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努力は報われると思うか:公正世界信念の二面性

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世の中は公平で、努力すれば報われ、悪いことをすれば罰が当たる。この「公正世界信念」という考え方は、私たちの心の支えとなる一方で、社会問題への見方にも影響を与えることがあります。

本コラムでは、公正世界信念に関する研究を紹介し、この信念が私たちの態度や行動にどのような影響を与えるのかを探っていきます。そして最後に、公正世界信念を持つことの意味や、社会をより良くするための課題について考えます。

2つの公正世界信念を区別する

公正世界信念について深く理解するため、まずはその2つの種類を見ていきましょう。一つは「一般的な公正世界信念」、もう一つは「個人的な公正世界信念」です。

一般的な公正世界信念とは、世界全体が公正だという信念です。例えば、「世界は基本的に公正な場所だ」「悪いことは悪い人に起こり、良いことは良い人に起こる」という考え方です。

一方、個人的な公正世界信念は、自分自身とそれを取り巻く状況が公正だという信念です。「私は自分にふさわしい扱いを受けている」「私は努力すれば必ず報われる」という考え方がこれに当たります。

この2つの公正世界信念を測るための尺度を開発し、それぞれが人々の心理にどのような影響を与えるかを調査したところ、興味深いことがわかりました。まず、人々は一般的な公正世界信念よりも個人的な公正世界信念の方が強いことがわかりました。世界全体が公正だとは思わなくても、自分自身の人生は公正だと信じる人が多いのです。

個人的な公正世界信念は主観的な幸福感や自尊心と関連していることも明らかになりました。自分の人生が公正だと信じる人ほど、幸せを感じ、自己評価が高いのです。

なぜこのような結果が得られたのでしょうか。個人的な公正世界信念が強い人は、自分の努力が報われると信じているため、目標に向かって頑張ることができます。また、自分が公正に扱われていると感じることで、安心感や満足感を得られるのかもしれません。

他方で、一般的な公正世界信念は必ずしも個人の幸福感や自尊心とは結びついていません。世界全体が公正だと信じることと、自分自身の幸福感は別物だということです。

さらに、研究では、個人的な公正世界信念が自尊心に与える影響についても発見がありました。自分が不公平な行動をとったと認識すると、個人的な公正世界信念が自尊心にマイナスの影響を与えることがわかりました。

自分の人生が公正だと信じている人が、自分自身が不公平な行動をしてしまったと感じると、その行動が自尊心を傷つけてしまうのです。自分の行動と信念との間に矛盾が生じるためだと考えられます。

公正世界信念が差別につながる

公正世界信念は、実は社会問題に対する見方にも影響を与えています。公正世界信念が社会的差別とどのように結びつくかを明らかにした研究を見てみましょう。先ほどの研究を踏まえ、一般的な公正世界信念と個人的な公正世界信念が、それぞれ異なる社会的態度と結びついていることを示しています。

まず、一般的な公正世界信念(他者に対する公正世界信念)が強い人は、社会的差別と関連していることがわかりました。具体的には、高齢者差別や貧困層差別といった態度と結びついていたのです。

例えば、一般的な公正世界信念が強い人は、高齢者が自分の状況に責任を持つべきだと考えることがわかりました。また、貧困層に対しても否定的な態度を持ちやすく、「もっと努力すべきだった」といった見方をする傾向がありました。

一般的な公正世界信念が強い人は、世界全体が公正であると信じているため、社会的に不利な立場にある人々の状況を、その人自身の責任だと考えがちです。「世界は公正なのだから、不利な状況にあるのは本人の努力が足りないからだ」と考えてしまうのです。

一方、個人的な公正世界信念(自己に対する公正世界信念)は、このような社会的差別とは有意な関連が認められませんでした。むしろ、個人的な公正世界信念は心理社会的適応と関連していました。例えば、抑うつの軽減や生活満足度の向上といった、個人の精神的健康と結びついていたのです。

加えて、研究では、一般的な公正世界信念が厳罰的態度とも関連していることが明らかになりました。世界全体が公正だと強く信じている人ほど、犯罪者に対して厳しい処罰を求める傾向がありました。

公正世界信念、特に一般的な公正世界信念が強いと、社会問題に対する見方が偏ってしまう可能性があります。社会的不平等や差別の問題に取り組む際には、世界が完全に公正であるという考えを一度疑ってみる必要があるかもしれません。

公正世界信念が不正行為をもたらす

前章で見たように、公正世界信念は社会的差別につながる可能性がありますが、さらに考えさせられる影響があります。公正世界信念が不正行為を引き起こすことが示されています。

