2024年8月13日
職場の協力を促進し非協力を抑えるには:社会的ジレンマの示唆
社会的ジレンマ(Social Dilemma)は、個人の利益と集団の利益が葛藤する状況を指しています。
例えば、
- チームの全員が「誰かがやるだろう」と考えて自分の仕事をサボることでプロジェクトの進行が遅れる
- オフィスのプリンター用紙やインクを無駄に使って必要な時に足りなくなってしまう
- 会議の参加者が自分の話したいことばかり話して会議の目的が果たされない
- 情報を各メンバーが共有せず自分の利益や評価を優先する
こうした状況は社会的ジレンマの典型例と考えられ、場合によっては個人と組織の両方に損失をもたらすこともあります。
本コラムでは、こうした社会的ジレンマと呼ばれる現象について、注目されるようになった背景や、初期の主要な研究知見を紹介します。そのうえで、上記のような状況への対策についても考えてみたいと思います。
この概念は、経済学、政治学、社会学、心理学など多くの分野で研究されており、組織の中でもよく見られる現象を扱っています。協力を促し、非協力を抑えるような施策の手がかりになれば幸いです。
社会的ジレンマとは
社会的ジレンマは、個人が自分の利益を追求する行動が結果的に集団全体に悪影響を及ぼす状況を指します。つまり、個々の利益を最大化しようとすると、全体としては損をするという矛盾した現象が起こるのです。
社会的ジレンマには以下のような特徴があります。
- 各個人は自分の利益を最大化する選択をする傾向がある
- 全員が個人的利益を追求すると、集団全体にとって望ましくない結果となる
- 個人が協力すれば集団全体に利益があるが、非協力的な行動をとる誘惑も存在する
- 短期的な個人の利益と長期的な集団の利益が対立する
- 個人にとって合理的な選択が、集団にとっては非合理的な結果をもたらす
こうした特徴に基づき、どのような振舞いをとることが、個人や集団の協力を促し、よりよい結果に結びつくのかということが研究されています。こうした知見は組織を良くしていくことを考えるためにもとても重要な示唆を与えてくれます。
社会的ジレンマ研究の進展
社会的ジレンマの研究は、時代背景の影響を大きく受けながら研究テーマとして注目を浴びるようになりました。その背景にふれながら社会的ジレンマの有名な研究知見を紹介します。
20世紀初頭、特に第二次世界大戦後、経済学者や数学者によるゲーム理論の研究が進みました。ゲーム理論は、個人や集団の意思決定が互いに影響し合う状況を分析するための枠組みを提供するもので、社会的ジレンマの研究にも応用されました。
そのなかで登場する経済ゲームは、社会的ジレンマに関する理論を実証的に検証するための強力なツールとして注目を浴びることになりました。経済ゲームとは、参加者に対してさまざまな経済活動や市場のダイナミクスを体験させ、意思決定に影響する要因やそのプロセスを理解するために用いられる手法です。
経済ゲームを用いることで、実験室で制御された環境で、個人やグループの行動を観察・測定することが可能になり、理論の正しさを高精度で確認できるようになったのです。これにより、利己的行動や協力的行動の選択に影響を与える要因を詳細に検討する研究が増加しました。
1950年代に、メリル・フラッドとメルヴィン・ドレシャーが「囚人のジレンマ」という概念を導入したことも大きな影響を及ぼしました。囚人のジレンマ状況を簡単に説明すると、協力すればお互いが得をするのに、お互いを信じられないがために、結局は両者が損をしてしまうという状況です。これは、個々の合理的な選択が全体として非合理的な結果を生むという矛盾を示す典型的な社会的ジレンマです[1]
例えば、二人の営業担当者がおり、情報を共有すれば会社全体の業績が向上することができます。一方、自分が情報を独占すれば短期的には他の営業担当よりも優位に立つことができます。この状況で、両者が自分の利益を優先して情報を独り占めすると、組織としては二人が情報を共有した場合よりも業績が低いものになってしまうといった状況です。
囚人のジレンマは多くの実験や理論的研究の基盤となり、個人間の協力と競争のダイナミクスを理解するための重要な枠組みを提供してきました。
例えば、Nowak & Sigmund (1992)の研究では、異質な集団における「しっぺ返し」戦略の有効性を数理モデルで示しています[2]。異質な集団とは、メンバーが異なる特性を持つ集団を指します。会社内でも、様々な価値観、性格、スキル、経験を持った従業員が存在します。営業チーム内でも、顧客情報を進んで共有する人もいれば、情報を自分だけの武器として隠す人もいるかもしれません。このように、メンバーの特性が多様である集団を「異質な集団」と呼びます。
「しっぺ返し(Tit for Tat; TFT)」戦略とは、相手の直前の行動と同じ行動を取る戦略です。相手が協力的なら自分も協力し、相手が非協力的なら自分も非協力的になるという戦略です。例えば、営業チームの担当同士が顧客情報を共有するかどうかを決める場合、TFT戦略を取るメンバーは、相手が情報を共有してくれたら次回も情報を共有し、相手が情報を隠していたら次回は自分も情報を隠すといったやり方です。
このシンプルなTFT戦略は長期的には比較的高い成果を上げられることが示されました。しかし、現実の社会では状況はもっと複雑で、単純な戦略だけでは対応しきれない場合も多いはずです。実際に研究者も、より良い戦略の検討を進めていきました。
