じられる場合、従業員はその仕事をより「自分のもの」と感じます。自分の仕事の意義を実感することで、その仕事に対する愛着が深まるためです。

自律性も心理的オーナーシップの形成において役割を果たします。仕事に対する裁量や自由があると、従業員はその仕事に対するコントロール感を持ちやすくなります。自分で決定を下し、仕事の進め方を自由に選択できることで、その仕事が「自分のもの」だという感覚が強まります。

フィードバックの重要性も指摘されています。自分のパフォーマンスに関する情報を得ることで、仕事への理解が深まります。フィードバックを通じて自分の成長や貢献を実感できることが、心理的オーナーシップの形成につながります。

職務特性は、心理的オーナーシップの形成経路とも関連しています。研究者たちは、コントロール、詳細な知識、自己投資という3つの経路を通じて心理的オーナーシップが形成されると考えています。

コントロールの経路は、自分の仕事をコントロールする能力が仕事への所有感を高めるというものです。これは、前述の自律性と関連しています。詳細な知識の経路は、仕事に対する深い理解と親しみが所有感を育むというものです。スキル多様性やタスク完結性と関連しています。自己投資の経路は、自分自身を仕事に投資することで所有感が強まるというものです。これは、タスク重要性やフィードバックと関連しています。

職務の複雑性が高いこと

複雑な職務とは、多様なスキルや知識を必要とし、高度な判断力や問題解決能力が求められる仕事を指します。このような職務は、従業員の心理的オーナーシップを高めることが明らかになっています。

複雑な職務が心理的オーナーシップを促進する理由は、いくつかあります。まず、複雑な仕事は従業員により多くの自由と責任を与えます。例えば、問題解決の方法を自分で考え、意思決定を行う機会が増えます。従業員は仕事に対するコントロール感を強く持つようになり、「これは自分の仕事だ」という感覚が生まれやすくなります。

複雑な職務では、従業員がより深い知識や専門性を身につける必要があります。仕事の細部まで理解し、全体像を把握することが求められます。このプロセスを通じて、従業員は仕事に対する知識を蓄積していきます。深い理解と親しみは、心理的オーナーシップの形成を促進します。

さらに、複雑な職務は従業員により多くの自己投資を求めます。時間やエネルギー、そして個人的なスキルや能力を仕事に注ぎ込む必要があります。自己投資が増えるほど、従業員はその仕事を自分自身の一部として認識するようになります。

研究者たちは、複雑な職務が心理的オーナーシップの形成に与える影響を実証しています[2]。ある研究では複数の職場から従業員のサンプルを集め、職務の複雑性と心理的オーナーシップの関係を調べました。その結果、職務の複雑性が高いほど、従業員が心理的オーナーシップを感じやすいことが確認されました。

さらに、職務の複雑性が心理的オーナーシップを通じて従業員のパフォーマンスにも影響を与えることが分かりました。複雑な職務は心理的オーナーシップを高め、それが結果的に従業員のパフォーマンス向上につながるという連鎖反応が起こるのです。

職務の複雑性が心理的オーナーシップに至る3つの経路(コントロール、熟知、自己投資)を促進することも示されました。複雑な職務は、従業員に高いレベルのコントロールを与え、仕事に対する深い理解を促し、そして多くの自己投資を求めます。これらの要素が相まって、強い心理的オーナーシップの感覚を生み出します。

従業員の心理的オーナーシップを高めたい組織は、単純な作業の繰り返しではなく、複雑で挑戦的な仕事を提供することが効果的でしょう。ただし、職務の複雑性を高めるだけでは十分ではありません。従業員が複雑な仕事に対処できるよう、適切な支援やトレーニングを提供することも重要です。

低構造の職場であること

「低構造の職場」が心理的オーナーシップを促進することが見えてきました。低構造の職場とは、柔軟性が高く、従業員に多くの自由と裁量権を与える環境を指します。

低構造の職場が心理的オーナーシップを促進する理由は、技術の非定型化、自律性の高さ、そして参加型意思決定という3つに整理することができます。

まず、技術の非定型化ですが、低構造の職場では、仕事の進め方が厳密に決められているわけではありません。従業員は自分なりの方法で問題を解決したり、タスクを遂行したりする必要があります。この柔軟性が、従業員の創造性を刺激し、仕事に対する主体性を高めます。結果として、「これは自分のやり方で進めている自分の仕事だ」という感覚が強まります。