アメリカ人501名を対象とした実験から、興味深い結果が得られました。参加者には、コイン投げゲームを行ってもらいました。このゲームでは、勝ちのコインを裏返すことで賞品を獲得する確率が上がります。不正をすれば賞品を得やすくなるのです。

実験の結果、一般的な公正世界信念が強い人ほど、コインの結果を勝ちに反転させる確率が高いことがわかりました。世界が公正だと信じている人ほど、不正行為を行いやすかったのです。

このような結果が得られた理由として、研究者たちは、公正世界信念が強い人は不正行為を正当化しやすいのではないかと考えました。例えば、「世界は公正なのだから、私が不正をしても最終的には公正な結果になるはずだ」と考えるかもしれません。また、「私は普段から努力しているのだから、少しくらい不正をしても許されるはずだ」と正当化する可能性もあります。

公正世界信念が強い人は、自分の不正行為が他者に与える影響を軽視することもわかりました。「世界は公正なのだから、私が不正をしても他の人には影響しないはずだ」と考えてしまいます。

一方で、個人的な公正世界信念は不誠実さに有意な影響を及ぼさないことも明らかになりました。自分自身の人生が公正だと信じることは、必ずしも不正行為につながるわけではありません。

公正世界信念の持つ潜在的な危険性を示す結果です。世界が公正だと信じることは、逆説的に不正行為を正当化してしまうのです。

性別による差別を内的要因に帰属させる

公正世界信念は、社会的差別や不正行為にもつながる可能性があることが見えてきました。具体的な社会問題、例えば性別による差別に対して、公正世界信念はどのような影響を与えるのでしょうか。

職場における男女平等の認識と公正世界信念の関係を調査した研究を紹介します。トルコのイスタンブールにある銀行の従業員を対象に調査を行ったところ、公正世界信念が強い人ほど、職場における男女平等を高く評価することがわかりました。世界が公正だと信じている人ほど、「職場では男女が平等に扱われている」と認識しやすいということです。

しかし、ここで重要なのは、公正世界信念が強い人は、男女平等が達成されていない場合、その原因を女性自身の性質や選択に帰属させる傾向があるということです。「女性が昇進できないのは、女性自身の能力や意欲が不足しているからだ」と考えやすいのです。

世界が公正だと信じるあまり、現実の不平等や差別を見逃したり、その原因を個人の問題に還元したりしてしまう可能性があります。研究者たちは、次のようなメカニズムで、今回の結果が得られたのではないかと解釈しています。

  • 公正世界信念が強い人は、現状を公正なものとして受け入れやすい傾向があります。そのため、現実の不平等を認識しにくくなります。
  • 世界が公正だと信じる人は、個人の努力や選択が結果を左右すると考えがちです。そのため、社会構造上の問題よりも個人の問題に原因を求めやすくなります。
  • 公正世界信念は、現行のシステムを正当化する機能を持っています。そのため、既存の性別役割分担や社会構造を受け入れやすくなります。
  • 世界が公正だと信じる人は、不利な立場にある人を非難しやすい傾向があります。これは、世界の公正さを維持するための心理的メカニズムです。

研究では、もう一つ発見がありました。それは、個人的な公正世界信念と一般的な公正世界信念では、その影響が異なるということです。

一般的な公正世界信念が高い場合、男女不平等の原因を社会的な要因に求める傾向が強くなりました。「社会システムや文化的背景が男女不平等を生み出している」と考えやすくなるのです。他方で、個人的な公正世界信念が高い場合は、男女不平等の原因を個人の問題に帰属させる傾向が強くなりました。

単に「世界は公正だ」と信じることは、逆説的に不平等を維持してしまう可能性があります。現実の不平等に目を向け、その構造的な原因を理解することが重要でしょう。

保守的で弱者に厳しい

これまでのところから、公正世界信念が社会的差別や不正行為、さらには性別不平等の認識にも影響を与え得ることがわかりました。それでは、公正世界信念は人々の政治的態度にどのような影響を与えるのでしょうか。

公正世界信念と政治的態度の関係を調査した研究があります。公正世界信念が強い人ほど、政治的に保守的な傾向があることが見出されています。具体的には、公正世界信念が強い人は次のような特徴を持つことがわかりました。

  • 成功者や権力者を支持する傾向がある
  • 社会的変革に対して否定的な態度を持つ
  • 議会や大企業などの強力な制度に対して好意的な態度を示す
  • 政治的・社会的活動に参加する必要性を感じにくい

研究者たちは、公正世界信念が強い人は現状の社会システムを正当なものとして受け入れやすいため、このような結果が出たと考えました。「世界は公正なのだから、現在の社会秩序も公正なはずだ」と考えるということです。

