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コラム

「最初からわかっていた」は本当か:後知恵バイアスが意思決定を歪める

コラム

私たちは日々、さまざまな出来事や結果に接していますが、それを振り返ると「最初からわかっていた」と思うことがあります。この現象を「後知恵バイアス」と呼びます。後知恵バイアスとは、結果を知った後にその出来事が予測可能だったと過大評価する傾向のことです。

一見些細に思えるこのバイアスですが、実は私たちの意思決定に影響を与えます。例えば、「あの時こうしていれば良かった」という後悔や、「自分は正しかった」という過信につながる可能性があります。

本コラムでは、後知恵バイアスに焦点を当て、その影響や対処法について考えていきます。後知恵バイアスはどのようなメカニズムで生じるのか、なぜ私たちはこのバイアスに陥りやすいのか、このバイアスを軽減するにはどうすればよいのか。これらの問いに対する示唆を、研究知見を基に探っていきましょう。

古典的な実験結果を再現できた

後知恵バイアスは、古くから研究者たちの注目を集めてきました。この現象を科学的に示したのは、フィッシュホフという研究者です。しかし、再現性の問題が指摘されており、過去の研究結果が本当に信頼できるのかという疑問が投げかけられていました。

そんな中、2021年に行われた再現研究が注目を集めました。フィッシュホフの古典的な実験を現代の文脈で再現し、後知恵バイアスの存在を改めて確認したのです[1]

研究では、3つの実験が行われました。第1の実験では、890人の参加者を対象に、ある歴史的な出来事について、結果を知る前と後で発生確率を推定させました。結果、参加者は結果を知った後に、その出来事がより起こりやすかったと判断しました。

2の実験では、608人の参加者を対象に、未来の出来事に対する予測を行わせました。参加者はある実験の最初の試行結果を知らされた後、次の試行でも同じ結果が出るかどうかを予測しました。ここでも後知恵バイアスが確認され、参加者は過去の結果を知ることで、将来の予測に影響を受けることが示されました。

3の実験では、520人の参加者を対象に、後知恵バイアスの知覚可能性を調査しました。参加者にある出来事の結果を知らせた後、その結果がどれほど予想外だったかを評価させたところ、強い後知恵バイアスが確認されました。

これらの結果は、後知恵バイアスが過去の出来事に対する判断だけでなく、未来の予測にも影響を与えることを表しています。また、後知恵バイアスはさまざまな状況で発生することが確認されました。

この研究結果は、職場における評価プロセスに示唆を与えています。例えば、プロジェクトの結果を振り返る際、私たちは「最初からこうなることはわかっていた」と思いがちです。しかし、この研究が示すように、そのような認識は後知恵バイアスによって歪められている可能性があります。

3つのメカニズムから構成されている

後知恵バイアスについての理解が深まるにつれ、この現象がより複雑であることが見えてきました。後知恵バイアスが、3つの独立したメカニズムから構成されているという説明が提出されています[2]「記憶の歪み」「予見可能性の印象」「必然性の印象」です。

  • 記憶の歪み:過去の出来事や予測についての記憶が、後から知った結果や情報によって変化してしまうことです。例えば、あるプロジェクトの結果を知った後、自分の当初の予測をより結果に近いものだったと誤って記憶してしまうことがあります。
  • 予見可能性の印象:結果を知った後に、その結果が予測可能だったと感じる傾向です。「I-knew-it-all-along効果」とも呼ばれ、結果を知ると、その結果が起こる前から予見可能だったと思い込みます。
  • 必然性の印象:結果を知った後に、その結果が避けられないものだったと感じる傾向です。結果が既知になると、その結果に至る過程が必然的だったと認識します。

3つのメカニズムが独立して機能することが実証されています。具体的には、4つの異なる実験を行い、主に選挙の結果予測を題材に研究を進めました。

例えば、2002年のドイツ連邦議会選挙を利用した実験では、参加者に選挙結果を予測させ、その後、実際の結果を知らせました。そして、時間が経過した後に当初の予測を思い出してもらい、記憶の歪みを測定しました。同時に、結果の予見可能性や必然性についての印象も評価しました。研究の末、3つのメカニズムが互いに独立して機能していることが明らかになりました。

この発見は、後知恵バイアスの対処に関する理解を促します。例えば、プロジェクトの事後評価を行う際、3つのメカニズムそれぞれについて検討する必要があるでしょう。

記憶の歪みに対しては、当初の予測や判断を文書化しておくことが有効です。結果を知った後の記憶の変化を最小限に抑えることができます。

予見可能性の印象に対しては、結果を知る前の状況を詳細に分析し、当時利用可能だった情報のみに基づいて判断することが重要です。「結果論」に陥らないように注意が必要です。

必然性の印象に対しては、結果に至るまでの過程で存在した他の可能性や選択肢を積極的に検討することが効果的です。「別の結果になる可能性はなかったのか」と問いかけることで、結果の必然性を過大評価することを防げます。

分かりやすい図示が後知恵バイアスを強化する

後知恵バイアスの理解が深まるにつれ、研究者はこのバイアスに影響を与えるさまざまな要因に注目するようになりました。特に視覚的な情報提示が後知恵バイアスに与える影響について興味深い発見がなされています。分かりやすい図示や視覚的な説明が、意図せずして後知恵バイアスを強化する可能性があることがわかりました[3]

後知恵バイアスの認知的な要因として、情報の理解しやすさや処理のしやすさが挙げられます。結果が理解しやすく提示されると、人々はその結果が事前に高確率で予測されていたと誤認しやすくなります。

