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コラム

会社のために非倫理的行動に走る:組織と倫理のジレンマ(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20247月にセミナー「会社のために非倫理的行動に走る:組織と倫理のジレンマ」を開催しました。

「会社のためになるのなら、多少のルール違反は許されるはず」

「信頼する上司の判断を疑うのは、部下の務めではない」

組織への愛着や恩義を感じているからこそ、法やモラルに反する行動をとってしまう。そんな一見矛盾した従業員の行動を「Unethical Pro-organizational BehaviorUPB)」と呼びます。

本セミナーでは、

  • 従業員のUPBを生む組織要因は何か?
  • UPBのリスクとその対策は? などを解説します。

組織の一員として、マネージャーとして、人事として、そして一人の人間として。様々な立場から、私たちを取り巻く「組織と倫理」の問題を見つめ直してみませんか。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

非倫理的向組織行動とは

今日は「非倫理的向組織行動」についてお話しします。これは英語で「Unethical Pro-Organizational BehaviorUPB)」と呼ばれます。

近年、企業の不祥事が頻繁に報道されており、組織における非倫理的な行動が注目されています。この非倫理的向組織行動という考え方も非倫理的行動の一種ですが、少し特徴的な側面もあります。

非倫理的向組織行動とは、従業員が組織の利益を優先するあまり、倫理的な基準を無視する行動を指します。組織のために行動しているつもりでも、その行動自体は倫理的ではないということです。

具体的な例としては、次のようなものがあります。

  • 顧客に対して誤った情報を提供する
  • 組織内で起きた問題行為を隠蔽する

これらの行動は、一見すると組織の利益を守るためのように見えますが、長期的には組織の信頼を損ない、結果的に組織にとって不利益となる可能性があります。

非倫理的向組織行動に関する研究は、特に21世紀に入ってから急速に進展しています。これは、企業不祥事の増加とそれに対する社会的関心の高まりが背景にあります。

研究者たちは、悪意を持って行動する場合だけでなく、組織のためを思って問題行動を起こすケースにも注目しています。現在、この分野の研究は主にアメリカと中国で行われていますが、今後は日本を含む他の国々でも研究が広まると予想されます。

日本では、非倫理的向組織行動に関するレビュー論文は出ていますが、まだ十分な研究の蓄積がありません。これは学術界では新しいトピックであり、実務的にも取り組むべき重要な課題です。

非倫理的向組織行動の要因

非倫理的向組織行動とは、組織のためを思って倫理的な基準を無視する行動を指します。例えば、顧客に嘘をついたり、問題行動を隠したりすることが、組織にとって有益に見えるかもしれませんが、実際には非倫理的です。

では、なぜ人は非倫理的向組織行動をとってしまうのでしょうか。興味深いのは、従来良いとされてきたものが、ネガティブな結果を引き起こす可能性があるという点です。

例えば、従業員が組織に対して強い帰属意識や献身的な態度を持っていると、逆に非倫理的向組織行動を促すことがあります。「組織アイデンティフィケーション」と呼ばれる組織との一体感が強い従業員ほど、組織の利益のために倫理的な境界線を越えてしまうことがあることがわかっています。

さらに、組織アイデンティフィケーションは「道徳的離脱」を促し、その結果として非倫理的向組織行動を促進することが明らかになっています。道徳的離脱とは、倫理的に問題のある行動を一時的に自分の道徳的な基準から切り離す行為です。これによって、本来は問題があると認識している行動をとってしまうのです。

競争が激しい環境では、組織の存続や成功が従業員にとって切実な問題となり、非倫理的な手段をとることが正当化されやすくなります。

他の要因として、雇用不安やジョブ・エンベデッドネス(職務への埋没度)もあります。雇用不安を感じている従業員は、自分の職を守るために非倫理的であっても組織の利益となる行動をとる可能性が高まります。また、ジョブ・エンベデッドネスが高い従業員も、その恵まれた環境を失いたくないために非倫理的行動をとることがあります。

一見良さそうな制度も非倫理的行動を助長する可能性があります。例えば、「高コミットメント勤務制度」と呼ばれるシステムは、従業員に恩義を感じさせ、それに見合う貢献をしたいと考えるようになります。その結果、組織のために非倫理的な行動も辞さない心理状態に陥ることがあります。

これらの研究結果は、従来良いとされてきたものが予期せぬネガティブな結果を引き起こすことを表しています。従業員の帰属意識や献身的な態度、仕事への埋没度を高めるだけでは不十分であり、むしろリスクもあるということです。

組織としては同時に倫理感を醸成し、健全な組織文化を作ることが重要でしょう。良い組織を作れば作るほど、組織のために頑張りたいという従業員が増えるため、その熱意が非倫理的な行動につながらないよう、倫理教育や倫理規範の確立が必要です。