その後のNowak & Sigmund(1993)の研究では、Win-Stay, Lose-Shift(WSLS)という戦略が示されています。WSLS戦略は良い結果を得た場合にはその選択を維持し(Win-Stay)、悪い報酬を得た場合には選択を変更する(Lose-Shift)というものです[3]。
WSLS戦略は、囚人のジレンマの反復ゲームにおいてTFT戦略を上回る成果につながることが示されました。これは、WSLS戦略はTFT戦略よりも、誤りが発生した場合でも迅速に修正することができ、これにより全体的な協力を維持しやすくなることを示しています。
例えば、職場で他のメンバーがうっかりしていて情報共有を忘れてしまったような場合に、他のメンバーがそれを非協力とみなしてそれ以降ずっと協力しないということでは、チームの成果が上がらなくなってしまうでしょう。WSLS戦略は、そのような偶発的な誤りが発生した場合や、メンバーが変わるなど状況が変化した際にも迅速な修正につながると考えられるのです。
他にもさまざまな戦略が検証されつつ、協力的な関係を維持・促進する要因についての知見が蓄積されています。
20世紀後半には、地球温暖化や森林破壊などの環境問題が深刻化し、これらが社会的ジレンマとして認識されるようになりました。個人や国家が短期的な利益を優先することで、長期的な環境保護が難しくなる状況が多く見られるようになり、公共政策の分野でも社会的ジレンマの研究が重要視されるようになったのです。
共有地の悲劇
1968年、ガレット・ハーディンは「共有地の悲劇(The Tragedy of the Commons)」という論文を発表しました。この論文では、共有資源が過剰に利用されて枯渇する問題を取り上げ、社会的ジレンマの一例として広く認識されるようになりました[4]。
共有地の悲劇とは、個々の利己的な行動が共有資源の枯渇を招く状況を指します。ハーディンは、村の牧草地(共有地)を例に挙げ、各農夫が自身の利益のためにできるだけ多くの家畜を放牧すると、最終的に牧草地が荒廃し、すべての農夫が損失を被ることを示しました。
ハーディンは、人口増加が持続可能な社会にとって重大な脅威であり、技術的な解決策(例:食料生産の増加など)だけでは問題を解決できないと論じました。そして、根本的な解決には、道徳的・倫理的なアプローチが必要であると主張しています。この議論は会社や組織といった規模の集団でも同様に考えることができます。
主要な議論として、以下の点が挙げられます。まず、個人の利益と集団の利益の対立です。各個人が自分の利益を最大化しようとすると、集団全体の利益が損なわれるという対立が共有資源の問題を引き起こします。また、自由アクセスと資源の過剰利用も問題です。共有地(公共財)に自由にアクセスできる状況では、資源の過剰利用が避けられず、最終的に資源の枯渇を引き起こします。
さらに、倫理的および行動の変革の必要性も重要です。個人の行動を制御し、共有資源の持続可能な利用を確保するためには、倫理的な規範や行動の変革が不可欠です。具体的には、共有地の利用を制限する規則の導入や、人口制御策などが提案されます。
ハーディンの主張は、個人の利益追求が集団全体にとって有害な結果をもたらすことを強調し、環境問題や公共資源の管理に関する重要な洞察を提供しました。この一連の議論は企業や職場で生じるジレンマ問題に対処するうえでも有用な示唆となります。
特に、個人の利益と集団の利益が対立していることを理解していない場合、個人か組織のどちらか一方の観点に注目した介入ではジレンマ問題の解決につながらず、むしろ状況を悪化させる可能性があるのです。まずは個人と組織の間で、どのような利益の対立が生じているのかを明らかにすることが重要と考えられます。
協力を促進する仕組み
トーマス・ディートスらは協力行動の進化を研究しており、共有資源の管理における協力行動の促進要因や障害を実証的に分析しました。例えば、フィリピンの漁業管理、スイスの山岳地域での放牧地の管理、日本の灌漑システムなど、成功した管理制度の実例が挙げられています[5]。
ディートスらの研究は、成功する管理制度の特徴をいくつか挙げています。
まず、共有資源の境界と、その資源にアクセスできる人々を明確に定義することが重要です。これは、資源の乱用を防ぎ、資源管理に関与するメンバー間の責任を明確にするためです。具体的には、共有する資源がどこからどこまでかを明確にし、それを利用する権利を持つメンバーをはっきりさせることで、外部者による無断利用を防ぎます。
次に、利用と供給のバランスを取る規則です。資源の利用規則は、資源の再生能力と利用者のニーズに基づいて設定されるべきです。これにより、持続可能な利用が可能となります。例えば、漁業資源においては、漁獲量の制限や禁漁期間の設定が必要です。これらの規則は、科学的なデータや経験的な知識に基づいて決定されます。
また、参加型の意思決定プロセスも重要です。資源利用者自身が意思決定プロセスに参加できる仕組みが必要です。参加型のプロセスは、利用者の合意を得やすくし、規則の遵守を促進します。利用者が規則の策定や改訂に参加することで、規則が現実的で受け入れられやすいものとなります。
