2024年8月7日
「自分ごと」が組織を変える:心理的オーナーシップの可能性
組織がうまくいくためには、従業員の積極的な関与と貢献が欠かせません。しかし、どうすれば良いのでしょうか。一つのヒントを提供するのが「心理的オーナーシップ」です。
心理的オーナーシップは、従業員が組織や仕事に対して「これは自分のものだ」と感じることを指します。法的な所有権とは異なり、心理的な現象です。心理的オーナーシップは、従業員の態度や行動に影響を与える可能性があることが明らかになってきています。
本コラムでは、心理的オーナーシップについて、研究知見をもとに解説していきます。心理的オーナーシップがどのように形成され、どのような影響をもたらすのか。また、それを高めるためには、どのような取り組みが有効なのか。
本コラムを通じて、読者の皆様が自身の組織や仕事に対する新たな視点を得られることを願っています。
心理的オーナーシップとその構成要素
心理的オーナーシップは、どのような要素から構成されているのでしょうか。金属メッキ製造業の従業員を対象に行った調査によると、心理的オーナーシップには4つの促進的な次元があることが分かりました[1]。
- 自己効力感:自分が特定のタスクや仕事で成功できるという信念を指します。「私は、組織の成功に貢献できる自信がある」といった感覚です。
- 説明責任:自分の行動や結果に対して他者に対して責任を負う意識のことです。「私は、何か間違ったことが行われたと思ったら、組織の誰にでも異議を申し立てる」といった態度が、これにあたります。
- 帰属意識:組織の一部であると感じ、その組織に居場所があるという感覚を指します。「この組織に自分の居場所があると感じる」といった感覚が該当します。
- 自己同一性:組織との関わりが自分のアイデンティティの一部であるという認識を意味します。「この組織の成功は自分の成功だと思う」といった感覚が、これにあたります。
これらの4つの促進的な次元に加えて、「縄張り意識」という予防的な側面も心理的オーナーシップの一部であることが明らかになりました。縄張り意識とは、自分のアイデアや仕事を他者から守ろうとする意識を指します。「私は、自分のアイデアが組織内の他の人に利用されないように守る必要があると感じる」といった心理です。
これらの要素が組み合わさって、心理的オーナーシップが形成されます。研究によると、心理的オーナーシップは多くのポジティブな職場行動と関連していることが分かりました。例えば、組織に対する愛着が高まったり、組織の利益を考えた自発的な行動が増加したりします。また、職務満足度が高まり、組織に長く留まりたいという意向も強くなります。
一方で、心理的オーナーシップが高すぎると、自分の領域を過剰に守ろうとする縄張り行動が増加する可能性もあります。これは、時として組織内の協力を阻害する要因になります。
組織としては、これらの促進的な次元を強化しつつ、縄張り意識が過剰にならないようバランスを取ることが重要でしょう。
革新的行動を促す効果
組織が競争力を維持し、成長を続けるためには、従業員の革新的な行動が必要です。心理的オーナーシップは従業員の革新的行動にどのような影響を与えるのでしょうか。中国の157企業から804人の従業員を対象に行われた研究が、興味深い洞察を提供しています[2]。
研究では、組織の革新風土(組織が革新を奨励し、支援する文化や環境)が個人の革新的行動に与える影響を検討し、さらに心理的オーナーシップと心理的エンパワーメント(従業員が自分の仕事に対して有能であり、自律的に意思決定ができると感じること)がその関係をどのように調整するかを探っています。
研究の結果、組織の革新風土が高いほど、従業員の革新的行動が増加することが確認されました。組織が革新を奨励し、支援する環境を整えることで、従業員は新しいアイデアを生み出し、それを実現する行動をより多く取ります。
心理的オーナーシップも個人の革新的行動と正の相関があることが分かりました。従業員が組織や仕事に対して強い所有感を持っている場合、その組織に対してより積極的に貢献しようとして、それが革新的なアイデアを出し、それを実現する行動につながるのです。
心理的オーナーシップが従業員に対して強い動機づけを与え、自分の組織をより良いものにするために行動する意欲を高めるためだと考えられます。「これは自分のものだ」という感覚が、組織の成功に対する責任感を生み出し、革新的な行動を促進します。
心理的オーナーシップを適切に醸成することで、組織は従業員の革新的行動を促進し、競争力を高めることができます。
エンゲージメントを介して幸福感を高める
従業員の幸福感は、個人の生活の質を高めるだけでなく、組織の生産性にも影響を与える重要な視点です。心理的オーナーシップは従業員の幸福感にどのような影響を与えるのでしょうか。パキスタンの大手電気通信会社で働く271人の従業員を対象に行われた研究が、興味深い知見を出しています[3]。
研究では、心理的オーナーシップが従業員の幸福感に与える影響を調査し、その関係をワーク・エンゲージメント(仕事に対する没頭感や充実感)がどのように媒介するかを検討しています。
