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コラム

相手の立場で考える:パースペクティブ・テイキングの活用法(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20247月にセミナー「相手の立場で考える:パースペクティブ・テイキングの活用法」を開催しました。

ダイバーシティが進む現代の職場において、他者理解は重要です。中でも注目を集めているのが「パースペクティブ・テイキング」。相手の立場に立って考えることで、協働を円滑にする効果が期待されています。

しかし、パースペクティブ・テイキングにはメリットだけでなくデメリットもあります。組織の力を最大限に引き出すために、その特性をしっかりと理解する必要があります。

本セミナーでは、パースペクティブ・テイキングの研究知見を幅広く解説します。職場の人間関係を良くするためのヒントが得られるかと思います。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

パースペクティブ・テイキングとは

まず、今回のテーマ「パースペクティブ・テイキング」とは何かについて説明します。

パースペクティブ・テイキングは、「他人の立場に立って物事を考え、その人の視点や感情を理解しようとする心理的なプロセス」を指します。簡単に言えば、他人の立場に立って考えることです。しかし、この定義だけでは少し分かりにくいかもしれません。

そこで、パースペクティブ・テイキングの特徴を見ていきましょう。大きく分けて四つの特徴があります。

  • 他者の視点に立つ:自分の視点を一旦脇に置き、他の人がどのような状況にいるのか、何を感じているのかを想像することです。
  • 認知的努力を伴う:パースペクティブ・テイキングは共感とは異なり、意識的な思考が必要です。相手の立場で考えるためには、相手がどのような状況に置かれているかを頭で考える努力が求められます。
  • 文脈を考慮する:他者の視点を理解するために、その人の背景、経験、環境などを考慮します。相手の性格や内面だけでなく、置かれている状況全体を捉えます。
  • 自己と他者を区別する:他者の視点を取りつつも、自分と相手を混同しません。自分と相手は別の存在だという前提で、相手の立場に立って考えます。

例えば、上司が部下のパフォーマンスに不満を感じている状況を考えましょう。パースペクティブ・テイキングを行うと、上司は「なぜ部下のパフォーマンスが現状のようになっているのか」を部下の立場に立って考えます。そうすることで、より深い理解が可能になります。

  • 部下が直面している課題があるかもしれない
  • 部下がプレッシャーを感じているかもしれない
  • 部下が個人的な事情を抱えているかもしれない

このように、多角的に状況を捉えようとするのがパースペクティブ・テイキングです。相手のことを理解しようと努めることが、他者の視点を取るということの意味なのです。

皆さんは部下や同僚、先輩後輩に対してパースペクティブ・テイキングを行っているでしょうか。少し振り返りながら、パースペクティブ・テイキングについて考えていただければと思います。

パースペクティブ・テイキングの効果

パースペクティブ・テイキングについて、三つの主要な効果を紹介します。

ステレオタイプの減少

パースペクティブ・テイキングを行うことで、自分と他者の心理的距離が縮まり、相手をより身近な存在として認識できるようになります。これにより、ステレオタイプ的な考えが減少することが研究で明らかになっています。

研究例として、高齢者についてのエッセイを書く実験があります。高齢者の立場に立って考えるように指示されたグループは、そうでないグループと比較して、ステレオタイプ的な表現が少なく、高齢者に対してよりポジティブな評価をしました。

これは、パースペクティブ・テイキングによって自分と相手との距離が近づき、明確な境界線がぼやけることで、相手をより身近な存在として認識できるようになるためです。

外部グループに対する共感の向上

パースペクティブ・テイキングは、自分とは異なる集団に対する理解や寛容さを高める効果があります。

例えば、アジア系アメリカ人の経験を描いた映画を視聴し、主人公の立場に立って考えるように指示された実験参加者は、その後の評価実験で、アジア系の応募者に対してより高い評価を与える傾向がありました。

興味深いのは、この効果が個人だけでなく、その個人が所属するグループ全体に対しても広がることです。ただし、この共感の拡大は、パースペクティブ・テイキングの対象となった特定のグループに限られ、自動的に他のグループにまで広がるわけではありません。

受ける側の効果

パースペクティブ・テイキングを行う側だけでなく、受ける側にも効果があります。相手が自分の立場に立って考えてくれていると感じると、その相手に対して好意的な態度や行動を示します。

例えば、自分のストレス体験をエッセイにまとめ、それを架空の人物が読むという実験では、その人物が自分の視点に立っていると感じた参加者は、より好意的な態度を示しました。

