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先に理由を考える:後知恵バイアスを抑制する方法

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「そんなことは、最初から分かっていた」

この言葉を聞いたことはありませんか。あるいは、自分で言ってしまったことはないでしょうか。この何気ない一言の背後に、私たちの思考を歪める認知バイアスが潜んでいます。「後知恵バイアス」と呼ばれるものです。

結果を知った後に「そうなるのは当然だった」と考えてしまう、この現象は、マネジメントの世界でも影響を及ぼしています。成功を過大評価し、失敗から学ぶ機会を逃してしまう可能性があります。

後知恵バイアスは私たちの判断にどのように影響し、そして、どうすれば克服できるのでしょうか。本コラムでは、後知恵バイアスについて説明し、その影響や対策を考察します。特にマネジメント分野における影響に焦点を当て、このバイアスを理解し対処することで、より良い判断ができるようになる方法を探ります。

自信過剰になり、意思決定に支障をきたす

後知恵バイアスが私たちの判断に及ぼす影響について、具体的に見ていきましょう。特に注目すべきは、このバイアスが自信過剰を引き起こし、結果として意思決定に支障をきたす可能性があることです。

この問題の実態を明らかにするため、FIFAワールドカップを題材にした興味深い研究が行われました[1]。参加者は、まず試合結果を予測し、その後、実際の結果が判明した後に自分の予測を思い出すという課題に取り組みました。この過程で、参加者の後知恵バイアスが測定されました。

実験の結果、後知恵バイアスの強い参加者は、バイアスの少ない参加者よりも、他者に意思決定を委任する頻度が低いことが明らかになりました。後知恵バイアスが強いほど、自分で意思決定を行おうとするのです。

なぜでしょうか。後知恵バイアスは、過去の出来事を「予測可能だった」と錯覚させます。この錯覚は、自分の判断能力に対する過度の自信につながります。「あの時、私は正しく予測していた」という思い込みが、将来の予測に対する自信も不当に高めてしまいます。

自信過剰は、意思決定のプロセスに悪影響を及ぼします。自分の判断能力を過大評価することで、他者の意見や専門知識を軽視してしまいます。また、リスクを過小評価し、慎重さを欠いた判断を下してしまいかねません。

例えば、ある企業のマネージャーが過去の成功体験から自信過剰になり、市場の変化を見逃してしまうケースを考えてみましょう。「前回も自分の判断が正しかった」という思い込みから、部下や外部の専門家の意見を軽視し、独断的な決定を下してしまうかもしれません。

このように、後知恵バイアスは自信過剰を招き、適切な意思決定を妨げる可能性があるため、注意が必要です。

理由付けによって後知恵バイアスが抑制

自信過剰や意思決定への悪影響が懸念される後知恵バイアスですが、幸いにもこのバイアスを軽減する方法が存在します。理由付けの効果です。理由付けが後知恵バイアスの抑制に効果的であることが明らかになりました[2]

コンスタンス大学の生物学クラスの学生60人を対象に興味深い実験が行われています。被験者は一般知識に関する90の数値回答を求められ、その半数の質問では回答の理由も記入するよう指示されました。その後、回答の直後または1週間後に正しい情報が提示され、最終的に被験者は全ての質問について最初の回答を再現するよう求められました。

実験の結果、理由を記入した場合、後知恵バイアスが減少することが明らかになりました。自分の回答に対して理由を考え、それを言語化することで、後になって「そんなの最初から分かっていた」と思い込む傾向が弱まったのです。

理由を考えることで、自分の判断プロセスに対してより意識的になります。通常、私たちは直感的に判断を下すことが多いですが、理由を求められることで、その判断に至った過程を明確に意識せざるを得なくなります。これにより、自分の判断の根拠や不確実性をより深く理解することができるのです。

また、理由を言語化することで、その判断に関する記憶が強固になります。単に数値を答えるだけの場合、その回答は比較的簡単に忘れられてしまいますが、理由とともに記憶されることで、長期的に保持されやすくなります。

さらに、理由を考えることは、その判断に関する複数の可能性を検討することにつながります。例えば、「なぜこの数値だと思うのか」を考える過程で、他の可能性についても考慮する機会が生まれます。自分の判断に対するより均衡の取れた見方が形成され、後知恵バイアスが生じにくくなるのです。

重大な判断を行う際には、結論の提示にとどまらず、その背景にある論理や証拠を記録することで、後知恵バイアスの影響を抑える効果が期待できます。過去の決定を振り返る際に、より客観的な評価が可能になるでしょう。