結果、心理的オーナーシップが高い従業員は、主観的幸福感も高いことが明らかになりました。自分の仕事や組織に対して所有感を持つ従業員は、より幸福を感じる傾向があります。
心理的オーナーシップが高い従業員は、自分の仕事や組織に対して責任感と達成感を持ちます。自分の役割が重要で価値のあるものだと感じ、仕事自体が満足感や充実感をもたらします。また、自分の役割や仕事の進め方に対して裁量権があると感じることで、自己決定感が高まり、仕事に対する満足度も向上します。
研究によると、ワーク・エンゲージメントが心理的オーナーシップと主観的幸福感の関係を媒介していることが明らかになりました。心理的オーナーシップは直接、幸福感を高めるだけでなく、ワーク・エンゲージメントを通じて間接的にも幸福感を高めています。
心理的オーナーシップが高い従業員は、仕事に対してより没頭し、充実感を抱きます。自分の仕事に対して感情的なつながりを感じ、熱心に取り組むようになります。また、自分の仕事に対して意思決定に参加する機会が増えると、仕事のコントロール感が高まり、仕事に積極的な関与しようと考えます。
こうしたワーク・エンゲージメントの高まりが、最終的に従業員の主観的幸福感を向上させます。仕事に没頭することで、達成感や成功体験を得られるようになり、ポジティブな感情が増加します。
この研究は、組織が従業員の幸福感を高めるためには、心理的オーナーシップを促進することに加えて、ワーク・エンゲージメントを高めることも重要であることを示しています。従業員が仕事に没頭し、充実感を覚えられるような環境を整えることで、心理的オーナーシップがより効果的に幸福感の向上につながります。
他の態度より有効性が高い
組織行動論の分野では、従業員の態度や行動を理解し、予測するための様々な概念が提案されてきました。その中で、心理的オーナーシップは比較的新しい概念ですが、従来の概念と比べてどのような特徴があるのでしょうか。
294の研究データを用いたメタ分析が行われました[4]。研究では、心理的オーナーシップを組織コミットメントや組織アイデンティフィケーションと比較し、総合的に分析しています。
まず、心理的オーナーシップの形成に寄与する要因として、「統制」「知識」「投資」「安全性」の4つが確認されました。
「統制」は、従業員が自分の仕事や職場環境をコントロールできると感じることを指します。例えば、変革型リーダーシップのもとで働く従業員や、高い自律性を持つ従業員は、より強い心理的オーナーシップを感じます。
「知識」は、組織や仕事に関する深い理解を持つことを意味します。長い在職期間や、重要な情報へのアクセスが可能な従業員は、より強い心理的オーナーシップを発展させやすいと言えます。
「投資」は、従業員自身や組織が時間や労力を投入することを指します。自己啓発に励む従業員や、組織から多くのトレーニング機会を与えられた従業員は、より強い心理的オーナーシップを感じます。
「安全性」は、従業員が心理的に安全だと感じる環境を指します。組織的公正が保たれ、上司や同僚との信頼関係が築かれている職場では、従業員の心理的オーナーシップが高まりやすくなります。
興味深いことに、これらの要因は従来の組織コミットメントや組織アイデンティフィケーションの形成にも寄与することが分かりました。一方で、心理的オーナーシップは、これらの概念とは異なる独自の特徴を持っています。
研究によると、心理的オーナーシップは、組織コミットメントや組織アイデンティフィケーションよりも、従業員の役割内パフォーマンスや組織市民行動をよりよく予測することが明らかになりました。心理的オーナーシップが高い従業員は、より高い業績を上げ、組織のために自発的に貢献する行動を取るのです。
心理的オーナーシップは組織への愛着や一体感を超えて、具体的な仕事や役割に対する強い所有感を意味するからでしょう。心理的オーナーシップを持つ従業員は、自分の仕事や役割に対して責任感と誇りを感じるため、より高いパフォーマンスを発揮しやすくなります。
また、心理的オーナーシップは、職務満足や自尊心、ワーク・エンゲージメントなどのポジティブな結果とも関連があることが確認されました。これらの結果は、心理的オーナーシップが従業員のウェルビーイングを高める上で重要な役割を果たしていることを表しています。
しかし、心理的オーナーシップにはネガティブな面もあることが分かりました。例えば、心理的オーナーシップが高い従業員は、縄張り行動(自分の領域や職務を守ろうとする防衛的な行動)を取ることがあります。時として組織内の協力や情報共有を阻害する可能性があるのです。
これらの結果は、心理的オーナーシップを醸成する際に、そのポジティブな側面を最大化しつつ、ネガティブな側面を最小化する必要があることを示唆しています。例えば、従業員に対して適度な自律性と責任を与えながら、同時にチームワークやオープンなコミュニケーションの重要性を強調することが重要でしょう。
効果を弱めてしまう条件
心理的オーナーシップは多くのポジティブな効果をもたらす可能性を秘めています。しかし、全ての状況下で同じように効果を発揮するわけではありません。心理的オーナーシップの効果を弱めてしまう条件があることが明らかになっています。
