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なぜ目先の仕事にとらわれてしまうのか:”時間的展望”研究からの示唆(セミナーレポート)

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ビジネスリサーチラボは、20246月にセミナー「なぜ目先の仕事にとらわれてしまうのか:時間的展望研究からの示唆」を開催しました。

近年、コスパやタイパといった言葉に代表されるように、目先の利益や効率性を重視する風潮が強まっています。一方で、時間的展望の研究知見は、長期的な視点を持つことの重要性を示しています。将来について考えることは、意思決定やモチベーションに影響を及ぼします。

「時間的展望」の研究知見を手がかりに、時間的な見通しをもつことが従業員の心理や行動に及ぼす影響について考察します。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

時間的な見通しをもつこと

コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを重視する風潮が強まっており、特に若い世代の間でこのような傾向が顕著になっています。低いコストで高い価値を見出すことや、短い時間で高い成果を上げることは、一見すると非常に望ましいように思えます。

実際、それがうまくいけば少ないコストで良い成果を得られますが、ここで少し考えていただきたいのは、コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを追求する行動が、後になって良くない結果をもたらす可能性があるという点です。

古くから「安物買いの銭失い」や「急がば回れ」という諺があるように、日常生活でもよく耳にする教訓は、長期的な視点を持つことの重要性を示しています。いくつか具体例を挙げてみましょう。

例えば、業務にまだ慣れていない新入社員が作業をしている場面を想像してみてください。分からないことが出てきた際、すぐに相談できる上司が近くにおらず、報告する時間を勿体ないと感じて自分の判断で作業を進めてしまうことがあります。しかし、その結果、作業内容が誤っていて後でやり直すことになれば、報告を省いたことでかえって大きなコストがかかってしまいます。

また、効率化を目指して会議時間を短縮しようとした場合も同様です。会議時間を削減することで十分な議論ができず、再度会議を開く必要が出てくれば、結局二回分の会議の時間が必要になってしまいます。

これらの例からも分かるように、コストや時間を節約しようとした結果が、後になって大きなコストにつながることがあります。このような事態を避けるためにも、長期的な視点を持つことが重要だと言えるでしょう。

次のパートでは、本日のテーマである時間的展望の研究知見をもとに、時間的な見通しを持つことが人の心理や行動にどのような影響を与えるかについて紹介します。

過去・現在・未来への視点

時間的展望は、過去・現在・未来における経験や出来事に対する認識や意識のあり方を示す概念です。私たちは過去、現在、未来について普段から考えることがありますが、意識的に考えるだけでなく、無意識の側面もあります。この無意識な側面が個人の判断や行動に大きく影響することが研究で示されています。

時間的展望に関する研究では、五つの観点が示されています。

  • 過去否定的:過去の出来事や経験をネガティブに捉え、昔の嫌な思い出や失敗が現在の自分に影響を与えると強く感じる。
  • 過去肯定的:過去の経験をポジティブに捉え、過去の成功体験が現在の自分の自信につながっていると考える。
  • 現在快楽的:現在の楽しみや快楽を優先する。今を楽しむことが最も大事で、衝動的に行動することが多い。
  • 現在運命的:運命や外部の力で現在が決まっていると考え、自分の行動が結果に影響を与えないと感じる。
  • 未来志向的:長期的な目標や成果を重視する。目標を達成するために計画を立て、着実に進むことができる。

これらの観点は、それぞれ個人の心理や行動に特徴的な影響を与えます。例えば、過去志向的な人はストレスフルな経験を何度も思い返す傾向を示し、現在志向の人はリスク行動を取りやすく、即時的な満足を重視する傾向があります。また未来志向の人は目標達成のために即時的な満足を抑えることができる特徴があります。

このように、時間的展望の違いは行動や心理に大きな影響を与えます。未来志向を持つことで、見通しを持った行動ができるようになります。

こうした知見に基づくと、目先の仕事にとらわれがちな人は、過去の失敗を恐れて慎重になりすぎていたり、現在の即時的な結果に飛びついてしまっていたりするのかもしれません。また、未来の目標が明確でないために、今の仕事に集中していることも考えられます。このような場合には、未来志向を持つことがモチベーションを維持し、目標に向かって進む力となります。