理由付けは後知恵バイアスを抑制する有効な手段であり、意思決定プロセスに積極的に取り入れるべき方法と言えます。

自分の知識不足が原因を考えると抑制される

後知恵バイアスの抑制に関する研究は、さらに発見をもたらしています。自分の知識不足を認識することが、後知恵バイアスを軽減する効果的な方法であることを実証した研究があります[3]

北カロライナ大学の学生を対象に、フットボールの試合結果と2000年の米国大統領選挙という二つの異なる文脈で実験を行いました。これらの実験では、参加者に対して、ある出来事が別の結果になったかもしれない理由を多数挙げるように求めました。

実験の結果、12個の理由を挙げるのは困難であり、参加者はその困難さから「別の結果になる可能性は低かった」と感じました。しかし、興味深いことに、この思考生成の難しさを自分の知識不足に帰属させた場合、後知恵バイアスが軽減されることが分かりました。

後知恵バイアスは、ある出来事の結果を知った後に、その結果が予測可能だったと錯覚することです。この錯覚は、人間の認知システムが新しい情報を既存の知識体系に組み込もうとする過程で生じます。結果を知ることで、その結果に至る論理的な道筋が明確になり、「そうなるのは当然だった」と感じてしまうのです。

しかし、自分の知識不足を認識することで、この自動的な統合プロセスが中断されます。「12個も理由を挙げるのが難しいのは、私がこの分野について十分な知識を持っていないからだ」と考えることで、結果の必然性に対する感覚が弱まります。「結果が予測できなかったのは、事象そのものが予測不可能だったからではなく、自分の知識が不足していたからだ」という認識が生まれるのです。

この研究結果を踏まえると、私たちは仕事における判断において、自分の知識の限界を意識し、新しい情報や異なる視点に対してオープンな姿勢を保つことが重要だと言えるでしょう。そうすることで、後知恵バイアスの影響を最小限に抑え、より建設的な判断を下すことができます。

自己の知識不足を認識することは、後知恵バイアスを抑制し、より適切な意思決定を行うための重要な鍵となります。

先に理由を挙げると後知恵バイアスは減少

結果を知る前に理由を挙げることが、後知恵バイアスを効果的に減少させることを明らかにした研究があります[4]194名の神経心理学者を対象に実験を行いました。参加者は、症例の病歴を読み、3つの異なる診断の確率を推定するよう求められました。

実験の結果、理由を列挙するよう求められたグループは、理由を挙げさせなかったグループよりも、後知恵バイアスに陥る頻度が低いことが明らかになりました。結果を知る前に各診断の可能性について理由を考えることで、後知恵バイアスが軽減されたのです。

先に理由を挙げることの効果は、例えば、次のような理由によって説明できます。

  • 各診断の可能性について理由を考えることで、参加者は問題を多角的に捉えることができます。単一の結果に固執せず、複数の可能性を同時に考慮する態度が形成されます。
  • 理由を挙げる過程で、参加者は自分の判断とその根拠を意識します。元の判断に関する記憶が強化され、後で結果を知った際に元の判断を思い出しやすくなります。
  • 理由を挙げるという作業は、認知的な努力を必要とします。この追加の認知的処理が、後の判断をより慎重にし、バイアスを軽減する効果をもたらします。
  • 複数の診断について理由を考えることで、参加者は問題の複雑さと不確実性を深く認識します。単一の結果が必然だったという錯覚が生じにくくなります。
  • 先に理由を挙げることで、参加者は自分の最初の判断に対する根拠を明確にします。後で結果を知った際に、その結果に合致する情報だけを選択的に思い出す傾向が弱まります。

企業の意思決定プロセスにおいても、結果が判明する前に各選択肢のメリットとデメリットを検討することで、事後の評価がより公平になる可能性があります。プロジェクトの成功や失敗の分析において特に重要です。

意思決定の前に理由を考え、明確にすることは、後知恵バイアスを軽減し、より客観的な評価を可能にする効果的な戦略だと言えます。

集団にも後知恵バイアスが発生する

後知恵バイアスは個人レベルで観察される現象ですが、このバイアスが集団レベルでも発生することが分かっています。

2つの実験を通じて集団における後知恵バイアスを調査しました[5]。第1の実験では、ドイツの高校生379名を対象に、個人条件と集団条件を設定し、心理学的研究の結果に関する評価を行わせました。第2の実験では、大学生72名を対象に、個人または友人2人との小グループで一連の予測を行わせました。