次に、自律性の高さも大事です。低構造の職場では、従業員は自分の判断で多くの決定を下すことができます。例えば、仕事の優先順位をつけたり、スケジュールを管理したりする権限が与えられます。この自律性が、従業員に仕事に対するコントロール感を与え、心理的オーナーシップを強化します。

参加型意思決定も心理的オーナーシップの形成に寄与します。低構造の職場では、重要な意思決定プロセスに従業員が参加する機会があります。自分の意見が組織の方針や決定に反映されることで、従業員は組織の一部としての感覚を強く持つようになります。

ニュージーランドの労働者とその管理職を対象にした研究において、低構造の職場環境が従業員の組織コミットメントや市民的行動(組織のために自発的に行う行動)に好影響を与えることが実証されました[3]

研究では心理的オーナーシップが職場環境と従業員の行動を媒介する役割を果たしていることも明らかになりました。低構造の職場環境は従業員の心理的オーナーシップを高め、それが結果的に組織コミットメントや市民的行動の向上につながっています。

コントロール感の重要性

自分の仕事や職場環境に対して影響力を持ち、自分の判断で決定を下せるという感覚をコントロール感と言います。この感覚が強いほど、従業員は自分の仕事や組織に対して所有感を抱くようになります。

ある研究において、職場環境の構造とコントロール感、そして心理的オーナーシップの関係が分析されました[4]。研究では、低い職場環境構造(柔軟で従業員に多くの自由を与える環境)が高いコントロール感と関連し、それが結果的に強い心理的オーナーシップにつながることが明らかになりました。

コントロール感はどのように心理的オーナーシップを高めるのでしょうか。業務のスケジュール管理を例に考えてみましょう。自分で仕事の進行や優先順位を決められる環境では、従業員は自分の判断で業務を進めることができ、「この仕事は自分のものだ」という感覚が強まります。

業務手順の選択においても同様です。どのように仕事を進めるかを自分で決められることで、従業員は自分のスキルや経験を活かすことができます。これは効率を高めるだけでなく、仕事に対する愛着や責任感を増す効果があります。

問題解決の場面でも、コントロール感は有効です。業務中に発生する問題を自分で解決する裁量を持つことで、従業員は自分の能力を発揮し、成長を実感することができます。この経験が、仕事に対する自信と所有感を高めます。

コントロール感が心理的オーナーシップを高めるのは、単に自由度が高いからというだけではありません。人は、自分がコントロールできるものに対して所有感を抱きます。自分の意思決定や行動が直接的に結果に結びつくと感じられる状況では、その対象を「自分のもの」と感じやすくなるのです。

さらに、コントロール感は自己効力感(自分には能力があるという信念)とも関連しています。自分の判断で仕事を進め、それが良い結果につながる経験を重ねることで、従業員は自分の能力に自信を持つようになります。この自信が、仕事に対するさらなる責任感と所有感を生み出します。

2つの心理的オーナーシップ

心理的オーナーシップは、その対象によって2つのタイプに分けることができます。それは「職務に基づく心理的オーナーシップ」と「組織に基づく心理的オーナーシップ」です。これら2つのタイプは、それぞれ異なる特徴を持ちます。

職務に基づく心理的オーナーシップは、従業員が自分の特定の仕事や役割に対して抱く所有感を指します。例えば、プロジェクトマネージャーが「このプロジェクトは自分のものだ」と感じるような場合です。一方、組織に基づく心理的オーナーシップは、組織全体に対する所有感を意味します。「この会社は自分の会社だ」というような感覚がこれにあたります。

これら2つの心理的オーナーシップが従業員の態度や行動にどのような影響を与えるかが調査されています[5]。その結果、職務に基づく心理的オーナーシップが職務満足度と正の関係にあることが明らかになりました。自分の仕事に対して所有感を持つ従業員ほど、その仕事に満足しています。

所有感があると人はその対象に対してよりポジティブな感情を持ちやすくなるためだと考えられています。自分の仕事を「自分のもの」と感じることで、仕事に対する愛着や誇りが高まり、結果として満足度が向上するのです。

一方、組織に基づく心理的オーナーシップは、組織コミットメントと関連があることが分かっています。組織全体に対して所有感を持つ従業員は、その組織に対する帰属意識が強くなります。組織を「自分のもの」と感じることで、組織の成功や目標に対してより強い関心を持ち、積極的に貢献しようとするためです。