さらに、資源の状態や利用者の行動を継続的にモニタリングすることが重要です。モニタリングは、資源の持続可能な利用を確保するための基礎となり、違反行為を早期に発見し、対処することを可能にします。
最後に、規則違反に対しては制裁を適用することも必要です。特に、初犯には軽い警告、再犯には厳しい罰則とする段階的な制裁を適用することで、規則遵守を促します。これにより、利用者は自らの行動に責任を持つようになり、共有資源の保護が促進されます。
一方で、Guala(2012)は、実験室での発見と実社会の現象との間のギャップに注目し、実験場面で見られるような罰則の効果と、現実世界での罰則の効果には乖離があると主張しています。例として、多くの実験室実験が参加者の匿名性を保って実施していることなどを挙げています[6]。
Gualaは、実社会では直接的な制裁や金銭的損失などよりも、評判の低下や関係性が断絶されるといった間接的な罰が重要な役割を果たしていると主張します。現実における直接的な罰にはコストがかかり、エスカレーションのリスクもあるためです。
現実場面との違いを踏まえた議論は非常に重要で、研究知見を現実の課題解決につなげる際には一考の価値があります。
組織の問題解決への示唆
最後に、冒頭で紹介した職場の課題について、社会的ジレンマ研究の知見をもとに解決策を探ってみましょう。
チームの全員が「誰かがやるだろう」と考えて自分の仕事をサボることでプロジェクトの進行が遅れる問題は、責任の所在が曖昧なことに起因しており、明確な役割分担と責任の設定が鍵となりそうです。個人の業務を具体的に定義し、定期的な進捗報告を義務付けることで貢献を可視化することで、人任せで利得を得ようとする振舞いを抑制できます。さらに、チーム全体の成果と個人の貢献度を連動させた評価システムを導入することで、協力行動へのインセンティブを強化するのも効果的と考えられます。
オフィスのプリンター用紙やインクを無駄に使って必要な時に足りなくなってしまう問題は、「共有地の悲劇」に似た状況といえます。使用状況のモニタリングと適切な制限を設定することが大事です。月ごとの使用量の可視化や、削減目標の設定とその達成に対する報酬など、集団での取り組みを促す仕組みを導入すると良さそうです。このような取り組みは、個人の意識改革と協調行動を促すことにもつなげられます。
会議の参加者が自分の話したいことばかり話して会議の目的が果たされない問題には、会議の目的とアジェンダを事前に明確化し、参加者全員で共有すると良いでしょう。さらに、ファシリテーターを置いて議論を調整したり、各参加者の発言時間を公平に管理したりすることで、個人の利益追求と全体の目的達成のバランスを取ることができます。
情報を各メンバーが共有せず自分の利益や評価を優先する問題には、情報共有の仕組み構築と、情報共有行動そのものを評価する制度を設計するのが効果的です。例えば、業務改善に貢献した情報提供を高く評価したり、部門横断的な知識共有セッションを定期的に開催したりすることで、情報を秘匿して価値を高めようとする意識から、「共有が力を生む」という意識への転換を促すことができるでしょう。
これらのアプローチは、一見すると個別の職場問題に対処するものに見えますが、その本質は社会的ジレンマの解消にあります。個人の短期的利益と集団の長期的利益の対立を解消し、協力行動を促進することで、効率的で協調的な組織文化の醸成に繋げることができます。
脚注
[1] Flood, M. M. (1952). Some Experimental Games. Research Memorandum RM-789. RAND Corporation.
[2] Nowak, M. A., & Sigmund, K. (1992). Tit for tat in heterogeneous populations. Nature, 355(6357), 250-253.
[3] Nowak, M., & Sigmund, K. (1993). A strategy of win-stay, lose-shift that outperforms tit-for-tat in the Prisoner’s Dilemma game. Nature, 364(6432), 56-58.
[4] Hardin, G. (1968). The tragedy of the commons: the population problem has no technical solution; it requires a fundamental extension in morality. science, 162(3859), 1243-1248.
[5] Dietz, T., Ostrom, E., & Stern, P. C. (2003). The struggle to govern the commons. science, 302(5652), 1907-1912.
[6] Guala, F. (2012). Reciprocity: Weak or strong? What punishment experiments do (and do not) demonstrate. Behavioral and brain sciences, 35(1), 1-15.
執筆者
藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。