非倫理的向組織行動の影響

非倫理的向組織行動の影響について考えてみましょう。この影響は非常に複雑で、良い面と悪い面の両方があります。さらに、従業員の家庭生活にまで影響が及ぶことがわかっています。

中国の営業職を対象とした調査結果から、非倫理的向組織行動をとる人は、組織に貢献しているという実感を持ち、その結果、組織内での自尊心が高まることがわかっています。つまり、自分は役に立っている、価値がある人間だと感じるようになるのです。

しかし同時に、非倫理的な行動をとったことへの懸念や、その行動が発覚するかもしれないという不安も抱えています。この不安は仕事でのストレスを高める要因となります。

非倫理的向組織行動には、組織内自尊心を高めるというプラスの効果と、ストレスを高めるというマイナスの効果が同時に存在します。これらの影響は家庭生活やプライベートにも及びます。

組織における自尊心が高まると、家庭に対してもポジティブな影響を与えます。一方で、仕事でのストレスは家族関係を悪化させたり、家事の負担感を増加させたりする可能性があります。プライベートな面でもポジティブとネガティブの両方の影響が同時に起こるのです。

非倫理的向組織行動は、従業員の資源に対して両面性を持っています。ここでいう資源とは、従業員がアクセスしたり使ったりすることができるものを指します。短期的には自尊心という心理的資源を得ることができますが、中長期的にはストレスによって資源を消耗させてしまう可能性があります。

非倫理的向組織行動は「向組織」の側面でプラスの効果を、「非倫理的」の側面でマイナスの効果をもたらします。これらが統合された概念であるため、プラスとマイナスの両方の効果が同時に起こると整理することができます。

この複雑な影響は、私たちに多くのことを考えさせます。従来良いとされていたものが、実は良くない結果を生み出す可能性があるという事実は、非常に悩ましく、モヤモヤとした感情を引き起こします。

リーダーシップと非倫理的向組織行動

リーダーシップと非倫理的組織行動の関連について、研究結果をもとに解説します。

まず、上司の非倫理的向組織行動は部下の同様の行動と正の関係にあります。これは社会的学習と呼ばれ、部下が上司の行動を模倣するためです。

ただし、この影響の強さは部下の特性によって異なります。上司との同一化が強い場合や、部下自身の道徳心が低い場合は、上司の影響をより強く受けて非倫理的向組織行動をとる可能性が高まります。一方、道徳心の高い部下は、上司の非倫理的行動に追随しにくい傾向があります。

次に、いくつかのリーダーシップスタイルと非倫理的向組織行動の関係について説明します。

カリスマ的リーダーシップは、リーダーの個人的魅力や優れた能力を基に部下に影響を与えるスタイルです。このリーダーシップは部下の心理的安全性を高め、結果的に非倫理的向組織行動を促進します。特に業績へのプレッシャーが高い状況では、この傾向がより顕著になります。

オーセンティック・リーダーシップは、リーダーが自己認識を持ち、部下と透明性のある関係を築き、バランスのある情報処理を行い、道徳的視点を内在化しているスタイルです。このリーダーシップと非倫理的向組織行動の関係は逆U字(山型)の関係にあります。オーセンティック・リーダーシップが低い場合や高い場合は非倫理的向組織行動が低くなりますが、中程度の場合に最も高くなります。これは、中途半端な状態では適度な信頼関係と帰属意識が生まれる一方で、倫理的要求が厳しくないため、組織のためなら多少の非倫理的行動も許容されると考えられるためです。

倫理的リーダーシップも、非倫理的向組織行動との間に同様の逆U字の関係があります。倫理的リーダーシップが低い場合は倫理的基準が不明確で、高い場合は強い倫理的圧力があるため、どちらも非倫理的向組織行動は低くなります。しかし、中程度の場合は、ある程度の良好な関係が存在しつつも、厳しい倫理的要求がないため、非倫理的向組織行動が最も高くなります。

自己犠牲的リーダーシップは、リーダーが自身の利益や時間を犠牲にして組織やチームに貢献しようとするスタイルです。このリーダーシップは部下の非倫理的向組織行動を促進します。

特に上司との一体感が強い場合や集団主義の傾向が強い場合、この関係はより強化されます。部下が上司や組織に恩義を感じ、それに報いるために非倫理的な行動もいとわなくなるのです。

さらに、リーダーが部下の過ちを許すような行為も、意図せず非倫理的向組織行動を促進してしまいます。部下は感謝の気持ちから、組織のために非倫理的な行動をとることがあります。