ただし、この効果は相手のパースペクティブ・テイキングが真摯なものだと受け止められる場合に限ります。不誠実だと感じられると、かえって評価を下げる可能性があります。

例えば、裕福な大学生評議会の候補者が、学費の増加に苦しむ学生の立場に立つという演説を行った場合、これが不誠実だと受け止められ、支持を落とすことがありました。

パースペクティブ・テイキングは基本的に様々な効果がありますが、効果が現れるには一定の条件があることを認識しておくことが重要です。

パースペクティブ・テイキングを促すには

パースペクティブ・テイキングを促す方法は、実験研究から得られた知見に基づいています。意外にもシンプルな方法で効果が得られます。

基本的な方法は、「他者の立場に立つように」と指示することです。例えば、高齢者に関するエッセイを書く実験では、参加者に「高齢者の立場に立ってエッセイを書くように」と指示するだけで、パースペクティブ・テイキングが促されました。

より効果的にパースペクティブ・テイキングを促すには、次のような具体的な点について想像するように促すとよいでしょう。

  • どんな環境に置かれているか
  • どのような課題に直面しているか
  • 何に喜びを感じ、何に悲しみを感じているか

アジア系アメリカ人の経験を描いた映画を用いた実験では、参加者を二つのグループに分けました。

  • グループA:主人公の立場に自分を置いて映画を見るよう指示された
  • グループB:映画評論家の立場で客観的に映画を見るよう指示された

結果、主人公の立場に立つよう指示されたグループAの方が、パースペクティブ・テイキングを示しました。

この実験から、物語形式の媒体を使用することの有効性が示唆されます。相手を主人公とした物語を思い浮かべることでパースペクティブ・テイキングを行うことができるかもしれません。

例えば、パースペクティブ・テイキングを行いたい相手について、次の点を想像してみるのはどうでしょうか。

  • その人がどんな苦難に直面したか
  • どのようにその苦難を乗り越えてきたか

相手の立場に立って物事を考える際には、合理的に分析するよりも、物語を想像してみることが重要です。

パースペクティブ・テイキングを促すこれらの方法は、特別な設備を必要としません。また、効果が現れるまでに長期間を要するものでもありません。日常的な場面で、相手の立場に立つように意識することで、パースペクティブ・テイキングを高めることができます。

多様性・異質性との組み合わせ

パースペクティブ・テイキングと多様性の関係について、二つの興味深い研究結果を紹介します。

一つ目の研究では、チームにおける多様性とパースペクティブ・テイキングを組み合わせることで、チームの創造性が向上することが明らかになりました。

実験では、参加者が劇場のチームの一員として劇場改善プランを考えるという設定で行われました。チームの構成を操作し、次の条件が設定されました。

  • 視点の多様性(深層的な多様性)がある・ない
  • パースペクティブ・テイキングを行う・行わない

結果として、視点の多様性が高く、かつパースペクティブ・テイキングを行うチームが、他の条件のチームよりも多様なアイデアを出し、お互いの情報をより綿密に精査・検討することがわかりました。

この研究から、多様性の高いチームにおいてパースペクティブ・テイキングが効果を発揮しやすいという、ダイバーシティとパースペクティブ・テイキングの相性の良さが示唆されています。

二つ目の研究は、イギリス北東部の石油化学プラントで働くシフトチーム、プロセスオペレーターを対象に行われました。この研究では、異質性の認識がパースペクティブ・テイキングに与える影響が調査されました。その結果、興味深い発見がありました。

  • 仕事のスタイルに異質性を感じるほど、パースペクティブ・テイキングが減少する
  • 仕事のスタイルの異質性が低い場合、今度は年齢の異質性がパースペクティブ・テイキングを減少させる

多様性の認識が、むしろパースペクティブ・テイキングを妨げる可能性があることを表しています。

これらの研究結果を総合すると、興味深い状況が浮かび上がります。

  • 多様性のあるチームでは、パースペクティブ・テイキングを行うことで高い効果が得られる可能性がある
  • しかし、多様性を認識すると、パースペクティブ・テイキングが自然には行われにくくなる

この状況は、ダイバーシティ・マネジメントにおける課題を提示しています。多様性のあるチームでは、パースペクティブ・テイキングを意図的に促進する必要があります。多様性があるからこそパースペクティブ・テイキングの効果が高いにもかかわらず、その多様性ゆえにパースペクティブ・テイキングが自然には行われにくいからです。

したがって、年齢や価値観などの多様性が存在するチームでは、パースペクティブ・テイキングを意識的に奨励し、促進することが重要です。そうすることで、多様性がもたらす潜在的な利点を最大限に引き出すことができるでしょう。