未来志向の特徴

ここでは、未来志向についてもう少し詳しく見ていきます。未来志向とは、将来の出来事や目標に向けて注意を払い、計画を立て、努力する傾向を指します。

この未来志向には二つの側面があります。一つは、何を目標として未来を見通すかという「内容」です。もう一つは、どのくらい遠い未来を見据えるかという「深さ」です。特に、目標とする「内容」が重要で、これについては後ほど詳しく説明します。

続いて、未来志向の特徴として三つの点を挙げます。これらを考えると、未来志向が未来に向けた行動にどのように役立つかがわかります。

一つ目は、心理的距離の短縮です。未来志向が高い人は、例えば5年後のことを考えるときに、その時間をより近く感じる傾向があります。これにより、未来の目標が身近に感じられ、現在の行動が未来の目標にどう関連するかを強く認識できるようになります。

二つ目は、未来の結果の予測がしやすいということです。現在の行動が将来に及ぼす影響を予測しやすく、リスクや効果を想像する力が高まります。これにより、不正行為のリスクや社員育成が何をもたらすのか、その重要性を注意深く考えることができます。

三つ目の特徴は、遅延報酬の価値の維持です。時間が経っても報酬の価値が下がりにくいということです。これにより、将来の目標や報酬に対する高い動機づけを維持しやすくなります。

ただし、未来志向にも注意点があります。先のことを考えすぎると、不確実な未来に対する不安やプレッシャーが強くなりがちです。遠い将来のことを深く考えれば考えるほど、ストレスが溜まっていきます。これは健康を害したり、仕事の効率を下げたりする原因になるかもしれません。また、不安が高まると、新しいことに挑戦するのを躊躇してしまうこともあります。

また、未来の目標ばかりに気を取られていると、今やるべきことに集中できなくなることがあります。将来のことを考えるのに夢中になりすぎて、目の前の仕事や課題をおろそかにしてしまうのです。そうすると、今の仕事に対する興味が薄れ、やる気も下がってしまいます。結果として、仕事の質も落ちてしまう可能性があります。

未来志向は、年齢や経験によって変化すると言われています。未来のことを考えすぎる人も、バランスを取るための改善が可能です。同様に、全く未来のことを考えられない人でも、適切な実践やトレーニングを通じて、未来への意識を高めることができます。

未来志向を育てるためのアプローチとしては、短期的・長期的な目標を明確に設定すると良いでしょう。具体的な目標があれば、それに向けての行動計画を立てやすくなります。また、定期的なフィードバックと進捗確認を行うことで、目標に向けた行動が適切かどうかを確認し、必要に応じて修正することができます。また、進捗を確認することは、着実に目標に近づいているという実感が得られ、モチベーション維持にもつながります。

少し前のところで、目標としてどういうものを設定するかということも大事だとお話ししましたが、この目標として何を位置づけるかということが、モチベーションの維持やパフォーマンスに影響を与えるということが示されています。

特に、内発的な将来目標を設定しておくと、モチベーションの維持やパフォーマンスにポジティブな影響を及ぼすと言われています。ここで内発的というのは、個人の中にある興味や価値観に沿うような形での目標のことを指します。

一方で、外発的な将来目標、つまり本人の中からではなく外部からの報酬や評価に基づく目標や、会社から与えられた目標などは、モチベーションの維持やパフォーマンスにネガティブな影響を及ぼすと言われています。

自分の興味があることに向けて頑張ることは、モチベーションを維持し、良い成果を出すことにつながりやすいと考えられます。そのため、未来志向の際には、未来の目標とするものを本人の内側から見いだしていくことが大切です。

例を挙げると、専門知識を深めたいと考えている人であれば、知識を深めることや新しい技術・理論の習得を目標とし、具体的なステップとして次の3年間はAI技術の最新動向を追い続け、セミナーにも定期的に参加して学んでいく、といったことが考えられます。