これらの結果に基づけば、職務満足度を高めたい場合は、個々の仕事に対する所有感を育むことが効果的かもしれません。一方、組織への帰属意識を高めたい場合は、組織全体に対する所有感を育むアプローチが有効でしょう。

エンゲージメントの二面性を媒介

心理的オーナーシップは、従業員のエンゲージメントと職場での成果を結びつける重要な要因として機能します。しかし、この媒介効果は必ずしもポジティブな結果だけをもたらすわけではありません。心理的オーナーシップがエンゲージメントの二面性、つまりポジティブな側面とネガティブな側面の両方を媒介することが明らかになっています[6]

まず、ポジティブな側面から見ていきましょう。高いエンゲージメントを持つ従業員は、自分の仕事に強く関与し、多くの時間とエネルギーを投資します。この過程で、従業員は自分の仕事に対する心理的オーナーシップを発達させます。

そして、心理的オーナーシップは、役割内パフォーマンス(自分の職務をしっかりと遂行すること)や組織市民行動(組織のために自発的に行う役割外行動)などのポジティブな成果につながります。

心理的オーナーシップが高い従業員は、自分の仕事をより大切に扱い、より良い成果を出そうと努力します。また、組織全体の成功に貢献したいという意欲が高まり、同僚を助けたり、組織のために発言したりする行動が増えます。これらの行動は、組織全体のパフォーマンス向上につながり得ます。

しかし、同じメカニズムがネガティブな結果をもたらします。高いエンゲージメントと心理的オーナーシップは、縄張り行動、知識の隠蔽、さらには職務に関連した非倫理的行動を促進する可能性があるのです。

縄張り行動とは、自分の仕事や領域を他人から守ろうとする行動を指します。心理的オーナーシップが強い従業員は、自分の仕事を「自分のもの」と強く感じるあまり、他人の介入を嫌がったり、協力を拒んだりする可能性があります。

知識の隠蔽も同様の理由で起こります。自分の仕事に対する所有感が強いと、その仕事に関する知識や情報を他人と共有したがりません。深刻なのは、職務に関連した非倫理的行動です。自分の仕事や成果を守るために、データの改ざんや他人の足を引っ張るような行動を取ってしまうこともあるのです。

研究では、これらのネガティブな結果が特定の条件下で増幅されることも明らかになっています。例えば、従業員の回避動機(損失を避けようとする心理的傾向)が強い場合、心理的オーナーシップがもたらすネガティブな行動がより顕著になります。

回避動機が強い従業員は、自分の仕事や地位を失うことへの恐れが強く、それゆえに防衛的な行動を取りやすくなります。この傾向が心理的オーナーシップと結びつくと、より強い縄張り意識や知識の隠蔽につながるのです。

エンゲージメントと心理的オーナーシップを高めることは確かに重要ですが、同時にそれがもたらす潜在的なリスクにも注意を払う必要があります。組織は、従業員の心理的オーナーシップを育みながら、同時に協力的な文化や倫理的な行動を促進する環境を作ることが求められます。

心理的オーナーシップは従業員のモチベーションや組織への貢献を高める要因ですが、同時に潜在的なリスクも伴います。組織としては、両面性を十分に理解した上で、適切な管理と支援を行うことが求められます。

脚注

[1] Pierce, J. L., Jussila, I., and Cummings, A. (2009). Psychological ownership within the job design context: Revision of the job characteristics model. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 30(4), 477-496.

[2] Brown, G., Pierce, J. L., and Crossley, C. (2014). Toward an understanding of the development of ownership feelings. Journal of Organizational Behavior, 35(3), 318-338.

[3] O’Driscoll, M. P., Pierce, J. L., and Coghlan, A. M. (2006). The psychology of ownership: Work environment structure, organizational commitment, and citizenship behaviors. Group & Organization Management, 31(3), 388-416.

[4] Pierce, J. L., O’driscoll, M. P., and Coghlan, A. M. (2004). Work environment structure and psychological ownership: The mediating effects of control. The Journal of Social Psychology, 144(5), 507-534.

[5] Mayhew, M. G., Ashkanasy, N. M., Bramble, T., and Gardner, J. (2007). A study of the antecedents and consequences of psychological ownership in organizational settings. The Journal of Social Psychology, 147(5), 477-500.

[6] Wang, L., Law, K. S., Zhang, M. J., Li, Y. N., & Liang, Y. (2019). It’s mine! Psychological ownership of one’s job explains positive and negative workplace outcomes of job engagement. Journal of Applied Psychology, 104(2), 229-246.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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