実験の結果、個人と集団の両方が後知恵バイアスを示すことが確認されました。結果を知った後に、その結果が予測可能だったと考える傾向は、個人だけでなく集団でも見られたのです。

注目すべきは、集団の後知恵バイアスが個人よりもわずかに弱かった点です。集団は個人よりも最初の予測を正確に思い出す可能性が高いことが示されました。集団による判断が持つ独特の特性によるものと考えられます。

集団では、メンバー間で情報を共有し、互いの意見を検証する機会があります。これにより、単一の視点に偏ることなく、多角的な観点から問題を捉えることができます。結果として、特定の結果が「必然」だったという錯覚がいくらか生じにくくなったのでしょう。

また、集団メンバーは、それぞれが異なる記憶を持っています。ある人が忘れた情報を別の人が覚えているという状況が生じ、全体として記憶が補完されます。

集団での議論は、個々のメンバーの記憶を活性化し、強化する効果もあります。議論の過程で、最初の予測とその根拠が繰り返し言及されることで、それらの情報がより深く記憶に刻まれます。

集団での決定は、個人の決定に比べて責任が分散されることも関係しているでしょう。結果を正当化しようとする心理的圧力が軽減され、より客観的な評価が可能になります。

とはいえ、集団にも後知恵バイアスが発生するという事実は、重要な示唆を含んでいます。集団で議論をしても後知恵バイアスを避けることができず、この点は、組織の意思決定においても注意が必要だということを意味します。

後知恵バイアスは個人レベルでも集団レベルでも発生する普遍的な現象ですが、その影響は集団においてわずかに弱まる可能性があります。この知見を活かし、適切な集団意思決定プロセスを設計することで、より効果的な意思決定を行うことができるかもしれません。

集団での意思決定は後知恵バイアスを完全に排除することはできませんが、個人での意思決定よりもバイアスの影響を軽減できる可能性があると言えます。

人と組織のマネジメントへの含意

後知恵バイアスに関する一連の研究は、人と組織のマネジメントに示唆を与えています。

まず、個人レベルでは、自己認識と学習姿勢の重要性が挙げられるでしょう。自分の知識の限界を認識し、新しい情報や視点に対してオープンな姿勢を保つことが、より適応的で効果的な意思決定につながります。マネージャーであれば、自己と部下の成長のために、この姿勢を育成し奨励する必要があります。

組織レベルでは、意思決定プロセスの設計が大事です。結果を知る前に各選択肢の根拠を明確にする、多様な背景を持つメンバーを含める、反対意見を積極的に求めるなど、後知恵バイアスを軽減する仕組みを導入します。

例えば、失敗の分析においては、「何が間違っていたか」ではなく「どのような知識が不足していたか」という視点で振り返ることで、より建設的な学習が可能になるかもしれません。

組織文化の観点からは、不確実性を受け入れ、失敗を学習の機会として捉える姿勢が求められます。後知恵バイアスは、失敗を過度に単純化し、その教訓を見逃す危険性があります。失敗を恐れず、むしろそこから学ぶ文化を醸成することが、組織の適応力を高めるでしょう。

最後に、人事評価においても後知恵バイアスを考慮する必要があります。過去の決定を評価する際は、当時利用可能だった情報に基づいて判断するよう心がけ、結果だけでなくプロセスも含めた総合的な評価を行うことが重要です。

脚注

[1] Danz, D., Kubler, D., Mechtenberg, L., and Schmid, J. (2015). On the failure of hindsight-biased principals to delegate optimally. Management Science, 61(8), 1938-1958.

[2] Hell, W., Gigerenzer, G., Gauggel, S., Mall, M., and Muller, M. (1988). Hindsight bias: An interaction of automatic and motivational factors?. Memory & Cognition, 16, 533-538.

[3] Sanna, L. J., and Schwarz, N. (2003). Debiasing the hindsight bias: The role of accessibility experiences and (mis) attributions. Journal of Experimental Social Psychology, 39(3), 287-295.

[4] Arkes, H. R., Faust, D., Guilmette, T. J., and Hart, K. (1988). Eliminating the hindsight bias. Journal of Applied Psychology, 73(2), 305-307.

[5] Stahlberg, D., Eller, F., Maass, A., and Frey, D. (1995). We knew it all along: Hindsight bias in groups. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 63(1), 46-58.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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