ウェルビーイングへの影響

パースペクティブ・テイキングのウェルビーイングへの影響について、二つの重要な研究を基に説明します。

まず、ドイツで行われた職場におけるパースペクティブ・テイキングの影響に関する研究です。この研究では、89組の同僚ペアを対象に調査が行われました。

パースペクティブ・テイキングを行った従業員は同僚に対するサポートを増やし、その結果、サポートを受けた同僚の主観的活力(生き生きと働ける実感)が高まりました。しかし、パースペクティブ・テイキングを行った本人は自己調整のリソースが枯渇し、主観的活力が低下するという結果が出ました。

この研究は、パースペクティブ・テイキングが周囲の人にはプラスの影響を与える一方で、それを行う本人にはマイナスの影響を与える可能性があることを表しています。パースペクティブ・テイキングは「諸刃の剣」であり、その効果には両面性があるということです。

次に、パースペクティブ・テイキングの正確性に関する研究があります。この研究では、25種類もの実験を通じて、パースペクティブ・テイキングが本当に相手を正確に理解することにつながるのかを検証しました。

パースペクティブ・テイキングを行ったグループは確かに他者の視点を考慮しようとしましたが、判断の正確さについては、パースペクティブ・テイキングを行わなかったグループと有意な差はありませんでした。

さらに、日常生活での人間関係における判断では、パースペクティブ・テイキングを行ったグループの方が、むしろ相手をあまり理解できていないという驚くべき結果が出ました。

この研究ではさらに、「パースペクティブ・テイキング」(他者の視点を想像する)と「パースペクティブ・ゲッティング」(相手に直接質問する)を比較しました。その結果、相手の意見や考えを理解する上では、パースペクティブ・ゲッティング、つまり直接コミュニケーションをとる方法の方が効果的であることがわかりました。

パースペクティブ・テイキングには確かに効果がありますが、同時に限界や副作用も存在する可能性があることが見えてきます。パースペクティブ・テイキングには、ステレオタイプの減少や多様性のあるチームでのアイデア創出などの効果があります。しかし、相手を本当に理解したい場合は、直接的なコミュニケーションも併せて行うことが効果的です。

Q&A

Q:テレワークが増加する中で、オンライン上でのパースペクティブ・テイキングを効果的に行うための工夫はありますか。

オンラインのコミュニケーションでは、対面と比べて「伝達感」(理解してもらえている感覚)が減少することが分かっています。そのため、パースペクティブ・テイキングを行っていることが相手に伝わるようにすることが重要になるでしょう。

相手の視点を理解しようとしているということを相手に伝えます。例えば、相手の言葉を言い換えて確認したり、相手の立場に立って考えた結果を明確に伝えたりするとよいでしょう。

Q:パースペクティブ・テイキングとパースペクティブ・ゲッティングは、どのような関係にあると考えますか。

パースペクティブ・テイキングとパースペクティブ・ゲッティングは役割が異なります。パースペクティブ・テイキングは人間関係を円滑にしたり、誤解を解いたり、偏見を緩和させたりする上で重要です。

一方、相手のニーズに合ったものを提供するような場面では、パースペクティブ・ゲッティングの方が効果的です。両者を適切に組み合わせることが理想的です。

例えば、パースペクティブ・テイキングによって関係性を構築し、その上でパースペクティブ・ゲッティングを通じてニーズや要望を把握するという使い分けがあり得ます。

Q:パースペクティブ・テイキングは指示されればできるのに、なぜ行う人と行わない人がいるのでしょうか?

パースペクティブ・テイキングを行う人と行わない人がいる理由には、いくつかの要因が考えられます。

まず、認知的能力の差があります。複雑な社会的状況を理解し、他者の立場に立つには一定の抽象的な思考力が必要です。次に、共感の違いも影響します。感情的に共感しやすい人の方が自発的にパースペクティブ・テイキングを行いやすいかもしれません。

また、その時々の状況も重要で、ストレスや時間的制約によってパースペクティブ・テイキングを行う余裕がない場合もあります。さらに、パースペクティブ・テイキングの重要性に対する認識の違いも要因の一つです。重要だと考えている人ほど実践するでしょう。

これらの要因が絡み合って、パースペクティブ・テイキングを行う人と行わない人の差が生まれていると思われます。

Q:パースペクティブ・テイキングが過度に行われることによる弊害や避けるべき状況はありますか。

パースペクティブ・テイキングの過度な実践には確かに弊害がある可能性があります。自他の区別が曖昧になり過ぎると、自分の判断基準が失われてしまう恐れがあります。他者と過度に一体化することで、自分の意見や立場を保つことが難しくなるかもしれません。

緊急を要する事態では、他者のことを想像している時間的余裕がない場合もあります。そのような状況では、迅速な判断と行動が求められるため、パースペクティブ・テイキングを十分に行えないでしょう。状況に応じてパースペクティブ・テイキングの程度を調整することが大切です。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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