この仮説を裏付けるために、自動車事故に関する情報の提示方法を操作する実験を行いました。ある参加者グループには事故の情報をテキストと静止画で提供し、別のグループには同じ情報をアニメーションで提供しました。その結果、アニメーションで情報を受け取ったグループの方が、強い後知恵バイアスを示したのです。

アニメーションによる視覚的な情報提示は、事故の原因や経過を鮮明に思い浮かべることを可能にします。鮮明なイメージは、観察者に強い印象を与え、その出来事が必然的であり、予測可能だったという錯覚を生み出します。視覚的に分かりやすい情報は、実際には存在しない確実性や予測可能性を観察者に感じさせてしまうのです。

例えば、組織サーベイの報告会で、分析結果をわかりやすい図表で説明すると、聞き手は「この結果は最初から分かっていた」と感じやすくなります。これは、分析結果の意義を過小評価することにつながります。

しかし、だからといって視覚的な情報提示を避けるべきだというわけではありません。視覚化は情報の理解を助け、効果的なコミュニケーションを可能にするツールです。重要なのは、視覚的な情報提示がもたらす後知恵バイアスの可能性を認識し、それに対処することです。例えば、次のような対策があり得るでしょう。

  • 結果を説明する際、一つの視点だけでなく、複数の可能性や解釈を提示することで、単一の説明に固執することを防ぎます。
  • 一方的な情報提示ではなく、参加者が能動的に関わることのできるインタラクティブな形式を採用することで、多角的な視点の獲得を促します。
  • 情報を提示する際、参加者に後知恵バイアスの存在について説明し、自身の判断プロセスを意識的に観察するよう促すことも効果的です。
  • 結果だけでなく、プロジェクトの各段階で得られた情報や行われた判断を時系列で提示することで、当時の状況をより正確に再現し、後知恵バイアスを軽減できる可能性があります。

特に予測可能性の欲求が後知恵バイアスを促す

後知恵バイアスを引き起こす要因として、個人の動機づけに着目した研究が行われています。その研究は、特に「予測可能性の欲求」が後知恵バイアスを促進することを示しました[4]

研究チームは、後知恵バイアスが単なる認知的な現象ではなく、個人の心理的な欲求によって影響を受けると考えました。特に、「予測可能性の欲求」「自己呈示の動機」という2つの要因に注目しました。

「予測可能性の欲求」とは、世界を予測可能で秩序立てられたものとして認識したい欲求のことです。人は一般的に、不確実性や予測不可能性に不安を感じます。そのため、出来事が予測可能だったと信じることで、心理的な安定を得ようとするのです。

一方、「自己呈示の動機」とは、他者から好ましい評価を得るために自分を良く見せたいという欲求です。「最初からわかっていた」と主張することで、自分の洞察力や知識をアピールしようとします。

68名の大学生を対象に実験が行われました。参加者は、真偽不明の80の主張に対して回答し、その後、一部の主張について正解が与えられました。そして、参加者は自分の以前の回答を思い出すように指示されました。

実験の結果、予測可能性の欲求と自己呈示の動機の両方が、後知恵バイアスの大きさと正の相関を示しました。これらの欲求や動機が強い人ほど、後知恵バイアスも大きくなる傾向が見られたのです。

特筆すべきは、予測可能性の欲求の方が自己呈示動機よりも強い影響を及ぼす可能性が示唆された点です。主に世界を理解可能なものとして認識したいという内的な欲求によって、後知恵バイアスに陥りやすくなることを表しています。

研究結果をもとにすれば、例えば、不確実性の高いプロジェクトや新規事業の評価を行う際、評価者の予測可能性の欲求が働き、結果を知った後にその結果が予測可能だったと過大評価してしまうかもしれません。

この問題に対処するためには、次のようなアプローチが考えられます。

  • 不確実性を自然なものとして受け入れる姿勢を育てることが重要です。「すべてを予測することは不可能である」という認識を共有し、予期せぬ結果も学びの機会として捉える態度を醸成することで、予測可能性の欲求による歪みを軽減できる可能性があります。
  • 意思決定や評価の際に、単一の結果だけでなく、複数の可能性を検討するプロセスを導入します。結果を知った後でも、他の可能性があったことを思い出しやすくなり、予測可能性の錯覚を減らすことができるでしょう。
  • 重要な意思決定を行う際には、その時点での予測や判断根拠を詳細に記録しておきます。結果を知った後に、この記録を振り返ることで、当時の不確実性や複数の可能性を再認識することができます。
  • 意思決定や評価のプロセスに、異なる背景や専門性を持つ人々を参加させることで、単一の視点に偏ることを防ぎます。多様な意見を聞くことで、予測可能性の欲求による歪みを相互にチェックし合うことができます。

本コラムでは、後知恵バイアスについて説明してきました。後知恵バイアスは、個人の認知の問題だけではなく、意思決定プロセス全体に関わる重要な課題です。本コラムで紹介した研究結果や対策を参考に、各組織がそれぞれの状況に適した方法でこの問題に取り組むことが望まれます。

脚注

[1] Chen, J., Kwan, L. C., Ma, L. Y., Choi, H. Y., Lo, Y. C., Au, S. Y., and Feldman, G. (2021). Replications and extensions of Fischhoff (1975) and Slovic and Fischhoff (1977). Journal of Experimental Social Psychology, 96, 104154.

[2] Blank, H., Nestler, S., von Collani, G., and Fischer, V. (2008). How many hindsight biases are there?. Cognition, 106(3), 1408-1440.

[3] Roese, N. J., and Vohs, K. D. (2012). Hindsight bias. Perspectives on Psychological Science, 7(5), 411-426.

[4] Campbell, J. D., and Tesser, A. (1983). Motivational interpretations of hindsight bias: An individual difference analysis. Journal of Personality, 51(4), 605-620.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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