また、キャリアアップを目指したい人であれば、リーダーシップと管理スキルの向上を目標とし、キャリア研修への参加や企画立案・管理・進行に挑戦するといった行動の計画を考えてみるのが良いかもしれません。

このように、本人の内にある望みを目標に組み込み、未来について考えながら取り組んでいくのが良いでしょう。

3つの視点のバランス

時間の視点として、過去・現在・未来の三つを取り上げてきました。三つの視点のバランスをとることについてお話ししたいと思います。

この三つの視点のうち、どれか一つに偏ってしまうと困ることがあります。偏りすぎないように、それぞれの視点をバランスよく考え、場合によっては視点を切り替えて別の角度から考えることが重要です。

Balanced Time Perspectiveは異なる時間的視点をバランスよく組み合わせることで、状況に応じた柔軟な時間認識を持つことに関する概念です。視点の切り替えやバランス調整によって、過去・現在・未来の視点をうまく調整することは、ネガティブな捉え方を緩和することにつながります。

例えば、自分の行動が無意味だと感じている人は、過去のうまくいかなかった出来事に囚われているかもしれません。こうした場合には、未来志向的な計画を立てることや、過去の良い出来事にも目を向けるようにすることで、視点の切り替えが促されます。

過去に囚われている人には、未来に向けたポジティブな目標を示し、その目標に向かって進む具体的なプロセスを説明することで、自己効力感を高めるサポートができます。逆に、現在に集中しすぎている人には、将来の目標設定を促し、長期的な視野を持てるようサポートすることが効果的です。

時間的展望が幸福感に繋がるという研究結果もあります。特に、状況に応じて適切な視点を選ぶことで、ネガティブな側面に囚われず、ポジティブな面を見つけることができ、心理的な健康と幸福感の維持に繋がります。

職場で困っている人がいる場合、別の時間的視点を持つことでネガティブ思考から抜け出す手がかりとなることがあります。目の前のことに集中しすぎている人には、将来の視点を持たせることで、その人の不安を和らげることができるかもしれません。その人がどの視点を持っているかを把握し、異なる視点からのサポートを考えてみると良いでしょう。

例えば、過去の失敗に囚われている人には、新しい視点や成功事例を提供し、挑戦への不安を和らげるサポートが有効です。一方で、現在に集中しすぎている人には、内発的な目標設定を通じて未来志向を持たせることが効果的と考えられます。また、未来について不安を感じている人には、具体的な短期目標を設定し、不確実性を和らげることが重要です。

このように、過去・現在・未来の視点を調整することは、否定的な捉え方や将来への不安を緩和することに役立ちます。時間的展望が心理的な健康と幸福感に関連していることを考慮しながら、こうした視点をうまく活用していただければ幸いです。

Q&A

Q:Z世代は現在運命的という思考が強く、特に無力感を感じやすいように思います。こうしたZ世代に対して、どのようにコミュニケーションをとれば良いでしょうか。

無力感の原因を理解することが重要です。本人の考えをよく聞き、無力感の背景を探ります。同世代の同僚や年長の先輩との対話の機会を設けることで、新しい視点や将来の目標を見出すきっかけを作ることができます。

Q:未来志向はトレーニングで改善できるとのことですが、過去や現在に対する時間的展望もトレーニングで変えられますか。

過去や現在に対する時間的展望もトレーニングで変えることができます。例えば、過去の経験を振り返るトレーニングを行うことで、意思決定時に過去の経験を参考にする習慣が身につきます。これにより、過去の教訓を活かした意思決定ができるようになります。

Q:過去の成功体験を活かし、自信を持ち、未来志向に生かす良い方法はありますか。

本人が目指す方向性やビジョンを明確にし、過去の経験を基に新しいスキルを習得する動機づけを行うことが有効です。さらに、周囲の人と将来の目標を共有することができれば、周囲からのフィードバックが自信を高める手助けとなります。


登壇者

藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。

 

 

 

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