公正世界信念が強い人は、社会的に不利な立場にある人々に対して厳しい態度を取る傾向があることもわかりました。例えば、貧困層に対して「もっと努力すべきだった」といった見方をしやすいのです。

この点は、先ほど紹介した性別不平等の認識に関する研究結果とも一致します。公正世界信念が強い人は、社会的不平等の原因を個人の問題に帰属させます。

また、公正世界信念が強い人は、被害者を軽視したり、その苦しみを否定したりすることで自分の信念を維持しようとすることもわかりました。例えば、犯罪被害者に対して「何か悪いことをしたから被害に遭った」などと考えます。

これらの結果は、公正世界信念が持つ問題点を浮き彫りにしています。世界が公正だと強く信じることは、現実の社会問題や不平等を見逃したり、弱者に対して厳しい態度を取ったりする可能性があります。

公正世界信念が保守的な政治態度や弱者への厳しい態度につながる理由として、研究者たちは、次のようなメカニズムを提案しています。

  • 公正世界信念が強い人は、現状を公正なものとして受け入れやすいため、社会変革の必要性を感じにくくなります。
  • 現行のシステムを正当化することで、自分の信念を維持しようとします。
  • 不平等や社会問題の原因を個人の問題に帰属させることで、社会構造の問題を軽視してしまいます。
  • 世界の公正さを信じるために、被害者を非難することで自分の信念を守ろうとします。
  • 世界が公正だと信じるため、成功者は正当な努力の結果として成功したと考えやすくなります。

世界が公正だと信じることは、必ずしも公正な社会の実現につながるわけではありません。

個人の不利益を受け入れる

個人が直接的に不利益を被った場合、公正世界信念はどのような影響を与えるのでしょうか。公正世界信念が個人的な欠乏(例えば、報酬が少ないこと)に対する反応にどのように影響するかを調べるため、カナダのブロック大学の学生を対象に実験が行われています。

実験では、参加者にコンピューターを用いたタスクを行ってもらい、その後の報酬の分配を操作しました。一部の参加者には、他の参加者よりも少ない報酬が与えられました。そして、この不利益な状況に対する参加者の反応を観察しました。

実験の結果、公正世界信念が強い人ほど、不利益な状況をより公正だと感じ、他の人よりも少ない憤りを報告しました。世界が公正だと強く信じている人ほど、自分が不利益を被っても、それを受け入れやすいのです。

公正世界信念が強い人は、不利益な状況を自分の責任だと考えやすい傾向があります。「何か自分に足りないものがあったからだ」と解釈します。また、世界が公正だと信じることで、短期的な不利益を長期的な公正さの一部として受け入れやすくなるというのもあります。

自分の信念(世界は公正である)と現実(不利益を被っている)の矛盾を解消するために、不利益を正当化しようとしたり、不利益を公正なものとして受け入れることで、心理的ストレスを軽減しようとしたりするのも、理由として考えられます。

さらに、興味深い発見がありました。公正世界信念の影響は、不利益の原因が自分の選択によるものか、外部要因によるものかによって異なることがわかりました。

自分で選択した結果として不利益を被った場合、公正世界信念が強い人ほどその状況を公正だと感じ、不満が少ない傾向がありました。一方、実験者のミスなど外部要因による不利益の場合、公正世界信念の影響はあまり見られませんでした。

公正世界信念が高いがゆえに、不利益を簡単に受け入れてしまうことで、不公正な状況に対して声を上げにくくなるかもしれません。権利が侵害されているにもかかわらず、それを「仕方がない」と受け入れてしまう危険性があります。

公正世界信念には二面性がある

本コラムで紹介した研究を振り返ると、公正世界信念が私たちの心理や行動に複雑な影響を与えていることが理解できます。公正世界信念の肯定的な側面と否定的な側面を整理してみましょう。まずは、肯定的な側面です。

  • 個人的な幸福感や自尊心の向上
  • ストレスへの対処能力の強化
  • 長期的な目標に向けた努力の支え
  • 個人的な不利益に対する心理的ストレスの軽減

一方で、公正世界信念には潜在的な課題もあります。

  • 社会的差別や不平等の維持につながること
  • 被害者や社会的弱者への冷淡な態度
  • 不正行為の正当化
  • 保守的な態度や現状維持バイアス
  • 不公正な状況に対する声を上げにくくなる可能性

公正世界信念は単純に「良いもの」「悪いもの」と二分できません。公正世界信念は両義的な性質を持っています。

また、公正世界信念に関する研究は、私たちに自分自身の信念や社会に対する見方を再考する機会を与えてくれます。世界をより良くしていくためには、信念だけでなく、複雑な現実を直視し、それに対処していく智慧が必要なのかもしれません。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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