個人レベルとユニット(部署やチーム)レベルでのコントロールが従業員の心理的オーナーシップと成果にどのように影響を与えるかが調査されました[5]。個人レベルのコントロールは「自発的な意思決定」、ユニットレベルのコントロールは「自己管理型チーム風土」として定義されました。
結果によると、これらはいずれも心理的オーナーシップと正の関係があることが確認されました。従業員が自分の仕事や成果に関する事柄をコントロールする機会が多いほど、また、チーム全体が仕事のプロセスをコントロールできると認識しているほど、心理的オーナーシップが高まります。
しかし、従業員の権力格差志向が、これらの関係に影響を与えることがわかりました。権力格差とは、組織内の権力の不平等をどの程度受け入れるかを示す文化的価値観です。
権力格差志向が低い従業員は、高い従業員に比べて、自発的な意思決定や自己管理型チーム風土が心理的オーナーシップに与える影響が強くなることが見えてきました。上司との権力差をあまり感じず、フラットな組織構造を好む従業員の方が、自発的な意思決定や自己管理型チーム風土から、より強い心理的オーナーシップを感じるのです。
権力格差志向が低い従業員は、自己管理や意思決定への参加を積極的に求めます。そうした従業員にとって、自発的な意思決定や自己管理型チーム風土は自分たちの価値観に合致し、心理的オーナーシップを強く感じさせる要因となります。
一方、権力格差志向が高い従業員は、上司との明確な権力差を前提としているため、自己管理や意思決定への参加が心理的オーナーシップに与える影響が弱くなります。上司からの指示や階層的な組織構造の方が自然で快適に感じられるため、効果が限定的になるというわけです。
この研究は、心理的オーナーシップを高めるための施策が、全ての従業員に対して同じように効果を発揮するわけではないことを示しています。特に、異なる文化的背景を持つ従業員が混在する組織にとっては重要な示唆となるでしょう。
例えば、権力格差志向が低い従業員に対しては、より多くの自律性と意思決定権を与えることで心理的オーナーシップを高めることができます。一方、権力格差志向が高い従業員に対しては、段階的に自己管理の機会を増やしていくなど、慎重なアプローチが必要かもしれません。
本コラムでは、心理的オーナーシップとその効果について、研究知見を基に解説してきました。心理的オーナーシップは新たな視点をもたらし、より効果的な組織マネジメントの可能性を示しています。しかし、その効果を最大限に引き出すためには、組織の文化や個々の従業員の特性を理解し、それに応じたアプローチを取ることが重要です。
脚注
[1] Avey, J. B., Avolio, B. J., Crossley, C. D., and Luthans, F. (2009). Psychological ownership: Theoretical extensions, measurement and relation to work outcomes. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 30(2), 173-191.
[2] Liu, F., Chow, I. H. S., Zhang, J. C., and Huang, M. (2019). Organizational innovation climate and individual innovative behavior: Exploring the moderating effects of psychological ownership and psychological empowerment. Review of Managerial Science, 13(4), 771-789.
[3] Khan, K., and Gul, M. (2021). The relationship between psychological ownership and subjective happiness of the employees: mediating role of work engagement. Journal of Professional & Applied Psychology, 2(1), 10-20.
[4] Zhang, Y., Liu, G., Zhang, L., Xu, S., and Cheung, M. W. L. (2021). Psychological ownership: A meta-analysis and comparison of multiple forms of attachment in the workplace. Journal of Management, 47(3), 745-770.
[5] Liu, J., Wang, H., Hui, C., and Lee, C. (2012). Psychological ownership: How having control matters. Journal of Management Studies, 49(5), 869-895.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。