これらの研究は、リーダーシップと倫理の関係が予想以上に複雑であることを示しています。倫理的なリーダーシップをとればそれだけで問題が解決するわけではなく、一見ポジティブに見えるリーダーシップスタイルでも、意図せず非倫理的向組織行動を促進してしまうのです。

非倫理的向組織行動への対策

非倫理的向組織行動への対策は非常に難しい課題です。ここでは、対策を考える際の補助線やヒントとなる情報を提供します。

まず、UPBを引き起こす要因として挙げられているものを単純に排除することは適切ではありません。例えば、リーダーシップスタイルやパフォーマンス、部下のモチベーション、組織への一体感などは、組織の健全な機能に必要な要素です。これらを無視することはできません。

対策の第一歩として、倫理規範の策定と従業員への周知が挙げられます。多くの企業では、倫理の指針、方針、ガイドラインなどの形で倫理規範が存在しますが、これらが実効性を持つように、評価や行動指針に組み込むことが考えられます。また、倫理規範は形骸化しやすいため、継続的な研修を通じて学習し直すことが必要です。

リーダーシップに関しては、特に注意が必要です。オーセンティック・リーダーシップや倫理的リーダーシップなど、倫理を内在しているはずのリーダーシップスタイルでも、中途半端に実践されると逆に非倫理的向組織行動を促してしまう可能性があります。

マネージャーは自身のリーダーシップスタイルをよく理解し、一貫性を持って徹底することが大切です。中途半端な実践が最も問題を引き起こす可能性があるため、やるならきちんと徹底して行う必要があります。

職場では様々な倫理的ジレンマに直面します。これらについて自由に議論できる場を設けることも効果的でしょう。懸念や疑問点を表明できる環境を整備し、倫理に関するオープンなコミュニケーションを促進することが大切です。

倫理的ジレンマに直面した従業員を支援する取り組みや仕組みも必要です。放置されると、従業員が倫理を無視して非倫理的向組織行動をとってしまう可能性があります。倫理的ジレンマを共有し、適切な助言や指導を受けられる環境づくりが求められます。

組織内の倫理状態を定期的に調査・分析することも一策です。非倫理的向組織行動について測定し、その要因を特定します。組織サーベイを通じて、自社において何が非倫理的向組織行動を促しているのかを理解し、改善策を考えることができます。

これらの対策を通じて、非倫理的向組織行動のリスクを軽減し、より健全な組織文化を構築していくことが可能になるでしょう。ただし、この問題は常に注意を払い続ける必要がある継続的な課題であることを忘れてはいけません。

Q&A

Q:非倫理的向組織行動(UPB)の日本的特徴はありそうでしょうか?

日本でのUPBに関する研究蓄積が十分ではないため、明確な特徴を指摘することは困難です。日本に限らないのですが、非倫理的向組織行動は「良い組織ほどかかる事態」と言えます。会社への愛着が強く、良好な人間関係がある組織でこそ起こり得ます。

Q:日本型組織の特徴と非倫理的向組織行動の関係について何か知見はありますか。

明確な知見はありませんが、雇用の安定性が非倫理的向組織行動を抑制する可能性はあります。研究では、雇用不安がUPBを促進することが示されています。これを踏まえると、日本的雇用の特徴の中でも、特に雇用の安定性は、ある程度非倫理的向組織行動を抑制する効果があるかもしれません。

Q:組織サーベイで非倫理的向組織行動が発覚した場合、どう対処すべきでしょうか。

非倫理的向組織行動と純粋な非倫理的行動は区別して対処する必要があります。非倫理的向組織行動の場合、その根底には会社への貢献意欲や熱意があります。したがって、厳罰化よりも、その前向きな動機を適切な方向に導くアプローチが効果的です。例えば、営業プロセスの改善や新規顧客開拓など、より適切な方向での貢献を促しましょう。

Q:非倫理的向組織行動を完全に防ぐことは可能でしょうか。

完全に防ぐことは現実的ではありません。非倫理的向組織行動は良い組織を作ろうとする過程で半ば必然的に発生する現象だと捉えるほうが良いでしょう。そもそも、組織が従業員の行動を完全にコントロールすることは不可能です。適切な行動を明確に示すことや、絶対にしてはいけない行動を明確にすることで、ある程度非倫理的向組織行動を抑制しつつ、従業員の自由度を残す方法が考えられます。

Q:非倫理的向組織行動の対策が進むことで、従業員の自主性や創造性が損なわれる可能性はありませんか。

確かに、過度な規制や監視を行うとその可能性があります。しかし、ルールを押し付けるのではなく、倫理的ジレンマに対する判断力を養う教育や学習、能力開発を行うことが大切です。また、判断を支援するネットワークや仕組みを整備することで、自主性や創造性を損なわずに非倫理的向組織行動を抑制することができるでしょう。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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